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外伝4 モクテル(ノンアル)

本編、狙撃にっきの14万PV達成のお礼の外伝になります。

本当にたくさんの方に読んでいただき、とても嬉しく思います。宜しければこちらもお楽しみください。


 リタの記憶は、奴隷商人に引きずられて歩いている所から始まる。


 それ以前の記憶は全くない。


 後に自身で振り返ってみれば、おそらく自身で記憶を封じたのだと思う。


 多分、両親に捨てられたか、両親が殺されて売り飛ばされたか。


 当時の北方の町村ではよくある話だった。いわゆる戦争孤児だ。


 北の生活は薄氷の元に成り立っている。ロザンの軍に攻められるか、ソルアルの軍に攻められるか。結局のところ、どちらにも大差はない。


 それでもこの地から離れられぬ者たちはいる。愛着のある土地だから、他に行くあてがないから、生活の糧があるから。理由は様々だが、彼らはそこに住み続ける。


 住んでいる町が戦地になれば、孤児が生まれる。


 そして、嬉々として奴隷商人が湧いてくる。リタはそんな奴隷商人の一人に連れられていた。


 記憶を無くすほどのショックであれば、多分、両親は殺されたのだろうと後にリタは分析する。記憶に無いので特に感慨はないのだが。


「顔つきは整っているから、高く売れそうだな」


 そんな風にリタを覗き込んだ、前歯の欠けた奴隷商人の顔はよく覚えている。


 幼いリタでも、自分の人生はこれで碌なものにならないのだろうなという、諦観にた心持ちであった。それが、両親を殺された経験の結果か、本来の資質によるものか分からない。けれど、リタはひどく冷静だった。


 幼い少女の奴隷を買うのはほぼ、貴族だ。良くてボロ雑巾のようにこき使われる召使い。悪ければ慰み物にされる。


 千に一つ、いや、万に一つくらいは「幼い娘の側使えに」とか、「可哀想な戦争孤児を養女に」と言うケースもあるかもしれないが、そんな幸運に恵まれる人間は、そもそも孤児になどならないのである。少なくとも、リタはそう思っていた。


「まぁ、いいか」リタはそう思っていた。どうせ奴隷になった以上長い命ではあるまい。どう言うわけか、それほど生にしがみ付きたいという気持ちもない。ならせめて、自分の行き着く先だけ確認してから死んでも同じだ。


 一応奴隷商人には恩義を感じている。あまり小汚くすると価値が下がると思ったのか、それなりに小綺麗にしてもらったし、ご飯もちゃんと出してくれた。なら、商品としてそのくらいの恩は返すべきだろう。


 ところが、リタにとって思わぬ幸運が訪れる。


「おい、その娘、私に売りな。言い値で買ってやる」


 そのように奴隷商人に持ちかけたのは、もう初老に届こうかという女性だった。


 これが、リタとディアラの出会いだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 リタを買ったディアラは、ラ・ガ・デアという傭兵団を率いる女党首だった。


「身の回りの世話をしてもらうなら、見目の良いやつがいいからね」


 ディアラはリタに身の回りをさせるつもりで買ったのだ。しかし、ラ・ガ・デアがただの傭兵集団でないことは早々に分かってくる。


 確かに気まぐれに傭兵として戦争に出てゆくことはあるが、彼女達の主な仕事は盗賊。主に貴族を相手に財宝をむしりとる盗賊団であった。


 リタにとっては、ご飯が食べられるのであれば、相手が盗賊団だろうが、奴隷商人だろうが、魔王だろうがどうでもいいことだ。


 言われたことを淡々とこなし、ご飯を食べる。それだけである。奴隷商人の元から離れた際に少しだけ考えが変わった部分といえば、「自ら命を断つ必要はなさそうだ」と考えた程度だろう。


 そんな風に1年間過ごしたある日、ディアラから「あんたはなんで生きている?」と質問された。


 リタは「さあ?」とだけ答える。他に答えようがないのだから。


 その言葉を聞いたディアラは、はん、と鼻を鳴らして「ついてきな」と言った。


 言われた通りについて行くと、ねぐらの一角で酒を飲みながら管を巻いている男達の一人の頭を引っ叩く。


「ってえな! 何するんだ(あね)さん!」


「何するんだじゃないよ! いつまで飲んでんだ! 明日お前は仕事だろうが! レクソン!」


 レクソンと呼ばれた男性は「へへへ」と笑って、叩かれた頭を撫でる。


「もう寝るところでしたよ。さ、寝よう寝よう」と立ち上がるレクソンの首をむんずと掴む。


「まだ何か?」訝しげなレクソンに


「明日はリタを連れていきな。しばらくアンタの助手として使うんだ」


「は? こんな小娘を? 奴隷でしょう? 経験もない足手まといを連れて行って、失敗したらどうするんです?」


「その時はアンタの失敗にはならない。私たちの中に、アンタのような存在はいないからね、何かあった時に困るんだ。見ての通り、リタは身軽だ。今のうちに仕事を仕込めば、アンタも楽ができるんじゃないか?」


