03 駒田ファイル(2)
私、駒田明美は以前瀧本専務の秘書をしていたのですが、度重なる早退のせいで再生課に飛ばされてしまいました。
城山課長の秘書として働きだしてまだ僅かしか経っていません。
しかし、眼光鋭い城山課長が正直怖くて仕方ないです。
そんな時にまた息子が熱を出したので、迎えに来て欲しいと保育園から連絡がありました。
今度は絶対に首を切られてしまうと保育園に無理を言って待ってもらいました。
熱を出して苦しんでいる息子を放置しているなんて、酷い母だと思います。でも、もう後がないんです。そんな時に城山課長に呼ばれたので、絶対に残業をしろと言われるのだと覚悟を決めて部屋に入りました。しかし、物件の写真を撮ってきてそのまま直帰してもいいと言われた。
しかも、幸運な事にその物件は息子の保育園と病院の近所です。
なんて偶然なのだろうと神様に感謝しました。
早めにお迎えに行けたので、病院にも寄れました。
病院の先生にはいつものストレスから来る熱だろうと言われました。家に帰るとふと疑問が起こりました?
本当に偶然なのだろうか?
もしかしたら、城山課長が私のためにこの物件を考えてくれたのでは?
でもそんな訳ないです。
子供が熱を出した事を、城山課長が知っている筈がない。
城山課長の顔を思い浮かべると、やはり眉をしかめた怖い顔が思い浮かび、本当に偶然だったんだろうと思いました。
次の日には熱が下がったので保育園に預ける事ができました。
昨日撮った写真をカメラからSDカードを取り出して印刷して、城山課長に言われた通りに、その家の印象を書いて提出しました。
もしかしたら、城山課長はいい人かもしれないと期待したのですが、反応は冷たく怖かった。
「これが昨日仰っていた物件の写真と感想です」
「・・・そう。駒田さん、あなた昨日時間があったの?」
「はい、家に早めに帰れたので、時間があったのですが・・・この感想ではダメですか?」
「いいえ、これでいいわ。私がもっときちんと言わないといけなかったのが悪かったのね」
最後には城山課長にため息もつかれてしまいました。
これは時間があったのだから、もっときちんとした感想や資料を作れたのではと言う事のようです。
やはり、城山課長にうっかりと甘えた事を言うと大変な目にあいそうです。
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私城山仁美は、駒田さんが出勤してきてくれて、ホッとしました。
昨日息子さんの熱で、大変そうだったので少し遅刻してきても良いようにスタンバイしていたのですが、良かったです。
しかし、昨日の物件の資料は大変なら作成しなくても良かったのですが彼女はきちんと作っていいました。
資料を作る時間があったのか聞いた途端に彼女の顔が強張ったので、やはり大変だったのだろうと案じました。
私がきちんと言わなかったのが悪かったのです。これを作る時間があるなら息子さんを診て上げてと言うべきでした。
でも、度々熱を出すなんて心配です。どうしてあげたら良いのでしょうか・・・?
そうだ、昨日の今日で息子さんもまだ体が本調子ではないかも知れない。私も物件を見に行くついでに、今日も少しだけ早く帰ってもらいましょう。
そういえば、私の息子も小さい時に良く熱を出したわね。
変な仕事が入らない内に話しておきましょう。
内線電話を使おうと思ったけれど、目の前のドアの外にいるのだから、直接お話したほうがいいわよね。
私は部屋から出て、駒田さんの座っているデスクの前に立ってそのまま話出しました。
「駒田さんにお願いがあるのだけれど、宜しいでしょか?」
「はい、なんでしょう?」
「昨日撮って来てくれた物件を私も直接見たいから、少し早めに会社を出て、一緒に見にいってくれるかしら?」
「はい、私で良ければご一緒させて下さい」
「ありがとう、では」
私が部屋に戻った後に、駒田さんが再生課の皆様に囲まれて、何があったのかを聞かれていたようでした。
「駒田さん、大丈夫だった?」
「駒田さんの前に城山課長が仁王立ちで、何か言ってたから心配してたのよ」
「気をつけた方がいいぞ。きっと一人一人落としにかかってきたかも知れないな」
私の部屋の前でそんな会話が繰り広げられていたとは知らずに、私は駒田さんが書いてきてくれた仲介物件に目を通していた。
そこで、とっても良い情報を見つけてしまいました。
片方の物件は売り主さんがお住まいされています。
しかし、もう一件は空き家です。
これは、オープンハウスをしない手はないでしょう。
オープンハウスとは、日時を決めてその売り物件をずっと鍵を開けてお客様に来てもらうのです。ご来場頂いたお客様の中で気に入って頂いた方があれば、ご契約まで発展するかも知れません。
そうと決まれば、このお家の売り主さん側の仲介業者と連絡を取って、オープンハウスをさせてもらいましょう。
相手業者は町の不動産屋さんで、赤井不動産です。早速電話してオープンハウスの件をお願いすると、快く了解してくださいました。
よし、チラシを作らないといけません。
物件までの分りやすい地図が必要です。それに、間取りが頂いた資料では見にく過ぎます。
「よし」と立ち上がり、再生課の皆さんを部屋に呼びます。
「皆さん今度の日曜日にこの物件のオープンハウスをしようと思います」
「「「・・・」」」
あら? 皆さんのお顔が曇っています。嫌だったのでしょうか?
