17 城山ファイル(1)
高橋さんと林田さんと三人で現地から帰ってきたら、随分と再生課がバタバタとしていた。
「どうしたの?」
青ざめている瀧本さんに、事情を聞く。
「大俵さんと開発営業1課の吉野課長と揉めてしまって、掴み合いになったんです。なんでそんな事になったのか、私は詳しい事はわからなくて ・・・」
「はぁ・・・・?」
どうした・・?大俵さん。
「それで大俵さんと吉野課長はどこにいるのですか?」
「社長室にいると思います」
「教えてくれてありがとう」
私は立ち上がろうとするが体が重い。ここの重力は何Gですか?と思うほどの重力を感じた。
グッと足に力を入れてふらぁりとと立ち上がり、社長室に向かった。
つい先程まで高橋さんと林田さんのウェディングベルを聞いていたのに、今は葬送行進曲が頭に流れている。
秘書に言うとすぐに社長室に通してくれた。
社長室に来ると腹に力を入れて、ドアをノックした。
「どうぞ」
中から不機嫌な佐原社長の声が聞こえる。
その声を聞いて中にはいるなんて、ゾッとするわ。逃げちゃおうかしら。・・・悪魔の囁きに負けず、ドアを開けて入る。
「なんだ、城山課長か。事情を聞き終えた所だ。大俵に注意をしたが、吉野がお客様と仕事で出掛けたからまだ吉野からは詳しく事情を聞けていない。今日は二人共、取り敢えず部署に戻れ」
「「・・・はい」」
私は大俵さんを迎えに来ただけになった。二人で頭を下げて社長室から退室した。
「課長、すみません。本当にご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした」
大俵さんが、私に深く深く頭を下げる。
「頭をあげて頂戴。あなたのお話を聞かせてね」
私の言葉を聞いて、大俵さんはもう一度頭を下げた。
再生課に戻って大俵さんの席で尋ねた。
「どうしたの? 何があったの?」
他の社員も心配そうに、大俵さんが話すのを待っている。
大俵さんが苦渋の表情になる。
「俺のお客様に南さんってご家族がいたんですが、吉野課長が勝手にその家族に、中古のマンションを売ってたんです。しかも詳しい説明をせずに。それで、困った事が起きて南さんが俺に相談しに来たんです」
「その困った事って何かしら?」
「南さんの奥さんは車椅子に乗っているんです。それなのにスキップフロア型の中古のマンションで、エレベーターが止まらない奇数階の部屋を売ったんです」
※スキップフロアマンションとは。(ご存じの方はここを飛ばして下さいね)
マンションの中にはエレベーターが、各階に止まらないである階を飛ばし通過するマンションがあります。なので、止まらない階の方は階段を一階下がったり上がったりしないと行けないんです。でもその分少々お得になっている事が多いですよ。現在の新築マンションはスキップフロアのマンションは少なくなっています。
長い説明で字数をとってごめんなさい。
「なんて事なの。それじゃ車椅子では、お家に階段があって入れないじゃない。吉野課長はそれを言わなかったの? それに内見の時はどうしたのよ? 物件を見ないで買った訳じゃないでしょう?」
お客様もお部屋を確認して、買うはずだ。その時に気が付かないてどういう事なの?
