外伝5 ウィスキーフロート(楽しい関係)
本編15PV到達お礼の外伝です! 本当にありがとうございます!
その日、ルルーはむしゃくしゃしていた。
大きな戦闘があり、ロザンが負けた。それも、ルルーたち斥候部隊が危険を冒してまで手に入れてきた情報を待たずに、相手の挑発に浮き足だった騎士の暴走で負けたのだから、こんな馬鹿馬鹿しいことはない。
「だからあんなバカを前線に出すなと言ったんだ!」
ルルーは目についたゴミ箱を蹴っ飛ばす。人気のない砦内に金属音が虚しく響いた。砦の兵士の多くは出陣のため出払っており、閑散としている。
この砦からイザヤ将軍が出撃し、前線はどうにか立て直しつつある。現在は反転の隙を窺っているところだ。そんな最中でルルーが砦に戻ってきたのは、暴走した騎士をぶっ飛ばしたからである。物理的に。
ルルーの右拳を顔面に受けた騎士は勢いよく陣幕を飛び出して転がり、近くの樹木にぶつかって伸びた。鼻がおかしな方向に曲がっていたのは少し愉快だった。
いくらルルーが売り出し中の少佐とはいえ、騎士を殴ったのは流石にまずかった。一応の表向きはではあるが。
あの騎士にはみんなが思うところがあったのだ、バカの暴走のせいで同胞がたくさん死んだ。ルルーがぶん殴るまで止めるものは誰もいなかったし、気絶した騎士を介抱に行くものもいなかった。
形的には軍律違反ということで、イザヤ将軍の指示を仰ぐことになり、イザヤ将軍に一旦砦に戻っているように言われてこうして一人戻ってきたのである。
「酒でも飲むか、、、、」
砦内に据えられている酒場で一杯ひっかけることにする。謹慎中の身で本来ならばありえないが、そこはルルーである。気にも留めない。
主要な兵が出兵中な上、日中ということもあり、酒場は薄暗く人の気配はない。それでも一応開いてはいたので店主に軽く挨拶をして、乱暴にカウンターの席に座る。
「ザーゲイドをストレートで」
オークの香りの強いザーゲイドはこの辺りの特産の酒で、ルルーのお気に入りだ。度数も相当なものだが、ルルーはいつも瓶一本は軽く空ける。
店主も心得たもので何も言わずにつまみの小皿を出すと、ザーゲイドの瓶を取り出した。
「それ、美味しいんですか?」
不意にルルーに声がかかり、ルルーは思わず戦闘態勢をとる。見れば、数席離れたところに女が座っていた。細っこい、年の頃はルルーと同じくらいか、少し下か。
それより何より、いつからそこにいた? いくらルルーが腹を立てていたと言っても、気づかないなどあり得るか?
騎士でもすくみ上がるルルーの睨みを全く意に解さぬように、女は再び「そのお酒は美味しんですか?」と繰り返す。
答えたのは店主。「え、ええ。この近くに醸造所がある美酒です。ただ、度数が高いのでお酒に強い方でないと、、、」
「ですか。じゃあ、私にも、それ、一つ」
睨み続けるルルーを無視するかのように、店主へ注文する女を見て、ルルーは面白いおもちゃを見つけたように、女の隣へどかりと座る。
「、、、、昼から酒を飲んでるような奴は碌なもんじゃないな、お前」
ルルーの言葉に、すでに手元にあった酒を美味しそうに飲み干してから
「じゃあ、貴方も碌でなしですね。私は今日この砦に配属になったんですよ。やっと辿り着いたら誰もいないのだから、お酒を飲むくらいしかないでしょう?」
「ルルー。少佐だ。お前は?」
「リタ、ザラード=リタ。なんだ。同じ少佐か。敬語を使って損した」
初対面の相手がルルーにこんな態度を取ることは珍しい。店主はハラハラしながらも、2人の前にそっとグラスを置く。
「お前、アタシの事知らねえのか? このルルー様を」
「なんか、牛みたいなルルーっていう遊撃兵がいるという話は聞いているよ?」
ルルーの顔が朱に染まる
「、、、てめえ、、、、喧嘩売ってんのか?」
いよいよ店主が身の危険を感じ始め、砦に残っているわずかな守備兵を呼んでこようかと迷い始めた時、逆に酒場に兵士が飛び込んできた。
「おい! 砦に残っている兵士は全て集まれ! 敵襲だ!!」
兵士が叫び終わる前に、ルルーは、そしてリタも、兵士の横を駆け抜けていた。
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「敵兵の数は? 場所は? うちに残っている兵力は?」
ルルーの矢継ぎ早の質問に、守備兵長は目を白黒させる。
「数はわかっていない。西へ使いに出ていた伝令がたまたま見かけて砦に駆け込んできた。ただ、それなりに人数がいたと言っている」
「敵兵なのは間違いないのかしら?」
