エピローグ 私たちのその後の話、聞きたいですか?
「アリッサっ……!アリッサっ!」
「……えっ、ぜおのあ?ズビッ…な、なんでごごに……?ズズッ…」
「あらあら。アナタ、泣き過ぎてひどい鼻声になってるわよ」
「だっで……グズッ…ぜおのあ、どうじで?」
「アリッサ、ごめん、本当にごめんっ……俺が悪かった、全てっ……全て誤解なんだっ……!」
「ズズッごがい?なにがごがいなの?ズビッ」
「ブノア家の令嬢に従姉のルディアを婚約者として紹介したのには訳があるんだっ……本当は婚約者なんかじゃないっ。ルディアにはちゃんと他に婚約者が居るし、俺にはアリッサ、キミだけだっ……」
「え゛っ…ええ゛っ……どぼいうごど?ズズッ」
「驚かせてごめん。辛い思いをさせてごめん……泣かせてごめん。こんな俺を許せない気持ちはわかる……でもどうか、どうか話を聞いて貰えないだろうかっ……」
「ぜおのあ……ズズズツ」
「……あのね、アナタはとりあえず鼻をかみなさい。それから奥の部屋を貸してあげるから二人でちゃんと話し合いなさいな」
「ぎるどのおねーざん……ズビッ」
「ワタシもここまで話を聞いた以上、アナタ達がどうなったのか知りたいから話がついたら結果を教えて欲しいわ。じゃないと気になって気になって夜しか眠れないから」
「あざまでがいみんじゃないでずが……ズッわがりまじだ…ブビッ…ぜおのあ、おぐにいごう?」
「うん……」
そうしてあの時、泣いたせいで酷い鼻声になった私と、その私にしがみついたまま離れないセオノアはギルドの奥の部屋をお借りして話をする事が出来たんですよね。
結局話し合いが終わるや否や、私はそれまでの怒涛の一週間の心労が祟って泣き疲れて眠ってしまって、お姉さんにちゃんとお礼を告げることもなくセオノアに連れ帰って貰ったんです。
そしてその後熱を出して二日も寝込んじゃって。熱が下がっても本調子に戻るまで一週間もかかりましたよ。
それでなかなかギルドに伺えなくて……不義理をしてしまい、ごめんなさい。
え?あの日はどうせ娘さんの食事を作りにさっさと家に帰ってギルドには居なかった?
歳を取ってから出来た子供だから可愛くて仕方ない?
それは素敵ですねぇ。
ダメンズホイホイを経てからの、包容力の半端ないいぶし銀ギルマスとの真実の愛。
そしてその愛の結晶。
本当に素敵です。今度お姉さんとギルマスの馴れ初めのお話を聞かせてくださいよ。
ああはい、そうですよね。
先ずはその前に私たちがその後どうなったかの話ですよね。
では聞いてくれますか?
結論から言って、私たちは和解しました。
和解といっても私が一方的に誤解をして彼の前から消えたんですけどね。
ん?ふふ、そうですよね。
あれは誤解しても仕方ないです。
だからそれはもう、セオノアに平身低頭で謝られましたよ。
なんと彼、土下座までしました。
ものすごく必死な様子でした。
セオノアの事情を聞いて、なるほどそれは仕方ないなと直ぐに理解は出来ました。
格上の貴族を相手にして、私を守るための策だったと。
それにセオノアだけでなく彼の伯母さまご夫婦や従姉のルディア様も、私のために尽力してくれた事が素直に嬉しかったんです。
え?じゃあ仲直りして元サヤに収まったのかって?
そうですね。
事情は理解したので本心ではもちろん彼を許して元の鞘に収まりました。
ふふふ、そう。“本心では”です。
あの時のセオノア側の事情はわかりました。
私のためを思っての行動だったと、誤解だったと知って拍子抜けしました。
そしてすぐに私を探し出して会いに来てくれたのも凄いなと思ったから。
きちんと話を聞かずに逃げ出した私にも非はありますし……。
でもね、それらを理解した上で私としてはやっぱり、ちゃんと事前に話して欲しかったなぁと思う気持ちがあるんですよ。
だからね。実は今、お仕置き中なんです。
恋人に戻るかどうか結論を保留にして、答えを先送りにして彼をヤキモキさせてるんです。
本当は許してるんですけど、あえて拗ねたフリをして。
ちょっと彼を突き放すような態度を軽く取ったりして。
拒絶まではしてませんよ。ツンツンした塩対応をして意地悪してるんです。
セオノアはそれでも、そんな態度の私でも側に居られるだけで嬉しいって足繁く会いにきますけどね。
……これくらいの意地悪はいいですよね?
私に余計な心配をかけまいと、要らぬ不安を抱かせないようにと最速で処理しようとしたセオノアの考えは理解出来るんです。
実際、打ち明けられたら打ち明けられたできっと、別の不安を抱いて悶々鬱々としたと思います。
でもね、事情を話してくれていたら、愛する恋人に婚約者が出来たと誤解して王都を引き払う事はなかったはずなんですよ。
思い立ったら即行動、感情の赴くままに動く私も悪いんですけどね?
