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第四十一話 情景

「……悪かったな。二人には嫌な思いをさせた」


 どうせ寝られないのなら、先延ばしにせず、今日の話をするしかない。

 二人がこっちを向いたのが、なんとなくわかった。


「作戦をもっと練るべきだった。あるいは、二人を誘うべきではなかったかもしれない」


 急に顔を合わせたらろくなことにならない。それが想像できていたから、離れた場所で待機させたのにうまくかみ合わなかった。タイミングが悪いというのは言い訳でしかない。駐車場があれば車内で待機させたが、道路の脇に二人を置いていくことに抵抗があった。


「慎重に進めなければならないところを性急にしすぎた。もっといい形での対面があったのだと思う。一度、訪れてしまったことで夫妻に警戒心を抱かせてしまったから、さらに遠くに逃げてしまう可能性もある。すべては俺のせいだ」

「尼子さん……」

「今日は、おかげでやけ酒だ。ただでさえ、酒に強くないのに飲みすぎた」


 一度は、ちゃんと軌道に乗せられたのにわざわざ余計なことをして、そのうえでうまく事を運べずに姉妹を苦しめてしまった。後悔ばかりが、頭のなかを渦巻いていた。


「あとのことは、俺が考える。もっといい形になるよう頑張るから。今は、なにも考えずに、休めばいいよ」


 すると、実里が俺の服の袖をつかんできた。


「そういうことを言うのは、やめてください」

「でも事実だ」

「わたしたちにあるのは、両親への憤りだけです。あの両親のことで、尼子さんが思いつめるようなことはしないでください」


 もっとも、俺にだってあの夫妻に思うことがないわけじゃない。しかし、彼らに大きな期待を寄せていなかった分、今日の行動の拙さに感じ入るものがあるということだ。


 実里がささやくようにつづける。


「今日のわたしたちは大きく取り乱しましたが、わたしたち自身もそのことに驚いているんです。だって、もうあの二人に思うところなんてなにもないと思っていたから。でも、いざ対面してみると、いろんな思い出がよみがえってきて、現実との間にある大きなギャップに耐えきれなくなってしまったんです」


 まともな親ではないのは確かだろう。しかし、ほんの数か月前まではそこまで悪い両親ではなかったんじゃないだろうか。だからこそ、彼らのした非道な行いに姉妹が大きなショックを受けることになったわけだ。


「両親を見つけてくれて、話すチャンスを作ってくれて、それでもうまくいかなかったのは、あの二人のせいです。それ以上でもそれ以下でもありません」


 ただ、あの夫妻にひとかけらでも良心が残っているのであれば、それを引き出す形にしなければならなかった。結果は失敗だった。それだけが事実だった。


 俺は、うなずいておく。


「そうだな、実里の言う通りだ。気にしすぎていたみたいだ」

「本当に、そう思ってくれていますか?」

「疑り深いな。ちゃんとそう思っているよ」


 口ではそう言いつつも、自分を責める気持ちはなくなっていなかった。


 ――陽介くん。

 ――助けて、陽介くん。


 不意に、記憶の奥底にしまわれていたはずの声が、脳裏にこだました。


 そのときに見た景色や風の感触、女の子の表情も、あわせて広がっていく。


 ――行きたくない。

 ――陽介くんと離れたくないよ。


「……っ」


 また頭痛がした。片手を頭にのせて、唇をかんだ。それでも痛みはおさまらなかった。


「どうしたんですか?」


 心配そうに晴香がのぞきこんでくる。俺は手を横に振った。


「なんでもない。アルコールのせいだ」

「……泣きそうな顔をしています」


 固まった。今の自分が、どんな顔をしているのかわからない。


 実里が言う。


「前にも、そんな顔をしていたときがありました」

「え?」

「覚えていませんか。初めて一緒にランニングをしたとき、尼子さんが、わたしたちを助けた理由について話したこと。そのときも、同じ顔をしていました」


 もちろん、覚えている。


(俺はさ)

(ただ、小心者なんだよ。黙って見捨てることもできないくらい、臆病なんだ)


 あのときと同じ光景を思い浮かべていた。


「他人のことなのに、どうしてそんなに苦しそうなのか、わたしにはわかりませんでした。優しいというだけでは説明がつかないなにかがあるんじゃないかって、そのときわたしは思ったんです」


 その推測は間違いなく当たっている。俺の心臓がわずかに跳ねた。


「もしかして、過去になにかがあったんですか?」


 何度もまばたきをして、大きく息を吸い込んだ。


 いつも、このことを思い出すと胸が苦しくなる。今抱えているよりもずっと強い後悔にさいなまれてしまう。


 自分の一番弱いところを見抜かれるなんて、想像もしていなかった。


 きっと自分は、いつまでもその過去に縛られつづけるのだろう。


「あったよ」


 するりとその言葉が口からこぼれ出た。


「ずっと、ずっと前に、そういうことがあったんだ」


 カーテンの隙間から、遠くの夜空が少しだけのぞいていた。


次回からの更新は不定期とさせていただく予定です。(毎日更新はなるべく続けます)

無茶なペースで更新していたので、疲れました……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが気になるな~ ゆっくりでいいので是非書き続けてください‼️
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