表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

この力、然るべき時に授けられる事を切に願う…

 〜ローゼン・エーデルシュタイン王城〜


「ふむ……やはり妾が王座に座するのを嫌がる者が多いな。」

「歴代の王には女王も少なからずおりますがなぁ……」

「致し方あるまい、妾の打ち出す政策の尽くが反対するもの達の力を削ぐものじゃからの。」

「しかし国としての力は遥かに高まっておりますがなぁ。」

「自身の懐が痛むのが許せんのであろ?大方隠し財産にでも手をつけねばやっていられなくなったのであろうよ。」


 傭兵ソラ・カケルがローゼン・エーデルシュタインを去って早1年、あの事件があってから妾が王位を継承したが……あの様な事件を二度と起こすまいと無駄に金だけは持つ貴族共からは絞り、平民には豊かな生活を送れるような支援を行って行った結果この政策に同意した貴族からはより結束を強くするよう結び付きが強化され、反対したものからは常に突き上げを食らっている状況じゃな。


 それ等をヴェネス姉様の処理速度を駆使して尽くを押さえつけ、正しい情報を持って反論をする事で妾の王位は誰にも揺るがされることの無い確固たるものにする事が出来た。


 妾自身がAMRSを駆り戦地に赴くことも無く、完全に『Wonder Jäger』がホコリを被ってしまっているが……それはそれで良い事だと思っておる。


 シュトラーセの生みの親である第四妃と育ての親であるシュヴァイゲンがあの戦いで亡くなり、部屋から出られなくなってしまったからのぉ…未だにあの部屋に入れるのは妾とシックザール、それにヴェネス姉様だけじゃし。

 そのような状況で長期間王城を離れることなど出来るはずもなし、可能であればソラ達にシュトラーセは連れて行ってもらいたかったのじゃが「…私は…ここに残ります…お母さま達との思い出が…あまりにもここにはありすぎるのです。手放せないのです…」と言われてしまってはな。


 ソラ達も「我々にはその傷を埋めることはできません、忘れろとも、抱えろとも言いません。ただ一つだけ…いつか乗りこえてください。」とだけ伝えていった。


 薄情者?何をバカなことを、シュトラーセにあれ以上の言葉は帰って傷をえぐるだけじゃ。最適な言葉だったと妾は思っておるよ。


「しかし…ここのところ少し妙な動きがあるのぉ?」

「妙…とは?」

「うむ、AMRS生産数が妙に多くなっておる。国防にかけるにしては些か過剰すぎるともいえる数じゃ。」

「各貴族に保有数は制限されているのでは?」

「うむ、予備機として保有する分も含めて…じゃがそれにしてもあふれるんじゃよ。これではまるで軍部が結託しているかのようじゃ。」

「…まずいのでは?」

「一度監査に踏み出すかのぉ…」


 どこまで行っても自分の利権が脅かされると困るのは人の性と言う事か、もう充分に自分の懐は温かいというのに…一度手に入れてしまったものはどこまでも求めてしまうという事かのぉ…


「うむ、ヴェネスとシックザールを呼んでくれ。納品先となっている軍部格納庫に行く。」

「承知しました、では…」


 宰相が席を外し2人を呼びに部屋から出ていく、宰相がただの傍仕えを呼びに行くのか?と言われるかもしれんが正直宰相よりもポストとしての立ち位置は2人の方が高い。妾の側近としての側面と護衛としての側面があるからの、宰相としても滅多に触れる事の出来ん人間と言う事じゃな。


 この宰相自体、腹に一物抱えているような人間ではあるが未だにその尻尾を見せるようなことも無いし優秀ではある故に切るに切りづらい存在ではあるのぉ。


「失礼いたします、ハーレイ陛下。」

『失礼いたします、お呼びとのことで参りました。』

「うむ、軍部のAMRS格納庫へ急遽視察へ向かう事になったのでな。」


 事のあらましを2人に伝え、納得してもらったうえで早速向かうことにした。一応全員最低限の自衛はできるように仕込み武器自体は用意しておいてはおるがな、杞憂に終わればそれでよし。杞憂でないのであれば…その時はその時になるであろうて。


「では…参るか。」

「『Yes,your Majesty』」


 身を正して早速妾達は格納庫に向かった、シュトラーセの部屋に不穏な影が近づいていたことに等気が付きもせずに。


 ----------------------------------------------------------------------------------


 ~ローゼン・エーデルシュタイン軍用AMRS第36格納庫~


「で?これはいったいどういう事かのぉ?ゲルリッヒ卿、クーデターでも起こそうというのか?」

「流石は陛下、我らは貴方の政策に嫌気がさしていたのですよ。何が持たざる者には持つものから施せか、我ら貴族はそのような下賤な物の為に存在しているのではないのです。たかが1平民如き吐き捨てるほどに居るのだから、そのようなものを富ませるよりも我ら貴族が富む方が国防にも…何もかもにおいて優れているにきまっている!!」

「愚かな物よのぉ…もはやおぬしら貴族なぞ国の税金を勝手に食い散らかす害虫だということに何故気が付かん、国防軍にももはやおぬしらのような貴族は頭の凝り固まったバカが上層部で甘い汁をすすっているだけにすぎん。最前線では平民上がりと貴様らが揶揄する者達が死を覚悟しながら戦っていたというのに、貴様らの子息子女は何をしていた?ただ自分の領地でぬくぬくとしておっただけではないか?妾ですら最前線に赴いたというに、貴様ら如きが上に立つなど片腹痛いにもほどがあるわ。」

「黙って聞いていれば勝手なことを…貴様のような小娘に何が!!」

「わかるわけなかろう?そのような愚物共の考えなど、余は常に国民すべてのことを考えて居る。故に害虫を駆除することに苦悩も何もないわ。」


 カッとなったのであろうゲルリッヒ卿(軍部最高官僚)が拳を振り上げ妾を殴り飛ばした…うむ、痛いな。これほどの痛みを味わうのは生まれて初めてかもしれん、教師の鞭ですらここまで痛いとは思わなんだ。


 格納庫に来て早々に捕らえられてしまった故、妾もシックザールもヴェネス姉様もバラバラにとらえられてしまったでな。ヴェネス姉様であれば一人でも脱出は可能であろうが…妾とシックザールを人質として取られている以上下手な真似は出来んであろうし、よりにもよって妾とシックザールの位置を常に伝えるための発信機を取られてしまったのでなぁ…より困難になってしまったというわけじゃよ。


「ふっ…まぁいい、どうせ貴様にはもう未来などない。我々には新しく王座に坐する方が既にいらっしゃるのでな。」

「兄上たちならばもはやその気などなかろうよ、妾以下の王族も先の事件で軒並み逝ってしまったからの。」

「ふっ…まだ一人いらっしゃるではありませんか。我らの傀儡として最も都合がいい存在がね。」

「まさかっ!!」

「もう遅い!!シュトラーセ殿下の元にはすでにゲルドヴェン宰相が向かっている!!後は貴様を処分し、シュトラーセ殿下を我らの思うように動く人形に仕立てるのみ!!」

「きっさまぁぁぁぁぁぁ!!」


 宰相がここまで正体を現さなかったのはこの為か!!妾がAMRSの納入数に疑問を抱き、格納庫に向かったタイミングでクーデター…もとい妾達を暗殺し、空席になった王座に唯一継承権を持ったシュトラーセを座らせ実質的に国を仕切るのは甘い汁をすする為に集ったクズどもというわけか!!