「それって、仲介営業部の仕事ですよね? なぜ私達再生課がするんですか?」
元開発営業部2課の式森さんが、不安そうです。
もしかしたら、セクハラの事で嫌な事でも思い出したのでしょうか?
「先ずは皆さんの力を見せて下さい。だから、皆さんで日曜日に撒くチラシを製作しましょう。地図は大俵さんが、式森さんは全体のレイアウトを、有野さんはこの間取りを見易いように書き換えて下さい。では今日の業務はこれを昼までに作り上げて下さい」
「・・・わかりました」
皆さんの足取り重く自分のデスクに戻って作業を始めました。
私はチラシを撒く範囲とこのチラシを折り込んでもらう部数と、新聞屋さんを決めていきます。
やはり、物件に近い所は多めに撒きたいですよね。
鼻唄混じりでチラシの部数を決めていると、ドアをノックする音が聞こえて返事をすると、元設計部の有野さんが間取りの清書ができたと持って来てくれました。
「あの・・これで終わりですか?」
明らかに色々足りない間取りに、私は戸惑いました。
「言われた通りに書きましたけど?」
有野さんはそのままそれを置いて、部屋を出て行ってしましました。
私はじっとそれを見てため息が出ました。
彼は優秀な設計士だけど、こだわりが強すぎて今までにお客様と話が合わずに一度も建築した家がない。
この間取りは書いてくれたが、このままでは使い物にならない。
間取りに必要な、部屋の畳数やWCマークも、浴室もキッチンも表記が抜けている。
忘れたのだろうか?
・・・忘れたと思いたい・・
祈る気持ちで、私は部屋を出てデスクに戻った彼に、間取り図面を持って聞いた。
「ここに和室が何畳か書いてないけど、忘れたのかしら? 他にも色々忘れているわよ」
「・・・僕は設計士でそれは僕の仕事ではないです」
有野さんの顔がむすっとしているわ・・しかも、私の顔を見てくれないのね。困ったわ。なんとか機嫌を直してもらわないといけないわ。
「あなたの仕事は、設計士と聞いています。これは確かに設計士のお仕事ではないかも知れません。ですが、あなたの仕事はお客様に良い家をお届けすると言う信念を持ってやっているのですね? 素晴らしい事です。 ですのでもう一手間加えてお客様が一目見て分かり易く、間取り上で夢が膨らむような、想像出きる工夫も出きる筈ですね。楽しみですわ」
私はできうる限りの笑顔を向けた。きっとここ一番の満面の笑みが出来たのではないでしょうか?
有野さんに期待をしていると、いっぱいお伝えしたつもりなのですが、少々反応がおかしいです・・
あっっっ。でも机に向かって猛烈に書き直してくれています。
私の熱いが届いたんですね。良かったです。
しかし、有野さんがとっても怒っていらした事を知らずにいたのです。
だから、有野さんが
「くそ、何で誰でも書ける間取りを書かせやがって・・・誰が見ても一目で分かるし、見やすいのを書いてやろうじゃないか」
・・・と目をとんがらせて書いていたのを情熱と勘違いしていたのです。
城山仁美です。
駒田さんの息子さんの熱が下がって、本当に良かったですわ。
ところで話は変わりますが・・・
カレーが余った次の日のお昼ご飯は、カレーうどんをよく作ります。八宝菜の次の日はもやしを足して、皿うどんをします。おでんが残った次の日は・・・おでんですね。