3.マティーニ(棘のある美しさ)
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【完結】オーラン騎士軍事学園 1- C ルクスの狙撃にっき
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北の方で大きな激突があった。
北でも比較的大きな街が陥落し、多くの人々が南へと逃げた。結果的に今、学園は少し閑散としている。
なぜって? 教官や羽を休めにきた人たちが戦場へと舞い戻って行ったからだ。
北の緊張感とは真逆に、少しのんびりとした空気が漂っている学園の、兵種棟の一角にセードルフとシルヴィアはいた。
2人だけならつい最近お付き合いを始めたばかりの初々しい2人の語らいであるが、余計なものがあと2人いる。
「余計なものとはなんだ、存在が余計なセードルフのくせに」
「俺の心を読むな! 何にも言っていないだろ!? あと存在が余計ってなんだ!?」
セードルフに息をするように暴言を吐いたのは、セードルフ達より明らかに年下の、まだ少女と言っても良い女性。名前をリタという。黙っていれば美少女と言って良いほど整った顔つきをしているが、口をひらけばかくの如しである。
ただ、セードルフにとっては、不本意ながら、誠に不本意ながらリタは恋を運んだ天使であり、その過程においてなかなか情けない姿も見られているので、少々頭が上がらないところがある。
加えてリタとシルヴィアはとても仲が良い。ゆえにこうして2人だけの時間を邪魔したところで、セードルフも大きな懐で受け入れているのである。
「何が大きな懐だ。手のひら程度の器のくせに。壁でも見つめて生きていろ」
「だから心を読むんじゃない! というかよくそんな正確に読み取れるな!? 声に出ていたか!? そして何故隙あらば壁を見つめさせようとするな! 壁に何があると言うのだ!?」
「私がセードルフの顔を見なくて済む」
「それはひどくないか!? いくら俺でも泣くぞ!?」
とまあ、この位はいつものやり取りである。リタはあまり人と接しないので比較対象が少ないが、それでもこの俺、セードルフに対しては遠慮がないように思う。シルヴィア曰く「セードルフのことを気に入っているのよ」と言っていたが、好意というよりは手頃な玩具感覚の気がしてならない。
「君たちは相変わらず面白いなぁ」笑いながら会話に入ってきたのが、もう一人の余計なやつ。名前をカペル=レヴォルという。遠くからでも目立つ金色のサラサラの髪の毛と、スッと通る鼻梁がイケメンぶりを主張する少年だ。
こいつは俺のクラスメイト。西の方で精力的に活動しているカペル商会という商人の息子だ。商人の息子らしく人当たりがよく、顔が広い。
レヴォルとは良くつるんでいるが、きっかけはなかなかに打算的だ。
「南の方に商売の手を伸ばしたいから、仲良くしてくれない?」という直球この上ない切り出しであった。
親しくなってから「俺だったからいいが、あんな挨拶では貴族の反感を買うぞ」と忠告してやったら、「もちろん普通の相手にはそれなりの対応をするよ。セードルフにはこの方がいいと思って」と返された。リタといい、レヴォルと言い俺をどう見ているのか。
レヴォルがこの場所にいる理由だが、それは元々この場所がレヴォルの住処だったからだ。もちろん本当に住んでいるわけではない。レヴォルが確保していた秘密の場所というわけだ。
俺たちがいるのは兵種棟の騎士のフロアの一角。元は物置か何かだったであろう小さな部屋を、レヴォルが時間をかけて快適な環境に改造したのがこの部屋。
レヴォルは貴族ではない。すなわち騎士ではない。にも関わらずこんな場所にねぐらを作ったのは騎士という特殊な兵種に起因する。
端的に言えば、騎士がこのフロアに集まってくることはほとんどないのだ。自分で言うのもなんだが、貴族の子息は我儘か気まぐれか、またはその両方かのいずれかだ。どれだけ厳しく躾けられていても、立ち振る舞いに違いはあっても、ほぼ我儘か気まぐれだ。何せ、今ままで咎めるものも少なく自由に過ごしてきたのである。協調性は低い。
一応定例の会議ではこのフロアに集まるものの、それ以外で兵種棟にやってくる騎士など皆無なのだ。
もしも何かしら打ち合わせをしたければ、各自の住む別宅でやれば良い。自宅ならば美味しいお茶と菓子、身の回りを世話してくれる従者がいるのだから、兵種棟で行うメリットなどほとんどない。