 抜かった物よ…!!少し考えればわかったことではないか!!ここまで宰相を泳がせていたことも、格納庫に向かう道で妨害と呼べるようなものが一切なかったこともすべて計画の内だったという事かっ!!


「ではハーレイ陛下…計画の完了までは生かして差し上げましょう、あなたには最後にシュトラーセ殿下の前で死んでいただかなくてはなりませんからね。」

「妾をシュトラーセの前で殺し…精神が崩壊したあの子を操るか!!」

「然り、そして仮にも女王ですから我が息子でも婿として嫁げば我らが王族となることも出来るっ!!」

「クズがっ!!」


 思わず悪態をついてしまう、しかし妾は四肢を拘束され身動き一つとることも叶わん。

 ここで下賤なものに身を汚されるようなことこそないのがせめてもの幸いか…いや…そんなことも無いな、恐らくじゃがシュトラーセの前に連れ出すのは妾だけ…シックザールとヴェネス姉様はここに捕らえられたままになるか妾の処刑後に同じく殺されてしまうであろう。


「では陛下、そのお役目が来る時まで…」

「…くそっ…」


 あぁ…許してください…ヴァイザー妃様…シュヴァイゲン…妾は…シュトラーセを…自由に出来ぬ…愚かな姉であった…


 ----------------------------------------------------------------------------------


 ~ローゼン・エーデルシュタイン王城 第12王女 ローゼン・ツヴォルフ・プリンツ・ザイデンシュトラーセ自室~


「お姉さま…何処へ行かれたのですか…」


 お姉さま達が「視察に向かってくるでな」と言って早2日、その間私は自室から一切外に出ておりません。母上もシュヴァイゲンもいない王城は最早私の知る物とは大きく変わり果ててしまったのですから…お姉さまやシックザール、ヴェネスが時折私を散歩に連れ出してくれる時以外は一切外に出ることなどなかったのです。


「母上…シュヴァイゲン…私は…どうすればいいのでしょう…」


 あの事件の前、二人から誕生日プレゼントとしてもらったタブレット。

 今もそのモニターには二人が存命だったころ、仲良く並んで微笑んでいる姿が映されている。


「うっ…ううぅ…」


 ダメだ…もう1年経っているというのに…未だに私は2人の影を追う事しかできない、ソラ様はそんな私に「乗りこえてください」とだけ言って去っていきました。わかっているんです…いつかこの苦しみも乗り越えないといけない事なんて、でもまだ無理なのです。


 どうしても2人が居た頃の幸せな時間が忘れられないのです、お姉様はそんな私を捨てることも無くただ寄り添ってくれてはいますが…よく無い輩が私の付近をうろついていることは部屋の中に居てもわかります。


「…まで…ているのだ!!……画はもう…ぞ!!」


 部屋の外から怒号が聞こえてくるのがわかります、私の部屋にはオートメーション化されたフードメーカーがありますから外部から食事を給仕される必要がありません。これもソラ様が用意してくれたものではありますが、これほど助かる物はありませんでした。


 むやみやたらと自室に誰かを入れることなどしたくなかった私にとって、給仕の物ですら煩わしい物だったのですから。お姉様はそのあたりも理解を示してくださっていて、私の部屋には登録されたもの以外入ることが出来ないようセキュリティもかけてくれました。ソラ様のお力を借りたものだと聞いています。


 今の私は言うなれば『飛ぶ力を得ているのに未だ飛び立とうとしないひな鳥』でしょうね、恐らくですが外で怒号を発しているのは私を使って何かを企てようとしている者でしょう。


 お姉様がいては私などいても意味がないという…の…に?


「お…おねえ…さま?」


 自分の考えが浮かんだ直後に、顔から血の気が引いて行ったのがわかりました。


 お姉様は未だ帰ってきていない、いつもなら日に何度も訪ねてきてくれていたというのに。私の部屋の前で怒号など発するものは今まで一人としていなかったというのに、お姉様が居なくなったその日から常にここにいて…


「う…うそ…ですよね?お姉様…お姉様まで…そんな…そんな!!」


 目から涙があふれてしまいます、母上とシュヴァイゲンに続きお姉様まで私の前からいなくなってしまう。それを考えた瞬間に私は強烈な嘔吐感に襲われ、胃の中にあったものをその場で吐き出してしまいます。


 外に人がいるという事だけはわかっていたので声は出さなかったと思います、それでもあふれる感情は抑える音が出来ずベッドにあったものを所かまわず投げつけ部屋の中はとんでもないことになってしまっています。


「もう良い!!無理やりにでも引きずり出してやる!!」


 その声が聞こえた後「ドガァン!!」という轟音と共に扉が大きく揺れました、どうやら無理やりにでも扉を突破しようとしているようです。


「あ…あぁ…うぅ…」


 もう感情がよく分からない事になってしまって、ただただ私は2人の姿が映るタブレットを抱きしめていました。お姉様もシックザールもヴェネスもいない私には、もはやすがる物がこれしかなかったからです。


 ただただ嗚咽を漏らしながら目を閉じ、ギュッと母上とシュヴァイゲンに抱きしめてもらっていた時のように身体を縮こまって部屋の角で震えていました。


「もう…もう…私は…わたくしは!!失いたくないのです!!大切な…わたくしの大切な人を!!もう二度と!!」


 タブレットを抱きしめた格好のまま、泣き叫ぶようにお姉様達の危機を悟り、それでもあきらめたくないからと叫ぶようにその言葉を口にしたときでした。

 ふいにタブレットから二人の声が聞こえたのです。


『『覚悟は決まりましたか?』』

「母上…?シュヴァイゲン…?」


 今まで静止画でしかなかった2人の姿が急に動画に変わったのです、その姿は在りし日のままで、わたくしにいつも優しく、時に厳しく接してくれたあの時のままでした。


『シュトラーセ、この映像を見ているということはわたくしがあなたの傍にはいないという事ですわね。ごめんなさいね、あなたを一人にしてしまって。』

『申し訳ございません、シュトラーセ様…このシュヴァイゲン殿下の成長をこの目に出来ない事を心苦しく思っております。』

「あ…あぁ…!!母上!!シュヴァイゲン!!」


 扉を叩く音は未だ大きく響き渡り、今にも破壊されそうなほどに歪んでいるというのに破壊される兆しが見えないのはお姉様がどれだけ希少な素材を用意してくれたのかが分かる物です。

