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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第一章 ひとりめ
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02翡翠の空、紫苑の夜(上)


   ―――カロン、カララン、



 遠くから獣除けの鳴子が響いてきたのと、大きな樹木のてっぺんが見えてきたのは、ほとんど同じタイミングだった。

 前方に、大樹に寄り添うような村がある。

 草原の中にポツンと一本だけ生えた木、というシチュエーションに似つかわしくないほどに、どっしりと存在感のある樹木であることは、遠くからでもわかった。

 周囲に点在する家屋に目を向けてみるが、村か集落かの判断が難しいほどに、とにかく開放感に長けた外観だった。


 ぐるりを見渡しても、塀というにはあまりに粗末な蔦ロープ数本で囲ってあるだけで、全方位が村の入り口、と解釈してもお咎め無しだろう。

 ロープにはララ木材でできた鳴子が何個も吊るしてあり、風に揺れて心地よい音を立てている。


 ララの木はよく楽器に使われる樹木で、どこか懐かしい音色が広く好まれているだけでなく、何故か獣が近寄ってこないことからも、いくつかの神話の題材にされている霊樹だ。

 一目で、この村の名産がそれであるとわかる光景だった。


 絵画の一枚になるかのような、神秘性すら感じる光景に、青年は思わず歩みを止めた。

 悩むように、こめかみに手を当てて、唸り声をあげる。


「ウーーーーーン、…と、これは…。ウツクシイ、ステキ、キレイ、実目麗しい…は違うか。風光明媚な…?」


「まあ~~ご主人サマったら、毎日この愛らしい神秘に触れておきながら~~、この程度のことで足を止めるのですか~~? 感動屋さんなんですから~~」


 遠目から見れば、そこには青年一人しか見当たらないはずなのに、鈴の音のような可愛らしい声が響いた。

 青年は、我に返ったかのように、ぼんやりとしていた思考を戻す。


「そうだ、シンピだね、神秘的だ。いつまでも見ていたいような…?」


「まだ記憶がぼんやりとしているのですか~~? 誰も聞いていないのに、感想なんて吟味する必要ありませんよ~~。まったく、ご主人サマは放っておくと何時間でもぼーっとしてしまいますからね~~、キリキリ歩いてください~~!」


「そうは言うけど、君がせっかちなんだよって見方もあると思わない? 神秘を名乗るんだったら、もうちょっと情緒を感じる努力をしてみても、バチは当たらないんじゃないかなあ」


 その声にせっつかれるかのようにしながら、口をとがらせて、青年は歩き出す。

 しかし、一にも二にも、水の補給が最優先事項なことは確かだ…と、頭の中に残存する知識を、また一つ発掘する。

 蔦ロープの張られていない、おそらく入り口であるだろうと判断できる場所を目指して歩を進めていった。


 村には、見張りの人員も何もなく、拍子抜けするほど簡単に入ることができた。

 青年は、ブツブツと呟きながら歩いて行く。


「ええと…そうだ、アイサツ…。人に出会った時には、挨拶が必要で…? そうだ、挨拶はニンゲンカンケイの潤滑油だから、初対面では特に、ダイジ。で、今は、昼過ぎだから、オハヨウじゃなくて、こんにちは…こんばんは?」


 自分の中の記憶…というか知識を、手探りのように探しながら、呟きを続ける。

 その様子に、青年の胸ポケットの中から、小さなため息が聞こえた。


 しかし、あまり人気のない村だ。

 ひょっとしたら、見張りが居ないのではなく、そこに割く人員すら確保できないのだろうか。

 そんなことを思いながら、井戸を求めて彷徨っていたところ、かすかな違和感を覚え、青年は周囲を見渡す。


「どーーんっ!」


 という快活な声がしたと同時に、いきなり、背中に何かが突進してきた。

 いや、背中というよりも、尻と言った方が正しい。

 あまりに唐突な出来事に、青年は悲鳴も上げられず、つんのめったようにたたらを踏んだ。


「……っ、び…っくりした、なに…?」


「おにいちゃん、旅のひと?」


 振り向くと、紐で閉じた紙束を抱きかかえている、小さな女の子がいた。

 悪戯が成功したとでも言いたげな顔で、くすくすと笑っている。


「あ……と…こんにちは…」


 そう答えてから、ワンテンポ遅れて、これは質問の答えではない、と気づいた。


「じゃなくて、そう、正解、タビノヒト。よく知っていたね?」


 微笑みながら付け足すようにして、青年は答えた。

 その笑顔に安心したのだろうか、女の子はなつっこく笑い返してくると、聞きたいことや話したいことがたくさんあるような、しかしどう口火を切っていいかをもどかしむような表情で寄ってきた。

