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3 楽しかった、本当に。

「カレン、僕の言う通りに」

「は、はい!」


 夏も近い頃のことだった。

 冬には銀世界となるこの地にも、一応だが四季はある。

 寒い季節が長いため、青々とした芝生で遊べる時間は貴重だ。


 15歳のジョンズワートは、カレンを乗馬に誘っていた。

 二人乗りの鞍をつけて、カレンは前の席で横向きに。ジョンズワートが後ろに乗って手綱を持ち、カレンを支えながら馬に指示を出す。

 カレンが元気になったら一緒に楽しみたいと思い、二人乗りの練習を重ねていたのである。

 元より優秀なジョンズワート。

 馬術の師匠にもお墨付きをもらい、アーネスト家からも許可を得て、伯爵家のご令嬢を自分が操る馬に乗せた。

 カレンの従者の男・チェストリーも、少し離れた場所から二人を見守っている。

 

 冬の長い国なうえ、カレンは病弱だったから、彼女が乗馬を楽しむのは初めてだった。

 いつもより高い視線。風を切る心地よさ。馬が大地を蹴る振動。すぐ近くに感じる、ジョンズワートの温もり。

 それら全てがカレンを高揚させた。


「すごい、すごいです! ワート様! すごく気持ちいい……!」


 片手をジョンズワートの胸に置き、カレンがはしゃぐ。

 ジョンズワートもまた、彼女が喜んでくれたことが嬉しくて、いつもより近い体温が恋しくて。すっかり舞い上がってしまった。

 本当に、本当に嬉しかったのだ。――嬉しすぎて、習った通りのことができなくなるぐらいには。


 もっと喜んで欲しくなって、ジョンズワートは馬を走らせた。

 スピードは控えめだったし、走っている最中はカレンを守ることを忘れてはいなかった。

 けれど、その後。

 馬を停止させ、カレンをおろすときに事故が起きた。


「カレン。気を付け、て……」

「あっ…………」


 高い位置で足を滑らせたカレンが前に向かって倒れていき、頭から地面に落ちてしまった。

 気が緩んでいたジョンズワートは、カレンを落馬させてしまったのだ。

 カレンは初めての乗馬だったというのに。ジョンズワートの指示や支えが、足りていなかった。


「カレン……! カレン! 返事をして、カレン!」

「う、ん……。わーと、さ、ま」


 カレンの意識ははっきりせず、額からは血が流れていた。

 すっかり動転したジョンズワートは、カレン、カレン、と彼女の名を呼ぶことしかできない。


「どいてください! お嬢、大丈夫ですか!」


 そんなジョンズワートとカレンの間に入って容態を確認し、医者に診せるよう手配したのは、チェストリーだった。

 チェストリーのおかげで、カレンはすぐに医師の処置を受けることができた。

 従者が主人を守るのは当然のことだが――ジョンズワートは彼女に怪我をさせただけで、何もすることができなかった。


 処置の甲斐あって、カレンはその日のうちに会話ができるところまで回復。

 しかし、額に怪我をしており、傷が残るだろうと言われていた。





「はしゃぎすぎた私も悪いのですから、どうか気になさらないでください。ワート様」


 意識を取り戻したカレンは、ベッドの横でうなだれるジョンズワートにそう声をかけた。

 それはカレンの本心だったが、ジョンズワートの心は晴れないし、本当に気にしないわけにもいかなかった。

 見えにくい位置とはいえ、伯爵家の長女の顔に、傷をつけたのである。

 それも、好きな子と過ごす時間が楽しすぎて舞い上がり、必要な指示や支えを怠った、という理由で。


「カレン……。僕は、君をひどい目に……」

「……そんなことありませんわ。私、とても楽しかったのですよ」

「けど……」

「ワート様……」


 ジョンズワートは、俯きながらぐっと唇と噛みしめる。

 あまりにも辛そうな彼の姿に、カレンも何も言えなくなってしまった。


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