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第三十二話 判明

 トイレで用を足したところでスマホを取り出すと、着信が入っているのを確認した。


 肥後だ。


 もしかしたら、例の件について進展があったのではないだろうか。俺はすぐに折り返した。すると、すぐに肥後が出てくれた。


「尼子か。今は姉妹と一緒にいるのか」

「さっき離れたから問題ない。もしかして、調査についてなにか進展があったのか」

「……そのとおりだ」


 どうにも歯切れが悪い。周囲を見渡すが、姉妹はこっちについてきていない。俺はつづきを促した。


「居場所が判明した。夜逃げ手段を特定し、そこからの足取りを追うことに成功した。ただ、思ったよりも遠方に行っていたから、目的地を割り出すのに時間がかかってしまった」


 すでに依頼を行ってから一か月半程度経過している。姉妹に話を通さずに進めたから、情報不足に悩まされていたところもあったかもしれない。それでも、仕事をやりとげてくれたことに感謝しかなかった。


「もともと、荷物を大して持っていかなかったようだ。最低限の衣類、器具だけだったから、トラックを使うなどの大掛かりな手段を用いなかった。宅配という形で段ボールに数箱まとめて送ったらしい。しかも、手が込んでいて、一度は大阪の友人の家で引き取ってもらったあとに、もう一回送る形をとっている。よほど跡をつけられたくなかったんだろう」


 姉妹を置いて言ったことからもその心情が推察できる。要するに、あれは〈生贄〉だった。


 自分の子供たちを犠牲にした罪悪感も、多少なりともあったのだろうか。絶対にもう二人とは会わないという強い覚悟も見え隠れていている気がした。


「最終的にどこにたどり着いたのか、という答えは、実際に現地で確認した。というより、今、その現地にすでに入っている。間違いなく、ここに平川友治と平川祐希がいる。外出時に顔を見てみたが、尼子から送られた写真ともぴたりと一致した」


 もうすでに現地にいる? では、今、肥後の近くに姉妹の両親がいるということだ。


 自分で依頼したことではあるが、突然の進展に鼓動が速くなるのがわかった。開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったような恐怖感もあった。ただ、あくまで俺が得るのは情報だけである。そこから先、どうするのかはこれから考えなければならない。


「で、どこなんだ。場所は?」


 電話越しに、肥後が大きく息を吐く音が聞こえてきた。少しの間をおいて、言った。


「福岡だ」

「え?」


 一瞬、聞き間違いかと思った。心のどこかで、それを否定したい自分がいた。


 肥後がもう一度繰り返す。


「福岡だ。驚くのも無理はない。僕も、まさかここに来ているとは思わなかった。とはいえ、僕たちの故郷とは少し離れているけれど」

「……本当に?」

「うん。間違いない」


 予想外だった。最悪、俺一人で様子を確認してくるつもりだったのに、まさか自分がもっとも近づきたくない位置にいるとは考えていなかった。


「あとで、調査結果をきれいに整理して送っておくが、まず口頭で話せるだけ話す。具体的な場所は、福岡県八女市。地理くらいは頭に入っていると思うけど、久留米よりも南の、大分や熊本との県境にある市だ。新幹線も通っていないから、僕も尼子も、実際に訪れたことはなかったんじゃないかと思う。電車すらないし、車がないとろくに移動もできないよ。僕も、レンタカーを借りて来たくらいだ」


 そういう場所だから、平川夫婦も逃げる場所として選択したのかもしれない。


「住民票を移しているわけじゃなさそうだから、どうやって生きていくつもりかはわからないけどね。たぶん、なにかツテがあるんだろう。ここで新しい生活をはじめる準備を行っているようだ」

「そう、か」


 胸のあたりが締まるような感覚があった。


「どうする? 尼子もこっちに来るか? 今週の土日に来るなら、それまでこっちにいようと思う。久留米で合流して、一緒に夫婦の元に行くというプランだ。ホテル代まで出せとは言わない。経費として節税できるからね」


 悪くない提案だ。俺は免許を持っているが、ペーパードライバーだ。肥後に現地まで送ってもらえるのであればとても助かる。


「どうだ? 尼子」

「……」


 なのに、答えられなかった。気持ちの整理がつけられそうになかった。


 ある程度事情を知っている肥後が、沈黙の意味を理解して言った。


「すぐに決められないようであれば、考えておいてくれ。僕と八女に行く覚悟を決めたら連絡してほしい。悪いが、あんまり長くこっちにいられないから、明日までに決めてくれ」


 俺は、「わかった」とつぶやくことしかできなかった。


 電話を切ると、さっきまで見ていたはずの明るい光景が戻ってくる。トイレの近くからでも、姉妹の姿が視界に入った。二人は、楽しそうに笑いあって、美しい光景を眺めていた。


 ……俺は、いったいどうすればいいのだろう。


 それは、自分だけではなく、姉妹にとっても大きな難題だった。


 メジロが数羽、俺の足元から飛び立っていく。


 結局、姉妹が呼びに来るまで、しばらくそこに立ち尽くしていた。

二章終了です。

次話から三章となります。

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