レヴォルはそこに目をつけた。誰も使っていないなら有効活用しようと。どこから仕入れてきたのか、気がつけば鍵まで自前の物に変えて、さながら自室のような快適空間を作り上げたのだ。
レヴォルがこの部屋を俺たちに提供してくれたのはもちろん打算あってのことである。「シルヴィアと恋仲になったのに、クラスが違うからなかなか一緒にいる時間がない」と、惚気気味にレヴォルに話したところ「ならば良いところがあるよ」と連れてきてくれた。
「合鍵を預けておくから、好きに使っていい。その代わりもしも他の貴族や教官に咎められたら、セードルフの権力でなんとかしてくれ」と言うのが交換条件。
その程度ならなんとかなるかと了解して今に至るのである。
予定外だったのは、シルヴィアが連れてきたリタもこの部屋を大変気に入り、用もないのに入り浸っていることと、リタと俺のやりとりを面白がったレヴォルが今まで以上によく絡んでくるようになり、結果的にいつも4人でこの部屋でダラダラとしていることくらいだが。
2人きりになるのは無理だったが、シルヴィアとの時間が増えるのは嬉しい。それにこの部屋は中々に居心地が良かった。そして今日も、部屋に集まっているのである。
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「吸血鬼?」
その話題を持ち込んだのはレヴォルだった。
「知らない? 最近話題らしいんだけど?」
「聞いたことないな。シルヴィアは?」
「私も聞いていないわね」
「そうか、それじゃあまだあまり出回っていないのかな? それとも緘口令が敷かれているのか、、、、、」
少し考えるそぶりをするレヴォルをよそに、リタが俺に絡んでくる。
「おいセードルフ、何故私には聞かん?」
「お前、基本的に人と接しないだろ? 噂を聞く機会があるとは思えん」
「ふん。セードルフに私の何が分かるというのだ。そんなことだからお前は真実を見落とすのだぞ」
「ってことは何か知ってるのか?」
「それが人に物を聞く態度か?」
「くっ、、、教えてもらえないだろうか、、、」
「ま、知らんが。人の噂話になど興味がない」
「きっ、、、貴様、、、、」単に揶揄われただけだった。
俺が絶句している横で、シルヴィアが「仲良しね」とクスクス笑い、レヴォルも微笑んでいる。なんだか気恥ずかしい。
「それはともかく、吸血鬼の話だ。どんな話なんだ?」俺がレヴォルに水を向けると、レヴォルはあらましを話し始めた。
「ランパード領は知っているかい? そうそう、この街から少し西に行ったところにある、そんなに大きくない領地。領土としては小さいけれど、あそこは西方の大貴族、ベル家の領地まで大きな道が続いているから、その中継地点として賑わっているんだけどね、そこで最近、おかしな事件が起きているんだ」
「おかしな事件?」
「うん。被害に遭ったのは旅人や、よその町の商人。それに娼婦。スルテアの街、、、、ランパード領でも一番大きな街ね。その街を夜、うろうろしていた人が被害に遭っているみたいだ」
「吸血鬼ってのは通り魔ってことか?」
「それだけならね、ところが襲われた人達が、全員領主館に吊るされた状態で見つかった」
「何それ、、、」シルヴィアが俺の袖を掴んできた。
「さらに言えば、全員血を抜かれていたって話がある」
「だから吸血鬼か、、、、だが、そんな派手なことになっているなら、確かに噂になってもおかしくないな、、、」
「うん。だけどね、この話にはもう一つ大切なポイントがある。とある盗賊団が絡んでいるという噂があるんだ」
「盗賊団?」
「そう、北の方では有名な名前なんだけど、ラ・ガ・デアっていう盗賊団が、ランパードの領主を脅しているんじゃないかって」
「もう少し詳しく話せ」さっきまでソファで伸びていて、全く興味のなさそうだったリタが居住まいを正す。
「ラ・ガ・デアが領主から金をせしめようとして、領主が断った。その報復で脅しているという話が出てきている。それらしい文書が領主館に投げ込まれていたそうだよ」
「ああ、なるほど。噂があまり広まっていないのは、軍部が動いているからか」
ラ・ガ・デアという盗賊団のことは知らないが、もしも本当に盗賊団が脅しているなら、これは国としても放置はできない。街に緘口令を敷いて一網打尽の作戦を考えている可能性は高い。
「でも、それじゃあなんでレヴォルがそんな話を?」
