01通り過ぎた人々 その1
【ユディエル・ノガード】
身長は高すぎず低すぎない、男性の平均身長ジャスト。
本当は左利きだったが、それすらもわかっていなかったため、生活していくにつれて両利きになっていった。
姉は人形であるキオを肌身離さず持ち歩いており、モノガリの修行も、里の人たちとの交流も、常に姉と一緒に行っている気になっていた。
モノガリの隠れ里の住民は、すべて音の精霊の祝福を受けていた。
それらすべての力を吸収したユディは、強大な一つの祝福の力を持つに至る。
自我が備わった時に、ユディ自身にも精霊から受けた祝福が加算されたせいもあるのだろう。
混濁した記憶の中で、「故郷に伝わる音楽」と「青い空の世界の音楽」がごっちゃになっており、モノガリの隠れ里に伝わる音楽は、全然別物。
音の祝福の使い方は独特で、主旋律である根幹の言葉と、特に意味のない副旋律の言葉を重ねて、言葉という音符をちりばめていく。
音精霊は、他の精霊に響かせるように働きかけることで、身体強化は増進の精霊、治癒の力は命の精霊の力、など、それぞれの力を使いこなすことができる。
だが、例えば命の精霊の祝福を受けた人が、1の力で同じ能力を使えるのに対して、ユディは10の力を使用して使わなければならず、とても万能とは言えないほどに燃費が悪い。
本人は気づいていないが、受肉を果たした際に森をうろついたのは、数日ではなく、数年。
リルハープに出会わなければ、あてどなく何十年も迷い続けていただろう。
受肉を果たしたために、人間の肉体の部分も有しており、それがある程度の睡眠を必要とする。
食事をとらずとも死ぬことはないが、精霊の祝福を使った後などはエネルギー切れとなるため、やはり少しは燃料が必要。
まだ自己形成が覚束ない時期に読んだ『フェンネル英雄譚』の影響を強く受けており、「そうなのかい?」などの気取った喋り方をするときは、勇者フェンネルを意識している。
しかし余裕がないときには、すぐにメッキが剥がれてしまうのは、後天性であるがゆえ。
彼が流れる時間を明確に意識したのは、リコリネとの合流を待ち望む期間だけ。
リコリネと共に過ごしている間は、いつも通り目の前しか見ていなかった。
すべてが終わった時、彼は妖精にこう話しかける。
「リルって、いつの段階から僕が人間じゃないって気づいてた?」
妖精は、フンと鼻を鳴らした。
「バカね、リルとずっと一緒だったでしょ! リルがずっと胸ポケットに居るってどういう意味か、わかる?」
「…??」
「トイレに全然いかないじゃない! そりゃバレバレだったわよ! リコリネは、自分が席を立った時に用を済ませてるものだと思ってたらしいけどね! 人間同士でも、四六時中一緒に居るってわけじゃないのは助かったわね」
「あ、そうか!?」
「次からはトイレに行きたくなったら言ってよね、リルは席を外してあげるから!」
初トイレはどうなるものかと思ったが、やはり細胞の隅々にまで染みわたっている、モノガリの隠れ里の住民の記憶があったので、事なきを得た。
ちなみに人間になった後は、背が伸び始めた。
それにいち早く気付いたのはアイネクライネで、キオはついニヤけてしまうのを抑えられなかったという。
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【ユディアール・ノガード】
ユディエルと同じ身長、同じ体型。
その家は、街道にぽつんと立つ、大きな宿屋だった。
一族経営のそこは、大家族が経営している。
祖父、祖母、父、母、叔父、叔母、従姉、姉、姉、姉。
そして、赤ちゃんが生まれた。
待望の男の子だった。
一家は目に入れても痛くないほどにその赤子をたいそう可愛がり、チャリストアと名付けた。
絵を描くのが趣味の姉が、チャリストアが成長したらこんなふうになるだろう、と想像し、その絵を壁に飾るほどに舞い上がっていた。
チャリストアにはたくさんのオモチャが与えられた。
が、チャリストアが気に入ったオモチャは、たった一つ。
赤子はそのオモチャを肌身離さず持ち歩き、時にはヨダレでべとべとにしたり、壁に叩きつけたりしながらも、彼なりに大事に扱っていた。
そして、竜の夢が訪れる。
モノノリュウの右腕を媒介にした、特別な力を持つ竜の夢。
チャリストアのオモチャは、渇望のまま、肉体を欲した。
「大好きなチャリスを撫でてあげたい! 全部の力で守ってあげたい! そのために、たくさんたくさん強くなりたい!」
