ゲームの悪役令嬢が死んだ婆ちゃんに似ている気がする
あらすじにも記載しましたが、このお話は作者自身の練習で、連載小説冒頭のイメージで書かせていただきました。
誤字脱字等、チェックはしたつもりですがありましたら申し訳ありません。
お気軽にお読みいただければと思います。
――不思議なことが起きる時は、現実だろうと創作だろうと、何時だって突然だ。
葵は、乙女ゲーム「君と三度目のKissを」をプレイしていた。
最近、巷で人気沸騰中のゲームで「三Kiss」という略称で呼ばれている。
「一度目は生誕を祝う神からの祝福のキス、ニ度目は家族を思う両親からの慈愛のキス――三度目は貴女を愛する人からの真実の愛のキス」という、独特なキャッチフレーズが乙女ゲーマー達の間で話題になったゲームである。
舞台は王道の異世界学園モノで、中世の西洋のような世界が舞台の、魔法あり、ちょっとしたバトルありのストーリーだ。
葵はもう既にメインキャラクターを全員一回は攻略しており、現在はいわゆる周回プレイ中だった。
粗方のスチルやイベントを回収し、ホクホクとしていたところで、突然見た事のないムービーのようなものが流れ始めた。
これはもしや、隠しルートが発生したのか!?とワクワクしていたところ、出てきたのはこのゲームの登場人物の一人、悪役令嬢のアルビジア・ヴォルテーヌの幼少期の姿であった。
どうやらパーティ会場のようなところにいるアルビジアは、母親らしき女性に手を引かれて歩いていた。
辿り着いた先には、メインストーリーの姿より少し若い国王陛下と、アルビジアの婚約者にして、メイン攻略キャラのマクシミリアン・ルーヌ・イルブルクの幼少期の姿である。
――もしかして、物語の前日譚のようなものだろか。
しかし、元々進めてるストーリーからは中途半端なタイミングでムービーが始まっている。
葵は疑問に思いながらも、どんどん流れていく映像からは目を離すことができず、思わず視続けてしまう。
国王陛下の目の前で、幼いながらも綺麗なカーテシーを披露するアルビジアは、もうすでに公爵家令嬢らしく、貴族の矜持を持っているようにも見えた。
「お初にお目に掛かります国王陛下。ヴォルテーヌ家長女・アルビジアと申します」
「その歳で素晴らしい挨拶だ。もう立派なレディの仲間入りだな」
「……お褒めの言葉、ありがとうございます。陛下」
「良い、楽にしなさい」
国王陛下の言葉に、スッと姿勢を正す母娘二人。
それと同時に、マクシミリアンが一歩前へと出てきた。
「これはもしかして……二人が初めて顔を合わせたところなのかな? 」
アルビジアは悪役令嬢なだけに、マクシミリアンの婚約者として、どのルートでも主人公の前に立ちはだかり、主人公と恋路の邪魔をする。
順調に攻略キャラとの愛を育んでいれば、ストーリーの終盤で断罪され、国外追放や処刑など、どのルートでも悲惨な末路を辿る。
とは言っても、主人公に言っていることは至極真っ当だし、そこまで陰湿ないじめのようなことはしないので、ファンの一部では彼女の結末を不憫に思う人もいる。
どうやら流行りの異世界転生系に乗っかり、悪役令嬢のアルビジアの設定がかなり骨太に組まれていたのではないかと一部SNS等で噂されている。
ネットでは「アルビジアを幸せにし隊」が結成され、攻略キャラ×アルビジア、モブキャラ×アルビジア、主人公×アルビジア……などの二次創作が創作系投稿サイトに沢山投稿されている愛されキャラなのだ。
かくいう葵も、アルビジアは女性キャラの中ではダントツで好きである。
「というか……フルボイス……っ! スタッフもストーリーの割にはアルビジアへの愛がすごいとは聞いていたけど、相当な熱の入れ様だなスタッフ!――けど、普通はこういうのって主人公とか、メイン攻略キャラとかで制作するものじゃないの?」
これを製作者側はどんな意図で作っているのだろうか、などと葵は考えながらも、ムービーはどんどん進んでいくので、黙ってテレビ画面を見続ける。
「ヴォルテーヌ嬢に紹介しよう、第一王子・マクシミリアンだ。二人とも歳が近いので、今後とも仲良くしてやってくれ」
「王子殿下、お初にお目に掛かります。ヴォルテーヌ家長女・アルビジアと申します」
「はじめまして、ヴォルテーヌ嬢。イルブルク王家第一王子・マクシミリアンです。今後ともよろしく」
マクシミリアンはカーテシーをしているアルビジアに近付き、堂々と胸に手を当てて一礼をした。
