01プロローグ
宝石を大気に溶かし込んだかのような、澄んだエメラルドグリーンの晴れ空だった。
瑠璃色の草原の端にある、小さな村。
生き物の気配は、一つしかない。
空っぽの村の中に、ぽつりと立つ人影がある。
その人間の頬は、しとどに濡れていた。
それは汗などではなく、涙に他ならないことを自覚しながらも、彼は顔をぬぐうことなく立ち尽くしている。
どうして泣いているのか、いつから泣いているのか、それは定かではないし、どうでもいいことのように思えた。
男と言うにはまだ若い、青年と少年の境をたゆたう顔立ち。
薄茶色の髪は風に遊ばれるまま、肩上をさらさらと行き来している。
隣を過ぎる風の中に、シャラシャラと透徹な音が混じり始めた。
紫紺色の夜の空気が陽明かりで結晶化し、小さな金色の塊になった風の一部が砕けていく音だ。
そうか、もう完全に夜が明けてしまったんだね。と、青年の唇が動いた。
それは夜が明けた時のほんの短い時間にだけ聞ける音で、天からの贈り物とされている。
頭の芯は痺れたように霞がかっているにも関わらず、そういった日常の常識は難なく思い出せることに、青年はつい笑ってしまう。
翡翠色の朝が始まる。
色濃くなりゆく空を見上げる顔には、もう濡れていた名残もなく、とうの昔に乾いていた。