 そんな様子を微笑ましく見ながら、青年は質問を重ねる。


「それで、タビノヒトは、井戸を探しているんだけど、場所はわかる?」


 女の子の顔を覗き込むと、彼女は大きく一度の瞬きをした後、頷いて小走りに駆け出す。

 表情はとても明るかった。


「うん、わかるよ! こっち!」


 ありがたく小さな案内人についていきながら、青年は物珍しげに村のつくりを見渡す。

 下手をするとまたブツブツと呟きそうになるのを抑え込んでいると、女の子はようやく質問の言葉が見つかったようだった。


「おにいちゃんは、井戸を探す旅をしているの?」


 前に視線を戻すと、ちょうど井戸端に着いたところだった。

 女の子は、気を利かせて、ロープのついた桶を差し出してくる。


「ううん、違うんだ」


 桶を受け取りながら、青年は、話したものかどうか、悩むような一呼吸を置いた。


「モノノリュウを探して旅をしているよ」


「モノノリュー?」


 首をかたむける女の子へ向けて、作業のついでのように話し始める。


「うん、そう。…ううん、違うな、場所はなんとなくわかるから、探してはいないのかもしれない」


「…うーん?」


「方角だけわかっていて、それで途中に村があったから、寄ってみたんだ」


 女の子はしばらく言葉を探すような間をあけてから、満面の笑みを向けてきた。


「そっか、ようこそ!」


 つられるように、青年の顔が緩む。


「うん、お邪魔してます。……絵を描くのが好きなの?」


 皮袋に水を流し入れ、口を紐で閉じると腰元に戻す。

 手慣れた所作の合間に、青年は、彼女の手元へ目をやった。

 大事そうに抱えた紙束から、ちらりと絵が覗いていた。


「見る?」


 女の子は、自慢げに紙束を突き出してくる。

 「ありがとう」、と言いながら拝借し、ページを開いた。


「へえ…」


 予想に反して、絵を描き込んでいるページは少ない。

 小さい子は人物画ばかり描くと思っていたのだが、ちゃんと花や木などの背景ものびのびと描かれている。

 目の前の女の子によく似た女の子が、何ページにもわたって、絵の中で表情のない顔を見せている。

 笑顔の描かれたページは、ひとつもなかった。


 絵の中の方でない女の子はといえば、どのページを見ているかを確かめるようにぴょんぴょんと飛び跳ねて、紙束を覗き込んできていた。


「自分のこと、よく描けてるね」


 青年はそう言いながら片膝をつき、かがんで絵を見る姿勢に変えてやりながら、女の子の顔を窺う。

 だが、彼女は否定の形に首を振った。


「ちがうよ、これ、ティル!」


「ティル……、おねえちゃんかな?」


 青年の問いに、今度は否定の仕草もなく、女の子は本当に幸せそうな顔をしてくる。


「あのね、だいすきなの!」


「―――何をしておいでじゃ?」


 落ち着いた老人の声音は、会話を遮るような暴力的な乱入者ではない。

 そちらを向くと、白く豊かなひげを蓄えた、日焼けした老人がやってくるところだった。

 青年は、少しだけ緊張した顔をする。

 一度深呼吸をすると、人好きする笑顔を作り、老人の問いに答えた。


「……こんにちは。旅の者です。水を分けてもらっていました」


 青年はすっと立ち上がり、居住まいを正して礼を向ける。

 多くの人が好感を持つような、完璧な所作だった。

 そして老人も、その好感を持つ側の人種だったらしい。


「それはそれは…。なんもない村じゃが、どうぞごゆるりと羽を休めていってくだされ」


 ほがらかな笑みが返ってきた。

 どうやら旅人が訪れるのはよくあることらしい。

 小さな村によくある排他的な歓迎がないことに、青年は内心でホっとした。


「…のどかでいい村ですね。盗賊の類が居る場合、もっと守りは頑強になっていたんでしょうから」


 建物のすき間から、外の世界に目を向ける。