アルビジアはマクシミリアンの様子を伺いつつも、綺麗にカーテシーを維持し続ける。
(この年齢でこれだけの姿勢を維持し続けられるってことは、相当幼い頃から練習したんだろうなあ…… )
ゲームのキャラクター相手に、思わず感心してしまう葵。
その後、マクシミリアンから顔を上げるように言われたアルビジアは、顔を上げて王子と向き合った。
他愛のない挨拶を交わしている二人は、どこか辿々しくも穏やかな雰囲気に包まれていく。
こんな初々しい二人なのに、数年後には婚約解消をしてしまうのか、と考えると、葵は少し悲しい気持ちになった。
無事に挨拶を終えたアルビジアは、国王陛下とマクシミリアンの前を離れた。
母親からも「よく出来たわね」と褒められている。
一先ず、二人への挨拶は無事に終わったようだ。
母親からは、立ち振る舞いには気を付けること、この後は自由にしてて良いことを言われたアルビジアは、ほっとした表情を浮かべた。
母親へ一礼をし、その場を離れた彼女が向かった先は、美味しそうな料理が並んだテーブルだった。
きっと、彼女も緊張が解れ、お腹が空いたのだろう。
そう思うと、途端に悪役令嬢・アルビジアが、一人の年相応の少女に見えた葵だった。
「ああ……ようやく自由になったわ」
葵はアルビジアが零した言葉を聞いて、おや、と思った。
このムービー、先程から全て字幕が出ているのだが、今アルビジアが発した言葉のイントネーションに違和感を感じたのだ。
アルビジアは悪役と言っても令嬢なので、当然ながら「〜ですわ」のようなイントネーションをイメージしていた。
だが、今のアルビジアのイントネーションは、関西出身の人が喋った時のようなものだったのだ。
声優の解釈ミスだろうか、と思った矢先に、続けて聞こえたアルビジアの台詞が葵の考えを否定した。
「婚約者同士の顔合せ言うたって、こんな豪勢なパーティでやらんでもええのに……お貴族様の考えることがよう分からへんわ……まあ、ようやっと美味しいもんにありつけるねぇ。ほな頂こか! 」
小さく両手に握り拳を作るアルビジアを見て、唖然とする葵。
アルビジアは公爵令嬢の上、まごう事なきヴォルテーヌ家の正統な第一子という設定なので、このような方言が出てくることはない筈なのだ。
画面越しにいる葵の困惑を当然知らないアルビジアは、次々に料理を皿に盛り付けていく。
皿の上はどんどん山のようになっているが、その立ち振る舞いですら優雅に見えるのだから、流石だと思わせるものがある。
「まずは一口……んん!美味しいわあ!小春だった時みたいな和食が食べられへんのは残念やけど、この体になって、食べたいもんが好きなだけ食べられるようなったし……人生何が起こるか分からへんねぇ」
皿の上の食べ物を、流れるように優雅な仕草で食べていくアルビジア。
アルビジアの台詞の内容について、葵の中に疑問が浮かぶのは当然のことである。
しかし、聞き覚えのある名前と関西弁を聞いて、疑問よりも先に頭に浮かんだのは、ある一人の人物の姿だった。
「……おばあちゃん? 」
葵の母方の祖母の小春は、関西出身だった。
まるで染めたように真っ白な髪の毛と、ふんわりとした笑顔が特徴的な、優しい祖母だった。
その見た目とは裏腹に、興味があることは率先して行うので、多彩な趣味や特技を持ち合わせていた。
特に晩年は、祖父が先に亡くなって独り身になった途端、まるで羽が生えて体が軽くなったかの様に精力的に動き回っていた。
料理・裁縫は勿論のこと、ピアノ・絵画・書道などの芸術系、果てはパソコン・ゲーム・吹き矢など……一体どこで習ったのか見当も付かないものもあったが、定期的に会う度に祖母が楽しそうに話して聞かせてくれたのを、葵は覚えていた。
――そんな祖母は、一年前にこの世を去った。
亡くなる前に彼女が零した最後の言葉は、「まだまだやりたいこと、あったんやけどねぇ……」であったことを、葵は今でもよく覚えていた。
関西弁と小春という名前だけで、祖母を思い出すのは我ながら単純だな、と葵は思った。
しかし、葵はどこか確信めいたものを感じていた。
もしかして、このアルビジアは自分の祖母ではないかと。
「ああ、和食言うたら、久々に牛肉とおいもの炊いたんを食べたなってきたわ。後、おうどんも」
(……寿司とか天ぷらじゃなくてこの二つが出て来るところも、うちのおばあちゃんぐらいしかいない)
