第十七話 買い物
2月が終わりかけている。しかし、依然として寒さは継続したままで暖かくなる気配はない。
特に今日は、雪が降ってしまった。1月にも降ったことはあったが、今日はそのときよりも降雪量が多く見える。なにせ、踏んづけると靴のなかに入ってくるくらいに雪が積もっているからだ。
子供のときは好きだった雪だけど、大人になるとうっとうしいことこのうえない。雪で遊ぶよりも体を温めたいし、外に出て買い物をするにしても転倒のおそれがある。大人になってから転倒すると、受け身をうまくとれず、怪我を負いやすくなる。
だから、なるべく外出せずに大人しくしているに限る。
俺は、暖房をガンガンに入れたうえでベッドに寝転がっていた。手には漫画の本。まだ読みきれていないものがあるので、消費するだけで一日を終えられそうだった。もしも今日が平日だったならば、雪にまみれながら会社に行かなければならなかったから、休日であることを心の底から感謝したい気持ちだった。
しかし、そんな日でも姉妹はやってくる。
インターホンが鳴ったので家に招き入れたら、晴香が言った。
「今夜、鍋にしませんか?」
質問しているくせに、すでに土鍋とカセットコンロを運び入れていた。俺の家に土鍋がないことはリサーチ済みだったらしい。
「寒いから、鍋にするのは悪くないアイデアだ。ただ、一つ問題がある」
「なんですか?」
「鍋に必要な材料がない」
俺の部屋に野菜なんかない。そもそもろくに自炊もしてこなかったから、野菜を買う習慣がない。最近に至っては晴香に頼りっぱなしで、自分で食料を用意するという発想がなかった。
「では、買いに行きませんか?」
「この雪のなかを?」
「そんなに遠くないじゃないですか。せっかくなので、スーパーでなにを入れるか相談しながら買いましょう」
歳下相手に「行きたくない」と駄々をこねつづけるわけにもいかず、押し切られる形でスーパーに向かうことになった。しかも、俺が愛用していたま〇ば〇けっとではなく、もう少し離れた大き目のスーパーじゃないと嫌らしい。
普段であれば、10分かからずに行ける距離だが、今日は20分近くかかってしまった。
傘を閉じて、入口付近でコートについた雪を払う。
「すごい雪ですねー。傘があってもとうてい防ぎきれないです」
晴香が傘の雪を落としながら言う。いつぞやに俺があげたビニール傘のようだった。
スーパーのなかは暖房がきちんと効いていて暖かい。まずは、目の前にある野菜コーナーに向かって行った。
「尼子さん、苦手な野菜はありますか?」
もしかしたら、野菜コーナーに立ち寄るのは久しぶりかもしれない。俺は言った。
「そうだな、野菜は全部苦手だな」
「……そういう意見は却下です」
聞いても無駄だと思ったのか、白菜、ねぎ、ニラなどをカゴに放り込む。
「晴香。野菜よりも肉のほうが大事だよ?」
「姉さんの意見も却下。子供じゃないんだから自重して」
とはいえ、野菜のない鍋は色のないテレビくらい味気ないのも理解している。食べられないものはなかったので、抵抗はしないでおいた。
「野菜をなんとなく選びましたが、鍋の種類を決めないことには始まらないですね。希望はありますか?」
こういうときになんでもいいと言ったら怒られるらしい。
「そうだな。特に思い浮かばないけど、楽なやつでいいよ。どんな種類があるっけ?」
「シンプルなものなら、出汁で味をとる水炊き。辛いやつがいいならキムチ鍋がメジャーです」
「辛いのは好きなんだよなぁ」
最近、食堂以外では辛い物を食べていない。二人とも、苦手意識はないようなので、すぐにキムチ鍋に決まった。
豆腐やシイタケもあわせてカゴに入れ、精肉コーナーにやってきた。
「キムチ鍋だったらやっぱり豚ですかね。どれくらい買いますか?」
「てきとうでいいよ。余ったら余ったで、翌日以降に食えばいいし」
「じゃあ、ちょっと多めに入れますね」
ほかにも、キムチ鍋の素や足りない調味料などを購入して、スーパーから出た。荷物は俺が持つことにしたが、思ったよりも重くて腕が悲鳴を上げる。家に着いたころには、指先の感覚がほとんどなくなってしまった。
「尼子さん、お疲れさまでした。でも、冷蔵庫には入らないですね」
うちには、ビジネスホテルにあるような小さな冷蔵庫しかない。基本的に、ビールや余りものくらいしか冷やさないので、それで事足りてしまうのだ。仕方なく、野菜は平川家の冷蔵庫に入れることにした。
袋を持ったまま、姉妹が暮らす部屋のなかに入る。
いつも、俺の部屋に姉妹が押しかける形だったので、姉妹の部屋に入るのは初めてだった。俺なんかが入っていいのかと思ったが、今さら意識するのも変なのでそのまま足を踏み入れた。
角部屋で、間取りはうちよりも少しだけ広い。物の少ない俺の部屋よりも、生活感にあふれている。夜逃げした両親も含めてここで生活していたわけだ。夜逃げの際、家具はほとんど手をつけなかったのか、隙間なく家具が床を埋め尽くしていた。
――ここから忽然と二人が姿を消したのか……。
もしかしたら、姉妹の両親の私物がまだ残っているのかもしれないな、と思った。