「、、、、、まぁ、他の奴らにゃこの仕事は無理ですけど、、、しかし、、、」


「しのごの言うんじゃないよ。リタを連れて行けば、上手くいった時の酒は2人分やろう。どうだい?」


「、、、おい、小娘、お前酒は飲むのか?」


「のんだことはない」


 リタの言葉に満足そうに肯首したレクソンは「なら決まりだ」と言い、その日からリタはレクソンの助手になった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 レクソンは元正規兵の偵察兵(スカウト)。どのような経緯でラ・ガ・デアに加入したのかは最後まで話してくれなかったが、ともかく腕は確かだった。多分、酒がらみで何かやらかしたのだと思う。


 彼はその技術を生かし、盗みを働く貴族の邸宅の偵察役を担当していた。


「見つかったら置いていくが、絶対にラ・ガ・デアの名前は出すな。俺たちの居場所も漏らすな。拷問されたら、隙を見て自死しろ」


 それがレクソンの決めた、唯一の決まり事。


 最初は必死だったが、どうもリタには偵察兵(スカウト)の才能があったらしい。いや、あったどころではない、「お前、本当に素人か?」と、レクソンが時折目を見張るほどの才能を発揮し始めたのだ。


 こうしてさらに2年が経つ頃には、リタは十分な戦力として、正式にラ・ガ・デアに迎え入れられることになる。


 その時初めて酒を飲んだ。


 酒だけは絶対に誰にも渡さないという信念を持っていたレクソンが、その日、ラ・ガ・デアに迎えられた日に限って「飲むか?」とグラスを差し出してきたのだ。


 入っていたのは舐める程度の量だったが、リタにとって、忘れられない味となった。


 しばらくはレクソンと共に、ラ・ガ・デアの一員として活動していたリタ。正式なメンバーになってみれば、ラ・ガ・デアの凄さが見えてくる。


 その頃になれば、ラ・ガ・デアの仲間からポツリポツリと身の上話を聞く機会も出てくる。突き詰めればラ・ガ・デアは、元玄人の軍人達の集まりであった。


 様々な理由で軍を離れ、かつ、貴族に含むところを持つ者たちの集まりであった。中には元ソルアルの兵士もいた。


 自分達の行使を正当化するつもりはないが、ラ・ガ・デアが狙う貴族は、奴隷のリタを買いそうな者達ばかり。リタにとっては何の感慨もないが、特に罪悪感も感じない日々が続く。


 しかし、そんな暮らしは突然終わる。



「大変だ! グラーチャのやつが裏切った! 軍が俺たちの場所を突き止めて向かってきてやがる!」レクソンの言葉にアジトは色めき立つ。


「逃げねえと!」


「無理だ! もう囲まれている!」


「強行突破すれば!」


「どうやって!?」


 混乱する室内に怒号が飛び交う。

 

 そんな中リタはディアラから手招きされた。


「なに? ディアラ」


「アンタはここから逃げな」


 ディアラが指し示したのは子供なら何とか通り抜けられそうな小さな穴。


「いやだ。みんなといっしょにいる」


 それは、リタが初めてディアラに逆らった瞬間だった。


 けれどディアラは鼻を鳴らすだけ。


「勘違いするんじゃないよ、ここから逃げるのにあんたは足手まといなんだ。先にどこかに身を隠してなって言ってるんだ。もちろんすぐに合流しようとするんじゃない。そうだね、2年後、そのくらい経てば、少しは落ちつているだろう。いいかお前たち! 2年後に合流、それまではそれぞれ潜伏! 良いね!」


「おお!!」威勢の良い返事が返ってくる。


「聞いたかい? もう一度言うが、逃げるのにアンタは足手まといだ。先にここから出るんだ」


 ディアラの言葉に、いつの間にかリタの隣に来ていたレクソンがリタの頭をポンと叩き、「2年も経てばもう酒も飲めるだろう? 再会した時は一緒に飲もうぜ」と言ったところで、「馬鹿か、まだ酒を飲めるのは当面先だ」とディアラに突っ込まれて苦笑する。


 そんな二人に追い立てられるように、リタは小さな穴へと押し込まれた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「あれ? リタさん。まだ飲んでいたんですか?」

 水を飲みに起きてきたルクスが、少しだけ目を見開いた。


「うん。もうすぐ寝るよ」


「そんなにグラスを並べて、、、、色んなお酒の味を比べているんですか?」


「、、、、まぁ、そんなところだね。さ、明日はこの村を出るんだ。ちゃんと寝ておくと良い」


 リタに促されたルクスは「リタさんも、ですよ」と少し微笑んで、部屋へ戻っていった。


 ルクスが完全に部屋に戻ったのを確認したリタは、



「おやすみ、ディアラ。おやすみ、レクソン」




 薄暗い部屋にチン、と、小気味の良い音が小さく響いた。

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