第三十三話 ためらい
花見から戻ってきても、肥後の言葉が俺の頭から抜けなかった。
(福岡だ)
(僕と八女に行く覚悟を決めたら連絡してほしい)
思いもよらない話だった。よりによって福岡。もし肥後に協力を依頼するのであれば、明日までに覚悟を決めなければならない。そもそも、この話を打ち明けるかどうかも考慮しなければならない。
もし、俺の勝手な判断で姉妹と両親を引き合わせたら、どちらにとっても不幸なことになるのではないだろうか。かといって、姉妹に知らせず勝手に会うことにも罪悪感を覚えてしまう。
元来、俺は赤の他人なのだ。行くかどうかの判断は本人たちに委ねるべきであって、俺が決めることではない。しかし、話すのに勇気も必要だった。
夜ご飯を終えて、片づけも完了したところで、晴香が訊いてきた。
「今日、様子がおかしいですけど、どうかしましたか?」
俺は、ミミにエサをやりながら寝転がっていた。動揺したが、なんでもないふりをする。
「別に……」
ミミもガラスにへばりつきながら、少し体を傾けていた。
「おかしいですよ。わたしたちと目を合わせようとしないし、話をしていても上の空だし、絶対になにかありましたよね?」
「そんなことは……」
「なんですか? 言いたいことがあるなら言ってください」
俺はベッドのほうに移動して、スマホをいじる。と、我慢できなくなったのか、晴香が近づいてきて、俺のスマホを取り上げた。
「なにするんだ」
「まともに話そうとしないからです。花見のときからですよね。気になるからはっきりしてください」
実里も、怪訝そうに俺を見ていた。もっとうまく取り繕える性格だったらよかったのに。
「いろいろあるんだよ。考える時間がほしいんだ」
「どうせ、わたしたちに関係があることなんでしょう?」
言葉に詰まる。言い当てられたことに驚いてしまった。
「……なんでわかった?」
「カマかけただけですけど、本当にそうだったんですね」
やられた。今さらごまかすのは難しい。俺は覚悟を決めることにした。
「悪いが、二人ともそこに座ってくれ」
物々しい雰囲気を感じ取ったのか、少し緊張した面持ちで姉妹が腰を落ちつけた。
「今から、俺が言うことは非常に重要なことだ。そして、もし気に障ったのであれば、すぐに忘れてもらってもかまわない。なんでそんな勝手なことをしたんだと言われたら、謝るしかできないが、それでもやらないよりはやったほうがいいと判断したんだ」
二人とも、話の内容を察することができないようだった。
「ごめんなさい。全然、なんのことかわかっていないんですけど……」
実里が眉を曲げて、瞳を左右に動かした。俺は、つばを飲み込んでから口を開いた。
「実里、晴香。おまえたちの両親の居場所がわかった」
二人の目が大きく見開かれた。まさか見つかるだなんて思っていなかったのだろう。
俺は、二人を探し出すまでの経緯を説明した。友人に探偵業を営んでいる人間がいること。その人物に依頼したこと。そして、まさに今日、居場所が判明したこと。
早ければ、今週の土日に行くということも告げた。
「勝手に探して悪かった。本当は、俺一人で会う想定だったんだ。だが、いざとなったとき、二人に知らせないのは誠意に欠けるかもしれない。さっきから思い悩んでいたのはそのことだ」
そして、それだけじゃない。敬遠しつづけていた福岡の地を踏まないと会うことができない。二重の意味で、悩ましい内容だった。もっとも、八女市と北九州市は福岡県のなかでも両極の位置にある。八女市にだけ寄って、北九州には寄らないことも可能だ。
この際、俺個人の事情は抜きにして考えたほうがいいかもしれない。
「前に訊いた話のつづきだ。二人はどうしたい?」
姉妹は顔をうつむけてしまった。突然の選択を迫られて、混乱しているのだろう。
やがて、晴香が言った。
「ちなみに、両親は今どこにいるんですか?」
「福岡県八女市。大分や熊本との県境にある」
「もしかして、尼子さんの故郷にも少し近いのですか……?」
気づいたか。俺はうなずく。
「近いと言えば近いな。とはいえ、同じ県内でも100キロ近く離れているはずだ」
「そう、なんですね……」
過去、二人に訊いたとき、どちらも「怖い」と口にしていた。親子という関係が取り払われたあとの「別のなにか」に変容した関係性を、どう受け止めればいいかわからない。会わないほうが、余計なことを思い出さずに済む。今の状態で幸せになる道を見つけられたのであれば、過去を振り返る必要はないかもしれない。
でも、自分の気持ちの整理をつける意味で、話したほうがいい可能性もある。もしこの先、夫婦がさらに遠くに行ってしまったら、会う機会を永遠に失ってしまう。そのときに後悔しないでいられるかがわからなかった。
二人ともそのことは重々理解しているだろう。だからこそ、迷って、困惑している。




