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2.バラライカ(恋は焦らず)


 新校舎になってしばらく経ったとはいえ、まだまだどこか整然としている砂場の一角。


 放課後ともなれば滅多に人の来ない雑木林の下で、深いため息を吐いている少年が一人。


「ああ、シルヴィア、、、、俺はなんて勇気がないんだ、、、」


 手頃な木に寄りかかって空を見上げ、自分の不甲斐なさを嘆いていた。


 少年、デイライド=クヴィ=セードルフは恋をしている。相手はセードルフの実家の領地に程近い、ハネス家の娘、シルヴィアだ。


 思い返せば一目惚れであった。と言っても初めて会ったのはもう3年も前になる。周辺の貴族の集まりに晴れて参加を許されたセードルフ。緊張で挨拶さえも満足にできなかったあの日、初めてシルヴィアを見た。


 それから貴族の集まりがあると聞けば、父に積極的に参加をせがんだ。父は呆れながらも、貴族社会を知っておくことは良いことだと同行を許してくれた。


 シルヴィアに会えるのは2〜3回に1度だったが、年が近いこともあってそれなりに仲良くなることができた。と、少なくともセードルフは思っている。


 そんな集まりの中で耳にしたのが、シルヴィアのお父さんが言っていた「シルヴィアをオーラン騎士軍事学校へ入学させようと思っている」との言葉だ。


 ロザン公国でも南の領地は戦争の空気の薄い地域だ。多くの貴族はどこかのんびりとしている。しかし、シルヴィアのハネス家は南では数少ない軍事系の貴族であった。


 オーラン騎士軍事学校。セードルフの数少ない知識では、ある年配の貴族が「貴族の見合いの場所」などと揶揄していたのを覚えている。


 シルヴィアがそんな場所に行く? 冗談ではない。セードルフは焦った。


 慌てるくらいならば早々にシルヴィアに想いを伝えればよかったのだが、残念ながらセードルフにはそんな度胸はなかった。しかし、行動力はあった。こうしてセードルフは偶然を装ってこの学園にやってきたのである。


 そうして勢い込んできた学園であるが、セードルフが想像していたものとはずいぶん違っていた。思った以上にちゃんと軍事学校だったのだ。うわっついた話がないわけではないけれど、そもそも貴族は少ないし、その貴族たちも騎士(リッター)として出世を見越した真剣な生徒が多い。


 お目当てのシルヴィアも日々真面目に授業を受けており、しかもクラスが違うとあって、話をできる機会も多くはなかった。


 そんな安心したようながっかりしたような日々を過ごしていたセードルフであるが、そんな彼の元にあるイベントの話が持ち込まれる。


「舞踏会」


 元は貴族限定の見合いイベントだったらしい。この日ばかりは講堂を貸し切って紳士淑女が集うのである。ところが見合い目当ての実力不足の騎士(リッター)希望の者たちが多数学園へ入学してきたことが問題視され、騎士(リッター)の試験は厳しくなったという経緯がある。


 結果的に学園内の貴族は減少傾向にあり、苦肉の策として貴族の紹介であれば庶民も参加して良いという話になったものの、実際に参加する庶民はほとんどいないのが現状だ。


 そしてついに、舞踏会は今年を最後に廃止されることが決まる。これをラストチャンスと捉えるか、なぜもう数年はやってくれなかったのかと嘆くかはその生徒の性格次第であるが、セードルフは間違いなく後者。


 こうしてセードルフはシルヴィアを誘うことができずに学園の片隅でウダウダと悩んでいるのである。舞踏会までもう日がないと言うのにも関わらず。


「俺ってやつは、本当に!」寄りかかっていた木を八つ当たりとばかりに殴りつけると、


「そういうのは、感心しない」とどこからか声がした。と言っても、この辺にはセードルフしかいないはずだ。不思議そうにキョロキョロしていると


「上だよ、上」と再び声。声に従って顔を向けると、先程まで寄りかかっていた木の枝に一人の少女がいた。少女はバランスの悪そうな枝の上で器用に寝そべりながらこちらを見下ろしている。その顔には見覚えがある。