「うん。僕は知り合いの商人から聞いたのだけど、多分、北の騒乱が影響しているんじゃないかな? 北が騒がしいから、ランパードの街の件は後回しにされた。結果的に緘口令が緩んだ。そして漏れ聞こえた噂が僕まで届いた」
「なるほど、ない話ではなさそうだ。しかし物騒だな。ロドンの街も気をつけないといけないかもしれん」
「まぁ、馬鹿じゃなければロドンにちょっかいを出すようなやつはいないと思うよ。ここは周辺の軍事の中心地だから」
「、、、それもそうだな」
話はこれで終わるはずだった。けれど、そうはならなかったのである。
「リタ? どうしたの? 難しい顔をして」
リタの様子がいつもと違うことに気づいたのはシルヴィアだ。人形のような顔立ちの眉間に皺を寄せている。
「ちょっと行ってくる」とソファから飛び降りるリタ。
「行ってくるって、どこへ?」シルヴィアの質問に、スタスタと扉へと向かいながら、「スルテアの街」と言った。
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「あれがスルテアの街か」
外から見る限り、スルテアの街はロドンに比べれば小さいが、セードルフの故郷であるサーレルの街と比べれば遜色ない。小さな領土の貴族だと聞いたが、なるほど商業の中継点として賑わっているようだ。
「しかしお前らも暇人だな」隣で馬を走らせているリタがいう。
「それが一緒についてきてやった友人にいう言葉か」呆れながら言う俺に
「特に頼んではいない」とつれない返事を返してくる。
「でも、一度は来てみたいと思っていたから、ちょうどいい機会ね」とはシルヴィア。馬に乗るその姿はセードルフよりも様になっている。さすが南部でも有数の軍事貴族の娘だ。
「来てみたかったって?」
「この街、牛テールの煮込み料理が有名らしいわ。フェリアが言っていたのよ」
「フェリアってこの辺の出身だったっけ?」
「違うけれど、旅行できたことがあるんだって。美味しい美味しいって何度も言うから、一度食べてみたいと思っていたの」
「へえ、それはいいね。夕食はそれにしよう。そうだ。まずは宿を押さえないと」
「あ、それは僕に任せて。ちょっと先に行って押さえておくよ」とレヴォルが馬を先行させる。
リタがスルテアの街に行くと言ったあと、理由を聞いても答えないし、ちゃんと準備をしてからと説得しても聞き入れなかったリタに、俺たちは仕方なく一緒についてゆくことにした。
俺の家とシルヴィアの家には、それぞれ貴族の知人に頼み込んでその家に泊まっていると言う体にした。俺が頼んだ友人は、「シルヴィア達とスルテアの街に行ってくる」というと、ニヤニヤしながらも請け負ってくれた。
バレたらバレたで大人しく事情を説明しよう。
出かけた時間が時間だったので、近場とはいえ到着したのは宵の口だ。
馬屋に馬を預けていると、馬屋の主人が「君たちだけかい? 大人は?」と声をかけてきた。軍事学園の生徒で、ちょっと余暇を楽しみにと伝えると、納得したように大きく頷く。
それから小声で「悪いことは言わないから夜は出歩かない方がいい」と言う。
「もしかして吸血鬼のことですか?」と聞くと主人は大きく目を見開いてから、「ああそうか。もしかして軍部はちゃんと把握してくれているのかい」と安堵の表情を見せる。否定するのも面倒なので、曖昧に返事をしておく。
「確かに、街の規模にしては人通りが少ないね」
大通りは広いけれど、閑散としていて活気がない。吸血鬼騒動の余波なのだろう。
「あ、おい、リタ。あんなり勝手に行くんじゃない。レヴォルが宿を取ってくるまで待てって」
「、、、、ま、仕方ないか」リタは少し考えてから、足を止める。
「あ、レヴォルが戻ってきたわ」
「おうい。宿が取れたよ。なんとか2部屋空いていた。さ、行こう」
レヴォルの選んでくれた宿は、通りとは違い繁盛していた。牛テールの煮込み料理の堪能する。お腹いっぱいになって少し眠くなったので、同室のレヴォルと少しだけ話して、俺は早めに寝た。
その夜。
俺とレヴォルが泊まっている部屋の隣の扉が開く。音が全くしない。
「そんなことだろうと思ったよ」
シルヴィアを起こさないように部屋を出てきたのはリタだ。
「む? セードルフに待ち伏せされるとは、私も腕が鈍ったか?」
「まぁ、そう言うなよ。お前、吸血鬼の正体に心当たりがあるんじゃないか?」
「どうしてそう思う?」
「どうしてって、、、リタ、お前、嘘をつくのはあんまり上手くないな」と苦笑する。急に興味を持ち出して、あんなにあからさまに動いたのに、心当たりがないわけがない。