 ですがそんな音が聞こえないほどに、母上とシュヴァイゲンの声が私の耳には大きく…強く響いていたのです。


『きっとこの映像を見ているあなたは今までにない程の危機に見舞われているという事でしょう。』

『そんなときが訪れてしまった際に備え、私シュヴァイゲンと第4妃様はこのようなものを用意させていただきました。』

「なぜ…なぜこのようなものを用意したのです…それならば…」

『きっとあなたは「なぜこのようなものを用意したのです、それならば(わたし)と一緒に生きていてほしかった。」とでも言っていることでしょうね?そうでしょう?シュヴァイゲン。』

『はい…きっとシュトラーセ様であればそう言っていたことでしょう。』

「っ…!!」


 もう1年前に亡くなっているというのに、私の言いたかったことを言い当てられてしまい思わず閉口しました。


『わかりますよ、わたくしはあなたの母ですよ?生みの親と育ての親が、自身の子の考えがわからぬ道理がどこにありますか?』

『その通りですね、シュトラーセ様…わかってしまうものなのです。いつも私にばれないようにとAMRS教本を本棚の2段目にあったお気に入りの本の裏に隠していたことなど私にはお見通しです。』

『まぁ!!そんなものを貴方は読んでいたのね、それはわたくしも知らなかったわ。』

『ふふふっ、育ての親としての役得な部分ですね。』


 絶対知られないと思っていたのに、AMRS教本はこっそりと王城に居た兵士からもらったものだ。教本として記載してあること自体は旧世代機の物だったが、私にはとても真新しく好奇心をくすぐられるものだったので擦り切れるまで読んだものだ。


『さて…あまり長く話していても仕方がありませんね。』

『はい妃殿下、時間も押しているようですし。』

「あっ…待って!!まだ!!」


 2人が幸せそうに話すこの映像が止まってほしくない、終わってほしくない一心でわたくしは画面をタップしますが映像は止まらずに、無情なほどに再生を続けます。


『シュトラーセ、もしあなたが力を欲する日が来たのならばわたくしは…いえ…わたくしとシュヴァイゲンはその思いに答えてコレを送りましょう。』

「うっ…うぅ…これ?」

『教えて差し上げることが出来なかったことは数多く御座います…ですが…それは殿下を愛し、共にいてくれる方々から受け取ることが出来るでしょう。』

『良いですかシュトラーセ、力はただ力。多く持ちすぎる事も愚かですが、無用と捨てるのもまた愚か。』

『殿下に渡すものは『護る為の力』です、今…殿下が必要だと思うのならばこれを受け取ってくださいませ。』

『あなたの願いが…あなたの思いが定めたことを成すべき為ならば。』

『ですが…私が望むのはこの映像が再生されることなく、殿下が10歳の誕生日を迎えられた時のことです。』

『今…この映像が再生されているあなたには…届かない願いですがね?』


 2人が顔を見合わせて、二人の想いを伝えてくれました。


『『どうか、幸せにおなりなさい。()()()()()()。』』

「うっ…うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 優しく微笑む二人、わたくしの2人の母上。公務で忙しくとも、身体の弱かったわたくしを労わり厳しくも優しくしてくれたヴァイザー母上に存命中は決して殿下を外すことなく私につかえてくれたシュヴァイゲン。


 その二人から…立場や何もかもを感じさせない、ただ…娘を優しく呼ぶような声で…生まれて初めて聞いた声色で聞いたのだ。


()()()()()()


 と。


 ただ…嬉しかった、愛されていないと思ったことはない。むしろ愛され過ぎていると思うくらいだった、だがこんなふうに声をかけられたことはついぞなかったのです。


「ヴァイザー母上…シュヴァイゲンお母様…シュトは…シュトは!!」


 溢れる涙を抑えることなど出来るはずもなく、ただわたくしの名を呼んで微笑んだまま止まってしまったタブレットを抱きしめて私は泣きました。

 強固な扉も、度重なる衝撃を受け今にも突破されそうになっています。


「…ズズッ…これ…は?」


 いつの間にかタブレットに『Now Approach to Die Wiege des geliebten Kindes』の表示とタイマーが表示されています。


 そして、そのタイマーが0に近づいてくるにつれてソラ様のアヴァロンに居た頃時折聞こえてきていた音とそっくりな音が近づいてきていたのです。

『ドゴォォォォォン!!』と言う爆音と共にわたくしの部屋の外壁が崩れ落ちました、そしてそこに佇んでいたのは()()()でペイントされたAMRSでした。


「こ…れは…?…ッ!!」


 独りでにコックピットハッチが解放され、マニピュレーターが私を招き入れるかのように私の目の前に差し出されました。

 既に扉は突破される寸前、この正体不明のAMRSが現れたせいで軍部の機体も集まってくることでしょう。わたくしに残された道は一つしかもうないのです…もう誰も…私の前から失わせないためには…


「わたくしを連れて行きなさい!!『カインド』!!」


 その声に答えるようにカインドはマニピュレーターをコックピットハッチへと近づけて、私が乗り込みハッチを閉じたと同時に扉は突破されました。


「何がどうなっている!!」

「なんだこのAMRSは!!」


 叫んでいる声がコックピットで響きます、でもそんなことは気にしていられません。


「Die…Wiege…des…geliebten…Kindes…愛し子の…揺り籠…」


 シートに座るとせりあがってきたバーにわたくしは自然とタブレットを接続しました、そうするとタブレットに「Die Wiege des geliebten Kindes The operating system boots in a few seconds.」と表示されたのです。


「この機体は…一体?」

『これは私シュヴァイゲンがソラ様協力の元、シュトラーセ…あなたに向けて建造した機体です。あなたの力になれる事を願います。』

「シュヴァイゲン…」


 コックピットに突然シュヴァイゲンの声が響いてびっくりしましたが…それがある意味粋なサプライズだったのでこれについては何も言いません。


「A valon

  M obility

  R obot

  S urvive」


 タブレットだったモニターにそのように表示されます、Aの部分がALLではなくAVALONになっているのが良いですね。ソラ様達アヴァロン製だという事が一目でわかります。


「さて…お姉様達を助けに参りましょうか!!」


 操縦桿を引き、フットペダルを踏みこむ。カインドのメインカメラがひときわ強く発光し、身を屈めてその場から一気に飛び立った。


「待っていて下さい……お姉様!!」


 わたくしはお姉様が向かうと言っていた第36格納庫に向かったのです。


 ----------------------------------------------------------------------------------


 〜???(ローゼン・エーデルベルク・シュヴェルト・ハーレイ監禁地点)〜


「なに!?シュトラーセ殿下の確保に失敗しただと!?」

「はっ!!正体不明のAMRSが突如出現、そのAMRSに殿下は搭乗し36番格納庫に向かっているとのことです!!」

「どういう事だ……殿下に専用機など無いはず……それに、シミュレーションもろくにしていないはずの小娘が初見で操れる程AMRSの操縦は容易くないぞ!!」


 監禁部屋の外からそんな会話が聞こえてくる、そうか…シュトの奴遂に呼び出してしまったか。

 叶うならばあの子が10の歳になるまではそんなことが起こってほしくはなかったんじゃがなぁ…こうなってしまえば仕方のない事なのかもしれんが、これで少なくともあの子に迫る危機は去ったということかのぉ。