「君は、、、シルヴィアと同じクラスの、、リタ?」


「うん。そうだが? それよりも私の安眠を妨げて、お前は何をしている?」


「安眠? 君はこんなところで寝ていたのか?」


「見ればわかるだろう? 馬鹿か君は?」


「なっ馬鹿だと!?」


 思わず腰の剣に手を掛けるも思い直す。リタ、ザラード=リタといえばちょっとした有名人だ。


 曰く、軍事学園に子供が入学してきたと絡んでいった生徒が、翌朝なぜか白目を剥いて旧校舎に縛られて転がされていた。


 曰く、模擬戦でリタのいるチームが何もしていないうちから相手が全滅した。どうもリタが一人でやったらしい。


 曰く、授業態度が悪いとリタを注意した教官が、ある日を境に行方不明になった。


 いずれも真偽定かでない噂だが、少なくともある試合でリタのいるチームが完勝したのは事実で、その試合のことを参加者が誰も話したがらないのも事実。


 ザラード=リタには安易に手を出さないほうがいい。これは1年生のみならず、上級生も含めた共通認識だ。


 それにセードルフにはもう一つ大事なことがある。どうもリタはシルヴィアと仲が良いらしい。2人で楽しそうに歩いているところを度々目撃している。


「、、、まあいい。侮辱したことは水に流そう。それよりも感心しないとはなんのことだ?」


 リタはやれやれと言いながら、セードルフの前に降りてくる。その間、なんの物音もしなかった。


「木を殴ったことに決まっている。私の安眠を妨げたばかりか、私のお気に入りの木に傷をつけるとは、万死に値するぞ。そんなことだからシルヴィアにも相手にされないのだ」


「君の安眠を妨げたのは謝罪するが、万死に値するは言い過ぎだろう。それよりもシルヴィアは私に対して何か言っていたのか!?」


「何も?」


「、、、、何も」がくりと膝をつくセードルフ。


「やっぱりシルヴィアほどの魅力的な女性なら、舞踏会に行く相手も決まっているのだろうな、、、」もはや達観したように再び空を見つめるセードルフ。


 だが、リタの返答は意外なものだった。


「舞踏会の相手なら決まっていないぞ」とあっさりと答える。


「なんだと!? 本当か!? しかし君がなぜそんなことを知っている?」


「そりゃ、シルヴィアから条件を聞いたからね」


「条件、どんな? 何をすれば良いのだ!?」


 詰め寄るセードルフに、面倒臭そうにするリタ。


「なんで私がお前に教えないとならんのだ?」


 そのように言われれば確かに、リタにはセードルフに説明してやる義務はない。いっそ貴族の権力を振り翳してやろうかとも思ったが、やめた。リタに通じるとは思えない。


「この通りだ、教えてもらえないだろうか」セードルフにはすぐにリタに渡せるような価値のある物の持ち合わせもない。できることは請い願うことだけだ。


「ふむ。多少は見込みがあるか」と凄く上から目線で言われたが、ここは頭を下げる一手だ。


 少し考えていたリタは


「まあいい、一つ貸にしてやる」


「本当か!?」もしかしたら自分にもチャンスがあるかもしれない。

セードルフの恋路に一筋の光明が差すも、「ところで、お前は誰だ?」とリタに言われて崩れ落ちた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「シルヴィアの、と言うよりもハネス家の家訓だな。ハネス家の子女に交際を希望するのなら、力ずくで奪って見せよ、という」


「力ずくで? と言うのは、その、あれか、シルヴィアの唇を的な意味か?」


「違う、阿呆。ハネスの家の所持するペンダントを奪えと言うことだ」


「いや、それはリタ、お前の説明が悪いだろ? はぁ、まあいい。そのペンダントというのは」


「なんでも聞こうとするな。少しは自分で考えろ。ペンダントは年頃の息女に送られ、それぞれ大切に保管しているらしい」


「それを奪えぬと、舞踏会に誘えぬというわけか、、、シルヴィアはどこに保管しているのだろうか? 肌身離さずに身につけているという可能性もあるな、、、、」


 セードルフがペンダントのありかに関して云々と唸っていると、リタは不思議そうな顔をした。


「どこにあるのか分からないのなら、全部まとめて探せる場所に行けばいいだろ? 間抜けめ」


「まとめて探せる場所とはどこだ? というかお前、口悪くないか!? 息をするように罵倒するでない!」


「器の小さい男だ。些細なことは気にするな。ただまぁ、意外に素直に人の言葉を聞けるのは評価できるな。さして害もなさそうだ。。。シルヴィアにおかしな虫がたかるのを守る虫除け程度にはなるか、、、よし、私が協力してやろう。ありがたく思え」