結果的に、オモチャはその夜、大家族全てと、ちょうど宿泊していた旅人を使って受肉を果たした。
嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、満面の笑顔でベビーベッドに目を向ける。
ベッドはもぬけの殻だった。
不思議そうに首を傾げる。
自分が何をしてしまったかを理解するまでに、かなりの時間を要した。
鏡を見ると、彼の姿は、壁に飾られた絵にそっくりだった。
全てを理解した時、自らの行いに耐えきれずに、彼は自身の記憶を封じてその場をふらりと歩き出す。
旅の中で名前を聞かれた時、自然と名乗ったのが、ユディアールという名だった。
ユディアールは、異常なまでに勘が良かった。
行ってはダメな方角がわかるどころか、自分の中にある能力も、あいまいな記憶に頼らずとも、すべてに理解が行き渡る。
自分は人とは違う。
なぜか、十五人分の精霊の祝福の力がある。
場の状況に応じて、様々な種類の祝福を使い分けながら、旅を続けた。
一ヵ所に長く留まっていてはヤバい、と、自分の勘が告げている。
旅は十数年にも渡り、まったく年を取らない自分が人間ではないことも、自然と理解した。
旅の途中、別々の場所で、アーシェと名乗る男たちに出会う。
一人はおどおどしていて警戒心も強く、よほど辛い目にあったと窺い知れたため、そっとしておく。
一人は理知的で堅苦しく、苦手なタイプだったので、多少会話しただけですぐに別れた。
なんとなく、気になる二人だったな…という印象でしかなかった。
何の目標もない、気の向くままの無為な旅を淡々と続けて、人生を消費し続ける。
自分は今、何かから逃げ続けている、という自覚はあった。
深い人付き合いからも逃げ続けてきたため、過ごしてきた年月のわりに、心は成長しないまま。
シグナディルと出会ったのは、そんな折。
最初は軽い気持ちだった。
賞金首の貼られた掲示板を眺めている彼に近寄り、いつものようににこやかに話しかけ、一度だけコンビを組まないかと持ちかける。
いつもは胡散臭そうな目を向けられていたものだが、その時は違った。
シグナディルは、戸惑いがちながらも、こちらからの質問になんでも答えてくる。
不用心なヤツ…と思った。
シグナディルの受けた精霊の祝福を聞くと、「オレも増進の精霊なんだよ、これって運命的だよね!」と、その日からは増進の祝福だけを使うことにする。
シグナディルは、「そうか」と言って、笑った。
たったそれだけの出会いだった。
最終的に、無意識のうちで彼の心は次のような結論を出す。
「今まで失ってきたものが形を成すとすれば、それはシグナディルの形をしているんだろうな」と。
それほどまでに、シグナディルの中には、かけがえのない何かが詰まっていると感じていた。
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【モノノリュウ】
精神体の大精霊が物質世界に置いた、世界を守るバランサー的な存在。
肉体ではなく、無機物の身体を持っているため、ほとんど永遠を生きられる。
モノノリュウの目的は三つあった。
ひとつは、自分を滅ぼしてくれる存在を作り出すこと。
ひとつは、自分が滅されやすいように、ある程度の弱体化をすること。
そのための結論として、自分のパーツを削ぎ、分散した自分の力を媒介に、物借りを生み出すという結論に至る。
最後のひとつは、意図的に転換点を作り出すこと。
精霊の祝福を多く与えられた人間は、その時代の行く末を左右するほどの影響力を持つ。
その仕組みを理解していた竜は、受肉というシステムで、少なくとも二人分以上の精霊の祝福を持つ存在を生み出すことにした。
作業は一瞬でできるわけではない。
長い時間をかけ、最初に使ったのは右足。
次に左足。
次に右腕、最後に左腕。
常にタマシイたちに寄り添い続けているため、宙に浮いている竜は、四肢がなくとも支障はなかった。
少しでも竜に辿り着く確率を上げるため、同じ条件下ではなく、違う条件で受肉が行われるように、世界を探りながらの作業だったので、物借りを生み出す間隔は、かなりの間が空いている。
最初に戻ってきた右足のアーシェムは、受肉のために使用した人間が単体であったため、意識が混ざらず、自分の正体も、使命も覚えていた。
しかし、混じり物がほとんどない状態が、思わぬ方向に作用した。
