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1.オールド・パル(古い友人)

「セードルフ様」


 ここは、サーレルの街を統治する貴族の館の入り口。


 戦線からは離れているものの、周辺の領地を統括する立場にあるサーレルには多くの警備兵がおり、今日も騎士(リッター)のセードルフは部下の報告と指示に追われていた。


 夕方の業務連絡も滞りなく終わり、やれやれと自宅へ戻ってきたところで声をかけられた。声の主はジュロンだ。セードルフが全面の信頼を寄せるこの街の兵士長である。


「なんだジュロン、緊急の知らせか」


「ある意味では、、、」歯切れの悪いジュロンの言葉に、長い付き合いであるセードルフは察する。


「なるほど、詰所では話しにくい事柄か、せっかくだ、夕食の場で聞こう。お前も食ってゆけ」


「はっ、ご自宅が大変な時に恐れ入ります」恐縮はするものの、遠慮はしない。それがジュロンの美徳だ。セードルフはジュロンのそんなところを気に入っていた。


「何、どのみち料理人は暇をしているのだ、1人増えたところでかえってちょうど良かろう」


 そのように言いながら、並んで入り口へと歩き始める。


「しかし、飯が不味くなる話ではなかろうな?」念の為確認してみると


「現在急速に駆け巡っている、とある噂の件で」と言う。セードルフもおそらくはその話であろうとは思っていたので、やはりと言ったところだ。


「そうだな。早めに考えておかねばならん、か」セードルフは少しだけ顔を顰めて、星の瞬く空を見上げた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 お抱えの料理人が腕を振るった料理を楽しみながら、ひとしきりワインを傾けたところで「本題と行こうか」と切り出す。


「はい。まずはあの噂、当国とソルアルが終戦に向けて話を始めているというのは本当でしょうか?」



 ここ最近急速に出回っている噂だ。うちの街以外でも広まっていることを考えると、どうも裏で意図的に広げている者がいる。

 

 少し前にロドンの街で行われた両国の軍事学園による合同演習。この話題は人々に大きな衝撃を与えると同時に、戦争の終わりの萌芽だと言う者もいた。けれど、今回の一件は隣国レムノスの王女の婚約を祝う休戦のイベントとして行われたもので、休戦は一時的なものであろうと捉える方が多かったのだ。


 ところがここにきて急速に広まった終戦の噂。我が街の民達も期待半分、娯楽半分で酒のつまみや挨拶代わりの話題になっていた。


「、、、、まだはっきりした情報はないが、、、、ここだけの話にしてほしい」


 当然ジュロンが言いふらすとは思ってはいないものの、それでも一応断ってからセードルフは言葉を続ける。


「バクスワル公が投獄されたという話が回ってきた」


「バクスワル、、、まさか、デラン家のバクスワル様のことですか?」予期せぬ話題だったらしく、普段表情を崩すことのないジュロンが目を見開く。


「ああ、またそれに伴って、いくつかの軍事貴族が失脚しているらしい。もう少ししたら正式に王より発表があるとも聞いた」


「、、、、それが事実だとすれば、我が国は軍縮に向かっていると考えて間違いなさそうですね」


「事実であれば、な。こちらの情報も噂の域を出ぬ。何せ相当な箝口令が敷かれているようだ」


「でしょうね。もしあの規模の軍事貴族を失脚させるのならば、反発の大きそうな子飼いの貴族も一気に片付けなければ反乱が起きかねません」


「そういうことだ」


「逆に言えば、噂の信憑性は高いと見て良いですか?」


 その問いにセードルフは答えない。沈黙こそが答えだ。


「それで、ジュロンの方はなんの話なのだ?」


「終戦となったら、人が余ります」やはり、その話か。ジュロンが私に話を持ってきた以上、ある程度の試算もしてきたに違いない。


「何人が余剰となる?」


「当領地のおよそ、半分」


 ある程度厳しい数字は覚悟していたが、予想よりも多い。余剰となるのは兵士の数だ。終戦となれば国からの雇用支援もなくなる。常時大量の兵士を抱えているわけにはいかない。


 当然、あぶれた兵士たちの働き口を与えてやらねば、犯罪の温床となることは火を見るよりも明らかだ。下手をすれば暴動すら起こりかねない。


 だが、セードルフの領地にすぐに提供できるほどの産業はない。帰農させるにしても大地を新たに耕さねばならない。大地を耕すのに人員を使えば良いのだが、そうなると今度は開墾の費用に頭を悩ますことになる。


