01 初めまして城山仁美です。
私の可愛い子供達を泣かす子は、絶対に許しません!
私はデスクを壊れんばかりに叩き付けた。
・・・このようになったのは・・
ちょっと前からお話しますが、お付き合いください。
私、|城山仁美≪しろやまひとみ≫は小さい頃から笑顔の無い、ほぼ無表情な子供とだったと思う。
コミュニケーション能力が低い、つまりコミュ障だった。
でも、そんな事は大した事はない。もっと問題なのは、心配が過ぎるという不安障害が凄かった。
この私の不安障害は、自分に対してではなく、人に対して発動するので、病院では軽く見られました。
病院での質問
「睡眠は取れてますか?」
「はい、お布団の中に入ると3秒後には寝てます」
「耳鳴りや頭痛等、体調の悪い所はありますか?」
「いえ、スッゴク元気です」
「自分の事で、心配している事はないですか?」
(ありさちゃんが顔色が悪かったのは、心配だ。みずほちゃんが、明日忘れ物しないか心配だ。・・・自分の事では・・)
「ないです」
と、こんな感じで終わった診察は、医師には小学生によく診られる一過性の不安だと思われた。
しかし、こんな私にも小、中まではそれなりに友達もいて楽しくやっていた。
心配症が爆発したのは、高校で野球部のマネージャーになった時だ。
部員が暑さで熱中症になったらどうしよう。負けて泣いたらどうしよう。
練習試合を我が高校に来てくれる時は、部室に大量のポカリ、医療品、家庭科室に氷、等、準備万端だが、他校に行くときは山の様な準備物を監督の車に積ませてもらった。
大会と名の付く試合では、相手の調査は怠らなかった。
夏の大会は、大変だった。毎日が必死だった。こんなに苦しいなら、負けてくれてもかまわないと思うことさえあった。
マネージャーみんなでフェルトで作ったお守りを片手に握りしめ、その邪念を乗り越えた。
我が野球部員が逸材揃いで、3年間で最高、夏の大会は珍しく公立高校で決勝進出まで行った。
そして、敗れて私の3年間は終わった。
その後就職し、きつい顔立ちだった私がなぜか流れるように結婚。
妊娠、専業主婦になって、出産。
ここで、恐ろしいまでの心配症が発動した。
子供が寝ている時でも、息をしていないんじゃないかと、家事の途中でも何度も寝息を確認。
睫が目に入っているだけで大騒ぎ。
大きくなって幼稚園の初登園を見送った後、1日中泣いているのではと、家と幼稚園を何度も往復した。
お迎えの時間に幼稚園に行くと、かなりの園児達が泣いていた。
その泣き声を聞いただけで、走り出した。
が、我が子は飄々と「楽しかったよ」と言った。
普通ならこれで安心する筈だが、
私は相変わらず、家で心配していた。
そんな友達が、「もう1人居たら気が分散されるかも」なんて安易な事を言ったのを信じた自分が馬鹿だった。
やはり、2人目も全力で心配していた。
子供が大学生、高校生になっていた。6行前の友達が、また安易に「仕事したら、忙しくて心配症が減るんじゃない?」と言った。
この言葉をまたもや私は信じてしまったのだ・・・。
ちょうど、この友達と喫茶店で話していた時、昔の仕事仲間だった佐原が隣で頭を抱えていた。
私達の話を聞いていた佐原が、隣からじっと私の顔を見て、立ち上がった。
「お前、昔〇〇商事にいた、和田だよな! 覚えてる? 一緒に同期だった佐原佑樹だよ」
私はコミュ障を発動し、顔がすんっと無表情に変わる。
「はい。確かに○○商事に勤めていました、和田です。今は城山です」
あまりの無表情ぶりに佐原のたじろぎが分かったが、私にはどうしようも出来ない。