私は頭をひねった。
「どうやら、同じマンションでエレベーターの止まる階の部屋で偶然にもその物件の下の階が売りに出ていたんです。それで、吉野に『本当の物件は、現在お住まいの方がお留守なのでこの物件を見てください。間取りは全く同じですから』と言われてその物件を見た南ご夫妻は気が付かなかったんらしいんです」
大俵さんは悔しそうに言う。更に続ける。
「そのマンション物件にお住まいの方は、今度うちの新築戸建てを買う予定なんです。その担当が吉野なんですよ。俺の顧客名簿を勝手に見た挙げ句、そんなことをするなんて、やっぱり吉野課長は許せない」
ググッと拳を握りそのまま、机に打ち付けた。
「すーはーすーはー」
「・・・城山課長? 怒りで息が荒くなっていますが、大丈夫ですか?」
私はいつの間にか、鬼の形相になっていた。
「それは故意犯ね。何とかして契約を破棄したいけれど、売り主が一般の方ならクーリングオフも出来ないわ。悔しいけれど・・・」
話しを聞いていた他の社員も、『うーん』と頭を抱えて黙りこんでしまった。
「その、物件なら買い替えだから強気の吉野がその物件をうちの会社で買いとる事で銀行の決済を取ったんじゃなかったかな?」
のんびりと和泉さんが思い出すように、ポツリと漏らす。
「その話し本当ですか?」
私は和泉さんの席に全速力で近付く。
「本当だよ。その物件を『自信をもって売りますから』と息巻いていた吉野を見ていたから、確かな話だよ」
「それじゃあ、それじゃあ、南さんはわが社からマンションを買ったと言う事ですね」
断然に私の鼻息が荒くなる。この情報が本当ならば、南さんの契約はクーリングオフ出来る可能性が出てきた。
「大俵さん、契約を交わした場所と日付、更にクーリングオフの事を書いた書面を持っているか聞いて下さい」
私の言葉に大俵さんは、飛び上がり敬礼しそうなほどいい返事をする。
「イエッサー!!」
大俵さんの電話の会話を皆さんで、じっと聞き耳を立てて聞いている。
すると大俵さんの表情が明るくなる。
「そうですか、すぐにそちらに伺います」
大俵さんは電話を切って、すぐに『どうだった』と聞きたがっている私達に話してくれた。
「契約後8日は経っていません。それに契約した場所は南さんのお家で、そこで契約をしようと、吉野が決めたそうです」
「では、大俵さん。南さんに契約解除の書面をもらってきて頂戴」
これが通れば、吉野課長が黙っている訳がない。勿論会社の損になるから、佐原社長も出てくるかも知れない。でも、こんな営業を許す訳にはいかないのよ。
ふん!!
私は腹に力を入れて、どんな偉いさんが来ても、この件は譲らないぞと気合いを入れる。
どすこーい。
「さぁ、大俵さんに南さんの件は任せて、他の皆さんは仕事に戻って下さい」
私の一言で、みんな自分の席に着いた。
私も、課長室に戻った。
部屋に入ると、この件について社長がどう思っているのか気になった。こんな営業を許すような人だったのだろうか? それともまだ詳しい話を聞いていないから、判断が付かなかっただけなのだろうか? 実は吉野課長のような営業は、許容範囲なのかも知れない。
『下手な考え休むに似たり』
そうよ、グチグチ悩んでいる暇があったら、溜まっている仕事をしよう。
私は頭を切り替えて、仕事を始めた。するとすぐに、式森さんがノックで入ってくる。その後は林田さんが入ってくる。
忙しくなってきて、課長室の外に私の家族が迎えに来てくれていた事を知らなかった。
◇□ ◇□ ◇□ ◇□ ◇□
「お父さん、こんなに早く出るのはなぜ?」
城山美月は今日の父と母の結婚記念日に自分と兄も外食に連れていかれる事に苛立っていた。
結婚記念日ならば、二人で行けばいいのにと思っていたのだ。
だが、父が強引に家族全員出の外食を決めて、予約していたのだ。
そして、フレンチレストランの予約時間より随分早く出発させられた。それは、美月だけなく兄の大樹も強制参加だった。
車に乗ると父は予約している店と違う方向に走らせた。
「父さん、どこに行くの?」
大樹は怪訝な表情で、父に聞く。
「お母さんの会社に迎えに行こうと思っているんだよ」
機嫌良さそうに運転しながら答える。
「えー? お母さんの会社に行くの? やだなー・・」
美月は高い声で拒否する。
「たまにはいいじゃないか。お母さんの働く姿を見てごらんよ」
(きっとあたふたして、会社の人達に迷惑をかけて、コミュ障で変なことを言い出している筈なのに、そんなの恥ずかしいじゃない)