当時はまだ、人々が精霊の祝福を受ける量が、ユディの時代ほど減ってはいなかった。
そのため、本能的に「異質さ」を感じ取る人間が多く居た。
特に、知覚の精霊エティナイの祝福を受けた者には、アーシェムが、世界から浮いたように見えると克明に感じ取った。
結果的に、それがアーシェムが迫害される一因となった。
人間たちの闇に絶望し、アーシェムは自らモノノリュウに命を差し出すと告げる。
竜は彼の境遇に心を痛め、一息に命を飲み込んだ。
それが、なけなしの理性へのトドメとなる。
モノノリュウの内には、もはや怒りや憎しみを抑え込む力は失せ、暴れ狂う暴竜となる。
その最初の犠牲になったのは、左足のアーシェイチだった。
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【マサカリのリコリネ(初代)】
享年二十六歳。
中身は、ユディより身長が少し低い程度で、女性の中では高い方。
しかし全身鎧の分を含めると、かなりの身長になるので、よく男と間違われる。
ちゃんとした騎士修業をしたわけではなく、物語などを広く読み漁って騎士の真似事をしているだけなので、自分が歩んでいるのが騎士道ではなく、武士道であることに気づいていない。
リコリネは幼い頃から、なんとなく自分をグラスに例えていた。
そのグラスに注がれた精霊の祝福が、溢れて零れ落ちるほどに潤沢だったからだ。
そのため、意識せずとも力の精霊の奇跡を身にまとってしまい、コントロールに苦心していた。
本人は気づいていないが、転換点のうちの一人であるのは間違いなかった。
ユディと過ごした時間は、約三年程度。
山菜の村でユディが人間ではないと知った後から、最悪の事態にそなえ、意図的にフルフェイスを脱がずに過ごす。
その時点でリコリネが想定した最悪は、自分だけが老いて、ユディの旅についていけなくなる事態だった。
皮肉なことに、リコリネが家族の愛情を真に理解したのは、ガッディーロ家に帰ってきた後だった。
感情をコントロールできる貴族であるはずの家族が、みんな自分の状況に涙している。
最初は意外だという感想を抱いたが、よくよく考えてみると、自分は今まで、家族の愛情に目を向けてきていなかっただけだと知る。
それほどまでに、祝福の力を制御することに気を取られてしまっていた。
日々、衰えていく中で、リコリネは必ず、長い瞑想をする時間を持ち続ける。
そしてユディを大事に思う気持ちが、醜い執着となっていないかどうか…を、特に念入りに見直し続けた。
気持ちを濁らせたくなかったからだ。
しかし、できることがどんどんと少なくなっていく日々は、とてもみじめで、彼女の心を次第に疲弊させていく。
送り出した『リコリネ』からの報告の手紙や日記は、楽しみであると同時に、ユディの隣に居るのが自分ではないという事実を突き付けられたようで、やはり辛かった。
そんな時だった。
リコリネの元へ、騎士王がやってきたのは。
→<別記:リコリネと騎士王>
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【大鎚のリコリネ(二代目)】
本名コニー。
享年二十一歳。
ユディと過ごした時間は、約三年程度。
祝福の量は、そこそこ多め。
リコリネとの売買契約が成立した際、売り手側が、コニーがリコリネに逆らわないように、誓約の祝福を使おうとしたが、リコリネはこれを固辞する。
完璧主義なところがあり、本物のリコリネよりも背が低く、体型も貧弱であるのをかなり気にしている。
原因は、奴隷時代に満足な食事を与えられなかった部分にあると思っている。
オーダーメイドの全身鎧は、足元の部分が少し上げ底になっている。
コニーは厳密に声色を変えているわけではなく、リコリネの話し方の癖や特徴をトレースしている。
例えば無線電話での通話は、本人の声に近い合成音声が使われており、本人が喋っているわけではない、というのは有名な話だが、話し方の癖や特徴から、相手は本人であると判断する。
それと同じで、ユディは特に違和感を感じなかったし、そもそも最初から疑っていなかった。
フルフェイスの中でのみ喋るようにしていたのも、違和感を感じさせなかった一因だろう。
コニーはユディと合流後、必要以上に大陸情報倶楽部に興味があるそぶりを見せ、『リコリネ』だけがタイジョウを利用する状況を意図的に作った。