「だから息をするように暴言を吐くなと言っている! え? 手伝ってくれるのか? いや、それよりも虫除け扱いするでない!」


 こうして終始リタのペースのまま、セードルフにとって思いも寄らぬほど長い付き合いとなる運命の邂逅は成されたのである。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「おい、リタ、いくらなんでも不味くないか?」


 リタに命じられるまま指定の場所に集まったのは、リタに出会ったその日の夜のことだ。「舞踏会まで時間がないのだろう?」という指摘に背中を押されて、家を抜け出してやってきたものの、ここにきてセードルフは尻込みし始めた。


 リタの考えは簡単だった。「どこにあるのか分からないのであれば、家の中にシルヴィアがいるときに探せばいい。そうすれば捜索範囲は絞られるだろう」というのだ。


 その話を聞いた時のセードルフはどうかしていた。シルヴィアを誘えるチャンスが来たことに浮かれていたと言い換えても良い。今冷静になって改めて考えると、淑女の部屋に夜中に忍び込もうという事実に驚愕する。これではただの暴漢ではないだろうか?


「細かいことを気にする奴だな。そんなもの、気づかれなければ問題ないだろう」


「いや、普通に気づかれるだろう! 学園に通うための借宿とはいえ、貴族の家だぞ。ハネス家が雇った警備兵がいるのだぞ」


「そりゃ、いるさ。なんだセードルフ、お前正面から入るつもりだったのか?」


「いや、そうではないが、、、どうするのだ? というか、そんなことをして私はシルヴィアに嫌われてしまうのではないか?」


「だがこのまま何もしなければ、お前はシルヴィアの記憶にも残らないぞ」


「ぐふっ」胸を抑えてひざまづくセードルフ。痛恨の一撃。


「覚悟を決めろ。無理ならこのまま諦めて、3年間教室の壁を見つめ続けて生きろ」


「それが傷ついている相手にいう言葉か!? 、、、、、、くっ分かった。覚悟を決める。見つかったら私は退学して故郷に戻る」


「そこまでしなくてもいいだろう?」


「いや、夜中に女性の部屋に忍び込んで失敗した人間の居場所が学園にあると思うか!?」


「その時は壁を見つめて生きろ」


「なぜすぐに壁を見つめさせようとするのだ!?」




 結局忍び込むことになったセードルフを連れたリタは、シルヴィアの住む邸宅から少し離れた場所で立ち止まる。


「ここから入るぞ」


 リタの言葉にセードルフは小首を傾げる


「ここって、ここは目的地ではないが?」


「この建物が一番忍び込みやすい。物音を立てるな。警備の兵士を呼ばれるぞ」


 言うなりその建物へと滑り込むリタ。セードルフも慌てて続く。息を殺してリタの跡を追うと、そのまま屋上へ出た。


 月光が2人を照らしている。忍び込むには向かない夜だ。


「分かるな?」不意にリタが言う。


「何がだ!?」なるべく小さな声で返すが、突っ込まざるを得ない言葉だ。そんなセードルフを見ながら手間のかかると言う顔をするリタ。


「ここから屋根の上を通って、シルヴィアの家まで行く。予定通りならバルコニーに降りることができる」


「屋根? しかし、、、建物の間はどうするのだ。落ちたらただでは済まんぞ? ハシゴでも用意しているのか?」


「セードルフは理解が遅いな。跳び越えるに決まっているだろう。着地の時あまり音を立てるなよ。その建物の住民に気づかれるぞ」


「そんな無茶な、、、っておい、待て、置いていくな」リタはさっさと屋根をつたって先へ進んでしまう。


「〜〜〜〜〜〜っああ、もう!!」セードルフは泣きそうになりながらその背中を追いかけ始めた。





「しっ、死ぬかと思った、、、」


 無事に死ぬことなくシルヴィアのいる邸宅のすぐそばの建物の屋根に立ったリタとセードルフ。しかしセードルフの方の精神的な疲労はかなりのものだ。薄暗い足元、踏み外せば地面に叩きつけられる。打ちどころが悪ければ死ぬことだって充分にあった。最初は目立つから困ると思った月光が、こんなにありがたいものだったと思ったことはない。



