001 仕事帰り
本編開始です。
初の連載物なので、なんかドキドキします。
「おう内藤、また遅くまでやってんな。いつものあのクライアントか?」
「あぁ早川、そうなんだよ。納品間際に大幅レイアウト変更って信じらんねぇよ。何考えてるんだか、あの馬鹿クライアント。」
「最初の構成案でレイアウトとか決めたんじゃなかったっけ?」
「勿論決めたよ。だけど、私達素人なので実際のデザイン見てみないと分かりませ〜ん、とか言って殆ど見てくれないんだ。で、後から色々あーだこーだ注文つけて、結局素人がディレクションのデザインが出来上がり、てな。」
「あ〜、だったらお前要らないじゃん。」
「だろ?俺もそう思うよ。素人なのならプロの言う事を素直に受け止めてくれってんだ。というか、素人が何で宣伝部でデザイン担当なんだよ。おかげでこっちは3日帰れずにいるっつうの。」
「はは・・それは災難だな。まだかかるのか?」
「もうすぐ現場から最終デザイン上がってくるんで、それの確認がある、って来た来た!」
デザイナーからのデータがチャットでピロリンと着信した。
「あ、じゃああと少しだな、がんばれ。終電だからお先するよ〜」
「おー、これ送ったら俺も帰るよ。お疲れ様〜」
今日もこんな時間になってしまった。
「あぁ疲れた。風呂入りてぇ。」
誰もいなくなったオフィスの電気消しながらため息をつく。
今週は馬鹿クライアントのせいでエライ目にあった。
2ヶ月かけて練り上げてきた物を、さも初見のように、こういうデザインは望んでませんとか言い出したクライアントのせいで、3日間でイチから作り直す羽目になった。
この2ヶ月間に散々やり取りしてきた中で何を見てたんだ?アイツらは。
お陰で大赤字になるわ、部長や制作チームから散々文句言われるわ。
ブツブツ文句言いながら深夜の道を行く俺は内藤健吾。中堅デザイン制作会社のプロデューサー兼ディレクターをやっている。
25歳になった今年、初めて案件を丸ごと一つ任されて頑張ってきたが、何のことはない、面倒なクライアントを押し付けられていたのだと今更思い知った。
同期の戸橋がこの件でやたらと俺を上司に推薦してたのがおかしいと思ってたんだけど、今思えば、俺への嫌がらせだったんだな。
その後に、手が空いてるからとあいつが担当した案件は成長案件だった事を考えると、どこからかその情報を入手してきてたんだと思う。
散々文句を言いながらも付き合ってくれた制作チームが、一緒になんとかやり切った妙な連帯感で飲みに誘ってくれたけど、そんな気力も体力も尽きていて断って帰ってきたのは申し訳なかったな。
今度付き合うから今日は許して。風呂入りたいんだよ。
終電には間に合ったものの、それは住んでる町の一駅手前が終点なので、そこからは歩いて帰ることになる。満員の電車内ではやることがないので、俺は隣の人から元気を吸い取るイメージをする。よくアニメとかで相手の力を吸収する技があるけど、あんなイメージだ。そうするとなんか元気を少し取り戻したような気になっているだけなんだけど。
そんな満員電車に揺られて、後ろの女性の胸を背中で楽しみながらぼやっと考え事をする。
馬鹿クライアントの仕事のせいで、ここ最近は副業のことを考えることが多い。
いや、副業はまだやってないんだけどね。ほら、世間では動画配信なんかでタレント並みに儲けてる人とかいるじゃない?
独身なんで今の給料でも問題無いんだけど人生何があるか分からないから、会社をいきなりほっぽりだされても生きていけるように、副収入は確保しておこうかなと考えた・・・けどこれだと思うものがなかなか見つからずにいる。
よく、デザイン会社にいるんだから、SNS用のメッセージアイコンとか作ればいいじゃん、と言われるんだけど、いや、俺はデザイナーじゃないから。しがないプロデューサーなので、絵を描くなんてそんなスキルは持ってません。
せめて描画ソフトを使えるスキルでも有れば違ったのに。今からでもコピーライターの修行をするか? なんて思ってたら、最近はChat-AIが広告コピーを書く時代になったんだとか。スマホからでも使えるというので、試しにアプリを入れてやってみたら、そのまま広告に使えそうなコピーが簡単にいくつも出てきて、愕然としたのを覚えている。
ヤバいよねこれは。この業界、人間に残されたのはアイデアやセンスの分野のみなのか?