「差し当たって、ラ・ガ・デアっていう盗賊団のことか?」
「、、、」リタは何も答えない。
「まあいいさ、無理に聞こうとは思わないが、吸血鬼騒動は貴族として放っては置けない。捕まえることができるなら手伝うよ」
リタは小さく息を吐いて「仕方ない」と呟く。
「あ、じゃあ私も」
「僕も置いていかないでほしいな」
と、両の扉から顔を出したのは、シルヴィアとレヴォルだ。
「起きていたのか?」俺が驚いて聞くと
「いや、寝ていたんだけどね、外からセードルフの声が聞こえてきたから」
シルヴィアは「私は多分リタが夜動くのだろうなと思っていたから、後をつけようと思って準備していたのよ」とのこと。
リタはいよいよ深くため息をついて「今度からは気づかれない方法を探す」と苦い顔をした。
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吸血鬼の恐怖に怯える夜の街には、人の気配が全くない。時折見かける人影は警備兵だけだ。見咎められては面倒なので、隠れながらも領主の館を目指す。
「領主の館に何かあるのか?」俺が小声で聞くと、
「さてな。だが、なければ探すだけだ」と短く答える。
「、、、それってやっぱり、忍び込むってことか? 領主館に?」薄々そうじゃないかとは思っていたが、できれば外れてほしかった。
「やっぱりって、セードルフ、君達はいつもそんなことをしているのか?」レヴォルが呆れた声を出す。
「いや、俺はやっていないよ。リタは知らんがな」
「ここの領主ってどんな人だ?」俺の疑問にシルヴィアが答えてくれる。
「確か、現当主はドリスデン=ランパード=ギーラーっていう高齢の方だったはずよ。子息は北で将校をやっていたと思う」
「詳しいね」
「フェリアが言っていたのよ。牛テールの料理の話題と一緒に」
「なるほど」
そんな話をヒソヒソとしながら夜の街を走る。
「あれじゃないか?」レヴォルが指差した先には、一際立派な建物が。あれが領主館で間違いなさそうだ。
その館を見て、おや? と思った。門番がいない。この規模の領主館にしては珍しい気がする。
俺が首を傾げていると、「待て」とリタが皆を止めた。
「ここから先は私が行く、大人しく待っていろ」そういうリタに、全員が首を振る。
「ここまで来てそれはないだろう。無理だと思ったら諦めるから連れてけよ」と伝えると
「痛い目にあっても知らないからな」と言いながらも、拒否することはなかった。
館には存外簡単に忍び込むことができた。理由は簡単。全くと言っていいほど人の気配がないのだ。もしかすると領主は留守なのか。けれど、留守を守る執事がいないのはおかしい。
しかし、毎回感心するのだが、リタの扉の開ける技術はどうなっているのか。全くなんの音もさせずに、廊下に面した窓をスーっと開けると、するりと忍び込む。
俺たちも細心の注意を払いながら後に続く。
リタが先頭になって、ゆっくりと廊下を歩くが、やはり物音ひとつしない。この館はやっぱり様子がおかしい。
「かすかに血の匂いがするな。こっちだ」
リタが呟く。匂いに集中してみるが、俺には分からない。
「ここだ」立ち止まった前には漆黒の扉。暗闇の中だと何か良からぬものが口を開けているようで少し恐ろしい。
躊躇なく扉を開けるリタ。
扉を開けた先は地下に続く階段がある。ゆっくりと階段を降りると、そこには鉄格子がはまった扉が3つほど並んでいた。
「ここは、、、座敷牢か?」
思わず呟いた俺の声に反応するように、座敷牢の方から「誰かいるのか?」という声がした。思わず身構える俺。その横でリタが
「お前は誰だ」と聞く。
「私か? 私は、この館の領主ドリスデン=ランパード=ギーラーである」と弱々しい声で言った。
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座敷牢には領主のギーラー子爵以外に、この館の主だった関係者、つまり執事達が閉じ込められていた。一番奥には数人の商人や娼婦の姿もあった。
「それにしても、館の規模に対して、少し人数が少なくないですか? 警備兵もいないし」
領主が捕まっていることも一大事だが、最初からずっと感じていた違和感に対し、俺は思ったことを口にする。それに対するギーラー氏の答えは「街から通っているものにはしばらく暇を出した」だった。自分が牢に入れられているのに? どうやって?
