表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/77

6 触れられたのは、ただ一度きり。

 約半年の婚約期間を経て、カレンとジョンズワートは結婚。

 名前もカレン・アーネスト・デュライトに変わった。

 そういう慣習であったため、式を挙げた日に初夜も済ませ。

 そのときのジョンズワートは、とても優しくて。愛されていると勘違いしそうになった。

 しかし、そういったことをしたのは初夜の一度きりで、結婚から数か月経った今でも、ジョンズワートは全くカレンを求めない。

 寝室も別れており、新婚のはずのカレンは一人で夜を過ごしている。

 社交の場に出た際、エスコートのために手や腰に触られることがあるぐらいだ。


 カレンは女だから、男性の欲のことはいまいちわからない。

 けれど、外に出れば色々な話が耳に入ってくる。

 いくら忙しいとはいえ、ジョンズワートのような若い男性が、一度きりで満足してそれ以上は求めてこないなんて、なにかがおかしいのだ。

 大抵の場合、そういうときは、妻とは別の人を愛していると……そう聞いたこともある。

 カレンは、「別の人」に心当たりがあった。

 

「奥様、お茶をお持ちしました」

「え、ええ。ありがとう、サラ」


 その心当たりとは――今はカレンの侍女を務めている彼女、サラ・ラルフラウだ。

 長い赤毛を綺麗にまとめ、てきぱきと働く頼もしい人である。

 サラはジョンズワートの妹の侍女だったはずだが、どうしてか、結婚後、カレン付きとなった。

 ジョンズワートは信頼できる人に妻を任せたいからだと言っていたが、なんだか、あてつけのようにも思えてくる。

 カレンとは仕方なく結婚しただけで、本当に愛しているのはサラなのだと。

 それをカレンにわからせるために、あえてカレンにサラをつけたのではないか。

 そんなひねくれた考えを持ってしまうぐらいには、ジョンズワートが自分に触れてこないことにショックを受けていたのだ。


 別に、ジョンズワートとサラが寝室に入っていくところを見たりしたわけではない。

 でも、カレンとジョンズワートは別の部屋を使っているから。

 もしも「そういうこと」があっても、カレンはなかなか気がつけない。

 元々知っていた二人の仲の良さと、初夜以降なにもないことが、カレンをひどく不安にさせていた。

 身分のある人が使用人の女性に手を出すというのも、正妻と愛する人が別だというのも、珍しくはない話なのだ。


「奥様? なにか気になることでも?」


 カレンがぼーっとしていたせいだろうか。サラが心配げに覗き込んでくる。


「い、いえ! なんでもないのよ。ただ、少し疲れているみたいで」

「……嫁がれたばかりですものね。私にできることがあれば、なんなりとお申しつけください。旦那様からも、奥様の力になるよう強く言われておりますから!」

「強くって、そんな」


 あなたと夫の不貞を疑っていました、なんて言えるはずもなく。

 カレンは笑ってその場を濁したのだが。


「いえ、本当に……。本当に、強く言われておりますので……」


 そう言うサラは、げんなりし、どこか諦めたような目をしていた。

 長年この家に勤めるサラは、ジョンズワートがカレンを求め続けていたことを知っている。

 8年もろく話してない、会ってすらもらえない人にそこまで執着するってどうなの? と若干の恐怖を感じているぐらいだった。

 そのジョンズワートが、「カレンを頼む」と言ってきたのである。

 主人の願いも、嫁いできたカレンのことも、蔑ろになんてできない。 


「サラ? どうしたの?」

「奥様。デュライト公爵家に嫁いでくださり、本当にありがとうございます」

「へ? ええと……」


 混乱するカレンをよそに、サラは深くお辞儀をし、感謝の意を表明する。

 ジョンズワートのカレンカレンカレンコールに悩まされた彼女の、心からの言葉だった。


「旦那様は、本当に、ずっとずっと、奥様のことを求めていらっしゃいましたから。奥様が来てくださって、ようやく落ち着いたんですよ、あの方」


 これも、本当のこと。

 けれど、結婚前のジョンズワートの様子など、カレンが知るはずもなく。

 ふふ、といたずらげに、笑顔でそんなことを言われても、カレンには真偽がわからなかった。

 結婚してすぐにサラが侍女となったから、二人の付き合いもそれなりとなる。


 たまにこういったやりとりをしているのだが、サラの思いはカレンには伝わらず。

 そこにカレンを下に見るような気持ちや、嘘はないと思えたが……。

 それだけ求めていたはずの自分に触れない旦那様、という状況だから、さらなる戸惑いを生んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