「ははは、相変わらずだな。所で今話を聞いてたんだが、お前仕事探してるんだろう? 俺、今社長してて人材募集してるんだ。仕事は簡単、辞めそうな社員を見ててくれるだけでいいんだ。それで給料はこれだけ約束する」
佐原が書き込んだ数字を見ると、仕事の割に高過ぎる。
何かヤバい会社じゃないかと細めた目で真意を確かめようと顔を見た。
「おい、睨むなよ。変な会社じゃないから。・・・まあ、よかったら返事くれよ」
佐原は会社の名刺と自身の携帯番号を書いた紙を、テーブルに置いて去っていった。
友達は、すぐにその会社をネットで調べた上で、「やってみたら?」とニヤッと笑った。
今日は佐原の会社、佐原開発株式会社の初出勤だ。
この不景気に自社ビルとはすごいなと思いつつ、気合いを入れて警備員さんに挨拶をする。
「おはようございます」
「ひぃ!」
しまった。笑顔を忘れていたせいで、怖がらせてしまった。
急いで通り抜けると、後ろから笑い声がする。
佐原だった。「佐原社長、おはようございます」
「・・・。安定の怖さだな・・今日からよろしくな」
イケオジ風に爽やかに去っていったが、佐原は入社時、私の怖い顔に隠れて嫌な取引先は、私に任せていたわね。
まあいいわ、そんな事よりも、娘のお弁当にお箸を入れただろうか?
心配になってきた。心配で胃が痛くなってきたわ。
「今日から再生課に課長として、入って来られた方ですね?」
え・・?再生課って何ですか?
しかも、課長って誰の事ですか?
庶務課に行って名刺と名札を貰えと言われ来たら、とんでも無い事を言われてますけど、どういう事でしょうか・・?
頭が追い付いていないのに、どんどん話が進む。しかも、忙しいのか、説明する口調がダルそうなのだ。
「3階の倉庫の隣に再生課があります。場所が分からないなら、案内しましょうか?」
言葉が出ずに、どうしようと焦っていたが、忙しそうなお嬢さんに、お手間を取らせては申し訳ない。
彼女の言葉に戸惑っていたが、ここまで来たならば、腹をくくろう。
「いいえ、結構です。充分に理解しました。ありがとう。貴女は貴女の時間を有効にお使いください」
私が一礼をして顔を上げると、彼女は「出すぎた真似を、致しました。申し訳ございません」
とブンブン頭を下げる。
あっ、言葉を間違えたようだ。ここはもう取り返しが付かない。ここでもう一度私の今の気持ちを説明しようとすると、さらにドツボに嵌まる事を散々繰り返してきた。
彼女が私に会ったせいで、仕事を辞めたくなったらどうしようと、一目散に逃げた。
3回倉庫の横・・つまりここですね。
なぜか課名はプレートではなく、紙で、手書きで「再生課」とかかれている。
緊張していたが、ここは元気よく入る方が、ファーストタッチとしては良いかも知れない。
私は、今日のために考えた第一声を頭に復唱する。
うん、いける。ドアの前で、口角を上げて笑顔をつくる。
バッっとドアを開けて、元気に笑顔で。。。
しまった、台詞が脳内でかくれんぼを始めた。
見つからない・・・
「おはようございます。城山仁美と申します。今日から皆さんと一緒に会社の経営方針に沿った中で(気を楽に楽しく)皆さんの希望が叶うように考えて行きましょう」
ニヤリと微笑む。
再生課の中に6人いたが、挨拶終了後に、洩れなく「ヒィィ!」
と声がした。
「・・・コホン、私の席はどこでしょうか」
固まっていた1人の女性社員が、慌てて一角を指し示す。
「私は秘書の駒田です。今日から城山課長の下で働かせて頂きます。どうぞよろしくお願いします」
小柄な可愛い女性だわ。彼女に促されて、硝子のパーテーションで仕切られた個室に入る。
「なにか用事があれば、私は部屋のまえに座っているので声をかけてください。内線1779でも繋がります」と電話を指した。