“牛肉とおいもの炊いたん”とは、牛肉とじゃがいもの甘辛煮のことで、葵が祖母の所へ遊びに行くと、必ずと言っていいほど食卓に並んでいた料理である。
うどんも、甘辛煮と同じぐらい、葵の祖母が好んでよく食べていたものだ。
関西出身の祖母だが、甘辛い味付けが好きだったのも、葵はよく覚えていた。
「ま、肉もおいももここにはあるみたいやし、そのうち作れるやろ」
アルビジアはそう呟きながら、皿の上にあった白身魚のポワレのようなものを口に運んだ。
――甘辛煮を作るには、醤油がなければ無理ではないだろうか。
葵は、心の中で祖母に突っ込みながらも、相変わらず楽観的な彼女を眺めていた。
アルビジアは、時折どこかの令嬢や令息に声を掛けられ、淑女らしい挨拶を交わしながらパーティーを過ごしていた。
挨拶しながらも、さりげなくフォークを動かす手は止めない。
生前は歳の所為か食が細かった印象だったが、アルビジアになって何も気にせず食べられるのがとても嬉しそうだ。
しかし…よくその体にそんな量が入るな、と思うほど、たくさん食べている姿を見て、葵は苦笑いを浮かべる。
色々とツッコミどころ満載な状況だが、アルビジアこと祖母の元気そうな姿が見られたので、ほっとする思いだった。
――しかし、なぜ祖母がアルビジアになっているのだろうか。
葵がそう考えていると、画面の端からアルビジアの元へマクシミリアンが近付いて来るのが見えた。
そしてマクシミリアンがアルビジアの前に立つと、スっと右手を差し出す。
その表情は幼いながらも王子らしい微笑みを浮かべていた。
「ヴォルテーヌ嬢、良ければ我が城の庭園へ行きませんか?この時期はピオニーが見頃なのですよ」
誰が来ても食べる手を止めなかったアルビジアだったが、さすがにマクシミリアンが近付いて来たことに気付いてからは給仕をアイコンタクトで呼び、手に持っていた食器類を下げさせていた。
(確か2人は政略的な婚約関係だったはず。もしかして、仲を深めようとやってきたのかしら?)
葵は、アルビジアがマクシミリアンを一目見たときから好きになったという設定を知っているので、恐らく喜んでその手を取るだろうと考えていた。
しかし予想に反して、アルビジアは右手を上げて自身の口元を覆うようにして微笑むだけで、彼の手を取らなかったのだ。
一見不敬に値しそうな彼女の行動に、マクシミリアンは目を丸くした。
「…王子殿下、お声掛け頂き誠に光栄です。けれど…婚約者と言えど、まだ私のような者が王子殿下のお手を取って一緒に歩く自信がありませんの。王子殿下と並んで歩くのは、きっと周りの方々が見たら相応しくないと思われてしまいますわ」
嬉しいような、けれど恐れ多いと言った表情でそう告げるアルビジア。
対して、予想と反した彼女の反応に驚いた様子のマクシミリアンは、驚きを隠しながら返す言葉を慎重に選んでいた。
「相応しくないだなんて…僕はそんなことは思ってないですよ。今日初めて会いましたが、国王陛下へ挨拶をする姿はとても堂々として素敵でした。それに、ヴォルテーヌ嬢は私と歳が近いようなので、ゆっくり話せばきっと仲良くなれるのでは無いかと思って声を掛けたのです」
「まあ…私の拙い挨拶をお褒め頂き光栄ですわ。ここだけの話、実はとっても緊張していましたの。こうしてお声掛けしていただけただけでも、ご挨拶をさせて頂いた甲斐がありましたわ」
「君がそんなに謙遜する程、僕は偉くありませんよ。王族と言えどまだ子供です。婚約者とは、これから気兼ねなく仲良くできる関係を築きたいのですよ」
「そうだったのですね…光栄ですわ」
にこにこと笑いながらも、口元を覆うのを止めないアルビジア。
マクシミリアンはアルビジアが何か不安に思っているのだろうと考え、彼女を安心させようと言葉を続けた。
「ヴォルテーヌ嬢の母君にも了承を取っています。王宮内なので、そんなに遠くへも行きません。私に付き合っていただけませんか?」
「…わかりましたわ。喜んで、ご一緒させていただきます」
照れたような笑顔を浮かべて、マクシミリアンの手を左手を取るアルビジア。
一連のやりとりを見ていた葵は、この子供時代のマクシミリアンが随分寛大な性格をしていたことに安堵した。
公式ガイドブックに簡単に説明が載っているにせよ、彼はここから大いなる紆余曲折を経て、ゲーム開始時にはアルビジアに対してかなり辛辣な態度をとっていた。
出会った当初は政略的な婚約とはいえ、アルビジアへ歩み寄ろうとしていたんだなあと感心したのだった。
