まずは彼のことを話してもいいですか?
一連の事をお話する前にまずは自己紹介をしましょうか。
え?この履歴書に書いてる?
あぁそうですよね、そうそう、履歴書に書いてある通り私の名前はアリッサ・リルトンと申します。
ええ三ヶ月前に二十歳になりましたよ。
平民の結婚適齢期も折り返し地点を迎えました。
十八で成人してから翻訳家の仕事をしております。
あ、そうですね、その翻訳の仕事の斡旋をお願いするために商業ギルドに来てるんですもんね。
じゃあそこら辺は省きます。
それでですね、私…たった一週間前まで王都に住んでいたんですよ。
生まれも育ちも王都。
バリバリの王都っ子でした。
その王都で仕事にも恵まれ、行きつけの古書店で知り合って交際に発展した恋人にも恵まれ、全てが順風満帆にすごしていたんです。
その恋人というのがね、これがもう本当に素敵な人なんですよ。
男爵家の執事見習いとして働いていて、すらりとした長身で顔立ちも整ったイケメンなんです。
おまけに優しくて穏やかで。少し口は悪いけど執事見習いとしてきちんとした話し方も出来る凄い人なんです。
恋人だった私の事をそれはそれは大切にしてくれて。
私が作った手料理をいつも旨い美味しいって言って食べてくれるし、
洗いものとかの片付けは全部率先してやってくれるし、私が苦手な虫も退治してくれるんです。
退治と言っても無益な殺生はしないんですよ?
優しく捕まえてお外にポイッ。
最高でしょ?ジェントルメンなんです、彼。
本当に私には勿体ないくらい素敵な恋人だったんですよ。
だけど……私、ふられちゃったんです。
いえ本当はまだ正式にはふられていないんですけどね。
正式にふられる前に逃げ出したっていうか…。
え?正式にふられるって何だそりゃ、ですって?
ふふ、たしかに。
変なの。ふふふ。
……私、彼から別れの言葉を告げられるのが嫌で、悲しくて、辛くて怖くて、それで逃げ出したんです。
決定的な言葉を告げられる前に自分から離れようと思って。
逃げ出したところで結果は何も変わらないんですけどね。
言葉にされてしまうともう二度と立ち直れないとな思って……。
それならいっそのこと自分から消えて自然消滅がいいと思ったんです。
ええ。よく言われますよ、直情的な性格だと。
感情の赴くままに行動します。
それで失敗も沢山したし、危機回避もしてきました。
だから……恋人とちゃんとお別れもせずに消えた事を後悔はしていません。
私はこういう人間ですから。
私ね、彼の事が大好きで大好きで、結婚したいくらい大好きなんですよ。
私も二十歳になったし、彼は三つ年上の二十三歳だし、交際をはじめて二年になるし。
そりゃそろそろ結婚を意識するでしょう?
大好きな恋人と結婚して、共に人生を歩んで行きたいと思うでしょう?
だけど彼…あ、恋人の名前はセオノアというんです。
私は愛称として“ノア”って呼んでました♡
ノアは私の事をアリッサって。ふふ、そのまんまです。
愛称呼びじゃないんですよね。でも私の名を呼ぶ時の彼の声が優しくて……ん?それはどうでもいい?聞かなくてもいい?
そんな身も蓋もない。
でもたしかに話が逸れてしまいましたね、それで?どこまで話しましたっけ?
ああそうだ、わたしが結婚を意識していたというところでした。
そう。だけどね、セオノアは違ったんです。
私との結婚は、彼の選択肢の中には含まれていなかったんですよ……。
だって、私、見てしまったんです。
彼が自分の職場のお嬢様に、私じゃない別の女性を婚約者だと紹介しているのを……。
───────────────────
もしかして昼投稿あるかもーー