ショーン7歳 父の日番外編 初めての贈り物
雪国・ホーネージュには、お母さんの日だけでなく、お父さんの日も存在している。
3歳のときにデュライト公爵邸にやってきたショーンも、もう7歳。
父の日を間近に控え、彼は頭を悩ませていた。
母の日には、毎年欠かさず母のカレンに贈り物をしている。
しかし、父の日は違った。
生まれてからの数年間、ショーンの父親役を担っていたのは、カレンの従者であるチェストリーだった。
最初の数年というのは大きいもので、ショーンがジョンズワートを父と認識するには、それなりの時間がかかったものだった。
そんな経緯があったから、ショーンは実父に贈り物をするタイミングを逃し続けている。
周りの者も、彼らの事情に配慮し、「父の日はどうするの」とショーンに聞くこともなかった。
母の日は毎年祝うのに、父の日にはなにもできていないのである。
7歳ともなれば、交友関係も広がり、他の令息や令嬢から「父の日」の話を聞くことも増えてきた。
「今年は、お父様にハンカチを渡すの」
「俺はまだ悩んでて」
「肩たたき券って知ってる?」
同年代の者たちのそんな話を聞きつつ、ショーン、やや焦る。
今までなんにも贈ってないし、今回も用意してない、と。
しかし今更、どうすればいいのかわからない。
7歳となり、父のジョンズワートが「偉い人」だと理解し始めたから、なおさらだ。
贈り物をしたい気持ちはあるが、「公爵家当主」である父に、なにを渡せばいいのかわからない。
子供の自分が選んだものなど、使ってもらえるのだろうか。そんなふうにも思ってしまう。
父親譲りの器用さで、ちょっとしたおもちゃや飾りなどを作ることもできるが、父が公爵であることを考えると、どうにも気後れしてしまう。
だが、とにかく動いてみないことには、なにも始まらない。
ショーンは、父への贈り物を探しに町へ出ることを決めた。
仕事中のジョンズワート以外の家族がそろった部屋で、ショーンはある男の服のすそを引く。
「どうしました? 坊ちゃん」
「ちょっと来て」
「わかりました」
ショーンが小声だったため、男も同じような声量で返す。
父の日のプレゼント選びに悩んだショーンが、真っ先に頼った相手。
それは、彼の父親役を担っていたこともある男・チェストリーだった。
父親交代のため、数年はデュライト邸から離れていた彼だが、すでに主人とその子供たちの元に戻ってきている。
今では子供たちの世話係でもあり、幼いころの記憶もなんとなく残っているショーンにとっては、第二の父、よき相談相手であった。
ともに部屋を出ると、内緒話を始める。
父の日のプレゼントを探しに行きたい。
でも、なににすればいいかわからない。
一緒に来て欲しい。
そんなことを話せば、チェストリーは二つ返事で了承してくれた。
自分にこそっと話してきたからには、母であるカレンには、あまり知られたくないのだろう。
ショーンのそんな気持ちをなんとなく感じ取ったチェストリーは、用件を伏せ、カレンにこれだけ伝える。
「お嬢! 坊ちゃんが町に出たいそうなので、一緒に行ってきます!」
「ショーンが? わかったわ。護衛、お願いね」
カレンが「お守り」という表現をしないのは、ショーンへの配慮だろう。
母であり、この家の奥様であるカレンの許可も得た。
かくして、公爵家の長男と、元父親担当の、プレゼント探しのおでかけが始まった。
「……で、まず、どこにいきましょうか」
「うーん……。ハンカチを贈るって言ってる子がいた」
「じゃあ、とりあえず見に行ってみますか」
紳士向けの小物。
ケーキや焼き菓子。
酒とつまみ。
飾りや置物。
色々と見て回ってはみたが、なかなかしっくりくるものがない。
「チェストリーだったら、なにをもらったら嬉しい?」
困ってしまったショーンは、町中のベンチで休憩しながら、そんな質問を投げかける。
現在、チェストリーは一児の父だ。
ショーンもそれを知っているから「自分の子からなにをもらったら嬉しいか」と聞きたいのだろう。
チェストリーは少し考えてから、答える。
「……なんでも嬉しいと思いますね」
「なんでもって……」
「自分の子が一生懸命考えてくれたなら、なにをもらったって嬉しいですよ。それが親ってもんです。ジョンズワート様も、同じだと思いますよ」
「ふうん……」
子供を持つチェストリーがそう言うなら、ジョンズワートも同じなのだろう。
一応、納得はできたのだが、なにを選べないいのかわからない、という問題は解決していない。
「なんでも……」
そう呟きながらもショーンは立ち上がり、もう一度、店を巡る。
町を歩く途中、露店の前を通りかかった。
なんでも、各国の珍しい品を取り揃えているそうで、たしかに、この国ではあまり見ないものが多く並んでいた。
チェストリーも「これはすごいな」と感心しているから、粗悪な模造品などでもなさそうだ。
その中に、特に強くショーンの興味を引くものがあった。
ショーンは同じものを2つ購入。片方は、他店で料金を払ってプレゼント用のラッピングをしてもらった。
そうして迎えた父の日。
ショーンは、家族揃っての夕飯のあと、父に向かって小袋を差し出した。
「……父上、これ」
「ん? どうしたんだい、ショーン」
これが初めてであったために、なんとなく気恥ずかしくて。
父の日のプレゼントだと、言い出すことができない。
ジョンズワートのほうも、今までこんなことがなかったために、すっかり忘れているようできょとんとしている。
助け舟を出したのは、やはりカレンだった。
「……ワート様。父の日のプレゼントじゃありませんか?」
「父の日? ああ、そっか。今日だったか……」
ジョンズワートは、確認するように息子を見やる。
ショーンは、ちょっと頬を染めながらも、こくこくと頷いた。
「ありがとう。ショーン。中を見てもいいかい?」
丁寧にラッピングされた袋を、ジョンズワートが受け取る。
こういうのを恥ずかしがる年頃になったんだな、なんて思いながら、息子の頭を軽く撫でて。
中を見てもいいかと優しい声色で尋ねると、ショーンはやはり無言で頷いた。
プレゼントを開封するジョンズワートを、ショーンはドキドキしながら見つめる。
このとき、家族が揃った部屋に控えていたチェストリーも、それなりにドキドキしていた。
何故なら––
「これは……?」
ジョンズワートの手元から、ちゃり、と音がなる。
「ソードドラゴン」
「そーどどらごん」
ショーンの言葉を、ジョンズワートが復唱する。
ショーンが選んだプレゼントが、東の国で人気があるという話の、剣にドラゴンが巻き付いた飾りつきのキーホルダーだったからだ。
ショーンの手にのるサイズにも関わらず、細かなところまで見事に作られており、たしかに出来はいい。
だが、公爵様であるジョンズワートがどう思うかまでは、わからなかった。
なんでも嬉しいと言ってしまったのは、チェストリーだ。別のものにしないかと言い出すことは、できなかった。
さてどうなるものかと、部屋の端に立つチェストリーは、親子二人を見守った。
ソードドラゴンであるという説明を受けた、ジョンズワートの第一声は。
「……かっこいい」
で。
それに対するショーンの返しは、
「……おそろい」
だった。
ショーンは、自分のポケットから、父に贈ったものと同じキーホルダーを取り出す。
初めての父の日のプレゼントが、父息子お揃いの品だったジョンズワート、大感激である。
かっこいい、嬉しい、すごい作りだね、と盛り上がる二人を見て、チェストリーはほっと息を吐いた。
好み、一緒でよかった……。流石は親子……。
従者は、そんなふうに思ったとか、思わなかったとか。