これで問題なく2人で話ができそうだなと考えた時、アルビジアがそれまでずっと口元に添えていた右手を外す前に、マクシミリアンには聞こえない声量でぽそりと呟いたのを葵は聞き逃さなかった。
「……よろしいなぁ」
葵は画面越しではあったが、謙遜して奥ゆかしさを出しているように見えるアルビジアの発言から、何処と無くマクシミリアンに対しての壁を感じていた。
それが、最後に彼女が零した一言で確信に変わった。
「よろしいなぁ」とは、所謂「京ことば」の言い回しであり、「どうでもよろしい」という意味が込められているのである。
――昔、祖母の家の近所に住んでいたお喋り大好きなおばさんが、お土産配りと称してハワイ旅行に行ってきた自慢話をしに来た時、祖母が笑顔で言った言葉である。
祖母が羨ましがっていると勘違いした葵の弟が、おばさんに対して憤慨していた。
だが、後ほど祖母の娘である葵の母から「おばあちゃんは決して羨ましくてあの言葉を言ったのではない」と、言葉の真意を教えてもらったのを葵は覚えていた。
その後、祖母が本当にどうでもいいと感じてる時には必ずこの言葉が出てくることに気付いたので、葵も弟も勘違いすることは無くなったのだった。
(おばあちゃん、あれだけアクティブに動くのに、人間関係はさっぱりしているというか、面倒臭がるというか……もしかして、マクシミリアンに対しても面倒臭さを感じているのかな?)
本来のアルビジアは、マクシミリアンに一目惚れした後、王妃になるための厳しい教育を文句ひとつ言わずに受けていく。
王妃になるものならば王子のことを一番に考えて立ち回らなければならないと思い、時には自分や他人を厳しく律し、涙ぐましい努力をしながら成長していくのである。
しかし、その努力は報われないどころか、王子を含む周囲の人達と大きなすれ違いを生じさせた挙句に断罪されるのだが。
だが目の前の画面越しに動く彼女は、本来のアルビジアの性格ではなく、祖母の性格が色濃く出ていることがなんとなく感じ取れた。
祖母である確証はないにしろ、少なくともこの画面越しにいるアルビジアは、マクシミリアンに一目惚れどころか興味がなさそうだということは確実に分かる。
そこで葵の頭の中にはある考えがよぎる。
――もしかして、彼女の運命を変えることができるのではないか、と。
「というかそもそもおばあちゃんがアルビジアになってるなら、何が何でも断罪回避しなきゃいけないじゃんっ!え、これ操作できるのかな!?」
ムービーがいつ終わるのかもわからなければ、操作ができるのかもわからない状況であることに気付いた葵は、コントローラーのボタンをガチャガチャと押しながら焦り始めた。
するとその時、ピンポーンという音がなり、程なくしてドアの開く音が聞こえてきた。
ドタドタと近づく足音に、誰が家に入って来たのかすぐに理解した。
「おーい姉貴、言われたもん買ってきたぞ。ったく、人に買い出し頼んでおいて、こっちからの連絡にちっとも返事返さねえんだからよ……」
ぶつぶつと文句を言いながらコンビニの袋を持って入ってきたのは、弟の蒼太だった。
今年地方の大学生になったばかりの蒼太は、長期休みを使ってこちらに帰ってきていた。
実家にも何日か滞在したが、社会人として独り立ちしている葵の家にも遊びに来ているのである。
「蒼太どうしよう!おばあちゃん助けなきゃ!!」
「はあ!?いきなり何言ってんだよ!?ばあちゃんならとっくに――――」
「おばあちゃん悪役令嬢に生まれ変わっちゃったから断罪されちゃう!!」
「………………チョット、ナニイッテルカワカンナイッスネ」
遠い目をして突如片言を話し始める蒼太に突っ込む余裕はないと言わんばかりに、これまでの流れを捲し立てるように説明し始める葵。
混乱した頭のまま、蒼太は姉から事細かに説明される理解し難い話を聞かされることになるのであった。
そして同時に、ゲームの悪役令嬢に転生した祖母・小春の行く末を、葵と蒼太で見守っていくことになる日々が始まるのであった――。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
一応、お婆ちゃんには身近にモデルがいます。
私はその方がとっても大好きなのですが、そのモデルを話にうまく馴染むよう、落とし込むのに時間がかかりました。
また、私は関西方面に住んだことがないため、京都弁は調べたり聞いたりしながら書きましたが、違和感があったら申し訳ないです…。