「これでは計画に狂いが出てしまうではないか!!」

「しかし向こうはAMRSです、生身の人間に攻撃するのは不向き!!」

「むっ…それもそうか、こちらには人質もいる事だしな。」


 相変わらず下種な輩しかおらんものよ、いったいどれだけ下種な考えを吐き出せば気が済むのだろうか。これじゃから貴族主義なぞ嫌いなんじゃ、自分が選ばれた人間だという選民思想に凝り固まった人間があまりにも量産され過ぎてしまう。


 今の貴族共など、ろくに何もしておらんくせにその立場にしがみつく哀れな子豚にすぎんと言うのに…


「それは妾も同じなのかもしれんがな…何が王じゃ…何が王族じゃ…」


 思わず自分に対しても悪態を吐いてしまう、自分の立場にあぐらをかいていたつもりはないし出来るのならばこの席など欲しくはなかった。だが、そうなってしまう立場だったからこの席に座っただけ。


「むなしくなってしまうのぉ…」


 格納庫から子の監禁部屋に移送される時は目隠しをされていたために、ここがどこなのかは詳しく察することこそできんが大まかな予想は付く。


 ここはアヴァロンが駐留していたあのドックじゃろうな、おおかたアヴァロン側のシステムでネズミが入りこめなくなっていたことを知らずに、ここの防衛システムはどんなネズミも入りこむことはできないとでも思っておるんじゃろ。


 あれはモルガン殿が監視システムを掌握していたからこそできた芸当じゃ、我らにそんな高度なシステムを構築できるわけなかろうに。本当に…バカばかりじゃなぁ。


「他の人質は?」

「問題なく、こちらに移送は完了しています。無論、同時解放されることは避けるために場所は話してありますがね。」

「よし、もしこの場にシュトラーセ殿下が攻めてくればそこで人質を利用し投降を促すのだ。」

「了解しました。」


 最早隠すこともせんのぉ、囚われの人間に出来ることなど何もないと言いたいんじゃろうが…ヴェネス姉様に聞かれでもしていたら速攻でお主ら全滅しておるぞ?


『…か…ハーレイ陛下…聞こえますか?』

「!?ヴェネッ…」

『声は出さなくて結構です、この通信は脳波を読み取り音声として私に伝えられますので。申し訳ございません。元の監禁場所ではEMPが発動しておりこの機能がうまく発動しませんでしたので…』

「構わん、しかしここにはEMPがないと?」

『いえ、マスターがこういった場合に備えこのドック内に私専用の中和装置をいくつか隠しておいてくれたのです。』

「相変わらずソラの先見の明にはあきれ果てるのぉ…」

『既にシックザール様とは連絡を取っております、この通信では私との回線しか開けませんので先にお伝えいたします。』

「うむ、シックザールは無事か?」

『陛下ほどなにもされていないというわけでは無かったようですが、少なくとも尊厳を奪われるような行為は行われなかったそうです。』

「それをされていたと聞けば妾は間違いなく暴れていたぞ…」

『相手にとっては不幸中の幸いですね。』


 ヴェネス姉様からの通信には驚いたが、ここにきて捕らえられた妾達が連絡を取り合う手段を得られたというのは好機に違いない。

 シックザールもヴェネス姉様も特に強引な事はされていないという事にも胸を下ろせるしのぉ、しかし…どうやって敵の手から逃れるか。それが問題じゃな。


「ヴェネス姉様よ、コニーゲはここまで誘導できるか?」

『既に自動運転で稼働中です、パッケージについては『Wonder Jager』を選択しております。』

「最善手じゃな、それでいい。後はコニーゲが来るのが先か…シュトが来るのが先か…それとも…」

「ハーレイ陛下!!あなたにはこれから死んでもらう!!」

「妾が死ぬのが先かのぉ…?」


 どうやらシュトの奴、ヴェネス姉様の発する動力炉パターンを検知してこっちに向かって居る様じゃな。それでこちらに急速接近してくるカインドに焦ったというところかの?


『陛下…コニーゲ到達まであと10分ほどかかってしまいます、なんとか時間を稼いでください。』

「…わかっておる。」

「さぁ、妹君ををめる為の人柱となってもらおうか!!来いっ!!」


 手足を縛られて自由も無いというのにずいぶんと乱暴にしてくれるものじゃのぉ、乙女の髪を引っ掴んで引っ張るなど貴族の川上にも置けんわ。


「まだだ…まだ我々は…私は止まらぬ!!」

「現実を見る目すら曇ったか…」

「やかましい!!」


 思わず口に出した言葉が癇に障ったのだろう、妾を蹴り飛ばしおってからに…息が苦しいし内臓に傷でも負ったか?せき込んだ時に血が混じってしまったではないか。


「かはっ…どうあがいても…シュトは止まらんよ…あの子は乗りこえた…」

「黙れ…黙れ黙れ黙れぇ!!」

「ぐふぅ!?…けほっ!!良い…のか?あの子の前で死ぬより先にここで妾を果てさせても…」

「くっ…減らず口を…来い!!」


 ぶちぶちと髪の毛が引きちぎられる音と共に、少しずつ陽の光が強くなっていく。

「ここだ…行けっ!!」と声を荒げて妾を無理やり立ち上がらせたと思ったら蹴り飛ばしおった、やれやれ…自身の妻にもこのような事を日常的に行っていたんじゃろうか?程度が知れるのぉ…


 二日ぶりの日の光は些かまぶしすぎる、目を細めてなんとか目が光に慣れて周囲を見渡せば。妾のいる場所はまるで処刑台のようになっていた、左右にはAMRSが立ちこちらに銃口を向けて居るな。


「これでは時間稼ぎも何もないのぉ…」


 独り言のように口に出た言葉が、その現実を否応なく突きつける。最早妾の命は風前の灯火、シュトがいかに抵抗しようともここで妾の命は尽きるであろうな。


「シュトよ…どうかふがいない姉を許しておくれ…」


 空に顔を向け静かに目を閉じてそんなことをつぶやく、少しずつ近づいてくるAMRSのスラスター音に耳を澄ませながら。


 ----------------------------------------------------------------------------------


 ~ローゼン・エーデルシュタイン軍港(アヴァロン駐艦専用ドック)~


「お姉様を…放しなさい!!」

「おぉっとシュトラーセ殿下、それ以上近づかれては困りますなぁ。さもなくばあなたの姉上は即座に木っ端みじんとなるでしょうからなぁ。」

「下賤な…」


 お姉様達が向かった格納庫にカインドで向かっていた途中で、モニターに『VENES』と表示されたことに気が付きそれがお姉様の傍付きであるヴェネス様であることに気が付いたわたくしはすぐにそちらに進路を変更しました。