美月は母が一生懸命になったり、肩に力が入るような場面だと、途端に言葉が変になってしまって、恥ずかしい思いをしてきた。
わざわざそれを見に行くなんて、父の考えている事が分からなかった。
佐原開発(株)と書かれたビルに入っていく。
思っていたより大きな会社だった。そして、受け付けで案内されると、そのままエレベーターで3階に行く。
『再生課』と書かれた部屋に入ると沢山の人が、忙しそうに働いていた。美月は母を探して見渡すが、どこにも母の姿がなかった。
私達の姿を見ると、一人の女性が微笑んで近付いて来た。
「城山課長のご家族の方ですね。
こんにちは。私は城山課長の秘書をしています駒田と申します。いつも城山課長にはお世話になっています」
「「え?」」
美月と大樹は同時に声が出た。
まさか、あの母が課長だと思わなかったからだ。しかも、秘書がいるとはどういう事だ?と思っていた。
「こちらこそ家内がお世話になっています。私は城山仁美の夫の城山直也です。これが息子の大樹。そして娘の美月です」
父が頭を下げたので、慌てて美月と大樹も頭を下げた。
「二人ともご両親似の美男美女ですね」
駒田が城山課長の目を引き継いだ、二人を見て微笑む。
「課長は来客中で、課長室の中から暫く出てこれないので、折を見てご家族がいらっしゃった事をお伝えします」
「いや、家内の仕事が終わるまで、声を掛けないで下さい。家内は焦ると失敗が多くなるので、私達が来た事は内緒でお願いします。それから、誠に勝手な御願いなのですが、家内が出てきても見えない所で待っていたいのですがいいですか?」
(城山課長の旦那さんは、押しが強いタイプのようね。それなのに全体の丸っこい感じでほんわかしているから、見た目で騙されそうだ。けれどこの人はやり手だわ)
駒田は直也の特性を見抜いて、不思議に思う。
見た目は怖いけれど、人には優しく一所懸命な城山課長。見た目は優しそうだけれど、切れ味鋭い策略家のような感じがする課長の旦那さん。こんな二人の馴初めが知りたいと思ったが聞ける筈もなく諦めた。そして、奥まった所に椅子を用意してそこに課長の家族を案内した。
暫くすると、大俵が南さんの契約解除の書類を社長に届けた後で、再生課に戻ってきた。
そして、奥にいる城山課長にそっくりな目つきの男性と女性を見つけた。すぐに駒田さんに聞きに行く。
「あそこにいらっしゃるのは、城山課長の親戚の方ですか?」
「いえいえ、課長の旦那さんと息子さんと娘さんですよ」
こそこそと駒田が説明したのに、
大俵が大きな声で驚きの一声をあげる。
「えー!城山課長って結婚されていたんですか?」
大俵の声を聞き付けた他の社員も、その声を聞き付けて近寄ってくる。
「城山課長が結婚していたなんて知らなかったです」
大俵は挨拶をしに、城山課長の家族が座る部屋の奥に行く。
「私、大俵悟と申します。城山課長には、いつもお世話になっています」
元気よく挨拶をする。
「城山直也です。こちらこそ妻がお世話になっています。そして、これが・・」
父の紹介の途中で美月が元気よく立ち上がる。
「城山美月です。どうぞよろしく御願いします」
よそ行きの笑顔で、微笑む。
「今日は、こちらこそよろしく御願いします」
大俵が押され気味で、隣の息子に目を逸らしたが、美月が兄の自己紹介の機会を与えず、そのまま大俵に話し出す。
「大俵さんって何歳なんですか?」
「え? はい24です」
「やっぱり若いですよね。所でうちの母っていつも失敗が多いけど、大丈夫ですか? ご迷惑を掛けているでしょ?」
美月が上目使いで、話しかける。
「いえいえ、城山課長はこの再生課の要です。私はいつも助けてもらってばかりで本当に申し訳なく思っています」
大俵が恥ずかしそうに首筋をさする。
美月は以外な言葉を聞いて驚く。
「母が?」
「ええ、私は初めて尊敬出来て、信頼できる人に会えたと思っています。きっと、ここの課の人はみんなそう思っていますよ」
美月ばかりか大樹もその言葉には驚いたようだった。
しかし、その後ろの社員が全員大俵の後ろで『うんうん』と頷いている所を見ると、お世辞ではなく本心なのだと分かった。
二人は思った。
ここで働いている城山仁美は、自分達の知っている母ではなく、別人ではないのだろうかと・・・
今回はストーリー上、簡単な手続きでクーリングオフを出来るように書いておりますが、 様々なクーリングオフの条件があります。 また書類など作成 や郵送の仕方があります 。クーリングオフをお考えの方は 公的な機関などにてご確認くださいませ。 衣 裕生