ユディが、世間との時間のズレを認識することを阻む理由だったが、9割方は本当に興味があったので、演技ではない。
自分の出自には一切の興味がないため、リコリネに買われて以後の時間だけが、彼女のすべてだった。
唯一持った奴隷解放という欲も、自分のためではない。
だからこそ、命を張れたのだろう。
→<別記:闘技の街の決戦>
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【メイスのリコリネ(三代目)】
本名ティセア。
ユディと過ごした時間は、約三年程度。
幼い頃に飢え死にしかけたトラウマから、かなりの食いしん坊。
祝福の量は若干少なめであるため、力の祝福の維持のためにたくさん食べなければならないのは、むしろ幸運だと思っている。
不夜の街では、ついに自分の代で悲願を果たせるかと、胸を震わせていた。
しかし、天啓が来た後の脱走劇で、その気持ちは落胆に変わる。
そろそろ交代の時期が近づいていたからだ。
だが、閃の大陸から逃げ出す船の中で、ティセアは自分が安堵していることに気が付いた。
そんなはずはない、と思いながら、必死に自分の気持ちを確かめる。
ティセアは、怯えていた。
閃の大陸に滞在していると、天啓の量が今までとは段違いだった。
そして、不夜の街での天啓が来た時。
まるで、自分の首から上が丸ごと据え変わっていき、自分というものが失われてしまうのではないか、という恐怖が訪れていたと、今更気が付いた。
ユディは、自分の怯えを慎重に見抜いていたのだ…と気が付いた時、何故か笑いが込み上がってきた。
船室で、笑いながら泣いた。
酵母の村から、全てが終わった旨がつづられた手紙が届いた時、彼女は荷造りを始める。
ユディに会いたくなかったからだ。
ユディと別れてから経過していた十年が、ひたすらに辛かった。
あの頃のままのユディに、年が離れてしまった自分を見られたくなかった。
すべてを理解したファウラサは、金貨の入った袋を無理やり持たせ、ティセアが出ていくのをただ見送る。
キオが命の家を訪れた時、ファウラサは静かに、預かっていた手紙を渡した。
真っ先に「探しに行こう」と言いだしたキオに、妖精のリルは「女心がわかってないわね!」とかんかんに怒るのだった。
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【モーニングスターのリコリネ(四代目)】
本名セリスズナ。
流通都市で生まれる。
享年二十四歳。
流通都市では、裏でひっそりと悪い商売が横行していた。
荒れた家や、酒浸りの人間の素性を調べ上げ、その家に幼い子供がいるかどうかを確認する。
どの精霊の祝福を受けたかがわかる前の子供のほうが、安く買い取れるからだ。
そして家庭が困窮しているとわかるや否や、人買いがその家を訪れる。
セリスズナの父は酒飲みで、よく暴力を振るった。
物心ついた時、母は子を置いてすでに逃げ出していた。
人買いが家を訪れた時、父はさっさと子を売り払う。
連れていかれた闘技の街で、力の精霊の祝福を受けたことを告げ、舌打ちをされながらも読み書きなどの教育を受けていく。
もうじき十五になるところで、二代目リコリネのコニーが闘技の街を滅ぼし、奴隷だったセリスズナを解放した。
命の家に引き取られたセリスズナは、帰る家がないと告げ、そのままそこに住まい、『リコリネ』になる依頼が来た時も、二つ返事で引き受けた。
コニーに救われた時、純粋に圧殺鎧鬼という存在に憧れたからだ。
本物のリコリネに会ったのは、一度きりだった。
リコリネはベッドの上で、申し訳なさそうにしている人…という印象だ。
生きているのが不思議なくらい、ずいぶんとやつれていて、セリスズナは自然と、守ってあげたい、助けになりたい…と思った。
そんな感情が自分の中にあるのは、驚きだった。
ほどなくしてリコリネは命を落とし、本物を知る最後の『リコリネ』となったことを、心の内では誇りに思っている。
まともな教育を受けていくにつれ、自分の中にある感情に気が付いた。
それは、獰猛な怒りだった。
戦いは楽しい。
怒りを晴らせるからだ。
だが、怒りが散った後に来る後悔も、やはり大きかった。
暴力を振るっていたあの父と、同じ血を引いているのだと、嫌が応にも理解する。
自己嫌悪が募っていく。
自分がどんなに汚い生き物なのかを思い知る。