 たどり着いたのはかつてアヴァロンが駐艦していたドック、元は軍港として王族が乗艦する艦艇を駐留させるためのドックだったのですがいつのまにかソラ様達の母艦であるアヴァロン専用ドックになっていた場所です。


 近づくにつれ、望遠カメラに表示される人影に安堵するとともに焦燥感にかられました。

 おいたわしい姿になられたお姉様…衣服も、いつもつややかだった御髪もぼろぼろで、口元には血がにじんでいました。


 そして、500mほどの距離まで近づいたところでお姉様を人質に取った者から静止をかけられたのです。


「いつの間に専用機など建造されていたのです?その期待は我々のデータベースには存在しない、建造工場にもそのような機体を建造した履歴も無い。是非参考までに教えていただきたいものですねぇ。」

「あなたの様なクズに教えられるほど、この機体の情報は安くはないのです。お姉様を早く解放なさい。」

「っ!!ふっ…ははははは!!たった一機で何が出来るというのか!!殿下の機体が陛下を保護するまでにかかる時間よりも早く、我々がその命を刈り取るでしょうなぁ!!」

「やれるものなら…やってみなさい!!」

「強情な…!!各機!!あの機体を撃破しろ!!但しパイロットは殺すな!!最悪命さえあればいい!!」

「逃げろシュト!!お主ではまだ!!」

「逃げませんお姉様!!シュトは…わたくしはもう逃げないと決めたのです!!」


 潜伏していたAMRSが一斉に攻撃を仕掛けてきます、カインドの対実・対光学障壁盾『スヴェル』を展開し攻撃の一切を無効化し反撃に。

 対AMRS用誘導弾システム『チェストナット』がスヴェルの裏面から一気に発射され、束になって襲い掛かってきたAMRS群を一掃しました。


 わたくしでもこれだけの使用ができるというのは…昔アヴァロンに居た頃使わせていただたシミュレーターで使った機体のデータとそっくりだったから。あの時からシュヴァイゲンは…わたくしの為に用意してくれていたのですね…


「この程度でわたくしを止められると思って!?舐めないでください!!」

「くっ!!たかが小娘1人に何を手こずっている!!さっさと捕獲しろ!!」

「むっ…無理です!!あの大型シールド…実弾もエネルギー弾も通用しません!!」

「バカな!?そんなわけがあるか!!」


 ローゼン・エーデルシュタイン…いえ、現代のAMRS建造技術において対実弾・対エネルギー弾の両方に耐性を持つ装甲は存在しません。これは教本などでも書かれていたことなのでわたくしは知っていました、スヴェルは実体弾に対しては装甲そのもので防ぎエネルギー弾に対しては内蔵された反応炉から供給されるエネルギーを活用した重力レンズで弾道そのものを逸らすようです。


 だから実質的には両方に耐性があるわけでは無いのですが…都合のいい方に解釈してくれたのなら何よりです。


「皆…その者に従う理由は何です?」

「我らは大義の為に!!」

「ハーレイ殿下の政治は我ら貴族をないがしろにしている!!」

「それを正すためだ!!」

「…はぁ…それがあなたたちの主張というわけですか…くだらない…」

「「「なにっ!?」」」

「わたくしの感じたことを理解できない時点であなたたちは終わりです。」


 高度を下ろし着陸した瞬間にわたくしは脚部アンカーを下ろし機体を固定、もう一つのハードポイントに接続された対艦用特大型連装砲『バルド・イーグル』を構え発砲しました。


 流石は対艦用ですね、射線上に居た機体をまとめて吹き飛ばしてしまいました。


『OVER HEAT FORCED COOLING BALD EAGLE』

「流石に連射は出来ないですよね、仕方ありません。」


 強制冷却シフトに入りバルド・イーグルは格納されてしまいましたが、それを補って余りある戦果ですね。


 しかし…これが軍人として訓練を積んできた人間の動き?いえ…ソラ様やモレッド姉様にキスハちゃんエルピダちゃんと比べてはいけないということはわかっているのですが、あまりにも拙い…と言わざるを得ないような?


「小娘一人に何故ここまで我々が撃破されている!!」

「もっ…申し訳ありません!!」

「御託はいい!!さっさとエリートとしての力を見せてみろ!!」

「り…了解っ!!」


 あぁ…そういう事ですか、大方金の力でエリート部隊と呼ばれるような部隊に上がった連中しかいないという事ですね。そして、真に優秀なものほど隅に追いやられて潰されてしまうという事なんでしょう。


 お姉様を救出したらそこから改革していかなければなりませんね、わたくしでもできる事はありそうですから。


「これで…終わりですっ!!」

「う…うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「俺は…俺はまだぁ!!」

「嫌だぁぁぁぁ!?かあさっ!?」


 付近に潜伏していた機体は一掃しました、後はお姉様に銃口を向ける2機のみ…


「降伏しなさい、もはや勝負は…っ!?」


 2機は接射と呼べるレベルの距離まで銃口をお姉様に近づけているのです、不味い!!と思ってもここから出はどうしようもありません。チェストナットを放ったとしても弾着までの時間で撃たれてしまうでしょうし、撃たれなかったとしても爆風でお姉様が危険です。


「もはや陛下の命など必要ない!!殺せ!!」

「!?やめてぇぇぇぇぇぇぇえぇ!!」


 少しでもお姉様を助けようと、全力でスラスターを吹かしてお姉様の元に向かいますが…AMRSのトリガーにかけた指が少しずつ引かれていくのが見えます。

 あぁ…わたくしはやっぱり…誰も助けられない…


「!?こちらに急速接近するAMRS確認!!」

「構うものか!!殺せ!!」

「っ!?うわあぁ!?」


 一筋の光線がお姉様を狙ったAMRSの腕を貫き溶断、全力で駆け付けたからか「ドッゴォォォォン!!」と着地時に轟音を立て舗装された地面であるにもかかわらず土ぼこりがもうもうと舞って、着地時に2機のAMRSは頭部を破壊され、そのまま後ろに倒れ込んでいます。


 立ち込める砂埃が収まっていき、突如として現れたAMRSは…とても…とても懐かしく…心強い存在でありました。


「なんとか…間に合ったみたいだね!!」


 それは初めて見るパッケージを装備した『()()()()()()()()()()()()()』。3対の純白の翼を広げ、胸部吸気口(インテーク)のカバーが解放され「パシュゥゥゥ…」という音を奏でながら、その凛々しいお姿を顕現させたのです。


「モレッド…ねえさま…?なぜ…ここに?」


 純粋な疑問です、ソラ様御一家は宇宙をまたにかける傭兵家族ですから。基本的には用事もない限りは同じ国に立ち寄ることなどしないはずです、それに…わたくしのせいでソラ家の皆様には大変なご迷惑をおかけしたというのに…


