きみの欠片を抱く日々に、さよならを
愛妻の日に合わせて書いた番外編でした
その日、デュライト公爵邸では、夫人の……カレン・アーネスト・デュライトの誕生日パーティーが開かれていた。
今回は、カレンが公爵邸に戻ってから、初めての誕生日。
これまでの経緯を考慮し、招待されたのは夫妻と近しい者のみだったが、パーティーそのものは豪華だった。
なんでも、夫のジョンズワートがずいぶん張り切ったらしい。
パーティーは夕方には終わり、夜は家族の時間へ。
大事な日の夜を三人で過ごせるのは、ようやく再会できた彼らへの、周囲の者の配慮があったからだ。
「おかあしゃ、おたんじょーび、おめでとお!」
「誕生日おめでとう、カレン」
夫婦の部屋――今は家族の、といった方が正しい――にて、ショーン、ジョンズワートの順に、それぞれ小箱を差し出す。
カレンは二人からのプレゼントを受け取り、ありがとう、と笑顔を見せた。
ショーンが母に贈ったのは、木の実でできた飾り。
材料はショーンが公爵邸の庭で集め、ジョンズワートと一緒に置き飾りの形にした。
ジョンズワートからは、カレンの誕生石をあしらったアクセサリーを。
夫と息子共同の手作りの品と、公爵家の格式を感じさせる装飾品。
正反対にも思える2つのプレゼントを同時にもらい、カレンからは笑みが絶えない。
どちらも心のこもった品だが、カレンには、父子共同制作の置き飾りの方が本命のように感じられた。
二人揃って「ここを頑張った」「この材料はあそこで見つけた」などなど話してくるものだから、もうおかしくて仕方ない。
母の誕生日に興奮するショーンをなんとか寝かしつけ、夫婦の時間に。
カレンと二人になると、ジョンズワートは追加でもう1つ、カレンに小箱を手渡した。
「カレン。改めて、誕生日おめでとう。……これを、きみに受け取って欲しいんだ」
「これ、は……」
箱の中には、エメラルドのブローチが入っていた。
カレンの瞳が、驚きに見開かれる。
これは、カレンがジョンズワートの元から逃げ出した際、誘拐と死亡を偽装するために、崖から落とした馬車の中に残しておいたものだ。
自分がそこにいたと思わせるために手放した品で、元はジョンズワートから贈られたものだった。
「ずっと、持っていてくださったのですか?」
「……うん。……色々思い出させてしまうかもしれないから、見せるべきかどうか、悩んだけれど。やっぱりこれは、きみに持っていて欲しいんだ」
「ワート、さま」
馬車と共に落ちた際にできたのか、いくらか傷はついているが、たしかにあのときのブローチだ。
カレンの瞳から、涙がこぼれた。
ジョンズワートから逃げたカレンは、彼のいない場所で、もう会うこともないまま、離れて暮らしていくのだと思っていた。
でも、カレンがそうしている間も、ジョンズワートはずっと、このブローチを大切に持ち続けていた。
妻の生存を信じて。また会えると、絶対に見つけ出すと、誓って。
そして、再会した自分に、こうして贈りなおしてくれた。
ジョンズワートがずっとカレンを探していたことは、再会後に聞いていた。
そうだと、とっくに知っていたはずなのに。
彼の想いが形になって目の前に現れると、どうしたって、思い出してしまう。
己の過ちを。父と子を離ればなれにさせたことを。
ずっと、彼に向き合えていなかったことを。
「っ……! ごめ、ごめんなさい。ワート様。私、あなたのこと、ずっと、傷つけて」
「……カレン。それはお互い様だよ。どちらも悪かったんだ」
ジョンズワートは、そっとカレンを抱き寄せる。
夫の胸で泣く妻と、そんな妻を抱きしめ続ける夫。
しばらく経って落ち着いた頃、ジョンズワートはあらためてカレンに向き直った。
「カレン。もう一度、受け取ってくれるかな」
「……はい! もう二度と、離したりしません」
結婚から逃亡までの、短い期間に贈られたそれは、数年の時を経て、再びジョンズワートからカレンに手渡された。
もう離さないと言って微笑む彼女の頬には、涙のあとが残っていた。
諦めないでいてくれたこと。今も愛してくれること。
あなたの想いも、今までのことも、間違えたことも。
もう一度、やり直せたことも。
……この先も。
全部全部、胸に抱いて。あなたの隣で生きていく。
「ワート様。……ありがとう。ありがとう、ございます」
彼に伝えたいことは、もっともっとたくさんあるはずなのに。
ありがとう、と口にするだけで、精一杯だった。
ジョンズワートは、今にも泣きそうになりながらも笑う妻を、力強く抱きしめる。
彼はずっと、妻の欠片を抱いて過ごしていた。
カレンが残したブローチを、いつだって自分のそばにおいていた。
彼女はきっと生きている、また会えると、自分を慰め、奮い立たせるために、何度もブローチに触れた。
でも、もう、ジョンズワートにこのブローチは必要ない。
だって、彼女が残した欠片じゃなくて、本人が、ここにいるのだから。
ブローチを手に取り、カレンの顔の近くへ寄せる。
「……やっぱり、きみの柔らかな緑の瞳に、エメラルドはよく似合う」
その後、本来の持ち主の元へ戻ったブローチは、修繕のうえ、ちょっとした細工がほどこされた。
パーツを付け替えると、ネックレス、髪飾りなど、ブローチ以外の用途にも使えるようになったのだ。
これにはカレンも大喜びし、公の場に出る際は、必ずといっていいほど身に着けるようになった。
デュライト公爵と夫人の思い出の品らしい、と社交界でも有名になるほどに。
***
「あれが噂のエメラルドね。すてき……」
そう呟くのは、社交界にデビューしたばかりの、若き令嬢だ。
視線の先にいるのは、デュライト公爵夫妻。
夫のジョンズワート・デュライトは愛妻家として有名で、妻のカレン・アーネスト・デュライトも、それに応えるかのように、いつだって彼から贈られたエメラルドを身につけている。
「いつか、私もあんな風に」
まだ婚約者の決まっていない彼女は、あの二人のようになれればと意気込み、一歩踏み出した。




