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第三十七話 再会

 傘を開いて歩く。前を肥後と俺、後ろを姉妹がついていく形となった。肥後の巨体のおかげで、もし急に前から夫婦が現れても容易に隠せる。なお、肥後の体がでかすぎて、並んで歩く俺は、車道に大きくはみ出してしまっている。


「この角を曲がったところだ」


 肥後に導かれるまま歩いた先に、古い木造建築の家が見えてきた。腐食も少し進んでいるから、かなり古い家であることがわかった。


「……確かに、表札に、『池田』と書いてある」

「そうだ。前に説明した通り、ここは池田さんというおばあさんの家なんだ」


 改めて現実を目の当たりにして、ようやく実感できた。


「でも、間違いなく、この家に居候している。もちろん、池田さんという方に了承してもらってのことだ」

「……ああ」

「このおばあさんは、もう80近い。どうやら、一人で生きていくのが寂しかったみたいでね。平川夫妻とはインターネットで知り合ったようだ」


 お金のない二人がどうやって住まいを見つけたのかが疑問だったが、やはり家を借りる余裕はなかったらしい。もしかしたら、家賃に値するものは払っていないのかもしれない。また、持ち主の名義が異なる家に居候すれば探されにくい。


 夫妻が、どうして家のものをほとんど持って行かなかったかも合点がいく。誰かが住んでいる家に入るのであれば、必要ないということだろう。


「ほんとに、よく調べることができたな」

「僕にとって、むしろインターネットのほうが得意分野なんだ。逆にそこに足跡を残してくれたのは助かった」


 俺は、姉妹のほうに振り返った。


「二人は、角のまえで待っていてくれないか。まずは、以前にも言った通り、第三者を装って話を聞くことにする」

「わかりました」


 家のまえから見えない位置に移動したことを確認してからインターホンを押した。


 やがて、引き戸を開けておばあさんが一人現れる。


「あら。どちら様?」


 夫妻が出てこないのは想定外だが、手筈通りに行くしかない。


「突然申し訳ありません。実は、遠方からここまで来たのですが、カーナビが故障してしまって、道が分からなくなってしまったんです」


 肥後の口からするすると嘘が出てくる。職業上、こういうウソには慣れているのだろう。


「あら、そうなの? どこに行きたい?」

「べんがら村というところなんですが、道を教えていただけないでしょうか」

「ええと、そうね……」


 道を示したほうが早いと思ったのか、玄関に引っ込んで傘立てから青い傘を取り出す。少しだけ見えたが、他に傘が一本しか残っていなかった。


 ――あれ?


 夫妻が持って行ったことを考えると、数本はあってもおかしくない。


 おばあさんが、傘を差しながら家の前の道に出てくる。


「あなたたち、どこから来たの?」

「久留米のほうからです」

「であれば、通り過ぎたのね。もと来た道を戻る必要があるわ。あっちのほうに、国道3号があったでしょう。その道を走っているときに、川があったでしょう。川の反対側に戻って、左に曲がればそのうち見えてくるはずよ」

「あぁ、そうでしたか。川を越えるというイメージはあったんですが」

「近くに二つの川があって、片方は超えちゃダメなのよ。わかりづらいんだけど」


 肥後とおばあさんが話している間、開けっ放しの玄関から中の様子をのぞく。しかし、玄関と廊下の先、居間があると思しき部屋の前のドアが閉ざされていた。また、三和土の靴を確認してみたが、夫妻のものらしきものが見つからなかった。


「ありがとうございます。詳しく教えていただきとても助かりました。ところで、私はこの辺に初めて来たのですが、なかなかにいいところですね。おばあさんは、こちらに一人でお住まいなんですか?」

「……そうね、そんなところよ」

「一人だと大変そうですね。すみません、余計なお世話でした」


 肥後は、突っ込みすぎだと理解しながら言っているのだろう。夫婦の姿が見えないことに、肥後も気がついているはずだ。


 もしかして、と思った。胸のなかを嫌な予感がうずまいていた。


「行こう、肥後」

「ああ。じゃあ、私たちはこれで失礼します」


 早足で、おばあさんの元から離れ、角を曲がった。その瞬間、俺は血の気が引くのを感じた。


 姉妹が角の先で立っている。その目線は、さっきまで俺たちがいた場所ではなく、道の奥に向けられていた。


 姉妹の反対側に、シンメトリーのように立つ二人の姿があった。


 距離にして、およそ10メートル。その二人は中年の男性と女性で、片方はメガネをかけている。もう片方は、写真どおりの痩せた女性だ。手には、それぞれ安物の傘が握られていた。


 足が止まっていて、その目はまっすぐ姉妹に向けられている。時が止まったと錯覚するほどに身動きがなく、じっと立ち尽くしているだけだった。


 雨足がさらに強くなる。アスファルトに当たる水音が、繰り返し耳朶を叩いている。


 俺はどうすることもできず、お互いの動向をうかがうことしかできなかった。

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