 瑠璃色の草原の地平がたやすく見てとれた。


「そうじゃなあ…霊樹の守りがあるためかもしれん。あの音は害獣を追いやるだけでなく、邪な心を祓い清めると信じられておるからなあ。もっとも、ここが辺境に位置することも、彼らが足を運ばない理由になるんじゃろうが…」


 冗談めかして笑いながらも、老人の瞳はどこか誇らしげな光を宿して霊樹を見上げていた。

 その目線が、ふと青年の胸元に向けられる。


「それは、ララの木の?」


 老人の言葉に応えるように、青年は首から下げたオカリナを手に取り、少し掲げるようにして頷いた。


「…ええ。耳朶に優しい音が出るということを除いても、大切なものです」


 青い樹木が多い中で、このオカリナも御多分に漏れず、鮮やかな縹色をしている。


「そうかそうか、大切にされていることが一目でわかる。長年大事にされたものには心が宿る…という話を思い出すほどじゃて。ララの木を愛する者としては、そういった御仁に会えるのは喜ばしい限りじゃ。…あんたがこの村に来たのも何かの縁かもしれんな」


 徐々に周囲の空気がセピア色に変わっていく。

 気が付けば日が暮れかけていて、動かない月が見える時間になっていた。

 空を見上げると、昼の翡翠から夜の紫紺へ、水に絵の具を垂らしたようなマーブル色に、空が混じっていく途中だった。

 夜が来ると、動かない月と、動く月の2つが見えるようになる。

 動かない月は、遠い遠い空の向こうに、ぽつんと寂しそうに浮いている。

 動く月は、夜がどれだけ更けたかを知るための指針の役割を果たしてくれており、今はまだ空の端っこから、チョコリと顔をのぞかせているところだ。


 シャリン、シャリンという音とともに、雲のすき間から、オレンジ色の光が降ってくる。

 夕暮れのごくごく短い間だけ、陽明かりを纏っていた空気の粒から光がはがれ、雪のように落ちてきているのだ。

 明かり雪、という呼び名は、今や世界中で使われているそうだ。


「どうじゃな、日も暮れてきよった。今夜はこの村に滞在してみてはどうじゃろうか。食料の補充も必要じゃろうて」


「えっ、いいんですか?」


 青年が思わず聞き返すと、老人は朗らかに頷いた。


「もちろんじゃて。かくいうわしも、かつてはお前さんのように、各地を旅しておったでな。そしてこの村で歓迎を受け、留まるようになったんじゃよ。いつか受けた恩を、こうして誰かに返せる。これほど幸せなこともない。泊まって行きなされ」


「……ありがとうございます」


「おにいちゃん、まだ居てくれるの?」


 それまで良い子で大人の話を聞いていた女の子が、一礼する青年を、嬉しそうに見上げた。


「…うん、そうなんだ。お言葉に甘えさせてもらおうかなって」


「わあ! 外の世界の話、たくさん聞かせてほしい! うちに泊まっていく?」


 女の子の頬に、喜びの朱が走る。


「いかんいかん、今お前の家ではキサーシャが床に伏しているじゃろう」


 青年が答えを返そうとした瞬間、老人がたしなめるように女の子を諭す。


「元気がないときは安静にしなくてはならん。お客人にはわしの家に泊まって行ってもらおう。明日わしの家まで訪ねておいで。旅の話はそのときたっぷりと聞けばいいからの」


 女の子は大きく一度瞬きし、「わかった!」と頷いた。


「お世話になります。…また明日ね」


 帰路に駆けだす女の子の背に手を振ると、小さな手が大きく振りかえされた。

 長く伸びた影法師が、日が暮れきると同時に消えていくのを見送ると、老人の方に向き直る。

 年の功とでもいうのだろう。こちらの質問を察しているかのように、老人は口を開いた。


「キサーシャというのはあの子の叔母じゃ。ティルの両親は定期的にララ樹木の行商に出ておって、叔母にあの子を預けて行っとる。10歳になったとはいえ、さすがに子供を連れ歩くには危険じゃからの」


