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中の段

 ポリポリ、ポリポリ、ポリポリ……音立て齧る内に、何やら思い出したのだろうか、お兄様!お聞き下さいませ!と、それまでとは、一変をした妹の強気な声。


「お、おう、何でも聞こう」


 気を利かせたしのが、(ささ)の追加を運ぶよう女の童に命じている。用意をしていたのか、直ぐに運ばれてきた。それと共に漬物の盛り合わせも出される。


「お兄様!お漬物は音が出るものですわね、瓜もそう、どんなにお口を閉じていても、ポリポリと!炒り豆もそうですわ!」


「お?う、そうだな」


 私は出されたそれを箸で摘んで齧る。干し大根はボリボリと口の中で音を立てる。閉じていても外には幾ばくか出ているだろう。ゴクリと飲み下しすと、妹に話の先をする様促す。


「ね、音が出るのですわ!それなのに……たら!」


 こうして妹の暴露話が始まった。


 事の起こりは手土産にと初っ端に配った品物だったそうな。少しばかり数を多めに揃えた為、取りこぼしもなく配り終えたのは良かったのだが……それが、かえっていけなかったらしい。


 妹にしてみれば、ほんの挨拶代わりの品、なのですべての者に挨拶をし、自ら手渡したのだが、口やかましい者は、何処にでもいた。


 アレと同じ物をわたくしに!受領の娘だから、少しばかり身分の違いがわからない。


 そう噛みつかれたそうだ。古参女房、一部の身分高き女房達には、私から内々に文と品物を贈っていたのだが、妹と年も変わらぬ、家の格もそう変わらぬ者達には、その様な事はしていない。


 計算高い事!流石は受領の娘でしてよ!ヒソヒソ、ヒソヒソと交わされる陰口が、あちらこちらで、始まったらしい。妹の叡智に惹かれた当主から、見習い期間を置かず、姫の側近くお仕えする事を許された事も嫌う、良い口実になったらしい。


「お兄様!全く……、女の世界とは何なのですの?あの下らない、どっちが上?そんな事は決まっておりますわ!我らがお仕えする姫様が、上ですのに!その後で乳母(めのと)様、古参のお姉さま達でしてよ!」


 書と琴の手に優れ、漢詩にも明るい妹は、学がある年上の女房達や、乳母様のお眼鏡に叶ったらしい。事あるごとに、引き立てられ、お仕えする姫様に気に入られたのは当然なる事。年も近いこともあり、親しく話す間柄になるのに、時間はかからなかった。


「ああ……あそこから退出を余儀なくされた時、一番の心残りは姫様。姫さま、姫様。わたくしが弱かったばかりに、気鬱の病に伏してしまい、悔しくてなりません!」


 無念を滲み出しながらそう話す妹。一気に話したので腹が空いたのか、餅を食べている様子。汁を静かに飲み干し、肉を喰んでいる。


「はあ!美味しゅうございますわ、そうですわ、食べなくてはいけなかったのです!食べることは人間の本質ですもの。なのにわたくしときたら……」


 不甲斐ないにも程があります!と膳の皿を次から次に空にしているのか?今の今までろくに食べなかったのに、一度に喰ろうて、腹は大丈夫なのか?と些か心配になる。


 お付きの女房達もそうなのか、大丈夫でございますか?姫様、と心配そうに声をかけている。


「大丈夫でしてよ!ここには箸の上げ下ろしや、お口を開く大きさや、お漬物を齧る時に、音がしたやら、膳の物を食べ尽くす事に、文句をつける輩はいませんもの!」


 箸の上げ下ろし……口の大きさ、齧る音だと?何なのだ?食べるときにも、何か特別な作法やらがあるのか?ポカンとして、(ささ)を飲む。御簾越しではあるが、怪訝な視線に気がついたのだろう、再び話が始まる。


「ええ!そうですよの、お兄様、女の園にはそういう鬼がいますの、ぱくぱくと食べれば卑しいと言われ、作法がなってないと言われ!才知を見せれば、お仕えする主が去れば、即座に嫌味を言われヒソヒソ話、的となった者の生気を喰らい、人の輪から追い出し、そ奴らは弱りゆく者を眺め、ほくそ笑み、楽しんでおりますのよ!」 


「なんでまた?男社会だと風流を知らぬ、歌も書も楽器一つ操れぬ阿呆は、人の輪の中に入れぬのだか……」 


 逆なのか?私は訳がわからなくなった。酔うてはいない、それどころか頭の中はスッキリとしている。女の園の話をこうも詳しく聞くことは、後にも先にも無いからだ。


「フフフ……、そうです、そう思っておりました。ですからわたくしは、歌を所望されれば即座に、漢詩を問われれば諳んじましたわ、琴も……するとこう言われましたの」


 そう言うと息を整えた後、声音を変えて話す妹。


『なにあれ?自分がお利口さんだと、見せびらかしてるのかしら、受領のお育ちなのに、きっと学がある事を見せつけたいのですわ、それしか立つ道はありませんものね。浅ましいですこと、ほほほほ』


「キイィィ!なんですの!全く腹が立つのです!そして事あるごとに、歌や書では勝てないので、躾や礼儀作法が鄙びた者と言われて……挙げ句の果には、物を食べるのに、その様にお口を大きく開けて、なんとみっともないとか……未だ持ってわたくしは、訳がわかりませんわ!お口を閉じてご飯を食べろと、あの輩はそう仰っしゃりたかったのかしら!」


 鬱々と溜め込んだ澱を全て吐き出し、落ち着いたのか、女房に熱いあまずら湯を入れるよう頼んでいる妹。


「そ、そうか……た、大変だったのだな」


 私はそう言うしかない、それにしても、恐ろしい場所だな……。私は少しばかり考える。父親に密かに頼まれている事があったからだ。


『姫様が、女御として入内するときには、古参はじめ、選び抜いた者達で固めたい故、病が癒えたら戻ってきて欲しいと言われておるのだが……なんとかならないだろうか』


 ふう、甘くて美味しいわ、と湯を上品に啜る妹。いずれは話す事になるだろうし、今なら大丈夫かと、私はその事をありのままに伝えた。


「はい?再びあの中に行けと?お父様は鬼ですの?娘が大変な目に合わされ帰ってきましたのに……」


 その言葉に背筋を正して応える。私は兄として妹には行ってもらいたくない。ようやくこうして話せる事が出来たのだ。母親が早くに亡くなったのがアレなのか、男勝りの妹。屋敷にいる頃は、嫌なことがあっても、塗籠に閉じこもり鬱々と泣いて過ごす事などなかった。


「うん、そうなのだが……、私は行かせたくない、ここで過ごし良い人と、一緒になればいい、しかしこの話は、姫様からなのだ。そなたが恋しい、そう言っておられるとお伝えしてほしいと……。使者殿に重ねて頼まれたと言う事だ」


 私は御簾の前で、手にしていた(かわらけ)を、コトリと床に置いた。


 妹は御簾の向こう側で、手にしていた湯呑みを、コトリと床に置いた。


 しばし……、無言が続いた。そして妹の毅然とした声。


「お兄様、しばらく時をくださいませ、わたくしもやりたい事も、するべく責務も有りました、それを放棄して逃げて来ました。どうするべきか……よく考えてみます」


 パチ!パチパチ……、女の童が大人しくなった火鉢に、新しい炭を置いたらしい、ポッと炎が上がると、にぎやかに火の粉が立ち上がっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 女の園怖ええええ!!!! 男に生まれてよかった……。
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