リタの質問には「おそらくは、、、」という曖昧な返事が返ってくる。
敵襲らしき兵団が確認されたのは、現在激化している戦線の真逆からだった。砦の兵が少ないと見て奇襲を仕掛けたという可能性も十分にあり得る。
「それで、砦に残っているのはたったこれだけか?」
ルルーが見渡せば、そこにいたのは200人程度。将官クラスは守備兵長以外に見当たらない。
「イザヤにしては随分と雑な、、、」リタが呟く。
「お前、イザヤのジジイと知り合いか?」イザヤ将軍を呼び捨てにする人間はそういない。
「私の後見人みたいなものらしいよ」
「みたいなもの? らしい? まあいい、今はそれどころじゃねえな。砦にこれだけ兵士が少ねえのは仕方がないんだわ。イザヤのジジイがほぼ全軍を連れて援軍に出なきゃ、多分、戦線が崩壊していた」、、、、あの馬鹿な騎士のせいで。
「そう。なら仕方ないね。ルルー、あなた少佐よね。それじゃあ守備兵長さんと砦の兵の取りまとめを頼むよ」
「あ? アタシに命令すんなよ。っていうかお前はどうすんだ? 逃げんのか?」
「逃げていいなら逃げるけどね。あまりに情報が少なすぎるから、ちょっと見に行ってくるよ。ついでに時間を稼げるなら稼いでくる」
「一人で? 時間稼ぎ? 何言ってんだお前。できるわけないだろ」
「ルルーには無理かもね。じゃあ、よろしく」
いちいち気に触ることを行って、リタはさっさと砦の入り口へ向かった。
「てめえ! 待てよ! おい! 守備兵長! ちょっと様子を見てくるから、アタシが戻るまで守備に徹していろ! いいな!」
ルルーはそのように言い捨ててリタを追うのだった。
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「、、、ついてこなくていいのに」
「うるせえな、お前の実力が不安だから出てきたんだよ。足を引っ張ったら置いていくぞ」と言いながらも、ルルーはリタの評価を一つ上げる。
先ほど気配を感じなかった時点である程度できるとは思っていたが、ルルーと並走しても遜色ない。足運びを見るにかなりのものだ。
しばらく並走すると、嫌な気配がしてきた。ルルーがそう感じる時は、ほぼこの先に敵がいる。
「おい」とルルーが声をかけるよりも早く、リタの姿が消えた。いつの間にか街道沿いの雑木林の木の上にいる。
、、、猿かよ、あいつは。
少し呆れながら、ルルーも雑木林に体を滑り込ませる。
見えてきた兵団は確かに敵国、ソルアルの部隊だ。数は1000程度。砦を落とすには少し少ないが、砦が手薄と読んでの行軍か。もしくは砦を攻めることで前線の動揺を誘う作戦か。
いずれにせよ堅実に守れば、砦に残った200の兵でもなんとかなりそうだ。前線は動揺するだろうが、そこはイザヤのジジイに上手くやってもらうしかねえな。
よし、戦力も確認できたし、砦に戻ろうとリタを見れば。リタがゆっくりと銃を取り出すところだった。
「お前、、、何を」
止める間も無くリタは通過中の敵へと弾丸を放つ!
「敵がいるぞ!」
「奇襲だ!」
「雑木林の中に敵がいる!」
街道沿いが騒然となる。
「ルルー、逃げたければ今のうちに。私はこれからこいつらを雑木林の中を引っ張り回すから」
、、、こいつ、イカれてやがる。だが、おもしれえ。
「誰が逃げるか。おい、”リタ”。このルルー様が手伝ってやる。ありがたく思え」
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ソルアルの将官、デードラーグは苦虫を噛み潰していた。
完全にロザンの裏を描いたはずの奇襲作戦が、思わぬところで足止めを喰らっている。
報告に上がってくるのは不気味な情報だけだ。
敵がいるのは間違いないが、人数がわからない。
さまざまなところから攻撃が来るのである程度の人数がいると思われる。
いや、銃声は少ない。敵は少数だ。
一番意味がわからないのが、これだ。
敵が見えないのに次々と味方がやられてゆく。
そんな馬鹿なことがあるものか。
しかし、敵が、ルデクの兵が潜んでいるのは間違いない。しかも我が軍が苦戦する手練れもいる。このまま放置して進めば、砦の兵と挟撃をくらう可能性もある。
「、、、、奇襲が失敗した以上、、、、これ以上の進軍は無駄か」
デードラーグは決断すると、副官に命じる。
「無駄に時間と兵を減らす必要はない。兵を引く! 撤収を命じよ!」
去りゆくソルアルの兵を見送ってから、「おい、リタ。飲みにいくぞ」とルルーが言った。
これがのちに、敵味方問わず前線の問題コンビとして名を馳せる、ルルーとリタの出会いであった。