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18  城山ファイル(2)


家族が再生課にいるとは思わず私、城山は課長室でせっせとお客様と話を詰めていた。


まして、大俵さんや他の社員さんも私の事を盛大に褒めてくれているとは思ってもいなかった。

知っていたら気絶するくらいに恥ずかしかっただろう。


そうとは知らず、お客様に営業トークをしていた結果、そのお客様は物件を前向き検討してくれた。明日一番に内見も約束してくれた。


「では明日よろしく御願いします」とお客様を再生課の外までお見送りした。


私はまだ、家族がいるとは知らず、そのまま課長室に入っていった。

一瞬部屋の奥にみんなが固まっているなと思ったが、他の事で頭が一杯で気にせずに部屋に戻った。


その僅か数分後に、厄介な人物が再生課に飛び込んできた。


「大俵、お前が南さんに要らない知恵を付けて契約解除に持っていったんだろう!!!」

ドアを開けるなり吉野課長が怒鳴り込んできた。


そして、大俵の胸ぐらを掴む。


私は燻り続けていた怒りの元凶の声を聞き付けて、間髪入れずに課長室をダーン!!と音を立てて扉を開けて出ていった。


多分私の頭から湯気でも出ていたんじゃないかと思うくらいに私は怒っていた。

生きてきてこんなに怒っているのは始めてかも知れません。


一歩一歩と吉野課長に近付く。


「ななななんだよ。大俵が勝手な事をしたから、話にきたんじゃないか。俺の客を・・・・ひいい」


私は大俵さんを掴んでいる手を捻りあげました。

そして、反対の手で吉野のネクタイをグイッと引き寄せた。


「勝手な事ですって? お客様の身になって一生懸命に考えて行動したことを勝手な事と言いましたね? 大俵さんは大事な事をしたんです!! 本来あなたのしでかした事はこの佐原開発の信頼を傷付ける行為です。目先の利益に走ってお客様を蔑ろにするなんてあってはならない行為です。会社の信頼を守るために大俵は動いたのですよ。それに文句を言うのですか? それに文句があるなら私に言って下さい。大俵は私の大切な部下です。その部下にいちゃもんを付けるなら、私が代わりに受けて立ちますわ」


私の回りで、他の社員が吉野を取り囲むように睨んでいる。


吉野が奥歯を噛み締めていたが、私の手を払い除け言葉を探している。

しかし、吉野が私への攻撃の言葉を言うより前に和泉さんが「よっこらせ」と吉野の前に出てきた。


「和泉さん?」

ひょっこりと出てきた和泉さんに、一同がどうしたのか心配する。

「吉野君、君は一度平社員からやり直した方がいいね」


いきなり現れたおじいさんに、吉野が切れた。

「誰だ?お前? 関係ない奴は引っ込んでろ」


でも和泉さんは全然気にしない様子で、にこにこ話す。

「私は佐原和泉と言います。もう、私を知っている人は少ないけれど、私はこの会社の会長をしています」


「「「・・・!!!」」」


驚いた時って声は出ないのね。誰も喉が詰まったように声が出てなかったわ。


「おや、驚かして悪かったね。佐原佑樹の祖父です。いつも孫がお世話になっています」


(和泉って名前だったのか・・)部内全員の心の声が聞こえる。


丁寧に頭を下げられて、私達もあたふたと頭を下げる。


「それで、話を元に戻すね。結論から言うと吉野君の営業は、やってはいけない事だ。故に私の権限で平社員に降格じゃ。さぁ、君のこれからを話すから私と一緒に社長室に着いておいで」


そう言うと和泉さんは、呆然としている吉野を連れて再生課の部屋から出ていった。


ざわざわしている部内に、駒田さんの私を呼ぶ声が響く。


「城山課長、スキップフロアのマンションの先程のお客様からお電話です」


「はいはい、課長室で電話を取るから回して下さい」


私は急いで課長室に戻ってドアを閉めた・・・筈だったが、ドアが傾いてうまく閉まらなかった。

しまったぁぁ・・

また、壊してしまった。


高橋さんの鬼の形相に、私は手を合わせてごめんなさいポーズをする。


高橋さんの顔が『仕方ないなぁ』とちょっと緩んだのを見て安心した。





◇□ ◇□ ◇□ ◇□ ◇□


「城山課長って、もうスキップフロアのマンションのお客様の営業していたんだ。流石だわ」

式森がため息ながらに感心している。


「うん。やっぱり課長はすごいな。でも、さっきの吉野課長と対峙する時の顔は今までで一番恐ろしかったな」

有野がブルッと体を震わせた。


有野の言葉に城山課長の家族が気を悪くされないかと、気遣った瀧本明日香が美月に声を掛けた。


「お母さんの事、怖いとか言ってごめんなさい。でも、誰も本当に恐ろしいとか思っていないのよ。城山課長って本当に私達の事となると、いつも真剣に考えてくれているので、城山課長の事は信頼しかないです」