「そういう顔しちゃだめだよシュトちゃん、これはね。シュトちゃんの2人のお母さんから頼まれていたことだからね。」

「お…お母様から?」

「うんっ!!っと!!とりあえずハーレお姉ちゃんたちを救助しなきゃ。キスハ!!エルピダ!!」

「「はいっ!!」」

「二人も来ていたのですか!?」


 2人の声が聞こえた直後、ドックの屋根を突き破るようにケット・シーとアラクニーが降下していきました。多分ですがその位置にシックザールとヴェネスが居たのでしょう、この騒ぎに乗じて2人ともうまく逃げることが出来たようですね。


「モレッドねぇ!!1個大隊クラスのAMRS群接近!!」

「あるけにーは殲滅用じゃないから足止めくらいしかできないよ!!」

「全機全力で離脱開始!!っあ!?コニーゲが来てるぅ!?」

「妾を…コニーゲに乗せてくれ!!頼む、モレッド嬢!!」

「その重傷で!?…あぁもう!!これっ!!緊急医療アンプルっ、本当に一時しのぎだから終わったらグィネヴィア姉ちゃんに見てもらってよ!?」

「うっ…わかった…感謝する。」


 お姉様がヴァレットのマニピュレーター上でモレッド姉様からアンプルを受け取り、すぐに投与した後コニーゲに乗り込みました。

 シックザールとヴェネスはそれぞれケット・シーとアラクニーに乗り込めたようですね、これで人質という心配はなくなりました。


「コニーゲとカインドはケット・シーで移動!!キスハ頼んだ!!」

「了解!」

「エルピダは私と殿だよ!!お父さんは衛星軌道上から降りては来れないから私たちで数を減らす!!」

「あいっ!!」


 たった一年足らずでモレッド姉様は成長なされましたね…この短時間でこれだけの指示を出しながら的確に行動されています。


「後で会おうね!!」

「シュトねえちゃんあとでね~。」

「はっはいっ!!」


 ケット・シーの推力で一気に急上昇が始まり、あっという間に成層圏にまで飛び上がっていきます。

 衛星軌道までは流石に2機を懸架した状態では重力圏突破速度にはギリギリ到達できないようです「とと様~!!」と通信で呼びかけているのが聞こえましたから。


 その直後にテザーケーブルがケット・シーを捕らえ、再度一気に急上昇。そのまま衛星軌道上まで到達すると、テザーケーブルを伸ばしていた巨大な機影があらわになりました。


 全長150mは有ろうかという大型の輸送艇の様な存在の機首…?にはソラ様のギャラハッドが収まっていました。


「お久しぶりで、ハーレイ陛下、シュトラーセ殿下。火急の事態とお見受けしましたので参上いたしました。」

「ソラ…か…さてはカインドの起動時に信号を発するようにしていたな?」

「流石はハーレイ陛下、よくお分かりで。」

「しかしそれでも疑問はあるぞ?なぜこの短時間でローゼン・エーデルシュタインにやってこれたのだ?」

「それはこのギャラハッド専用パッケージ『Bedivere』のおかげですね、こいつは言うなれば限定的な瞬間移動が可能なんですわ。」

「そのようなものまで用意していたか。」

「ま、簡単に使う事は出来ないし基本的には一方通行なんで帰還できないんですけどねぇ。」


 あっけらかんとソラ様はおっしゃっていますが、期間が出来ないということはその間無補給と言う事でしょう?かなり危険なのではないでしょうか。


「シュトラーセ殿下の心配は不要ですよ、その為に長期任務用のプロペラントやら何から何までを搭載してるんですからね。結果がこの超大型機と言う事ですね。」

「ほわぁ…」


 よく見れば『Bedivere』にはAMRS懸架用のフックに加えて、内部に居住スペースまで備えているようです。流石にアヴァロンほどの快適性はなさそうですが、それでも少人数で生活するには十分すぎるほどでしょう。


「さて、あんまり長話もしてられませんよ。既にこっちの座標はバレてるみたいですし、向こうも本気で叩き落とそうとしてきてるみたいだ。マスドライバーで質量攻撃をかまそうとしてきてます、コニーゲは一旦簡易スキャンをして問題がないかを確認します。カインドは各弾薬を補給後キスハのケット・シーと大気圏再突入、モレッド・エルピダと合流して鎮圧をお願いします。俺は衛星軌道から下がれないんで頼みますよ。」

「あい分かった、コニーゲもしばらく実戦と言う実戦はこなしとらんかったからのぉ。簡易とは言え見逃さんでくれ。」

「わたくしも承知しました、補給完了後向かいます。」


 キスハちゃんはギャラハッドの直掩として周囲を飛びながら、マスドライバーから打ち上げられる質量弾を迎撃しています。そんな中わたくしが補給をするというのはなんだか心苦しいような気もしますが、これも傭兵として1年以上の経験を重ねたキスハちゃんの適材適所と言う事なんでしょう。


「キスハも補給してけよ~」「はーい!!」なんて会話をして、ケット・シーは実体弾がほとんど搭載されていないそうなので推進剤の補給のみを行いわたくしとキスハちゃんは大気圏に再突入したのでした。


 ----------------------------------------------------------------------------------


「だぁぁ!!数が多い!!エルピダ、残弾報告!!」

「全武装60%を切ってるよ!!こっちに損害無し!!」

「OK…もうちょっと耐えてよっ!!」

「了解!!」


 キスハのケット・シーでコニーゲとカインドを離脱させた私とエルピダだけど、正直苦戦と言うほどではないけれど圧倒的な物量には辟易としていた。


 情報としてここに集まっているAMRSの所属する部隊は貴族組と呼ばれるいわゆるカネとコネで成り上がった奴らしかいないってのは分かってるんだけど、曲がりなりにもローゼン・エーデルシュタインって言う大国の貴族が少ないわけもなく…


 既に何機…何十機…何百機落としたかわかんないレベルではある、まぁ通信回線は傍受してるから向こうのちっぽけなプライドで会話していることは筒抜けなんだけどあんまり気分がいいもんでもないよね。

 な~にが「この戦いに勝利すれば我々は更なる繁栄を手に入れられるのだぞ!!」だ、どうせ自分の懐に入れて国を食いつぶすだけなくせして大層な事を言うもんだって思うよね。


「って!?エルピダ回避っ!!」

「うわっきゃぁ!?」


 アラクニーが回避した地点に大穴が空いた、レーダー探知できなかったってことは純粋な質量弾…?まぐれでここに飛んできたってこと?


 付近をセンサースキャンしてみればマスドライバーが質量弾をひっきりなしにはなっているのが見えた、しかもほぼ垂直にはなっているから衛星軌道のギャラハッドを狙っているってことは容易に判断できる。でもあれだけの大きさを外して再突入した時の衝撃がこれだけ?


