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2 あなたは、もしかして。今も、まだ。

 そんな折。話があるからと、カレンは父親の執務室に呼び出された。

 親子仲は良好な方で、会話も多い。だから、父と話すことも、呼び出されることも珍しくはなかったが……。

 執務室という場所と、父のまとう雰囲気が、いつもとは違うなにかを感じさせた。


「お父様、お話とは……?」

「カレン。お前との結婚を望む人がいる」

「いきなり結婚、ですか? あの、私、縁談を進めたい方が」


 段階を踏まず、急に結婚だなんて。一体どこの誰なのだろう。

 婚約や結婚に関しては、カレンも父に話したいことがあった。

 まだ話が生きている男性との縁談を進めたい。そう伝えたかったのだが。

 父であるアーネスト伯爵により、カレンの言葉はさえぎられた。


「デュライト公爵だよ」

「……え?」

「お前を妻に迎えたいと言ってきたのは、デュライト公爵だ」

「え、ええと……。デュライト公爵といいますと……」


 話の内容が、わかるけど、わからなかった。

 デュライト公爵が自分との結婚を望んでいる。それは理解できた。

 デュライト公爵といえば、今はジョンズワートのことを指す。

 ジョンズワートが、カレンに結婚を申し込んできたわけだ。

 だが、ジョンズワートがそうする理由がわからなかった。

 カレンの混乱を感じ取ったのだろう。父はなるべく聞き取りやすいよう、ゆっくりと言葉を続けた。


「ジョンズワート様だよ。ジョンズワート・デュライト。幼い頃、よくしてもらっただろう」

「じょんず、わーとさま……」

「ああ。ジョンズワート様が、お前との結婚を望んでいる」

「ど、どうしてです? ジョンズワート様には、大切な方がいらっしゃるのでは……?」

「……それは、ただの噂にすぎない。ジョンズワート様ご本人から、気持ちを聞いてくるといい」


 そう言われてしまったら、カレンは黙る他なく。

 父は、ジョンズワートが何を考えているのか知っているのだろうか。

 それすらも、カレンにはわからなかったが――質問をしたところで、同じ答えしか返ってこないことは、なんとなく感じとれた。



 

 執務室を出たカレンは、自室へ向かってとぼとぼと歩いていた。

 ジョンズワートとまともに話さなくなって、8年ほど経つ。

 カレンは新しい道へ踏み出そうとしていたし、ジョンズワートにだって、大切な人がいるはずだ。

 すっかり疎遠にはなっていたが、カレンも、ジョンズワートとサラが仲睦まじげに話す姿を見たことがあった。

 カレンと一緒にいるときの彼はいつも優しくて。柔らかに微笑んでいることが多かった。

 しかし、サラと話しているときは様子が違い。もっと表情豊かで、二人の親しさが伝わってきた。

 きっと、サラに対しては、カレンにしていたように取り繕う必要がないのだ。

 父を亡くした彼を支えたという話も、本当なのだろう。

 二人の仲についての話はただの噂だと、自分の父親は言っていたが……。カレンは、どうにも納得できなかった。

 

 ジョンズワートはサラを選ぶものだと思っていた。

 なのに、どうして自分に結婚を申し込んだのか。

 だっておかしいのだ。もう8年もまともに接していないし、ひどい言葉で彼を傷つけたことだってある。

 普通に考えたら、こんなにも長い月日、ろくに話していなかったら別の道を考え始めるはずだ。

 ジョンズワートの家柄、見た目、性格、どれをとっても、相手なんて選び放題でもあって。

 ジョンズワートがカレンを選ぶ必要など、ないのだ。

 思い当たることといえば――


「……」


 カレンは、自分の額にそっと触れた。

 ジョンズワートと乗馬をした際に負った傷は、まだ消えていない。

 髪の毛で隠せる位置ではあるが、触るとかすかな膨らみを感じる。

 もしかしたら。彼は今も、カレンに傷を作ったことを気にしているのかもしれない。


「……そんな必要、ありませんのに」


 ふと横を見れば、廊下の窓に映る自分の姿が見えた。

 窓に近づき、前髪を分ける。あのときついた傷跡は――今もそこにあった。

 鏡ではなく、窓に映るほどに、はっきりと。


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