終点の改札出てスマホを取り出し、歩きながらネットニュースを読み始める。ここ最近やり始めたのが、ネットニュースから興味を引いたワードをたどって色々な情報を読むこと。
全く知らなかった面白い情報にたどり着いたりして、企画のネタ集めになるし暇つぶしにしてはなかなか楽しい。
休日なら同じようにして動画配信番組を見たりもしている。番組メニューから目についた物を視聴して、その後はオススメで出てきたものから面白そうなものを見ている。最近は何故か天文学系とアニメに偏り始めているけど。
今、スマホの画面には宇宙はダークマターという物質で満たされているという説の記事が。これ、この間見たサイエンス番組でも言ってたな。頭の中では、透明なジェルの中をゆっくり移動する地球が・・・真空じゃない宇宙ってイメージしにくい。
髄分歩いてやっとこさ自宅近くまで来た。
深夜の住宅街って物凄く静かでちょっと怖い。
昔住んでた町で、夜の公園脇の道を歩いていたら、俺のすぐ横に勢いよく止まったパトカーから数人の警官が飛び出し、無線の指示を受けながらバラバラと公園を囲むように走り去っていったのを思い出した。
後日知った話では、一筋向こうで殺人事件があったそうで、その犯人があの公園で捕まったらしい。
殺人犯のすぐ脇を呑気に歩いていたんだと知って、住宅街といえども油断はできないと思った経験だった。
そんなことを思い出したので、早く帰ろうと少し早足になったところで、
ん?何だ?
何気に横目でチラ見した路地に何か光るものが。
ちょっと戻ってもう一度路地を覗いてみる。
赤に近い濃いピンク色の光。
一瞬、何かお店のネオンかと思ったけど、壁じゃなくて地面が光ってるし滑るように動いてる。
怖いもの見たさが勝って路地に入ってみた。
繁華街でよく見る道路に店名とかを映すライトかな?でもこんな住宅街にお店なんかあったっけ?
いや、ライトで照らされてるんじゃない、地面が光ってる。
大きさは鍋の蓋くらい。
何か文字のようなものや、幾何学模様のような物が地面で濃いピンク色に光りながら回ってる。
これって、あれじゃない?
「魔法陣?」
うん、そうだ。
最近良く見るようになったアニメによく出てくるそれだ。
何かを探すように地面をフラフラと滑っている。
なんか今、俺凄いもの見てる?!
思ってたより小さいけど、間違いなく魔法陣だよ!
本当に有るんだ!
体が熱い。息をするのも忘れるくらい興奮してるのが自覚できる。
あ!これ動画撮っておこう!どっかに投稿すれば副収入になるんじゃないのか?
慌てて手に持っていたスマホのカメラを起動。動画撮影モードに切替えた時、
「あっ!やべっ!」
手が滑ってスマホを落としてしまった。
スマホが壊れちゃう!
咄嗟に落ちるスマホに手を伸ばす。
落ちるスマホの下に魔法陣が滑り寄ってくる。
地面にぶつかる直前に無事スマホを掴んだその時、魔法陣が強く光り、その光がスマホを包み込んだ。
俺の目の前でスマホが魔法陣に吸い込まれていく。
スマホを掴んでいる俺の手も一緒に吸い込まれていく。
「え?え?俺の手が!」
そして、息を呑んでいる俺の体もそのまま吸い込まれていく。
魔法陣は跡も残さずフッと消え、いつもの深夜の住宅街に戻った。
猫がひと鳴きした。
目眩がおさまると、眼の前に神父のような格好をした人が沢山並んでいる。
中世ヨーロッパの貴族のような格好の男の姿もある。
周りは森の中の少し開けた場所で、その真ん中に俺が横倒しになっていた。
あれ?どうなった?ここ何処?この人達は誰?
起き上がる俺を神父達が驚いた表情で見てる。
自分の足元に魔法陣が描かれているのを見て俺は悟った。アニメでよく見たよ、このシーン。
俺は異世界に召喚されたんだ。
これからはここで勇者として生きていくんだ。
読んでいただきありがとうございます。
直前に書き直しをしたので、誤字脱字があるやも知れず、もし見つけられたらご指摘いただけると助かります。
また、皆さんのアクセスタイミングなど見つつ、更新していきます。
よろしくお願いします。