「あっ…キスハか…」


 直掩で打ち上げた質量弾をキスハが迎撃したものが落ちて来たんだろう、それならば納得できる。流石に落下コースの計算までは出来ないからね、仕方ないね。


 他にも落下してきた破片によって貴族の機体は甚大な被害が出ている、それでもこっちに攻めてくるのを止めないってことはもう後に引けないってことなんだろうなぁ。


「まっ、哀れとも思わないけどね。」

「モレッドおねえちゃん…もう全部ぶっ飛ばす?」

「そうしたいんだけどね~、これはハーレお姉ちゃんとシュトちゃんの戦いだから。」

「わたしたちが終わらせるわけにはいかないってこと?」

「そーゆーこと、エルピダは賢いねぇ。」

「むふぅ!!」


 私たちはあくまで時間稼ぎ程度に活躍は抑えないといけないってのがこれのまためんどくさいところだよねぇ…下手に活躍しすぎると「ハーレイ陛下とシュトラーセ殿下は傭兵の力なくしては統治できぬ愚か者」みたいな風評被害があっちゃ困るからさ。


 ってなわけで私たちはこれ以上墜とすにも墜とせないわけで、かといって無効を調子づかせるわけにもいかないので適度に反撃もこなしているわけです。


「っ!!エルピダ!!来たよ!!」

「了解!!」


 上空から大気圏再突入を果たしたコニーゲ・カインド・ケット・シーが到着、これでもう必要な準備は整ったって感じかな?あっ…いつの間にかマスドライバーぶっ壊れてる…お父さんも悪いことするなぁ…


 ケット・シーの推力で落下速度を十分に抑えたコニーゲとカインドが着地、さながらコニーゲが「王が王たりえる機体」と評するならカインドは「王の傍に付き従う妃」って感じ?どっちも女の子なんだけどね~。


「ローゼン・エーデルシュタイン全軍に告げる、妾はローゼン・エーデルベルク・シュヴェルト・ハーレイ。この戦は妾に反旗を翻さんとした愚かな貴族によるものである!!件の者どもは、妾が昨今行っていた実力主義を不満に思い己が立場を脅かされる前に妾を排除し、我が末妹シュトラーセを王として祭り上げ裏で国を操ろうとしたものだ。これを知りながら付き従ったもの、知らずに付き従ったものを区分するつもりはない。最早これは国家反逆罪である、貴族共の名に応じなかった敏いものよ…よくぞその行動を示してくれた…妾もまだ捨てたものではなかったと思えたものだ。」

「ローゼン・ツヴォルフ・プリンツ・ザイデンシュトラーセです、わたくしはお姉様を退けてまで王座に座ろうなどと考えてはおりません。貴族に祭り上げられ、傀儡のように動く王になどなるつもりなどあるわけが…それならばわたくしは潔く自害いたしましょう。どうかこの声を聴いたローゼン・エーデルシュタイン国軍の皆様、わが身恋しさに国賊となり果てた愚か者に鉄槌を下す力をお貸しくださいませ。」


 おぉ~…ハーレお姉ちゃんもシュトちゃんもすっごい立派だなぁ。私じゃあんなこと絶対できないよ、扇動?って言うのが正しいのかは知らないけど人を動かす力って言うのかな、そういう力がすごい秀でている人って感じがする。


「…モレッドねぇ」

「うん、お父さんからの情報で確認したよ。」

「「「みんなの心を動かせた見たいだね。」」」


 お父さんが衛星軌道から降りてこられなかったのはギャラハッドが重力下運用ができないパッケージだからって言うのと、衛星軌道上から常にAMRSの反応を検知してその情報を逐次私たちに報告するためだ。


 キスハの声で私が返答し、3人の声が重なった。女王と王女の声に、正しい正義とそれに準ずる心を持つ兵士たちが立ち上がってくれたのだと。

 それなら私たちの出番はそろそろおしまい、キスハは少し暴れたかっただろうけどこればっかりは我慢してもらうしかないかな?


「それじゃ二人とも、友軍機がここに来るまでは時間稼ぎ。その後は衛星軌道に急速上昇、隠れるよ。」

「「了解!!」」


 そこから友軍機が到着するまでは、出来る限りハーレお姉ちゃんとシュトちゃんに花を持たせられるように私達はペースを落としながら敵を撃破したよ。

 こういう時ばっかりはキスハの悪い癖が役に立ったよねぇ…四肢をもがれて地面に転がったAMRSを大量に量産しちゃったもんだからその周辺の士気はダダ下がりしてるっぽかった。

 体感で20分くらい?で最寄りの基地から出撃してきた部隊がやってきたからそのあたりで私たちは隠れることに。

「あとは2人とこれから来る友軍機でも大丈夫でしょ?」「あたしたちが手柄をもらうわけにはいかないからね~」「あとは…よろしく!!」とそれぞれ言ってから各自衛星軌道にむけ上昇したよ。


 アラクニーは全備重量が一番大きくてなおかつ推力が低いからちょっと心配だったけど、いい感じに実体弾は使い切ったみたいだから自前の推力だけでなんとかギャラハッドにまで到達できた。


 後は2人が国をまた綺麗に収めてくれるのを待つだけだね~…ってあっ!?


「ハーレお姉ちゃんの身体グィネヴィア姉ちゃんに見てもらわなきゃ!!」


 お父さんと通信がつながった瞬間に叫んじゃったものだからお父さんもキスハもエルピダも私の大声で目を回しちゃった…てへ?


 ----------------------------------------------------------------------------------


『……良くも悪くもギリギリでしたねハーレイ陛下?』

「そっ……そのぉ……許してくれたりは……」

『すると……お思いで?』

「はいぃ……」


 いやぁあっはっは!!無事今回の動乱が収まった後、モレッドの話があった通りハーレイ陛下がギャラハッド・パッケージ『Bedivere』に来訪(マスドライバーは俺が破壊しちゃったのでケット・シーでお迎えに行った。)簡易医務室でスタンバって居たグィネヴィアとの全身フルスキャン直後の会話がこれですわ。


 あっどうもソラ・カケルです、『Die Wiege des geliebten Kindes』が緊急起動した信号をキャッチしてアヴァロンから緊急発進(エマージェンシー)した後、無事にローゼン・エーデルシュタインの動乱は収まったので現在ボロボロになっているハーレイ陛下の身体検査中というわけですな。


 こうなることは想定済みだったのでグィネヴィアは連れて来たんだが、ハーレイ陛下グィネヴィア苦手になり過ぎじゃね?いや…1年前のあれで嫌と言うほど小言をもらったからわからなくも無いんだが「(ノД`)・゜・。」ってなってるぞ。


「まぁ、これから平和になってくんならこれも必要経費なのかねぇ…」


 アヴァロンがローゼン・エーデルシュタインに到着するまで大体2週間程度、その間は俺は衛星軌道上にギャラハッドを放置するというわけにはいかないのでここで缶詰だ。


 モレッド・キスハ・エルピダの3人についてはシュトラーセ殿下と仲良く遊びに出ると言っていたな、何でも「以前よりひどく引きこもっておりましたので…その…」と口ごもってしまったのだ。


 俺が「あぁ!!」と口に出そうとした瞬間にグィネヴィアを入れた4人から鋭いエルボーをぶち込まれたので俺のデリカシーの無さが露呈した、シュトラーセ殿下は顔を真っ赤にしてうずくまってしまい俺が全員から冷ややかな目を向けられたりもしたな…スマヌ…


