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とんでもない事を聞いてしまいました。

今日、このカフェに一緒に来るはずだったけど一緒に来れなかった人の声。


私の大好きな恋人の声がふいに耳に届いたんです。


え?まさか……と思って私は声のした方へと視線を巡らせました。

するとやはりそこには……私が座っている席からわりと離れた後方の席に座る、見ただけで貴族のご令嬢だとわかるお(かた)の前に立つセオノアが居たのです。

そしてその貴族と(おぼ)しき女性に向かってセオノアはこう言いました。


「ミナリラお嬢様。お待たせしてしまい申し訳ございません」


それは仕事口調の抑揚のない生真面目な声でした。

私はセオノアが「ミナリラお嬢様」と呼んだ方が彼が勤める男爵家のご令嬢であるとすぐにわかりました。


問題はなぜ、私との約束をキャンセルしてまでそのカフェでご令嬢と会っているのか。

お待たせしましたと謝罪を口にするという事はご令嬢と待ち合わせをしていたという事ですよね?


それに、ご令嬢の席の側に立つセオノアの隣には、私が知らない金髪碧眼の美しい女性が彼に寄り添うように立っていたんです。

これはもう大問題でしょう?


私ね、耳がいいんですよ。

昔から天井裏の子ネズミの寝息を聞き取るほど、天啓(ギフト)と言ってもいいくらい耳が良いんです。

だからこっそり、自分の席から後方を窺って聴き耳を立てました。

え?マナー違反?そんなの知りませんよ、こちとら下町育ちの平民なんですから。


そうしたらばっちり、セオノアたちのやり取りが聞こえてきました。


セオノアがミナリラお嬢様なるご令嬢にこう言ったんです。


「お嬢様がどうしても存在を証明しろと、そしてこの店に連れて来いと仰いましたので連れて参りました」


ミナリラお嬢様はセオノアの隣りに寄り添い立つ女性に視線を向け、遠目でもわかりやすいほどに顔を引き攣らせています。


「嘘ではなかったのね……本当に居たのね」


「嘘を吐いてどうするのですか」


「だって……貴方が私との身分差を気にして嘘を告げて誤魔化しているのだと思うじゃないっ……?」


「仕事上以外で身分差を気にする必要はありませんよ。ご紹介します、私の婚約者のルディアです」


「「っ……!!」」(私とお嬢様)


セオノアがミナリラお嬢様へ向けて告げた言葉が、ダイレクトに私の耳に届きました。


コンヤクシャ……?

婚約者……?

え?婚約、者……?


一人離れた場所で唖然とする私を他所に、セオノアに紹介されたルディアさんという女性がミナリラお嬢様に向かって挨拶をしました。


「はじめまして、ブノア男爵令嬢ミナリラ様。ルディア・ロダンと申します。父はミナリラ様のお父様と同じく男爵位を賜っておりますの。セオノア()とは母方の従姉弟同士でして、この度その縁で婚約する運びとなりましたのよ」


なんと……ルディア様も貴族令嬢なのね。

しかもセオノアの従姉弟?

親戚に貴族が居るなんて初耳だわ……。

私と同じくらい分かりやすく狼狽えているミナリラお嬢様がルディア様に言いました。


「そ、そう…なの……同列の爵位なのね……それに、とてもお綺麗な方だこと……」


それを聞き、セオノアはとても嬉しそうにそして誇らしげに答えました。


「そうなんです。ルディアは昔から美しく聡明で、私の憧れの存在でした。彼女と婚約を結べて、こんなに嬉しいことはございません」


「「うっ……」」


セオノアの嬉しそうな笑顔がとても眩しいです。

私もミナリラお嬢様も直視できません。そして互いに泣き出しそうです。


「……そう……お幸せそうで何よりだわ」


「はい。なので事前にお知らせしていたように、予定通り私は婚姻を機に男爵家を辞めて故郷に帰ります。ですからお嬢様の専属執事となり、一生お側で仕える……というお話は辞退させて頂きます。()()()()ご了承くださいますね?」


「っ……わかったわ……ずっと私の側にいて欲しかったのだけど……仕方ないわねっ……」


「ご理解頂き、誠にありがとうございます」


セオノアがそう言うと、隣りに立つ美しきルディア様も花の(かんばせ)を綻ばせた。


「ミナリラ様、()()()()()()()()()()()私たちを祝福してくださいますわよね?」


「も、もちろんですわっ……」



祝福……私もしなくてはいけない側の人間なのだと、その時思い知らされました。

だけどとてもじゃないけどそんな気持ちにはなれません。


私は茫然自失のまま席を立ち、セオノア達に気付かれないように会計をして店を出ました。


え?パンケーキですか……そりゃ全部食べましたよ。

「食べたんかいっ」って絶妙なツッコミをありがとうございます……だけどあんなに美味しかったのに、味が分からなくなってしまいましたけどね。

それでも残さず全部食べました。

だって食べ物に罪はありませんし、作ってくれた方に失礼でしょう?


だけど食べ終わった後、胸焼けしましたけどね。

胸が苦しくて鉛を呑み込んだように体が重く感じたのはやっぱり大柄な男性の顔より大きなパンケーキを食べたせいでしょう。


それとも恋人が私の知らない間に婚約していたという事実のせい……?


ふふ、そうですね、両方だったんだと思います。


私は家に帰るなり、トイレに駆け込む羽目になってしまいました。





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次の投稿は明日の夜です。

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