彼女が部屋を出ていくと、ため息を付いて椅子にすわった。
20数年振りの会社というのに、この部屋は一体なんだ。
ガラス張りの個室に大きなデスク。4人掛けのソファー。おまけに部屋の前には秘書までいる。
急に手が震えてくる。
ハッと外を見ると、秘書の駒田さん以外が集まってこちらを見ている。
私が怖いのだろうか。彼らの為にもブラインドを下げておこう。
スルスルスルッと、緑のブラインドを下げると、力が抜けた。
「おい、とうとうラスボスみたいなのが、登場したな」
「会社も私達を辞めさすのに、必死だと言う事でしょうか?」
「先ほどの挨拶は、会社の経営方針に従って、私達の希望通りの退職を考えると言う事ですよね」
「庶務課のあの女子も震え上がったと聞いています。先日辞めていったあのおじさん部長などはザコキャラでしかなかったのですね」
等々、このように言われていた事を知らずに私はブラインドの中で震えながら、この状況をどう乗り切ろうかと考えていた。
先ず、皆さんと仲良くなるには、皆さんの事を、良く理解する必要があると思い、皆さんのファイルを読む事にしました。
秘書の駒田さんのファイル・・
駒田明美33歳
専務の秘書をしていたが、3歳の息子さんのからだが弱く度々の早退で再生課へ・・
息子さんが体が弱いなんて、どんなに心配でしょう。それなのに再生課に送るなんて、どんなに非道な専務なの。こんなおっさんは子育てもろくに手伝ったことがないのよ。
あーイラつくわ。次の方を読みましょう。
元・開発営業1課、大俵悟さんのファイル・・
大俵悟24歳
明るい性格だったが、営業1課長の吉野正一と営業の仕方で反りが合わず、とうとう大暴れ・・そして、再生課へ
なるほど、元々明るい子だったのね。小言も言われ過ぎたらストレス溜まるわよ。若い子はおおらかに見て上げなさいよ。
さあ次は・・
元・仲介営業2課、式森加音さんのファイル・・
式森加音26歳
営業課長のセクハラに耐えられず、退職届を提出するも、なぜか再生課へ・・
・・・なななんですって!!
セクハラなんて以ての外な行為じゃありませんか。なぜ苦しんでいる彼女が再生課に・・来るのなら営業部長だろうがぁぁぁぁ!
バァーんと机を叩き、立ち上がってしまいました・・
外の皆さんは今の音、ビックリされてないかしら?
ゆっくりブラインドを回転させて外を見ると、やはりビックリしている皆さんと目が合いました。
アッ、彼女は式森さんね。
あなたの苦しみの元になった営業部長とやらを私は許しませんよ。そう心に誓って頷く。
そして、再び、ファイルに目を通し出す。
元・設計部、有野匠さんのファイル・・
有野匠30歳
自分のこだわりが強すぎて、お客様との意見が合わず、再生課へ
どんな設計をされたのかしら。
・・・確かにお客様の意見とは寄り添っていないわね。
まぁ、次の方を見ましょう。
元・会計課、高橋綾さんのファイル・・
高橋綾32歳
彼女が認めない交際費は1円も受け付けない姿勢に、営業からクレームが来て再生課へ・・
なんて素晴らしいの。彼女に私の家計簿を任せたら、きっと黒字になるわね。
それにしても、また営業部絡みか・・
拳を握って、机にと思ったら、ブラインドが開いてて、丸見えだったわ。
最後は和泉さん・・・
あら、何の情報も書いてないわ。
年齢が高めのおじいさん?おじさん?である事は確かだけど・・なぜ、再生課にいらっしゃられるのかわかりませんね・・・
元気なお母さんが主人公です。仁美の頑張りを気に入ってくれたら嬉しいです。
『信長の妹 お市様は異世界に召喚される』
『壁の向こうに捕らわれの異世界の美少年が』
上記作品も読んで頂けたら幸いです。
衣裕生