『では陛下、これより1月の間は公務を除き過度な業務は厳禁です。無理に動かせばナノマシンによる修復補助があるとはいえ、治療期間は伸びますからね?』

「うむ(´・ω・`)」


 ってな感じで陛下の診察も無事完了だな、多分だけど守れなくてまた怒られるんだろうけど。

 簡易医務室から出てきたハーレイ陛下に軽く合図を送り、パッケージ『Bedivere』に備えられたミーティングスペースに移動する。


「では陛下…亡き第4妃ヴァイザー様、シュヴァイゲン様との約定に基づきこちらをお渡しいたします。」

「…妾もこれは受け取りたくはなかったがのぉ…」

「それはヴァイザー妃とシュヴァイゲンさんの墓標にでもぼやいてください。」

「言ってくれるのぉ…しかし、これも故人からの贈り物か。うむ、確かに受け取った。これだけか?」

「こちらはシュトラーセ殿下に、2パターン用意しておいて正解でしたよ。もし、カインドが本来のタイミングで渡った時と今回の場合の時に備えた場合とでね。」

「うむ、立ち直ったように見せてもシュトはあれで強がっておるからの。」

「では、送りにはまたキスハを遣わせます。任せましたよ。」

「任せておくがよいぞ。」


 こうして、俺がヴァイザー妃とシュヴァイゲンさんから託された仕事は完全に終わりを迎えた。

 あとはこの国を導く二人にすべてを任せて、さっさと退散といたしたいところですなぁ!!


 ----------------------------------------------------------------------------------


 ~ローゼン・エーデルシュタイン王城 第12王女 ローゼン・ツヴォルフ・プリンツ・ザイデンシュトラーセ自室~


 お姉様がギャラハッドでグィネヴィアお姉様から診察を受け返ってきた時に、一つの記憶媒体をわたくしに手渡してくださいました。

 聞けば「シュトの持っていたタブレットがあるであろう?それに差し込むとよい。」とのことです、あのタブレットにそのような記録媒体を挿入するポート等は無かったはずですが…ひとまずはそれに従い差し込みポートを探したのですが…


「どこにもありませんね…むぅ…う?」


 記録媒体をタブレットに近づけた時、急にタブレットが反応し『NOW LOADING』と表示されたのです。無線で自動的にデータが読みこまれるならポートは必要ありませんものね、納得です。


 ロードが終わると自動で動画再生が始まりました、そこにはやはりわたくしの2人のお母様が映っていらしたのです。


『10歳のお誕生日おめでとう、これを見ているということは私達2人は既に貴方の傍にはいないという事でしょうね。』

『ソラ様に頼んでこの様な物をヴァイザー様と残させて頂きました、シュトラーセ殿下傍に居られなかった事お許し下さい。』

『さて、話しておきたいことは幾らでもあります。ですが10歳にもなったあなたならば、多くは語らずとも良いでしょうね。』

『私達が死んだ後、シュトラーセ殿下はそれはそれは泣かれた事でしょう。どうですか?自暴自棄になって引きこもりになったりはしませんでしたか?ハーレイ殿下を困らせたりはしませんでしたか?』

『私はそれでも構わないと言いたいところですが……それは貴方のこれからに期待するからですよ?何時までも不貞腐れることを許したわけではないのですからね?』

『私としましても、何時までもシュトラーセ殿下が私の事を心配して泣かれてしまうのは我慢なりません。』

『ですから、もしこれを見て泣くのであれば私達はこう言いましょう。』

『『シャキッとなさい!!シュトラーセ!!あなたに……まだ残っているものはあるでしょう?』』


 あぁ……お母様方……わたくしは悪い子です……叱られているのに……怒られているのに……嬉しくて……涙が止まらないのです……


『ふふっ、私から怒るなんてことはしたことはありませんでしたから新鮮ですね?』

『シュトラーセ殿下は聞き分けの良い子でしたから、私としても初めての経験でしたね。』

『では、本題に参りますか。貴方に贈る最後かもしれない贈り物の事です。』

『設計と命名は私が、カラーリングやパーソナルマーカーについてはヴァイザー様が担当致しました。』

『受け取りなさいシュトラーセ、貴方の専用機Die Wiege des geliebten Kindesを。』

『どうか殿下の守りたい者を守る盾とならんことを願います。』

『話を聞いた時はシュヴァイゲンが羨ましかったわねぇ?』

『申し訳ございません……ソラ様のサプライズだったので……』

『怒ってはいないのよ?だって、私も多少とは言え携われたのですからね。』

『それならば……良かったです?』

『ふふふっ、あら。そろそろ時間も限界ですか?ではシュヴァイゲン最後に1つ2人で言っておきましょうか。』

『生きている内にこのような事を言うのは映画などでしかないとは思っていましたが、もしもがあれば悪くはありませんね。』

『『何時までも、何処にいようと、私達はあなたを愛していますよ。()()()()()()。』』

「……はいっ……はいっ!!わたくしは!!お母様方に恥じぬ生き方を全うしてみせます!!」


 そうして、映像は終了しましたがわたくしの心はとても晴れやかで、とても誇らしかったのです。


 2人のお母様からこれだけ激励を頂いたのですから、これでしょげていては折角頂いたこの映像を残してくださった2人に失礼ですから。


「頑張りますから……ヴァイザーお母様、シュヴァイゲンお母様……」


 停止した映像をタブレットのフォルダに戻し、壁に掛ける時ふともうひとつ映像データがある事に気が付きました。

 何か、別の言葉でもあったのでしょうか?と思いわたくしはそれを何気なく再生したのですが、そこにあったのはヴァイザーお母様とシュヴァイゲンお母様の2人がモルガン様と会話している姿を隠し撮りしているような映像でした。


『……では、もしその様な時が来たら……』

『勿論私としては一切不満は御座いません、むしろそのような事になった場合此方に有利過ぎるのでは?』

『シュトラーセ殿下が……ている事は誰の目から見ても明らかですから……』

『ふふっ、シュトもいつの間にか女の子になったのねぇ。』

『大変光栄でございます……では、もしそのような時が来たならば……』

『『シュトはソラ様に嫁いで貰いましょう。』』


「キュウ……」喉からそんな音を出してわたくしはバタンと倒れて気を失ってしまいました。

 あとから聞いた話ですが、アレを隠し撮りしていたのはオヴェロンお姉様でソラ様はこの映像データが紛れ込んでいたことは知らなかったとか。


 モルガン様は勿論知っていた様ですが、あえてソラ様には知らせなかった様です。知られていたらわたくしは恥ずかしくて死んでしまっていたことでしょうから……良かったです。




 そうして、ローゼン・エーデルシュタインの動乱を抑えたわたくしとお姉様は『国守の女王と王女』と今後の王国史に残る程の名誉を立て、国民からの絶大な支持のもと国の運営に力を注いだのです。


 えっ?わたくしの恋路がどうなったのか……ですか?


 ふふふっ、子宝には4人ほど恵まれましたとだけ言っておきます( *´꒳`*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