 おそらくは兵士雇用の代わりに国より雇用支援があるはずだが、そんな何時あるかも分からない希望に縋っていては瞬く間に立ち行かなくなるだろう。


 しかし半分というのはいくらなんでも多い。私も少々甘く見ていたのは認めざるを得ない。


「早急にできる対策はあるか?」


「ひとまず、休戦を理由に各町村の自警団は解散させます。その分を各所へ回しましょう」


「焼け石に水だな」


「やらないよりはマシです。何より、終戦が確定していない現時点で打てる手は少なく思います」


「それもそうだが、、、ジュロン、すまないがそれとなく兵士を辞したい人間がいないか情報を集めてくれんか?」


「そうですね、、、それぞれの詰所に命じるのは簡単ですが、やはり理由が必要です。例えば、休戦の今のうちに、大規模な新規開墾を行うとか」


「確かに無難だが、費用が厳しいな。それに万が一戦争が再開したら開墾も成らず、金だけ失うことになるのは痛い」


「別に開墾でなくても良いのです。何か大義が欲しいですね」


「分かっている。あまりのんびりと考えている時間はないこともな」


「もし国から何かしらの支援があるとしても当分先でしょうから、その間だけでもつなげる何かを見つけなければなりません」


「今の今、良い考えが浮かべば苦労しないな。火急の課題としよう。それよりもいい機会だ、この場で決めてしまいたいこともある」


「なんでしょうか?」


「お前のことだ、ジュロン。終戦となればいよいよお前を兵士長などで遊ばせてはおけぬ。俺の側近として正式に召し上げる。当家の娘か、良い相手がいるのなら一旦当家の養女とするから、私の親族として身を固めよ」


 ジュロンもある程度この話があることは分かっていたのだろう。


「過分な申し出なれど、ありがたく」と言って、屋敷を辞していった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 全く頭の痛い話だ、一人嘆息しながら自室へ戻る。


 一人で使用するにはいささか広すぎる部屋は、最近は明かりを灯すのも面倒でただ寝るための場所になっていた。


 部屋に入り、タイを近くにあった椅子に投げ捨てたところで違和感に気づく。


 何かと思えば、窓が空いて風が吹き込んでいたのだ。日中、掃除をした家人が閉め忘れたのかと、そちらへ向かうところで、


「不用心ですよ、セードルフ」と暗闇から声をかけられてびくりと止まる。ゆっくりと剣を手にしようとして、腰にないことに舌打ち。確か寝具の近くには護衛用のものがあったはずだが、、、


 と、そこまで考えたところで、ん? と疑問が浮かぶ。


 聞き覚えのある女の声、しかも私の名前を知っている相手、、、、一人思い当たる人間がいる。神出鬼没のあの女。


「まさか、、、リタ、ザラード=リタか?」


「はいそうですよ。お久しぶりです。気がつくまでに時間がかかりすぎですよ」


 間違いなくリタだ。ドッと疲れが出てへたり込みそうになる。


「おいおい、リタ! まだそんな風に他人の部屋に入っているのか!? 変わらんな、お前は! しかし勘弁してくれ、剣を持っていたら斬りかかるところだったぞ」


「ご安心を、セードルフに斬られるほどぼんやりしていません」


「ぬかせ! 今明かりをつけるから少し待っていろ」と言い残して一度部屋を出て、廊下にあったランプから火をもらって部屋のランプに移す。


 暗闇から浮かび上がってきたのは、なるほど確かにリタだ。随分と美しく成長しており、当時のチンチクリンな印象は微塵もないが、その表情には確かな面影がある。


「本当に久しぶりだなぁ、リタ。噂は色々聞いていたが、元気にしていたのか?」


「お陰様でね。それよりもセードルフ、私はシルヴィアに会いに来たのだけど。どうしたの、ついに愛想をつかされちゃったのかしら?」言いながらさも自分の部屋のように歩いて、棚から酒を取り出してくる。私は苦笑しながらグラスを2つ用意する。


「ばかを言うな。シルヴィアは今実家に帰っているんだ」


「あら、じゃあやっぱり愛想をつかされたんじゃないの」


「違うって、子供がな、生まれるんだ」


「あら。おめでとう。それでお父さんは誰かしら?」


「おい、リタ。いくら恩人のお前でも怒るぞ」


 私が渋面を作ると「冗談よ、本当におめでとう。予定はいつ?」とグラスを掲げてくる。私も同じ動作を返しながら「もうそろそろだ」と答える。


「そう、それじゃあ、戦争を知らない最初の世代になるのね」と呟く。


「やはり何か知っているのか、リタ」私は真剣な顔でリタを睨む。


 最近聞いたリタの噂、どうやらバクスワル失脚には王弟とその仲間が関わっていて、その中の一人がリタだと言うのだ。ほとんど情報が出回らない中、数名の人間の大きな出世が突然発布されたのである。関係がないとは思えない。