ギーラー子爵の話はこうだ。
ほんの半月ほど前、深夜にギーラー氏の息子であるシーレットが数名の兵士と共に突然帰ってきた。本来前線で指揮をとっているはずの息子がなぜ、と疑問に思っていたが前線が激化している最中、息子の無事を喜び迎え入れた。
しかし、シーレットは館に入ると突然、館の者達を拘束。地下牢へと押し込んだのだ。深夜ということもあり、皆、抵抗らしい抵抗もできずに捕まってしまった。
館を制圧する息子に、ギーラー氏は問うた。なぜこんな事をするのかと。
シーレットは前線から逃げてきたらしい。しかも戦闘が始まる直前に、部下を見捨てて自分一人で。いくら騎士が生き残りを最優先にすると言っても、戦いもせずに敵前逃亡、最悪のケースだ。
道中でやはり戦況が不利とみるや逃げ出した、傭兵崩れのごろつきどもとツルんでここまで帰ってきたのだ。
しかし、このまま館にいても軍部に拘束されるのは火を見るより明らかだった。そこでまとまった金を得てどこかに逃げることにした。
館の調度品を金にするにの数日かかる。そこでギーラー氏に、「しばらく誰も近づかないようにしろ」と命じた。ギーラー氏は信じられない思いであったが、一人息子可愛さのあまり、当日いなかった屋敷の者達や警備兵を遠ざけた。数日もすれば息子が冷静になってくれると信じて。
ゆえに表向きはギーラー氏が通常通り、領主として館の調度品の見積もりを依頼したりしていたらしい。
しかし、シーレットにも予定外のことが起こる。ついてきたごろつきどもが商隊を襲って小銭を得ようとしたのだ。
馬鹿なことに、戦利品だと言って馬車ごと商人を館へ連れてきてしまう。ごろつきの中には人を殺すことに愉悦を感じるような狂人が混ざっていたらしい。
館に吊るされたのは、そんな狂人の犠牲者だ。
このままではまずいと感じたシーレットは一計を案じる。別の町にいた人間も攫ってきて、何度か同じように館に吊るさせると、ギーラー氏に「ラ・ガ・デアという盗賊団に脅迫されている」というように命じたのだ。
つまり現在、この館の物を金に変えているのはそのラ・ガ・デアのせいであり、市民の安全を守るために領主が交渉中だという筋書きにした。
緘口令を敷いたのはギーラー氏だ。盗賊団を刺激しないようにしばらくは騒ぎにしないでほしいと警備兵団に泣きついた。金の受け渡しが終わって町の安全が確保できてから捕獲に動いてほしい。受け渡しの日時などが分かったら、必ず知らせる、と。
警備兵はギーラー氏の要望を飲み、警備を強化するのみにとどまった。俺たちは軍部が情報を隠しているのかと思ったが、驚くべきことに、この街から情報が軍部には届いていなかったのである。
「なんという事を、貴方は息子のために罪のない人々を犠牲にしたのですよ」同じ貴族として、到底看過できない身勝手な行為だ。俺は憤慨しながら格子越しにギーラー氏を非難する。シルヴィアも同じ思いなのだろう。ギーラー氏を非難の目で睨んでいた。
「、、、、すまない、、、もう、私には止められないのだ、、、私もまた、罰を受けよう。今の話を軍部に伝えてほしい」
「それで、お前の息子とごろつきはどこにいるのだ?」
「おそらくは離れの方だ。元々息子の部屋は離れにあったから、そちらをねぐらにしているらしい。最も、夜はこうして牢に入れられるので、本当のところはわからないが、、、」
「人数は?」
「息子を含めて10人だ」
そこまで聞くと、リタはギーラー氏を冷めた目で見つめながら、
「もう一つだけ聞く」と続ける。
「何かね?」
「お前は罰を受けると言った。息子が罰を受けるつもりがなく、なおも逃げようとしたら、お前はどうする?」
「おい、相手は子爵だぞ。お前、お前って無礼だろうが」俺が注意するも
「貴族とは民を守るから尊敬されるのだろう? 土地を守るから偉そうな顔をしていられるのだろう? では、この男は貴族ではない」と断ずる。
「、、、、その娘の言葉、最もである。私にはもはや貴族たる資格がない。そして、我が子も。シーレットが暴漢どもと共に死ぬのであれば、仕方のないことだ」
「、、、、分かった」
頷いたリタは、踵を返す。
