第三十五話 合流
俺は、土日に行くことを肥後に伝えた。姉妹も同行することを告げたときはさすがに驚いていたが、快く了承してくれた。
「そうか、でも、そうだよね。自分たちのことだからね」
レンタカーはもう少し大きめの車にすると言ってくれた。肥後には感謝しかない。
また、ミミを誰かに預かってもらう必要があったから、頭を下げて瀬尾に頼むことにした。ハムスターを持っていく選択肢もないわけではなかったが、移動中のストレスを考えると、あまり得策ではない。瀬尾に事情を訊かれたが、高校の友人と旅行に行くとごまかした。
「ははーん。例の『はるか』ちゃんと行くんだな。楽しそうでなによりだ」
間違っているわけじゃないので否定しづらい。いろいろ訊かれたけど、最終的に引き受けてくれた。エサやりの方法だけ教えて、なにかあったら電話してくれと言ったら、「任せておけ」と頼もしい言葉を返してきた。
移動日は金曜の夜。
土日の二日間しか猶予がないから、なるべく早く福岡に入りたかった。久留米のホテルを予約できたので、当日、肥後と合流する。
そして、準備をしているうちに、あっという間に、移動日になった。
* * *
仕事を早めに切りあげて、浜松町経由で羽田空港に向かう。俺の分の荷物は、姉妹が一緒に持って行ってくれるらしい。待ち合わせ場所である改札口前に二人はすでに来ていた。
「尼子さん、こっちです」
晴香が俺のキャリーバッグを渡してくれる。最低限の荷物しか詰めていないので、持ちあげてもそんなに重くない。
今は、スマホでほぼ完結するから非常に楽だ。しかし、姉妹はマイレージカードを保有していないため、事前に印刷したバーコードを読み取って搭乗手続きをしなければならない。預け入れる荷物がないため、手荷物検査を終えたら搭乗口に足を進める。
「……もしかして、二人は飛行機に乗ったことがない?」
「実は、ありません」
恥ずかしそうに実里が言った。
旅行に行けるほど金銭的に余裕がなかったのだろう。ターミナルの天井の高さに目を丸くしていたし、手続きがよくわからず困っている様子だった。
「でも、手荷物検査は、テレビで見たことがありました。本当にゲートをくぐるんですね」
「ちなみに、その紙はなくさないように。飛行機に乗るときに使うから」
「わかりました」
仕事の関係で早めに来ることができなかったから、20分くらいで入場開始となった。事前に入場の仕方を教えることで、なんとか二人とも飛行機内に進むことができた。
俺は、事前に座席を指定できたが、二人は座席を指定できなかったため、位置がバラバラになってしまった。飛行機から降りてすぐの通路で待ち合わせる約束をして、それぞれの座席に着くこととなった。
――こうやって見ると、まだ子供なんだよな。
高校生ということをたまに忘れそうになる。俺と姉妹の怪しい関係性を考慮すると、座席が近くなくてかえって良かったのかもしれないと思う。
2時間くらいで福岡に到着した。新幹線だと5時間以上かかる距離だから、飛行機はやはり速い。福岡空港に来たのは、いったい何年振りなんだろうか。思いのほか記憶の片隅に残っているようで、あちこちの景色に見覚えがあることに気がついた。
飛行機を降りてすぐに姉妹も出てきた。
「耳がツーンとします」
晴香がつばを飲みこんでいた。反面、実里はからっとした表情だ。
「お手洗いに行ったときにちらっと尼子さんの姿が見えましたけど、窓際でしたね」
「たまたま空いていたんだ。二時間くらいなら通路側よりも窓際のほうがいい」
「うらやましかったです。景色、きれいでしたもんね」
もっとも、俺は寝ていただけだ。窓の外を見ることにはとうに飽きているから、寄りかかれることのほうが大事だったりする。
空港から地下鉄に乗って、博多に移動する。そこからさらにJRに乗り換え、久留米駅にたどり着いたときには21時を過ぎていた。
肥後が泊まっているというホテルに入り、チェックインする。事前に到着予定時刻を教えてあったので、一階ロビーで肥後が待っていた。
「尼子、お疲れ。そっちが、例の二人かい?」
相変わらずの巨体だ。このまえ話したときに、体重が150キロ近くあると言っていた。
姉妹は、あわてて頭を下げた。
「尼子さんから話は聞いています。手伝っていただいたみたいでありがとうございます」
「わたしからも、ありがとうございます」
肥後は、おおらかに巨体を揺らして笑う。
「ハハハ、気にしなくていいよ。僕は自分の職務をまっとうしただけだ。尼子とは高校のときからの友人なんだ」
ちなみに、高校時代も太っていたがここまでではなかった。卒業してから、さらに50キロほど太ったんじゃないかと思う。尾行はまず無理だし、探偵業に支障は出ていないのだろうか。
「よろしくね。明日は、朝ご飯を食べたら出発しよう」
今日は、挨拶だけですませて、各自の部屋に入ることにした。