「…彼女のおばさん、何か重い病気なんですか?」


「いやいや、ここ数日調子が悪いと言っとるだけじゃて。快活な女性でな、寝ていれば治ると笑っておったよ」


 老人の癖なのか、蓄えたひげを大事そうに撫でている。


「ティルは絵が好きなおとなしい子だったんじゃが、最近では叔母の快活さが移ったのか、前よりも笑顔が増えたように思えてなあ…」


「…ティルというのは…?」


 青年の問いかけに、老人は驚いたようにこちらを見る。


「ははあ、さては自己紹介もまだじゃったか。先ほどの子がティル…ティリアラじゃよ。残念ながら、あの年頃の子供はこの村ではあの子だけじゃ。子供が増えればこの村ももう少し活気づくんじゃがなあ…」


「……、……そうなんですか」


 女の子が向かった方角を見ると、空には動く月が、ようやく完全に顔を出したところだった。

 明かり雪も地面に消えて、辺りにはもう、紫紺色の夜が、液体のように充満していた。



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 簡素な夕食をごちそうになり、お湯をいただき、あとは宛がわれた客室のベッドで寝るだけだ。

 どうやら老人はこの村の長老株であったらしく、家はとても広いものだった。


 青年は、ベッドの上に座り込んだまま、ぼんやりと窓からの景色を眺めている。


「まさかタダでここまでして貰えるなんて、豊かな村なんだなあ…。自分にオカネ…金銭? の持ち合わせがなかったことに気づいたときは、ビックリしたよ」


 2つの月を眺めながら、青年はしみじみと呟いた。


「まったく、ご主人サマはぼんやりさんなんですから~~、って、リルちゃん、これが口癖になりそうで怖いです~~っ」


 その月を塞ぐように、青年の前に、ツツジ色の妖精が、ひらりと羽を広げた。

 綿菓子のようなふわふわした長い髪を有する、手のひらサイズの妖精だ。

 軽く叱るような動きで、腰に手を当てている。


 しかし青年は、自慢げな表情を浮かべた。


「でも、僕が爽やかな好青年だったから、すんなりと泊めて貰えたんだと思うんだよね。もはや爽やかという概念の擬人化が僕、と言っても過言じゃないんじゃないかな?」


「まあ~~、ご主人サマったら、ファーストコンタクトがうまく行ったからって調子に乗ってます~~! 言っておきますが、これまでの道中で、リルちゃんがボケボケなご主人サマの話し相手になってあげたから上手く行ったんですよ~~! 記憶がぼんやりしているご主人サマは、もはや他人とのふれあいなんて忘却の彼方だったのですから~~っ」


「…そこは素直に誉めてくれてもいいのになあ…」


 青年は、拗ねたようにそっぽを向いた。

 しかし、何かを思いついたように、視線を戻す。


「でもね、僕の状態はいわば、ええと……粘土みたいなものじゃないかな? あんまり自分を思い出せないってことは、きっとここから、どんな性格にもなっていける」


「何を言っているのかよくわかりませんが~~、前向きであることは理解できるように思います~~。うじうじご主人サマじゃなくてよかったと思うべきでしょうか~~…?」


 妖精は、腕を組んで悩み始めた。

 しかし青年は、別のことで悩んでいたようだった。


「ねえ、そんなことよりさ、この村に入った時、違和感……みたいなものがなかった?」


「そうですね~~、ご主人サマがぼんやりモードから好青年モードに移行した時などは~~、激しく違和感を感じておりました~~っ」


「そうじゃなくって……。なんだろう? 穴、みたいな…。隙間風、みたいな……? 風がスカスカする感じ……?」


 自分で言っていて、よくわからなくなってきたのか、青年は結局首を傾げた。


「ご主人サマにしか感じられない何かがある、ということでしょうか~~? いずれにせよ、旅をしたり、人と話したりすることが、ご主人サマの記憶に対して、よい刺激になっているモノとも思われますから~~、焦らずじっくりと、この村に腰を据えてみてはいかがでしょう~~?」