そう言われた美月は、面白くなかった。

お母さんが一番に考えてくれているのは、私達家族の事なんだもの。


しかし、素直になれない美月は、ついつい気持ちと違う台詞が口をついて出てしまった。

「でも、母って飛んでもない事を言ったりして、勘違いされるでしょう?」


社員がピタっと動きを止めて、一応に皆が考える。

そして、クスクス笑う。


「そうそう、城山課長は始めの頃はちょくちょく言い間違え?をしてたね」

大俵が微笑む。


「でも、私達はそれが城山課長の言いたい事ではないのを理解できるようになりましたよ。城山課長がいつも話したい言葉は、私達を勇気付けようとする言葉なんです。それを考えてくれているって事を知っているんで、ここの連中はもう城山課長の言葉がわかります」

有野が、大俵の言葉の補足をする。


「そうですね。でも最近言い間違えも少なくなってますね。なんだかそれが寂しい気もします」

高橋が本当に寂しげだ。


美月はどんどん悔しくなってきた。

ここの会社の人達が母の事を一番に理解している風に話すのが気に食わなかった。


自分だって、母が一生懸命に心配してくれていた事を知っている。母は話すのが苦手なのに、小学校の役員の時は一生懸命に頑張ってくれていたのを知っている。


でも、母の事を疎ましく感じていたのも事実だ。

美月は項垂れた。

その横で、大樹も美月と同じように感じていた。

家で自分や妹の心配ばかりしている母が、会社ではなくてはならない存在になっている事への驚きと、訳のわからない焦燥感があった。


二人は、先程の部下を庇う母が、いつもなら家で自分達を心配している母とは違って見えた事に疎外感があった。


二人の困惑を見透かしたように、二人の父直也が唐突に話し始めた。

「言った事がなかったけど、お父さんの一目惚れで、お母さんと結婚したんだよ」


「「「え?」」」

いきなりの話で、娘の美月は勿論再生課の人達もその話しに食いついた。


「会社に入ってきた新入社員で、もの凄く働き者で、人の心配ばかりしている女の子がいてね、いつも気になったんだよ。そのうちに会社がその女の子によってかわっていったんだ。このままここで働かせていたら、どんどん手の届かない事になりそうだと思って、お父さんが会社から引き抜いて、お嫁さんに来てもらったんだ。いやーあの時は必死だったな~」


直也はにこにこと思い出を語っている。


「そんなに牽制しなくても、会社の中枢に入れようなんて思っていないですよ」

社員の後ろから、佐原社長が直也に言うと手を上げて「お久しぶりです城山先輩」と面白く無さそうな顔で挨拶をする。


「社長? どうしたんですか?」

皆驚いて振り向く。


「城山先輩が来ているので挨拶をしにきたんでさすが、まさか惚気話を聞かされるとは思ってもみませんでした。まぁ、私が来るのを見てその話をしたようですけどね」

佐原は憮然としている。


「内の家内が会社に取り込まれないように、先手を打っておこうと思ったんだよ。まさか課長にしてくれているとは思ってなかったからね」


直也がチラッと時計を見ると、定時になっていた。


ゆっくり立ち上がり、課長室から出てきた妻を迎えるように、直也が歩き出す。佐原の脇を通り過ぎる時にぼそっと佐原に呟く。


「社員全員の面倒を私の妻に見てもらおうなんて考えてないよな?」

威圧の微笑みを向けながら、今度は他の者にも聞こえるように、

「無理はさせないで下さいよ」と優しげに微笑む。


その言葉だけを聞いた社員は、

「城山課長の旦那様って優しいですね」

と言っている。


にこやかに微笑みながら、妻に向かって「会社まで迎えに来たよ」と仁美に声を掛けた。


家族総出で迎えに来てくれた事に、嬉しそうにしつつ城山仁美は部下に挨拶をして、帰っていった。




駒田さんがポツリと言う。


「あの旦那様の執着は凄いですね」


佐原社長が直也の腹黒さに勘づいてくれた駒田の出現に喜ぶ。


「そうなんだ。よくわかったな。みんなあの笑顔に騙されるんだよ。前の会社の新入社員研修会で私が一番に和田(仁美の旧姓)の優しさと仕事の速さに気付いたんだが、あっという間に奴に取られてたよ」


「ああー」

駒田が不憫な子をみる目つきで、佐原をみていた。



城山です。

今日はびっくりする事ばかりでした。

今夜は外食なので、明日の献立を考えました。

豚生姜焼き。キャベツの千切り。きゅうりと山芋短冊と鰹節のサラダ。かぼちゃと油揚げの味噌汁。


私の栄養バランスを一切考えていない献立に、お付き合い頂きありがとうございました。

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