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第三十六話 到着

 翌日。


 運転席に肥後、助手席に俺、後部座席に姉妹が座っている。しかし、後部座席の一部をカメラなどの器具で埋めているから、姉妹の座れる範囲は狭い。だから、わざわざワンボックスをレンタルしたのだろう。


 国道3号を直進していく。住宅や農地、ガソリンスタンドが左右に現れては、後ろに消えていった。空は雲に覆われていて、日光もその裏に隠れている。天気予報をスマホで確認すると、午後から降水確率80%と表示されていた。


「二人は折り畳み傘を持っているか?」


 実里も晴香も、ほぼ同時に首を横に振った。雨が降るのを考慮していなかった。


 肥後が、アクセルを踏みながら言う。


「それなら、途中でコンビニに寄ろうか。僕は自分の分しか持っていないんだ」

「助かる。そうしてくれ」


 コンビニでビニール傘を3本購入する。傘を渡すのは2回目だなと思った。


 晴香も同じときのことを思い出したらしく、くすっと笑った。


「懐かしいです。家に傘がほとんどない時期でしたので、いただいて助かりました」

「両親が傘を持って行ったってこと?」

「たぶんそうです。うちには1本しか残っていませんでした」


 ワンボックスのなかに戻ると、ぱらぱらと小雨が降りはじめた。肥後がエンジンをかけながらワイパーを動かす。そのまましばらく動かなかったので、「どうした?」と声をかけた。


「いや、話には聞いていたけど、大変だったんだなと思ったんだ。尼子が助けた理由も、なんとなく理解できたよ」


 傘を1本だけ残したというあたり、自分たちのことを最優先した行動なんだということが、改めて理解できたような気がした。


 車が国道に戻ったところで、晴香が当日のことを話してくれた。


「学校から帰ってきたときには、まだ両親がいたんです。夜遅くなったタイミングで急に実家に行くから先に寝ててくれと言われて、わたしたちはそれに従いました。そして、目が覚めても、また学校から戻ってきても、両親はどこにもいませんでした。玄関に靴はなく、傘が1本だけ残されていました。事故にでもあったのかと心配しましたが、やがてあの人たちが来て、夜逃げしたことを知ったんです」

「書き置きとかはなかったの?」

「ありません。両親の携帯電話は解約されていて、電話もできませんでした。捜索願は出しましたが、事件性がないとのことで、捜査はされていないようです。それでも、最初は、いつか帰ってくることを信じていました」


 しかし、帰ってこなかった。そこは俺も知っていることだ。


「毎日が不安でした。財布に入っているお金も徐々に減っていきました。だから、なんとかして助かりたい一心で、尼子さんにすがってしまったんです。そして、いろいろあって、尼子さんが私たちを救ってくれて、今に至ります」

「話してくれてありがとう。俄然、僕も協力したいという気持ちがわいてきたよ」


 肥後がハンドルを強く握りしめた。


 小降りの雨が、少しずつ強くなっている。ワイパーがフロントガラスとこすれる音が響いた。


「僕は、探偵という職業柄、浮気調査を請けることが一番多いんだ。こういう依頼は久しぶりだよ。直接口出しすることはしないけど、僕も気合を入れることにする」


 シフトレバーを動かしながら、スピードをあげる。


 俺は言った。


「目的地まで、どれくらいかかるんだ?」


 赤信号で停車したところで、肥後がカーナビを見ながら答える。


「久留米のホテルから40分から50分くらい。ここからだと、たぶん30分くらいだと思う。八女市に入ってからも、15分くらい車を走らせないといけないから」


 後ろの二人の顔がこわばっている。とうとう、そのときが近づいてきていた。


 あの夜逃げから、およそ2か月半。長い道のりだったように思う。


 白のワンボックスは、雨のなかを突っ切り、奥へとまっすぐ進んでいく。





 やがて、到着した場所は、八女市の立花町というところだった。カーナビの表示では、近くに神社や寺もあるらしい。実里も晴香も、当然来たことはないようだ。


「どこかに停める場所があるのか?」


 肥後は、手を横に振った。


「ないよ。だから、道路の脇に停めるしかない。あんまり夫婦の家の近くに行くと怪しまれるから、少し離れたところに停める。ちょっと待ってくれ」


 広めの道路の路側帯に、車を停めた。


 腕時計を見ると、時刻は10時半くらいだった。


 実里が、後部座席の窓から外をのぞき込んでいる。周囲の景色は、かなり寂しげだ。住宅地の面積よりも、畑の面積のほうが大きいんじゃないだろうか。茶畑と思しき土地も先ほど見かけた。


「ここに、いるんですよね……」


 声が震えていた。晴香も顔色を青くしている。


 俺は、肥後に送った夫婦の顔写真を眺める。どちらもどこにでもいるような、普通の夫婦に見えた。父親のほうはメガネをかけていて、大人しそうな風貌だ。また、母親は、少しやせているが、穏やかなまなざしだった。


 俺も、改めて窓の外を見渡す。こういう土地であれば、賃貸物件もかなり安いだろう。初期費用など、ほとんどかからないんじゃないだろうか。


「行こうか」


 肥後が車から出るのに合わせて、俺たちもつづいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の性格がとても好みで、好感が持てます。 同じ状況下で、こういう行動ができる人間になりたい…と想像する大人としての行動を、倫理と人間味を交えながら迷いつつも取ってくれる所がほんとカッ…
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