「なんだ、だらしない。だがまぁ、良くついてきた方か。ほら次はあそこだ」


「リタの言葉に従ってここまでなんとかやってきたが、流石にここは無理だ。俺にはこの距離は跳べん」


 今いる建物とシルヴィアの屋敷は隣接しているが、それは敷地が、と言う意味だ。間には広い庭があり、とてもバルコニーまで跳べるとは思えない。もはや跳ぶではなく”飛ぶ”だ。


「まぁ、だろうなと思っていたのでこんなものを用意した」


 リタが懐から短銃を取り出す。あまり見慣れぬシルエットをしていた。


「よっと」リタが短銃をハネス邸へと向け、引き金を引く。ぽんっと銃らしくない間抜けな音が鳴り、そのあとシュルルルという音が闇夜を走る。どうやらロープが打ち出されたらしい。


 ロープはハネス邸の屋根に着弾。リタは何度か引っ張って強度を確認すると、銃からロープだけ取り外して足元に固定し始めた。


「こう言うのは後で回収しないといけないから面倒だが、今日は素人がいるからな、仕方がない」ぶつぶつ言いながら、素早く手配してゆく。


 一通り準備が済んだのだろう。


「まず私が向こうに行って、向こうもちゃんと固定してくる。3回ロープを振って合図するから、合図があったら来い」


「おいおい、本気か!? 本気でこんなロープで降り立つのか?」


「それはお前の本気次第だ。合図をして一定期間動きがなかったらロープの回収に回るからそのつもりで」


「あっ、おい、リタ!! リタ!!」大きな声は出せない。実際には可能な限りの小声で、心の中でセードルフは叫んだ。


 リタが暗闇に消えて少しして、ロープが3回動く。合図だ。もたもたしていたらロープが回収される。そうなったらまた屋根の上を戻らねばならないのか、、、、


「ああ、なんでこんな事に、、、、」


 セードルフはただ、シルヴィアを舞踏会へ誘いたかっただけなのだ。なのに、何故!?


 そう思いながらも、セードルフはロープを持つ手に力を込めた。




「つ、ついた、、俺はやったぞ、、、、」


 ハネス邸の屋根の上、すでに大きな達成感に包まれたセードルフの姿があった。しかし、実際は何一つ成されていない。


「ここからバルコニーに降りることができる」


 さっさとロープを隠したリタは、セードルフの状況など気にせずに屋根をつたう。


 セードルフは少し手足を震わせながら後に続く。バルコニーに降りるのは簡単だ。ここまでの道程を考えればの話であるが。


「さて、のんびりするな、いくぞ」どうやってか知らないが、リタは音もなくバルコニーの窓を開けてゆく。セードルフもここまできたらヤケである。半分思考停止にあったと言っても良い。もう、こうなったら家中ひっくり返してもペンダントを見つけてやるつもりだ。


 果たして、バルコニーから忍び込んだその先はシルヴィアの部屋で、シルヴィアが微笑んで待っていなければの話だったが。


「ああ、やっときたわ。2人ともこんばんは」


 シルヴィアの言葉に固まったままのセードルフ。


 リタはスタスタとシルヴィアに向かってゆき、「いえーい」とばかりにハイタッチ。


「え? え? え?」


 セードルフの思考が追いつかない。


「もう、ずっと待っていたのに、セードルフったら全然来ないんだから」


 シルヴィアの言葉が妙に遠くに感じる。待っていたって? 今日の事を? それとも舞踏会の誘いを?


「え? リタ、、君は知っていたのか?」


「お前の名前がセードルフだと聞いて、もしかしたらとは思った。興味がないのでシルヴィアには確認しなかったが、後でセードルフという少し馬鹿な男を連れて夜這いに行くとは伝えておいた。これでも私は紳士なのだ」


「なんだそれは!?」


「あんまり大きな声を出さない方がいいぞ。シルヴィア以外は知らないはずだ。我々が忍び込んだ状況には変わりない」


 思わず手で口を抑えるが、今のやりとりで少し余裕ができた。


 改めてシルヴィアを見る。



 シルヴィアは右手を差し出した体勢で黙って待っていた。そのその掌には高価なペンダントがあった。




 ああ。ここまでの苦労を考えれば、きっと簡単なことだ。



 セードルフはシルヴィアの右手に手を添える。



「シルヴィア、僕はーーーーーーーーーーーーーーーー」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



後日。



 講堂の方から風に乗って楽しげな音楽が流れてくる。



 リタはお気に入りの枝に寝転がって、ふわあと大きなあくびをした。



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