夜襲
イリヤのゴーグルのディスプレイにある文字が浮かび上がった。
「第二守護群の有効範囲に危険度A以上の物体を多数確認」
イリヤは唇を噛み締め、第二守護群の発動をした。イリヤは隣にいたディルクを近くの家へと投げ飛ばし、次いでエリクを同じ家に蹴り飛ばし、扉を閉めた。
直後、空から無数の金属の雨が降り注いだ。細い道に反響し、金属が跳ね回る音が拡大する。イリヤを囲むように、銀色の塊が墜ちた。そして、その中の歪に変形した物を除いた、無数の薄っぺらい銀色の菱形が、イリヤを守るように浮遊した。
建物の上から、数人の軍人が降りてきて、イリヤを囲む。
「何の用だ?」
いくつもの菱形によって構築された盾(というよりは塀に近い)を挟んで、イリヤが問うた。軍人は返事の代わりに、発砲音を奏でた。銃弾が盾に当たり、拉げて落ちる。石畳に当たり、小気味いい音が発現する。それを皮切りに、イリヤの周りの菱形が炸裂した。
守るという役目を放棄し、刃として軍人達に襲いかかる。鋼が空を裂き、壁面に突き刺さり、削り、破片と共に降り注ぐ。とっさに屋内へと身を隠す細身の女。飛び交う刃を警棒で打ち砕く大男。落ちる破片やひたすらに避ける若い軍人。そして、イリヤの目だけを見て、身じろぎ一つしない者。
「あんたら、おかしいんじゃないの?」
イリヤが再構築された壁の向こうで呟いた。その直後、建物から障壁を飛び越え手榴弾が、イリヤの足下に転がってきた。菱が手榴弾を覆う厚いドームとなり、イリヤの姿を再び晒した。
「やっと、姿を見せてくれたか」
足下の爆発音と同時に、イリヤに散弾が浴びせられた。イリヤが突発的に体をずらし、避けきれなかった弾がイリヤを貫き、紅い桜を咲かせた。
「……チッ。何でこの距離で撃って急所に入らないかなぁ? 噂通りの化け物かよ……」
散弾を放った若そうな軍人が引き攣った笑いを浮かべた。
「俺ごときを化け物呼ばわりか。本物の化け物レベルの奴らに失礼にも程がある。
あー、でもまだ、死にそうじゃないな」
語尾を言い切るか否やの所で、イリヤは若い軍人に向かって走り出した。再装填された弾が射出された。しかし、第二波は菱形もとい第二守護群が全弾を相殺し、余るパーツで構成された剣で、イリヤは若い軍人を斬りつけた。
とっさに身を翻したものの、軍人は浅く切り込まれ、退がらざるを得なかった。イリヤも距離を取り、周りに菱形の盾を浮かべ、次の攻撃に備える。イリヤの攻撃に全く動じなかった軍人が、腰から短刀を抜き逆手に握った。
「大尉!」
大尉と呼ばれた男が一歩前に出た。
「やっぱり、武器は相手と同じタイプの物を使わないと」
そう言って上体を前に倒し、数歩でイリヤの眼前に迫る。そして、体と共に刃をおこす。イリヤは切り上げられた短刀を、浮遊する菱形の盾で防ぎ、剣を振り下ろす。大尉が、自身に引き寄せた刃の上で斬撃を滑らせ、地面に逃す。そのまま、イリヤの盾に脚を着き、斜めに傾いた事を利用し、高みに移る。
イリヤが視線を上に移し、地面から振り上げた切っ先の刃を放つのと同時に、横から急所を狙った単発が撃ち込まれた。少し短くなった剣で頭部への弾を防ぎ、刃として地面と平行に浮遊していたものを、いくつか盾へとシフトさせる。直後、上から短刀が繰り出され、イリヤは後ろに大きく跳ねた。
着地と同時に、盾と刃を四方に展開し、大尉を除く三人の動きを制限する。警棒を構えた大男が、幾つかの刃を叩き落とし、仲間に余裕を与える。若い軍人は、女兵と共に建物へと隠れ、大男も身をひいた。
イリヤはさらに一歩踏み出し、剣を突き出した。大尉はそれを右にかわし、短刀を振り抜く。剣の一部が、浮遊する刃へとコンバートされ、大尉の腹部に紅い線を引いた。イリヤは頬に付けられた傷を拭い、刃を飛ばした。大尉がそれを踏み、自陣に舞い戻りイリヤの足下に煙玉を放った。白煙が通りを満たしたのと同時に、爆炎と爆風が生じた。
建物の壁を吹き飛ばし、地面を抉る。煙が灰色に染まり、霧散した。クレーターの中心で、くすんだ銀の半球の塊が崩れ、その中に満身創痍で立ち続けるイリヤに降りかかった。
肩に掛かった灰色の破片を払い、右手に握る剣を、地面に突き刺した。
「……とんだ置き土産だな」
イリヤは菱形へと回帰する剣を見ながら腰を下ろした。溢れ流れる血を見ながら、イリヤは深く息を吐いた。そしてゆっくりと寝転がり、体から力を抜いた。
▽
上から何かが爆発したような音がして、天井から何かよく分からない破片がパラパラと落ち、ディルクの頭に降りかかった。ディルクは頭を払いながら、歩みを早めた。
「どこに行くんだ?」
「こちらの居場所はどうせわれているので、このままレアの所に行きます。運が良ければ、誰にも見つからないで、距離を稼げます」
エリクがポケットに手を入れ、一枚の紙切れを取り出した。それを確認して、首から提げていた自らの情報表示端末を起動させる。その中から目的の情報を取り出し、壁に投写した。
「これはこの通路の地図です。避難経路図に裏道を加えた特別製です。今僕達がいる所から城の正門までは、交差路で曲がることなく行くことが出来ますが、あえて迂回して、城の裏手から出たいと思います」