暴力を振るわれたトラウマから、少し男性恐怖症があったので、合流したユディの見た目がそれほど男性っぽくなくて安心していた。
『だめだめリコリネ。不必要に相手を悪く言ったり、貶めたりするような言葉は、口にしても楽しくないだろう?』
そう言って、優しく叱ってきたユディのその言葉が、どれほど衝撃的だったか。
楽しいか楽しくないかで考えたことなど、一度もなかった。
この人の傍に居れば、自分は浄化されていくのではないかと、心底そう思った。
そんな時、思い出したのは、三代目リコリネが日記につづっていた言葉だ。
『惑わされないでください。本質など、どうでもいいのです。大事なことは、ご自身が、どうしたいか、どうありたいか、どう生きたいか…です』
これは、三代目がユディに向けて言った言葉だが、セリスズナにとっても、この考え方はとても大事な響きをもっていた。
その日から、すぐには変われなかったが、少しずつ、少しずつ、自分の中の怒りが沈静化していくのがわかる。
冷静に向き合ってみると、怒りというのは、なんて非効率的なコミュニケーションなのだろう。
怒らなくても、相手はちゃんと聞いてくれることが多いのに。
連なりの諸島で二年が経過した頃、ティセアから手紙が来た。
どうしても、次のリコリネの候補が見つからないという内容だった。
ミレアノットという女の子がいるにはいるのだが、彼女はまだ幼く、初代からすれば随分と鎧の軽量化は果たされているとはいえ、一日中力の精霊の祝福を使用させるには問題があるという。
三年目に交代ができないという事態も心に留めておいてほしい…と書いてあった。
それを読んだ時、どんなに嬉しかったか。
すぐに返事を書く。
「そもそも、力の精霊の祝福を受けた、身寄りのない、年頃の少女、という条件が難しすぎるというのは十分に理解しています。ユディ様の傍に居ると、とても勉強になりますので、どうか何年でも傍に居させてください」
その手紙を送った時、自分の気持ちに気が付いた。
その後、何度もティセアから交代を促す手紙が来たが、セリスズナは、時には赤裸々に自分の境遇を吐露しながら、何度も延長の依頼を送り続ける。
自分が受けた力の精霊の祝福が、人より少なめであることは、とっくに理解していた。
これ以上この生活を続けて行けば、死が待つということも。
それでも後悔はなかった。
汚い自分に戻りたくなかった。
他者のために命を賭して死んだ、あの日の誇り高い圧殺鎧鬼で居続けたかった。
全てを告げた時、リルハープが自分のために涙してくれたのが嬉しかった。
そして六年目。
限界を感じて交代要請の手紙を送ると、交代要員のミレアノットと、ティセアがわざわざ迎えに来る。
ティセアはすべてを理解して、何も言わずに、ほとんど動けないセリスズナを命の家まで連れ帰った。
任期を終えた褒美は何がいいかと聞かれ、セリスズナが望んだのは、『リコリネ』の日記の貸し出しだった。
彼女は、ベッドの上で毎日、何度も何度も日記を読み続ける。
ユディとの旅が、そこに詰まっていた。
死に顔は安らかだったという。
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【鎖鎌のリコリネ(五代目)】
本名ミレアノット。
身長は、歴代で二位くらいに高い。
ユディと過ごした時間は、約四年程度。
精霊の祝福は、とりたてて多くはなかったが、少なくもなかった。
幼い時から命の家に居たため、修行の時間が多めにとれたことも幸いしたのか、生来の気真面目さもあり、精霊の祝福のコントロールは、歴代で最も優れていた。
早めに四代目との交代があるかもしれないとティセアから言われていたのだが、結局それはなかった。
初代と、二代目と、四代目は命を賭け、三代目は人生を賭けている。
ユディ様とは、それほどまでに魅力的な存在なのだろうか…と気になったのが、最初の印象。
両親からは愛されていたが、父が死に、母一人で子を育てるには難しくなり、このままではミレアノットが栄養失調になると判断した母は、娘を命の家に預け、友人のツテを頼りに他の街に行ってしまった。
その後、音信不通となり、行方不明。
幼いミレアノットには、両親に会えずに寂しいという事実だけしか見えなかった。
そのため、つねに頭の中に浮かぶのは、「なぜ?」という言葉だ。
なぜ、こうなってしまったのか。
どうしたら回避できたのか。
それらすべてに丁寧な回答を用意してくれたのは、師であるライサスライガだった。
