082 アヌビス環珠
謁見を終えて謁見の間を出ようとしたところで、フィオナはセレナ妃に呼び止められ、セレナ妃の部屋に連れて行かれた。
控え室に戻ると、今度はディーノさんとミネルヴァさんの兄妹も侍従に連れられて出ていった。
気づけば、部屋には俺とリメアだけ。
「……二人きりになるのは、初めてですね。」
やましいことはないのに、艶めいた声に、ドキドキしてしまう。
正面に座っていた彼女が、ふいと立ち上がり、話しながら俺が座る長ソファの端に腰掛けてくる。
「そ、そう……かもな」
間の抜けた返事をしてしまい、思わず視線を逸らしてしまった。
するとリメアは、半身ほどすりっとこちらに近寄ると、俺の横顔を覗き込むようにして口を開いた。
「覚えていますか? 最初に私を召喚されたとき……」
一瞬で、あのときの光景が脳裏に蘇る。
俺は慌ててうなずく。
「あ、ああ……覚えてるよ。あの時はゴメンな。まさか裸で出てくるとは思ってなかったんだ。」
なんだ?どうして今そんな話を持ち出すんだ?
リメアはふっと目を伏せ、表情を和らげる。
「裸のまま現れて、恥ずかしくてたまらなかった私を、あなたは後ろを向いて、見ないようにしてくれました。」
リメアが、じわじわと座り直しながら俺の側まで来た。
……近い。香りまでわかる距離だ。
「それに……今回の馬車の中。お菓子を一緒に食べよう、とわざわざ使役で私を呼んでくれたのは、本当に嬉しかったです。」
その声音は柔らかく、けれどどこか艶を帯びていて、俺の胸を妙にざわつかせる。
「あのような姿に、魔人となった私を、あなたは普通の女として扱ってくれたのが嬉しいです。だから……陛下の前で、つい口にしてしまったんです。私は、あなたのものと。」
気付けば、リメアの手が俺の手に重なっていた。
温かな手のひら。
上目遣いに俺を見上げながら、彼女は囁く。
「この身も、この心も……です。何なりと言いつけてください。」
え?なになに?これはどういうこと?
どう返せばいい?
誰か教えて!
そのとき、扉がノックされ、ディーノさんたちが戻ってきた。
リメアは何事もなかったかのように手を離し、優雅に座り直す。
……俺だけが、妙に落ち着かないまま、その場に取り残されていた。
「あれぇ?なんか邪魔しちゃった?」
「はい。もっと遅くて良かったです。」
からかうディーノさんに冷たい笑顔で即座に返すリメア。
さっきとの落差が逆に怖い。
そして、ミネルヴァさん、どうして俺の隣に座るんですか。真顔なのに圧がすごい。
ミネルヴァさんは、いつもの冒険者の格好ではなく、ドレス姿なので、そんなに密着されると、柔らかな感触と温もりが伝わってきてヤバいんですけど!
「おいおい、ケンゴ。モテモテだな」
正面のディーノが面白がってニヤつきながらからかってくる。
……やめてくれ。余計に落ち着かない。
「失礼します。」
扉がノックされ、侍従が入ってきた。
「ケンゴ様、国王陛下から、こちらをお渡しするよう仰せつかっております」
ようやく、俺はリメアとミネルヴァの両側から解放され、差し出された手に乗っている物を見る。
それは、小指ほどの大きさの、六角柱のクリスタルの中にオレンジ色の小さな珠が封じられた美しい宝玉だった。光を受けて中の珠が淡く輝く。その神秘的な輝きに、思わず息を呑む。
侍従が穏やかな声で話し始めた。
「こちらはアヌビス環珠と呼ばれる宝珠です。王都には『転送魔法陣』と呼ばれるものがございます。……」
俺はその宝珠を手に取りながら、侍従の説明に耳を傾ける。
「その魔法陣は、国内の各領都や主要拠点に設置されており、これにより安全に行き来が出来るようになっております。アヌビス環珠は、その魔法陣を起動するための鍵となるものです。」
さらに侍従は宝珠の使い方についても説明してくれた。
「魔法陣の操作盤に環珠を挿し、目的地のアドレスを入力することで発動します。なおこの宝珠は、最初に魔力を籠めた者が所有者として登録され、他人が使用することはできません。」
なんか、魔法とマシンの融合みたいなモノなんだな。何処か1箇所が反旗を翻したら、そこから不届き者がこの魔法陣経由で直接王都に反乱因子を送り込むことができてしまう。それを防ぐための身元登録制なのか。
侍従は最後に付け加える。
「つまり、これを持つ者は、国王の信頼たる者、ということになります。」
う……
超便利グッズなんだけど、色々な意味で物凄く重そうだ。
思わずディーノさんを見てしまう。
「う、受け取らないわけにいかないよねぇ。」
「いかないねぇ。」
「受け取らなかったらどうなる?」
「受け取るまで軟禁かねぇ。」
「そこまでする?」
「国王からの授与品を拒むのは不敬だからねぇ。」
「……有り難く頂戴します。」
「では、宝珠に魔力を籠めてください。少しで結構です。」
言われた通り、宝珠に魔力を流すと、クリスタルの中の珠が一瞬光った。
侍従は、その宝珠を小さなケースに収めると、「ぜひ、お帰りの際に使ってみてください。」と、ニッコリ微笑みながら手渡してくれた。
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