エリクはルートを一通り、指でなぞりディルクに教えた。端末を待機モードに移行して、歩き始めた。
目的の場所の階段を上り、ディルクは外に出た。風が奔り、雑草が風に乗りひらひらと舞った、不自然な千切れ方をして。
「危ないっ」
エリクがディルクの服を引き、中へと引き戻す。その直後、出口の扉に金属が当たった音がした。
「……狙撃された?」
ディルクが困惑した表情でエリクに尋ねた。エリクが無言で再度扉に手をかけると、外側に思い切り跳ね上げられた。
扉の外側に銃を構えた軍人三人が待ち構えていた。その真ん中で見覚えのある軍人、フレッドが照準をエリクに定めた。引き金に触れているフレッドの指が僅かに震える。銃に飛んできた何かが衝突し、銃口がぶれた。そして周りに白煙が流れてきた。
ディルクの胸にトビネズミが飛び込んできた。ディルクはとっさに頭に付けてたゴーグルをエリクに付ける。
「この煙にはたぶん、催涙効果がある。これ付けて逃げて」
エリクはディルクが腕を掴んだのを確認して、走り出した。
「俺が追うから、お前らは外に行って夜警に警備の強化を通達。巫女の保護を最優先しろ」
フレッドが周りのメンバーに指示を出し、一人煙から抜け出し、ディルク達を追い始めた。
「誰か付いてきます」
エリクが目を押さえているディルクの耳元に囁いた。
「何人?」
「一人、多分さっきの銃を向けてきた軍人かと」
「撒けそう?」
ディルクが心配そうに聞いた
「きついですね。あっちは本物の軍人ですし、少し火器が扱える程度の一般市民に何が出来るんですか? と言うわけで、一人で逃げてください」
エリクはディルクを近くの出口から、イリヤのように投げ飛ばしてそのまま走り続けた。エリクはゴーグルを返し忘れた事に気が付き、振り向くが後ろからフレッドが来ていたので仕方なく付けたまま距離を取る。
フレッドがエリクを視界に捉え、足を速める。地面を蹴り低く跳躍し、エリクの背中へ、上から膝を入れる。倒れたエリクに膝を押し付けたまま、エリクの左手を後ろに回し、もう片方の膝で押さえつける。腰から拳銃を抜き、安全装置を外して頭へと押し付ける。
「もう一人はどこへやった?」
「入り組んでるから迷子にでもなったんじゃないですか?」
エリクは首を捻り、精一杯強がった。
「状況が分かってないようだな」
エリクの頭をグリップで殴りつける。エリクが痛みで呻いた。
「もう一度だけ聞く。もう一人はどこだ?」
「迷子だって言ったじゃないですか」
「そうか」
フレッドが自分の四角い通信端末に口を近づける。
「一匹、取り逃がした。上で捕まえろ」
そう言って、端末をしまい、銃口をエリクに向ける。エリクが目をそらし、体を強張らせた。その瞬間、フレッドの体が横に飛び、壁に頭をぶつけた。
「まったく、道が分からないから戻ってみたら大変なことになってるし……」
ディルクが蹴り飛ばしたフレッドを見やりながら、エリクを起こした。
「何で戻ってきたんですか!」
助けてもらったにも関わらず、エリクはディルクを怒鳴りつける。
「……いや、道が分かんなかったし。あとゴーグルも返してもらってなかったし」
「だからって、死ぬかもしれなかったんですよ!」
フレッドが小さく呻き、頭を押さえながら立ち上がった。
「くそっ、油断した」
「逃げますよ」
エリクがディルクの腕を引っ張り、角を曲がった。それを追い、ふらつく足取りでフレッドも角を曲がった。エリクが振り返り、腰から銃を抜き放つ。フレッドが壁へと体を預け弾をかわし、しっかりとした足取りで走り始めた。
「ディルクも撃って下さい。銃は持ってるでしょ?」
「あ、ああ……」
ディルクも走りながら銃を抜く。エリクが再度角を曲がり、ディルクも付いて曲がる。エリクが立ち止まり、角で発砲する。フレッドが途中の曲がり角に身を潜め、銃撃戦が始まった。
エリクが銃だけを出し、乱射する。それに対し、フレッドは一発一発をきちんと狙って撃ってくる。ディルクは低く身を構え、角から顔を出して狙いを定める。ディルクが引き金に手をかけるのと同時に、エリクがディルクの襟を引っ張った。銃弾がディルクの顔のあった位置を通過した。
「命知らずと言うより、ただのバカですね」
エリクが応戦しながら呟いた。
「ごめんなさい」
ディルクが再度銃を構え、エリクとフレッドの銃撃に参戦する。エリクと同じ相手を確認せずに撃つ、弾の無駄遣い。
しばらく、そんなような応酬が続いたが、それもエリクの銃の弾切れで終わった。フレッドはエリクの銃の弾切れに気付くと、撃つのを止め、ディルク達に迫ってきた。再び逃走劇が展開される。
「撃ってくださいっ!」
エリクがディルクに撃つよう促す。多少距離が開いたため、後ろを振り返り立ち止まって、教えてもらった通りに狙いを定める。サイトにフレッドが入る。ディルクの手が恐怖で震える。
「早く撃ってくださいっ!」
「で、でも……」
躊躇うディルクの手に、エリクは自分の手を重ね、引き金を引いた。弾はフレッドから逸れ、ちょうど真横にあった配電盤に当たった。配電盤から小さく火花が散り、大きく燃え上がった。
「ぐぅあぁぁぁあっ!」
フレッドが炎を顔にまともに受け、両手で顔を覆い足を止めた。その隙にディルク達は、地下通路から出て、王城の中に忍び込んだ。