「ええ? さすがにタダで泊まり続けるわけにはいかないよ、厚意に甘えることと、好意の上に胡坐をかくことは違うんじゃないかな。明日にはこの村を出る予定でいるよ」


「まあ~~、勿体ないです~~、骨までしゃぶりつくす姿もお似合いと思いますよ~~?」


「言い方…!?」


 結局青年は、諦めたように、ベッド横の壁に凭れ込んだ。


「まあ、いっか。確かに君の言うとおりだよ、リルハープ。少しずつ、少しずつだけど…思い出せている気がするんだ。人とのかかわり方。挨拶があって、敬意があって、そして何より笑顔があって」


 妖精は、少し困ったような顔をした。


「リルちゃんとしては、人間よりも、妖精の敬い方を知って行ってほしい気分ですが~~。しかし、考え事はほどほどにするのが吉ですよ~~、そろそろお眠りにならないと~~! ご主人サマはぼんやりさんなんですから、放っておくといつまでも起きていそうで心配です~~」


 繊細な羽をひらりと動かして、妖精はベッドの枕元に降り立った。

 そして、促すように青年を見上げる。


「そう…だね。それじゃ、おやすみ、リルハープ」


 青年は片膝を立てて、壁に凭れたまま目を閉じる。


「………お待ちください~~!? 横にはならないのですか~~?」


 じっと見守っていた妖精は、焦ったように手をバタつかせた。

 青年は、パチリと目を開ける。


「ヨコ? ヨコって、たてよこの、横…だよね? どうして?」


「どうしてって、その方が体が休まるからですよ~~っ」


「ええ? そんな、死んだ魚じゃあるまいし…。大体、君と初めて会った森でだって、僕はこうして木に凭れて眠ったじゃないか」


「それは野営だからそうなっただけで、ここはもう人間のテリトリーですよ~~! まったくご主人サマは、寝方を忘れるだなんて、ぼんやりにも程があります~~! ご家族と一緒に眠ったり…などはなかったのですか~~?」


「かぞく……」


 青年は、驚いたように言葉を繰り返した。

 そして、こめかみに手を当てる。


「そう…だったね。姉さんは、そういえば、ヨコになっていた。どうして忘れていたんだろう…? 死んだ魚はすんなり思い出せたのに」


「せっかくスルーしたのに、なぜ敢えてそこを掘り返したのですか~~!?」


 妖精の抗議など気にも留めずに、青年はごろりと横になった。


「こう…だよね、あってる?」


 視線をやると、枕元の妖精の顔が、すぐ近くにある。

 彼女は、少しだけくすぐったそうな顔をした。


「そんなことを聞かれたのは、生まれて初めてです~~。ご主人サマったら、本当にリルちゃんが居ないとダメダメなんですからね~~っ」


 そう言いながら、妖精はうつぶせになるように、ころりと丸くなる。

 どうしてうつぶせなんだろう、と不思議に思ったが、背にある羽の存在を思い出すと、納得できた。

 青年がそんなことを思っている間にも、妖精はすうすうと寝息を立てる。

 よほど疲れていたのだろう。


 無理もない。

 たまたま通りかかった森で、蜘蛛の巣に引っかかっていた彼女を助けただけの関係だ。

 そんな、ほとんど初対面の自分と、慣れない外の世界に旅だったのだ。

 心の疲労感はかなりのものだろう。


 このリルハープという妖精は、愛らしい見た目に反して、かなり強情だった。

 助けたと言っても、そんなに苦労をしたわけでもないし、一人でも大丈夫だとは散々伝えたのだが、絶対に恩返しをすると言って譲らなかったのだ。


 たった数日一緒に居ただけだが、口は悪いが世話焼きで優しい女の子、という印象だ。

 なんだかんだで、随分と助けられている気がする。

 口は悪いけど。


 そんなことを思いながら、妖精の寝顔を、気の済むまで眺めていた。

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