でも私のこの性格を彼は知っているんですから、こんな事になるかもしれないという配慮があっても良かったんじゃないかって思ってしまうんです。
あ、わかります?
さすがですねお姉さん。
そうです。それら全てを理由に言い掛かりをつけて、私は今セオノアに甘えてるんです。
甘えて我儘を言って少し彼を困らせて。
それでも嬉しそうにそれらを受け入れてくれる彼を見て、本当に愛されてるんだと、彼の側に居てもいいんだと安心させて欲しいんです。
ええ。安心しましたよ。
私、変わらず彼に愛されています。
というか以前よりも彼の愛情表現がわかり易くなりました。
実はね、昨日プロポーズされたんです。
私の前に跪いて、前々から用意していたというエンゲージリングを差し出してこう言われました。
「アリッサ、好きだ。愛してる。もう二度と悲しい思いをさせない。絶対に一人で泣かせるような事はしない。アリッサが泣く時は必ず側にいてキミの涙を拭うから。だからどうか、どうか俺の花嫁になって一緒に故郷に帰ってくださいっ……!」
ふふ。素敵なプロポーズでしょう?
もちろん、ツンを発動してその返事も保留にしてるんですけどね?
え?どうしてすぐに返事してやらないんだって?
だって、今日ギルドでお姉さんにちゃんとお話してから返事しようと思ったんですもの。
お姉さんに話を聞いてもらい不思議と気持ちが軽くなって落ち着けたから、突然現れたセオノアと向き合う事が出来たと思うんです。
お姉さんが側に居てくれたから、背中を押してくれたから、ちゃんと腹をくくって彼と話をする事が出来ましたからね。
お姉さんは私たちの恩人です。
そのお姉さんにちゃんとご報告してから、改めて前に進みたいと思ったんですよ。
え?そこまで律儀に思わなくてもいいって?
いや思いますよ。だって本当に感謝してるんですから。
お姉さん、本当にありがとうございました。
私、今日これからセオノアに会って、彼のプロポーズを受けようと思います。
そして一緒にロダン領に行って、彼の伯母様ご夫婦と従姉のルディア様とその婚約者様にお会いします。
皆さん、セオノアが私を婚約者として連れて帰るのを心待ちにしてくれているそうなんです。
そうですね、そのままロダン領で暮らす事になると思います。
セオノアはなるべく早くロダン男爵家で、ルディア様の旦那になる方の専属執事になるために、家令のハウスさんの元で学びながら働きたいらしいので。
私はロダン領で翻訳業を続けるつもりですよ。
つきましてはですね、ロダン領にある商業ギルドへの紹介状が欲しいのですが発行して頂けますか?
ありがとうございます。助かります。
在宅で出来る仕事ですから、結婚後も翻訳業は続けるつもりなんです。
え?ギルマス大推薦という文言を入れてくれるんですか?
嬉しいなぁ……何から何まで本当にありがとうございます!
はい、是非ともロダン領にも遊びに来てください。
やだ……!わかりましたよ、子供が生まれたらお知らせします。ぜひ抱っこしてあげてください。
お姉さんは恩人ですからね。
子供……ぽっ、恥ずかしいです……。
それはさておき、私そろそろセオノアにプロポーズの返事をしてきます。
この後彼と会う予定なんです。
そこで彼の目を真っ直ぐに見て、私の想いを伝えます。
私もあなたを愛していると。
あなたと人生を歩んでいきたいと、そう素直に伝えるつもりです。
ふふ、逆プロポーズといえるかもしれません。
はい必ず。
必ず幸せになります。
彼と、セオノアと。
……え?セオノアが後ろで泣いてる?
やだホントだ。
今日ギルドに行ってお姉さんに事の顛末をお話するって言ってあったからわざわざ迎えに来てくれたみたいです。
……ふふ、そうですね。今の会話を聞かれていたようです。
じゃあ私、そろそろ行きますね。
お姉さん、私の話を聞いてくれて本当にありがとうございました。
はい、お姉さんもお元気で。
セオノアもお姉さんにお礼を言っていますね。
目に沢山の涙を浮かべながら。
ほらセオノア、涙を拭いて。
もう私の返事を聞かれてしまったけど、ちゃんと言葉にしてあなたに伝えたいの。
私もあなたを愛しています。
諦めないで探してくれてありがとう。
セオノア、
私の一世一代のプロポーズのお返事を、
聞いてくれますか?
✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ おしまい
───────────────────
これにて完結です。
今作もお読み頂き、そしてお気に入り登録、イイねをありがとうございました!
ヒロインのためをと思って弄した策に溺れて土左衛門になりかけたヒーロー。
やはり大切なのは報連相!
まぁわかっていても、これをきちんとされるとすれ違いが生じないのでイヂワルな作者はこれからも報連相の出来ない男を描くのでしょう。でへへ☆
次回作ですがただいま準備中です。
また投稿の目処がつきましたら、Xや近況報告でお知らせしますね。
それでは皆様、今作もお付き合い頂きありがとうございました!