094 精霊マーキュリー
「……終わった、のか?」
ディーノさんが慎重に周囲を見回す。
ミネルヴァさんも、フィオナも、アスモラも、急に静かになった部屋の中で、誰一人としてすぐには動けなかった。
「ケンゴ」
沈黙を破ったのはフィオナだった。
「今の……何をしたの?」
全員の視線が、一斉に俺に集まる。
正直、説明する側の俺が一番混乱しているんだけど。
「えっと……」
俺は、足元からスマホを拾い上げながら、できるだけ簡潔に言った。
「魔王の背後に回って、一撃で斬ったんだ」
「それは分かったんだけどさ、あの動きは何なの?」
「これをここに置いて、ちょっとした仕掛けを講じたんだ。」
「仕掛け?」
スマホを指しながらの俺の説明に、フィオナがキョトンとする。
「これの取寄せ機能にある縮地を使ったんだよ。あと、この刀を持ってたのも勝因かな。」
「もう少し分かりやすく説明してくれ。」
いや、ディーノさん、そんなに意気込んでも、真似はできないからね。
「剣が折れた時に、魔王はもう俺を戦力外と見なした。だから、魔王の背後から、スマホの縮地とこの刀を使って、居合いをやったんだよ。」
「イ・アイ?」
「俺のいた国の優れた剣士が使う、一撃必殺の剣技だよ。俺のはその見様見真似だけどね。」
あははと照れ隠しに笑うと、ミネルヴァさんにガシッと俺の両手を掴まれた。
「す、凄い凄い!流石は私が見初めた……」
「「え"?」」
「ゴホン……見込んだ男だ!」
フィオナとアスモラの反応を見て、言い直すミネルヴァさん。
み、みんな仲良くね~
「ああ、そういうことだったんですね。」
そこに静かに呟いたのはアスモラだ。
「私への指示が、
“魔王が俺を忘れるくらい、気を引きながら移動しろ”
という、随分と曖昧なものだなと思ってたんですが、……その“すまほ”とケンゴ様の間に魔王を挟むためだったんですね。」
「うん。最後に大技出すフリしてくれたおかげで、魔王に気付かれずに済んで、とても助かったよ。」
彼女は、そこでようやく腑に落ちたように頷いた。
「え?指示?いつの間に?私聞いてないわよ。」
フィオナがアスモラに詰め寄ると、私も聞いてないとミネルヴァさんも参戦する。
「私はケンゴ様に使役されているので、念話で話せるのです。」
ふふん、とドヤ顔のアスモラ。
すると、フィオナとミネルヴァさんがキッと俺を見る。
「「ケンゴ、私も使役しなさい!」」
それを見てアスモラがニヤリとした。
「あら〜、お二人とも、使役されるということは、脱げと言われたら脱ぐのよぉ。」
「いいわよ、それくらい!」
「わあ!フィオナちゃん、なんてはしたないことを〜!」
アスモラの煽りに乗っかるフィオナを、ディーノさんが慌てて止めに入った。
てか、どうして脱ぐ話になるんだ?
「あー、お取り込み中悪いんだけど、そろそろ話しても良いかな?」
突然、空中から聞き慣れない声がしたと思ったら、部屋の中央に旋風が起こり、その中心に、ひとりの青年が立っていた。
年の頃は十代後半。
スラリとしていて姿勢が良いので背が高く見えるけど、近づいて来るのを見ると、俺と変わらないかな?
短く切り揃えられたグレーの髪が、常に風に靡いているかのように揺れている。
「いやあ、正直、途中はヒヤヒヤしたけど、やり遂げられて何よりだ。」
「……誰だ?」
ディーノさんが警戒して前に出る。
青年はそれを気にも留めず、肩をすくめた。
「あー、驚かせてごめん。僕は風の精霊、マーキュリー。この封印の管理者だ。」
「管理者?」
すると、マーキュリーは突然精悍な顔つきになり、俺の前に跪いた。
え?
ナニナニ?どういうこと?
「封印は解除されました。
そして、あなたに神救出の技量ありと判断しました。」
口調が、明らかに違っていた。
「神のアルコーンである風の精霊マーキュリーは、ここに“鍵”をお渡しします。」
彼は恭しく一礼し、両手を差し出す。
その掌には、淡く輝く何かが浮かんでいた。
「は?……精霊?」
「初めて見たわ。」
「ケンゴに跪いたのか?」
一拍遅れて、仲間たちが一斉にざわめき出す。
アスモラは目を丸くし、ミネルヴァさんは身を乗り出し、ディーノさんは状況が飲み込めずにいるようだ。
フィオナは、何かに気付いたように小さく呟いた。
「精霊……?」
その声には、いつもの軽さがなかった。
そんな皆をよそ目に、俺は差し出されたマーキュリーの掌の上の「鍵」を眺めていた。
淡く輝くそれは、「鍵」……らしい。
けれど、どう見ても、ただの物体じゃない。
「……えっと」
「どうぞ受け取ってください。」
戸惑う俺に、マーキュリーの声は、静かで、揺るぎがなかった。
俺は少しだけ躊躇ってから、恐る恐る、その“鍵”に手を伸ばした。
触れた瞬間、ひんやりとした感触と共に、確かな重みが掌に伝わってくる。
俺の手の上でその淡い光は弱まりつつも、完全には消えない。
あの謎の言葉にあった「鍵」……それが今、俺に託されたのか。
そう理解した瞬間、ようやく周囲の気配が戻ってきた。
ディーノさん達が騒ぐ中、ひとりだけ、時間が止まったような視線があった。
顔を上げると、それはフィオナだった。
普段から精霊を見慣れているはずの彼女が、ただマーキュリーを見つめたまま、固まっている。
「……上位精霊……よね……」
絞り出すような声だった。
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