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第九話 音声

 コートを着てから、ドアを開けた。冬の外気はおそろしく冷たい。平川実里は、昨日と違って化粧をしていない。俺を呼ぶまでずっと探していたのか、顔色が青白くなっていた。昨日、あんなことがあった手前、気まずさがあったのだろう。俺に説明をしている間、なかなか目が合わなかった。


「昼間から別々に行動をしていて、そのあと一度も会っていないんだね。昨日、喧嘩してしまったから、なにをするかも訊いていなかった。君は友達の家に行っていて、妹さんが部屋にずっといると思い込んでいた、と」

「そのとおりです……」


 すぐに思い浮かんだのは、昼休みにカメラ越しに聞いた内容だ。あのとき、平川晴香だけが部屋のなかにいたのではないだろうか。となると、あのあとになにか起こった可能性は十分にある。


 深く、息をついた。平川実里は、焦りと不安を抱えて唇を震わせていた。警察を呼んだとして、どこまでまじめに探してくれるだろうか。その日のうちの10時に帰ってこないというだけで、手伝ってくれる未来は見えなかった。


 俺は、覚悟を決めて言った。


「いったん、部屋で待っててくれ。もしかしたら、ある程度は行き先を探れるかもしれない」

「え?」


 俺は、いったんドアを閉じた。それからパソコンを起動する。パソコンには、スマホ同様にペットカメラから接続された映像を記録するアプリケーションが入っている。今に至るまでの映像がすべて残されているはずだ。


 記録映像をさかのぼり、昼休みに見た光景のあとから再生を始める。カメラの向きを窓際に移動させていたから、音声だけでなくアパートの横を通る人影も追うことができる。2倍速で見ているが、すぐには動きが見えない。


 10分ほど経過したくらいだろうか。急に隣の部屋のドアが開く音がした。速度を等倍に戻して、イヤホンから流れる音声に耳を澄ませる。足音が遠ざかったかと思うと、別の角度からまた足音が近づいてくる。そして、まさにカメラを向けた位置に、平川晴香の姿が映された。


 距離にして、およそ2メートルだ。思いつめた表情で、少し目線を上向きして立ち止まった。それから、つぶやいた言葉がぎりぎり音声として残されていた。


(わたしが、やらなくちゃいけないんだよね)


 また歩きはじめて、足音も声も聞こえなくなった。以降の映像には、おそらくなにも残っていない。俺は、また部屋から出て、平川家のドアを叩いた。


 平川実里がすぐに出てくる。


「なにかわかりましたか!?」

「『わたしが、やらなくちゃいけないんだよね』という言葉に、なにか覚えはあるか?」

「どういうことですか?」

「飼っているハムスターをいつでも見られるように、ペットカメラを俺の家に設置している。窓際に置いてあったから、ペットカメラにその音声がたまたま残されていた」

「晴香がそう言ったんですね」

「ああ」


 真っ先に思いつくのは、例の店長に会いに行ったという可能性だ。姉の代わりに自分が、と考えたのかもしれない。しかし、平川実里は首を横に振った。


「その線はわたしも考えました。だから、今日、あの人のお店に行ってきたんです。晴香の姿はなかったし、店長も知らないと答えていました」


 当然ながら、別のお店に向かった可能性を捨てられるものじゃない。ただ、すべてを追いきるのは非常に困難だ。困り果てていると、「あ」と平川実里が声を上げた。


「もしかして……」


 ただでさえ顔色が悪かったのに、さらに血の気が引いたような表情だった。


「悪い想定だとしても、もし本当にそうならなんとかしないといけないだろ」

「わかってます……」


 それでも、言葉にするのをためらっていた。少しの間をおいて言った。


「昨日の喧嘩のとき、晴香がこんなことを言っていたんです。自棄になっていたみたいで、『姉さんがそんなことするくらいなら、わたしが直接身を差し出してやる』って」

「直接?」

「はい。相手の事務所まで行って、自分ごとすべてを売り払うって……」


 背筋が冷えるのに十分な内容だった。事務所というのは、闇金の拠点のことだろうか。もし本当にそうなら、一刻の猶予もない。


「行こう。俺もついていく」


 平川実里は、ぎゅっと目をつぶってうなずいた。

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