090 神殿調査 砂漠のダンジョン 第三階層 旧王都アルザリア
階段を降りきった先で、視界が一気に開けた。
そこにあったのは、通路でも広間でもない。
紛れもない、街だ。
石造りの建物が立ち並び、崩れた屋根や倒れた壁の向こうに、碁盤目状の通りが続いている。
まるで地上の都市を、そのまま地下に押し込めたかのような光景だった。
俺達が降り立ったのは、それが一望できる、高台だった。
「ここ、第三階層、だよな?」
俺の問いに皆が無言で頷く。
ここは確かにダンジョンの中だ。
それなのに、目の前に広がっているのは、旧王都の廃墟そのものだった。
「……どうなってるんですか、これは。」
ぽつりとそう漏らしたのは、ギョペックさんだった。
彼はしばらく街並みを見回し、それから静かに首を振る。
「私が知ってる旧王都は、こんな姿じゃなかった。」
その言葉に、全員の視線が彼に集まる。
「昔、調査で来た時は……建物の半分以上が砂に埋もれていたんです。屋根だけが頭を出してる家も珍しくなかった。」
だが今、街は砂に呑まれていない。
「そもそも……」
ギョペックさんは街を指さしながら続けた。
「街は砂に埋もれながらも地上にあったんです。」
そう。
瓦礫はある。崩壊もしている。
それでも、この旧王都は、地上にあった頃の形を保ったまま、ここに存在しているのだ。
高台から見下ろすと、街の中央にひときわ目立つ建物があった。
他の建物が崩れ、屋根を失い、壁を晒しているのに対して、そこだけは形を保っている。
「あれが……神殿かな。」
俺が呟いた声に、誰も否定しなかった。
宗教施設だと、一目で分かる造りだ。
そして何より……目的地が見えている。
ダンジョンであるはずなのに、迷わせる気配がない。
まるで最初から、あそこへ行けと言っているようだった。
俺たちは高台を道なりに降り、街へ足を踏み入れた。
通りは静かだった。
時折何処からか吹いてくる風で、崩れた瓦礫の隙間から砂がさらさらと流れ落ちる。
看板の残骸、壊れた扉、転がる生活道具。
ここで人が暮らしていたことを示すものばかりだ。
「……静かすぎるな。」
「瘴気は薄いですね。でもそれが逆に気味悪いです。」
ミネルヴァさんの言葉に、アスモラが返す。
二つ目の通りを越えたあたりで、二人の懸念は形を持った。
石畳の影から、何かが立ち上がる。
続いて、建物の陰、倒れた壁の向こう。
次々と、骨と腐肉の影が現れた。
「スケルトン……いや、ゾンビも混じってる!」
錆びた武器を引きずり、ぎこちない足取りで近づいてくる。
だが、その動きに、第二階層のような凶暴さはない。
「……元住民、ですかね。」
ギョペックさんの声はいつになく落ち着いている。
俺達は足を止めず、確実に処理して進む。
倒れていく骨と肉の塊は、やがて砂のように崩れ、街に溶けていった。
が、とにかく数が多い。
奴等はあちこちから湧き出し、神殿へ続く大通りが奴等で埋め尽くされた。
「そこが神殿だ。広場まで突っ切るぞ。」
ディーノさんの号令で、敵をなぎ倒しながら何とか神殿前の広場まで走り抜けたが、そこでものすごい数のスケルトンやゾンビ達に囲まれてしまった。
クソッ、これでは剣での応戦が間に合わない。
もう駄目かと思われたその時。
何処からともなく白く眩しい光に辺りが包まれた。
眩い光が引いたあと、そこにあったはずの敵影はすべて灰となって消えてしまった。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
武器を構えたまま、あるいは口を半開きにしたまま、全員がその光景を見つめている。
俺は足元に落ちた灰を、指先で軽くすくい上げた。
「なあ、アスモラ……今のって、浄化魔法?」
「はい。一応これでも聖職者ですから。」
「詠唱した?」
問いかけられた彼女は、少しだけ視線を逸らし、
「あの……してないです。」
「え、無詠唱?凄いことよそれ。」
フィオナが思わず声を上げる。
「無我夢中で。気づいたら、魔法が出ちゃってました。」
「いつから出来るように?」
「あの……さっきギョペックさんにライトニング発動した時からです。」
あー、あの時ね。
風が足元の灰を吹き消していく。
と、神殿に続く石段の前で、巨大な影が動いた。
「Wooo!」
牛の頭部を持つ巨体が、筋骨隆々の身体に、分厚い斧を携えて吠える。
「ミノタウロス……!」
それは神殿の入口を塞ぐように立ち、こちらを見下ろしていた。
だが、こちらへ向かってくる様子はない。
ただ立っているだけだ。
「神殿の門番ってとこか?」
「だろうな。行くぞ。」
ディーノさんの合図と同時に、戦闘が始まった。
重い一撃が、先を行く兄妹を襲う。
二人が避けると、石段が砕け、地面が揺れる。
だが動きは単調だ。
力は強いが、洗練されていない。
「……こっちも邪魔だけする、か。」
ギョペックさんを守る俺以外が連携を取り、ミノタウロスの体を確実に削っていく。
最後にアスモラが電撃を叩き込むと、ミノタウロスは膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
死体は残らなかった。
砂が霧散するように消えていく。
ディーノさんが砂の中から石となにかの塊を拾い上げた。
「これ、ミノタウロスの魔石だな。」
「魔石、大きいですね。」
「高値で売れそうだから持って帰ろう。」
その大きさに眺めていたら、ひょいと渡されたので、マジックバッグにしまっておいた。
ギョペックさんがまたもや、魔石売っちゃうんですか〜、とボヤいてたけど。
「それとこれは、多分ミノタウロスの肉だ。ダンジョンだからドロップしたようだ。」
「うわっ、立派な霜降りですね。生きてるミノタウロスの見た目は筋肉質だったのに。」
「ミノタウロスの肉は高級品よ。帰り道の野営地で食べましょうよ。」
フィオナさんや。
超ゴキゲンになっているところ悪いんだけど、まだ仕事終わってないからね。
ミノタウロスが消えたのと同時に、街の気配が変わった。
通りの奥にいたはずのゾンビやスケルトン達が、いつの間にか姿を消している。
「……引いた?」
「どうやら、門番が倒れたら役目終了、みたいですね」
神殿の入口は、静かに開かれていた。
「……入れ、ってことだな。」
「その前に、さあ。ほら。」
神殿に向かおうとした俺の袖を引いて、フィオナが目配せする。
何かと見ると、ひろはには小粒の魔石が一面に落ちていた。
「勿体ないな。この広場の分だけでも拾っていこうぜ」
こうして俺たちは、誰も喋らず、黙々と魔石を拾うという、妙にシュールな時間を過ごすことになった。
「袋を持ってきておいて良かったな。」
「パンパンね。帰り道にも拾っていきましょ。」
「それでは、今度こそ、行きますか。」
俺たちは、神殿の中へ足を踏み入れた。
読んで頂きありがとうございます。
「面白い」「続きが読みたい」と思った方は、是非ブックマークや評価をしてください。
作者が小躍りして喜びます。