「王都諜報部の副長官だったか? ものすごい出世で耳を疑ったぞ」


「あら早耳ね。でも情報は正確じゃないわ。断ったもの、それ」


「なっ!? 、、、、いや、リタらしいといえばリタらしいとも言える」


 そう、リタらしいのだ。学生の頃から全く変わっていない。


「さすがセードルフね。話が早くて助かるわ」


「それで今は何を?」


「一応は今でもオーラン騎士軍事学校に籍を置いているけど、そっちも休職中だから今はぶらぶらしてる」


「王都諜報部の副長官を蹴って、ぶらぶらしてるって、、、」苦笑しかない。


「色々なところを見て回ろうと思うの、ソルアルも、レムノスも」


「、、、そうか。それはそれで羨ましい生き方だな」


「でしょう」楽しそうに酒を飲むリタ。


「それじゃあ、ここには何日滞在するんだ、ゆっくりできるんだろ? ちゃんと部屋も用意するし、後日シルヴィアにも会いに行ってくれよ」


「それもいいかなと思ったのだけどね、連れが早く北を見たいって言っていたから、子供が産まれた後にするよ」


「連れ? おいおい、まさか、、、」


「その前に」リタは私の話を遮って、「今日は一つ助言をしにきたの」と言う。


「助言?」


「ええ。戦争は終わるわ。これは確定。いいわね?」


「、、、、そうか。予想はしていた」


「セードルフ、あなたの領地でも兵士が余るんじゃない?」


「ああ。実は今一番頭の痛い問題だ」


「ねえセードルフ、君のところで今のうちに商人を集めないか?」


唐突な申し出に、私は眉根を寄せながら首を傾げた。


「商人?」


「ええ、このサーレルをロザン南部の商都にする。遠からずソルアルとの商売も始まる。レムノスとの商売も活発化するでしょう。この町の場所は悪くない。ロザン南部の品々を集めて北や、東に送り出すの。もちろんその逆も」


「私に商人の真似事をしろと? なぜ突然そんな話を?」


「ちょっと南の村に用事があったから、そのついで。私、シルヴィアが苦労するのは見たくないの」


「その言い方だと、俺は苦労してもいいことになるが」”私”の仮面を外したセードルフ。


「ええ。君が苦労しても別にどちらでもいいわ。でもシルヴィアが苦労するのは嫌。苦労するのは君の役割」


 シルヴィアはオーラン騎士軍事学校でリタに懐いていた数少ない生徒だ。シルヴィアのためにわざわざ助言に来てくれたのか。


「ん? つまりシルヴィアに愛想をつかされたのか執拗に聞いたのは、、、」


「君だけだったら、お酒だけ飲んで帰ろうと思っていた」と容赦がない。


「はぁ〜、、、、分かった。可能性があるならやってみよう。つまり商人が集まれば兵士からあぶれた奴らは護衛の役割に当てたり、荷物持ちに回せるってわけだ」


「それに、人が増えれば必要な兵士も増えるし、街が潤えば雇える兵士も増える」


「ああ、それは道理だな。しかし私の領地には商都としてのなんのノウハウもないぞ」


「そこは大丈夫。場所がいいからフォレットに言えば動くと思う。言っておくわ」


「フォレット、、誰だ、、、おい、まさか、お前今、王弟殿下を呼び捨てにしたのか!?」


 くすくすと笑いながら否定も肯定もしないリタ。こいつには敵わん。



「まぁいい。甘えさせてもらう。俺はお前の言葉を信じて整備を進めておこう」


「そうね。聞き入れてもらえてよかったわ。セードルフのそういう素直なところ、好きよ」


「お前のそういうところ、俺は恐ろしいよ」


 いつかの昔、よく交わされたやりとりだ。



「この話はここまでだ、それよりもお前の連れについて聞かせろよ。リタの良い人か?」


「違うわよ? 学園で私が教えていた生徒」


「なんだお前、生徒に手を出したのか?」


「暗殺するわよ?」リタが言うと冗談に聞こえない。


「ちょっと縁があってね。それに彼、素敵な彼女が学園にいるわ」


「彼女がいるのにリタと旅を? 全然話が見えないが、随分と変わった子だな」


「そう、変わっているわ。とっても。私の想像を簡単に超えるくらい」


「リタの想像を? それは少し信じられないな」


「もう簡単に飛び越してくれるわ。ルクスも、ノリスも」


 そんなふうに言うリタの表情を見て、セードルフはおや、と思う。リタとは学生時代に毎日のように顔を突き合わせてきたが、こんな表情を見たことは記憶にない。


 恋人に対する表情というよりも、、、むしろ、、、



「ああ、そうか」



 気づいたら、全て腑に落ちた。



「リタ、君はーーーーー」




 家族を手に入れたんだね。

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