「おい、リタ、助けなくていいのか?」
「今ここにいるものを逃せば、賊どもは逃げるだろう。それよりは一旦戻って軍を動かして救出した方が効率がいい」と、非常に理性的な事を言う。
「それはそうだが、、、」
「セードルフ、ここはリタのいう通りだ。それに長居をしすぎている。見つかれば厄介だ」というレヴォルの言葉でその場を後にした。
館を無事に脱出し、安全な場所に行き着くと、緊張から解放されて大きな息が自然と出た。
「どきどきしたわ」とシルヴィアも胸に手を当てて、少しだけ笑った。けれどすぐに表情を引き締めて「すぐに警備隊の詰所に行きましょう。急いで兵士を集めてもらわないと」と街の方へ視線を向ける。
「詰所なら多分大通りだろう。急ごう」と俺たちを先導してくれるレヴォルについて進もうと少ししたところで、リタが動いていないことに気づいた。
「リタ、どうした?」
「お前達は先に行け。私は離れの方の様子を見てくる」
「一人でか? 危険だろう?」
「一人の方が安全だ。危なくなっても逃げられる。それとも、セードルフは私よりも機敏に動けるのか?」
この中でリタの実力を一番よく知っているのは俺だ。何せ、一緒に屋根を飛び越えた仲だ。
「、、、、危なくなったら、すぐに逃げろよ、、、、」
「無論だ。それよりも迷子になるなよ。セードルフはいつもフラフラしているから」
「フラフラしたことなどないぞ!?」
「見ろ、もう置いていかれそうになっている。存在が希薄だからだな」
見ればシルヴィアとレヴォルは大分先に行っている
「影が薄いわけではないからな! ああ、もう、とにかく気をつけろよ!」
そう言い残して、俺は2人の後を追った。
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セードルフが達が領主館から脱出するのと入れ替わり、3人の賊が本邸の方へとやってきた。
セードルフ達侵入者に気づいたのではない。先ほどまで離れで酒を飲んでいて、商人の一人を痛ぶって遊ぼうとなったため、適当なのを選びにきたのだ。
「ギャハハ!!」
馬鹿笑いをしながら屋敷を闊歩する賊達。
が、突然一人の声が聞こえなくなる。
「ジョグ? おいジョグ? なんだこいつ、飲みすぎて寝ちまったのか」
「しょうがねえな、ほ、、、」
そこまで言ったところでもう一人も倒れ込んだ。
「ああん? なんだお前ら、俺を揶揄ってるのか? おい、起きろよ!」
乱暴にジョグを蹴る男、しかしジョグは力無く転がるばかりだ。
「、、、、まさか、死んでるのか」
ただならぬ物を感じた残った男も、周囲を見渡すより先に、こめかみにナイフが刺さって倒れ込んだ。
3人が完全に動かなくなったのを確認してから、暗闇の中から小柄な影が歩み出る。
「この程度の実力で、ラ・ガ・デアを名乗るとはいい度胸だ」
そのように吐き捨てて、小さな影は再び闇に溶けていった。
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今回の騒動、最後まで見届けたかったものの、包囲するにしても夜間作戦になるという。俺たちは嘘をついてこの街に来ているので、あまり遅くなると嘘がバレる恐れがある。少なくとも明るいうちに帰らなければ色々とまずい。
後ろ髪を引かれる思いであったが、学園に帰って数日後。
情報を集めることに関しては一日の長があるレヴォルから、その後の顛末がもたらされた。
場所はいつもの兵種棟の一室だ。
「ほぼ全滅?」
「ああ。仲間割れがあったらしい。ま、聞く限り足並みも揃っていなかったら、当然といえば当然かもしれない」
賊は仲間割れを起こし、兵士が突入した時には燦々たる有様だったようだ。
ギーラー氏の息子、シーレットもすでに事切れていたらしい。
「ま、卑怯な賊どもにはふさわしい最後だね」とレヴォルが締める。彼は商人の息子だ。今回の件で無駄に犠牲となった同胞を思えば、同情の余地はないのだろう。
俺は、なんとなくソファで転がっているリタを見る。
「リタが忍び込んだ時、もう揉めていたのか?」
俺の質問にリタは
「さあね。興味がない」
と言って、大きくあくびをした。