088 神殿調査 砂漠のダンジョン 第ニ階層1
階段を降りた先の第二階層も、第一階層と大きく変わらない石造りの通路だ。
壁にはところどころ風化した彫刻がある。
幅と高さが少し広がったようなので、ディーノさんはさっきよりも剣を振りやすいかもしれない。
そしてここでも、ひんやりとした風が一定の方向から流れている。
「……今度は狐か狸かな?」
冗談を呟いた直後、前方から何やら音がしてきた。
「何か来る!」
一番前を行くミネルヴァさんが、目を凝らす。
すると、骨の擦れる音と共に、スケルトンが姿を現した。
剣持ち、斧持ち。数は多いが、動きはぎこちない。
さっきと違って全然可愛くねぇ。
戦闘が始まった。
「さっきの鼬が速かったせいか、コイツらは止まって見えて余裕だな。」
ディーノさんが危な気なく、剣を振り回してスケルトン達を粉砕していく。
前衛のミネルヴァさんと二人で、ほぼ全部のスケルトンが消されていっている状況だ。流石、本職の冒険者は違うな。
偶に打ち漏らしたスケルトンが俺やギョペックさんを襲うが、ギョペックさんは護衛のバングルで守られつつ逃げ回り、最終的にフィオナが片付けてる。
「フィオナ、眺めてないでさっさと助けてあげなよ。」
「だって見てると面白いんだもん。」
「フィオナさん、酷いです。」
逃げ回りながらギョペックさんが抗議する。
その他は特に異変はない。
が、スケルトンの数が減る兆候が見られない。ディーノさんも気が付いたようだ。
「スケルトンの数が減らない。体力勝負になるのは避けたいところだ。」
「第一階層と同じとは思わないけど、そろそろ下層への階段があると思いますぞ。」
「あ!」
ギョペックさんが答えたその時、フィオナが突然叫んで壁を指差した。
思わずそこへ視線を向ける。
彼女は通路の壁に刻まれた模様を見つめていた。
渦を巻くような、どこか見覚えのある刻印。
うーん、嫌な予感しかしない。
「これって、アレだよね。」
フィオナが振り返り、軽い調子で言った。
「魔力流したら、スケルトン止まったりして。」
「待て待て、フィオナ――!」
俺が止めるより早く、
フィオナは刻印に手を伸ばしていた。
次の瞬間、渦巻き刻印から風圧みたいな揺らぎが、凄い勢いでふんっと通り過ぎた。
何だ?今の?
「お前はまたやらかす気か!」
吠える俺を見てフィオナが首を傾げる。
あれ?何も起きないな。
お?ひょっとしてフィオナ正解?
いや、音が、消えた。
辺りが急に静かになった。
剣のぶつかる音も、骨の崩れる音も、ギョペックさんが逃げ回る足音も。
すべてが、唐突に途切れた。
「……?」
ミネルヴァさんが何かを叫んでる。
だが、声が聞こえない。
異変に気付き、背筋が冷たくなった。
「フィオナ、お前何をした?」
問う俺にフィオナは首を傾げながら口を動かすが、やはり声が聞こえない。
その時だった。
フィオナの身体が、不自然に揺れた。
彼女は驚いた表情のままその場に崩れ伏せ、その脇腹がみるみる血に染まっていく。
倒れたフィオナの隣には、血が付いた剣を握るスケルトンがいた。
「フィオナ!誰か!フィオナがやられた!」
俺は思わず叫ぶが、事態に誰も気付かず、戦い続けている。
突然訪れた事態に俺はしばらく立ち尽くしていた。
フィオナが倒れている。
血が広がっている。
何が起こった?どうすればいい?
頭が追いつかない。
そんな俺の横を誰かが駆け抜けた。
アスモラだ。
彼女はスケルトンを突き飛ばすと迷いなくフィオナの傍に膝をつき、血に濡れた脇腹へ手をかざした。
淡い光が広がる。治癒魔法らしい。
応急処置程度だろうが、確かに血の流れは弱まっていく。
すると、頭の奥に声が響いた。
『落ち着いてください、ケンゴ様。』
反射的に周囲を見回す。
誰も口を動かしていない。
アスモラが俺を見据えている。彼女か?
『消音結界のようなものが張られたようです。音と、それに類する感覚が遮断されています』
「……っ!?」
思わず声を出したが、当然ながら聞こえない。
『今は会話ができません。一旦、フィオナを安全な場所へ移動させましょう』
アスモラの視線が、来た道、さっき降りてきた階段の方向を示した。
セーフティエリアを兼ねている場所だ。
スケルトンがまだ動いている。
剣を振るう音も、骨が砕ける音も、何も聞こえない。
仲間がこちらに気付いていないのが、分かる。だが呼びかける術がない。
俺は状況を飲み込む間もなく、フィオナに駆け寄り、彼女の身体を抱え上げた、その時だった。
視界の端で、ミネルヴァさんがこちらを振り返る。
次の瞬間、彼女の表情が変わった。
気付いた。
ミネルヴァさんが何か叫ぶ。
当然、聞こえない。
だが状況は伝わったらしい。
ディーノさんが即座に前へ出て、スケルトンを引きつける。
ミネルヴァさんも俺たちの前に立ち、剣を構えた。
守られながらの撤退。
音のない中で、それだけははっきり分かった。
俺とアスモラはフィオナを支えたまま、来た道を急ぐ。
背後では、剣が振るわれ、骨が砕かれているはずだが、やはり何も聞こえない。
そして、
階段へ足を踏み入れた瞬間。
「フィオナ!?」
「いつの間に……!」
「おい! 何が起きた!?」
音が、戻った。
ミネルヴァさんが息を呑む気配。
ギョペックさんの狼狽える足音。
ディーノさんの問い詰める声。
俺たちは階段脇にフィオナを寝かせると、俺はすぐにアプリを起動して回復魔法をかけた。
淡い光が傷口を覆って血は止まり、表情も次第に落ち着いていく。
その傍らで、
「さっきのは何だ?」
「音が消えたように感じましたが……」
ディーノさんとミネルヴァさんが、立て続けに問いかける。
それに対し、アスモラが簡潔に説明していた。
内容までは聞いていないが、二人とも納得した様子で頷いている。
「消音結界、ですか……」
説明を受け終えたミネルヴァさんが、額に手をやって困ったように言った。
「これでは敵の位置などの把握が疎かになります。仲間同士の連携も取りづらい……不利ですね。」
さあどうする、と皆で作戦会議が始まった。
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