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【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!  作者: はづも
気まぐれ番外編

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あなたを、忘れることなんて カレンside

 これは、カレンがまだ6歳や7歳だった頃のお話。

 

 季節は、春から夏への変わり目。

 ホーネージュでは珍しい、穏やかであたたかな天気の日だった。

 この日は、ジョンズワートがアーネスト邸を訪れる予定で、カレンは朝早い時間から、彼の来訪を心待ちにしていた。

 天気もいいから、外で遊べるかもしれない。そう、期待していた。

 けれど、午前のうちに体調を崩して熱を出し、カレンはベッドに寝かされることとなった。


「ワート様と約束をしているの」


 熱でぼうっとしながらも、幼いカレンはそう口にする。

 無理に起き上がろうとすれば、メイドがそれをとめ、カレンをベッドに戻した。


「ジョンズワート様にはこちらからお話ししておきますから、お嬢様はおやすみください」


 ジョンズワートがやってくる時間まで、あと1時間ほど。

 アーネスト家の者が今から知らせにいっても間に合わないため、ジョンズワートは予定通りこちらにやってくるだろう。

 ならばカレンが起きていれば、彼に会えるはずだ。

 ベッドにいる状態だとしても、彼と会うことができるのなら、話すことができるのなら、それだけでもいいと思えた。

 しかし、薬を飲んだこともあってか、カレンは眠りに落ちてしまった。

 目覚めたときには既にジョンズワートの姿はなく、メイドには「お帰りになられました」と告げられるのだった。


 眠ったおかげか、身体の方は少しだけ楽になった。

 けれど、気分は晴れない。だって、せっかくのお天気なのに外で遊べなかったどころか、ジョンズワートに会えもしなかったのだから。

 しゅんとした気持ちのまま上半身を起こすと、カレンの視界の端に、見慣れないものが映りこんだ。


「これは……」

「ジョンズワート様からの贈り物です」


 ベッドのサイドテーブルに、いくつかの貝殻がおいてあったのだ。

 手に取ってみると、それらは紐で繋がっていて、吊り下げて飾れるようになっているのがわかった。


「ワート様……」


 あまり外に出られないカレンのため、彼はこうして、外のものをカレンに贈ってくれるのだ。

 ジョンズワート本人は、もうここにはいない。

 でも、確かに彼がここにいたこと、彼の優しさや気遣いを感じて、カレンの胸があたたかくなる。

 彼からの贈り物をそっと両手で包み込むと、先ほどまで沈んでいたことが嘘のように、自然と笑みがこぼれた。

 

「ワート様、また来てくれるかしら」

「ええ。あの方でしたら、もちろん、またお嬢様に会いにきてくださいますわ」


 来てくれるかしら、なんて言ったけれど。カレンは、彼がまた来ると信じていた。

 それはカレンに問われたメイドも同じで。ジョンズワートは、何度だってカレンに会いに来る。そう確信していた。

 そしてその通りに、ジョンズワートはその後もアーネスト邸に通い続けるのだった。




 また別の日には、二人でアーネスト家の庭に出たが、途中、カレンが調子を崩して動けなくなってしまった。

 アーネスト家の使用人が動くより早く、ジョンズワートがカレンをおぶり、屋敷へ向かう。

 周囲の大人たちは、ジョンズワートがカレンに向ける好意を知っていたから、好きな女の子をおぶって運ぶ彼を、黙って見守った。

 カレンと別れる際には、「無理をさせてごめんね」「また来るよ」と優しく彼女の手に触れていた。



***



 カレンは病弱で、家の跡取りとしては兄がいたため、幼い頃にはさほど教育はうけていなかった。

 アーネスト伯爵家の娘として指導する前に、無事に育つよう守る必要があったのだ。

 カレンも大変な思いをしたが、彼女の3つ上のジョンズワートも、カレンとはまた違った方向に苦労をしていた。


 ジョンズワートは名門公爵家の次期当主で、健康な男児だった。

 加えて元より優秀で吸収も早く、真面目な性格だったものだから、親族や教師の期待もあり、デュライト公爵邸では日々厳しい教育を受けていた。

 ジョンズワートがカレンにそのことを話すタイミングはほとんどなかったが、カレンだって伯爵家のご令嬢。

 公爵家の彼が時間を持て余しているわけがないと、わかっていた。

 それでもジョンズワートは、頻繁にカレンに会いに来てくれる。

 寝込みがちで、約束を守れないこともある自分に、嫌な顔ひとつしないのだ。




 雪国で生まれ育った、身体の弱いカレン。

 伯爵家の生まれでなければ、6歳7歳といった年齢までやっていくのも難しかったかもしれない。

 しっかり育っていけるのかどうか、育ったところで子を望める身体なのかどうかも、この時点ではわからなかった。

 あの子は貴族としての務めを果たせるのだろうか、と冷たい目線を浴びることもある。

 令息と会う約束をしていた日に体調を崩し、せっかく来てやったのにどういうことだ、と怒られたこともある。


 けれど、ジョンズワートは違った。

 身体の弱いカレンに愛想を尽かすこともなく、優しく微笑んで、何度でも会いに来てくれる。

 カレンは、彼の手が、体温が、微笑みが、言葉が、彼のくれる素敵な贈り物が、好きだった。

 もしもジョンズワートとの出会いがなかったら、カレンから笑顔は消えていたかもしれない。

 本来であれば、それほどまでに、カレンが置かれている状況は厳しいものだったのだ。


 ジョンズワートは、そんなカレンの心に、いつだって灯りをともしてくれた。

 恋心と呼ぶには、まだ幼いものではあったが――カレンにとって、ジョンズワートの存在は救いで、大切な人で、大好きな相手だった。

 何歳になったって、彼との思い出を、彼からもらった優しさを、忘れることなんて、できるはずがない。

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