学問の楽しみに目覚め、普段からライサスライガの家に遊びに行き、助手のような生活を好んでやっており、水槽の中のギジーともよく話をした。
本物のリコリネには会ったことがないが、ライサスライガからよく話を聞いていたので、とても好感を持っている。
頭で物事を判断する癖がついており、感情論がわからない。
そのため、シュレイザと衝突することがあった。
ユディと過ごすうちに、感情が豊かになる。
すべてが終わった後、ライサスライガの名声と弟子の立場を最大限に利用し、空から動かない月が消えたのは「吉兆」であると広く公言し、世界の混乱を収めた。
すぐにそれを聞きつけた騎士国家から招致がかかり、若き騎士王と七翼の前で、キオの名を伏せながらもすべての事実を披露する。
騎士王はミレアノットの聡明さに何かを感じ取り、王室付きの賢者に勧誘した。
ミレアノットは、それがガッディーロ家とキオの旅の助けになるだろうと判断し、快諾する。
見習い期間を経ずして賢者となった、最初の例となる。
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【金棒のリコリネ(六代目)】
本名アイネクライネ。
目と髪の色のせいで、両親や人々から煙たがられた経験から、かなりの人見知り。
この頃になると、竜の夢は世界に強い影響を与えるほどに染み出しており、黒の民の外見的特徴を持って生まれる子がちらほらと出てき始めていた。
アイネクライネは、そのうちの一人。
命の家での生活には、かなり心を救われていた。
なぜなら、孤児院という性質上、集まってくるのは何らかの事情を抱えた人間ばかり。
その中に居ると、自身の特殊性が薄まって行き、普通で居られる気がした。
硬の港町で、期せずしてユディに出会ってしまい、内心ではかなり焦っていた。
『リコリネ』として社交の手ほどきを受けていたため、とっさに取り繕った反応をしてみせたが、素のアイネクライネは、内気で恥ずかしがり屋。
フルフェイスをつけて他人の振りができるこの状況は、まさに願ったり叶ったりだった。
酵母の村で、ミレアノットがギジーを連れてきたとき、恩師ライサスライガの死を知る。
ミレアノットは、決戦の地にギジーをついて行かせるべきかを迷っているようで、相談に来たのだった。
アイネクライネも迷ったが、ギジーの事情を説明するとなると、どうしてもライサスライガの死をユディに知らせる流れになる。
そのため、よほどのことがない限り、隠しておこうという結論になった。
モノノリュウを倒し終わった後、ユディにすべてを話し、ギジーにはこれからの彼の人生の助けになってもらう予定だった。
ユディの人生は、モノノリュウを倒して終わりではないのだから。
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【リルハープ】
ユディと過ごした時間は、約二十二年程度。
好奇心旺盛で悪戯好き。
恋の話はもっと好き。
その割に若干人見知り。
臆病で泣き虫なところは隠しきれていると信じている。
よく感情などを「におい」と表現しているが、感覚的なもので、実際に何らかの香りがするわけではない。
例えば射手が、飛び道具などを使って遠くから間接的に獣を仕留めたにもかかわらず、「確かな手応えがあった」などと表現する感覚に近い。
妖精の結界を出た時から、少しずつ、タマシイたちが生み出した怒りや憎しみを、精霊ごしに受け取っていた。
妖精は、精霊と人との間を取り持つ性質を持っているので、自然と受ける天啓の量も多く、自分でもわからないレベルでの疲労が蓄積されていっていた。
そのため疲れやすく、言語も現代寄り。
リコリネ達やパメルクルスに、自分の命の使い方をあらかじめ伝え続け、何度も覚悟を上書きした。
彼女たちは何か言いたげだったが、妖精の決意を汲み取って、口をつぐんでくれた。
そんな彼女の最大の悪戯のターゲットは、シュレイザだった。
いつユディの性別をばらすか、に慎重に焦点を当てる。
その時のシュレイザの反応を想像しただけで、くすくすしていた。
だが気が付いた時には、シュレイザがユディに対して取り返しのつかないくらいべろべろになっていて、「ヤバ…」と青褪める。
そして一分間、「どうしよう…」と物凄く真剣に考えた。
一分後。
「ま、いっか」という結論を出し、今日も元気にパタパタと部屋を飛び回っている。




