233.Aランク昇格試験
「い、いやぁ……。そんなに頑張ってもらってなんかわるいねぇ」
「いえ、こういった作業が得意だっただけです。それに早く達成されれば、こちらとしてもありがたいので」
班長改めゾーナさんを見送った後も黙々と作業を進めた結果、カイトさんの笑顔が引き攣るほどの成果をたたき出してしまった。
自分としてはそこまで頑張ったつもりは無かったのだが、カイトさんの想定を超えて作業を進めていたらしい。
……普通に作業する分には苦ではない。図書館ダンジョンは妙な緊張感が続く環境だったから、異様に疲労感がたまっていたのだ。
「うーん。ここまで頑張ってもらっちゃうと、ただ貢献度稼ぎができるってだけだとちょっと報酬が足りないなぁ。かと言って追加報酬に出すものもピンとこない……」
自分が心の中で誰ともわからぬ相手に言い訳をしていると、カイトさんが追加報酬を出そうかと提案された。
「いえ、最初の報酬に納得して参加しているので、特に追加でいただく必要はありません」
実際、予定を超過して時間を奪われた訳ではないので、追加報酬を渡されても気が引ける。
他プレイヤーの進捗状況は不明だが、特別報酬をもらうほどではないはずだ。
「そうかぁ……。それじゃあ、ウイングのクエストで人海戦術が必要な場合はこちらも手伝おう。それならどうだ?」
「……わかりました。それでお願いします」
何かもらうのは気が引けるが、何かしらのクエストを手伝ってもらうくらいなら妥当だろう。
最悪、相談だけでも何かヒントが得られるかもしれない。
カイトさんとは別れた後、マイホームに戻りログアウトした。
≪熟練度が一定に達したため、スキル「気候知識」がレベルアップしました。≫
≪司書のレベルが上がりました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「風土知識」がレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「魔法知識」がレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「掃除」がレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「医療知識」がレベルアップしました。≫
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カイトさんたちのクランクエストに参加して以降は、基本的にトーザさんが用意してくれた攻略チャートの通りにクエストを進めていった。
ただし攻略チャートには、司書ギルドのランクアップを進める為に読む本まで決められていたので、そこはスルーしている。
その読書についてだが、全ての本が集まると謳っていただけあって、飽きることなく楽しむことができる。
一部既存の小説があるものの、これだけの小説を用意した運営に拍手を送りたい。
これだけでもこのゲームを始めた甲斐があったというもの。
ある意味当初の目標は達成したと言っていい。
まぁ、ゲームとしてもしっかり楽しんでいくつもりである。
……………………。
≪司書の目録(上)の記録が一定まで達しました。司書ギルドに提出してください。≫
そんなある日。
ついにというか、ようやくというか……。
久しぶりに司書の目録に関するアナウンスを聞いた。
ひとまず読み終わった小説をもとの場所に戻した俺は、大図書館のカウンターへ向かう。
するとカウンターでぐったりしているトーザさんを発見した。
あれからかなりの時間経過しているから、説教から立ち直っていてもいいはずである。
また何かやらかしたのだろうか?
「あの……。トーザさん?」
あまり関わりたくないが、チェーンクエストの為に進捗を伝えないわけにもいかない。
俺は恐る恐る負のオーラを纏ったトーザさんに声をかける。
トーザさんは自分の名前を呼ばれた事に反応し、ゆっくりとこちらに振り向いた。
声の出所を探すため、ヨロヨロと辺りを見渡したトーザさんは俺の顔を確認すると、素晴らしい笑顔を浮かべて大きく口を開く。
……と声を出す前に自分の口を塞いだ。
よほどゾーナさんに絞られたのか、ギリギリ自制が働いたらしい。
その代わりか、対して離れてもいないのに大きなジェスチャーで手招きしてくる。
俺は見るからに情緒がおかしいトーザさんに近づく。
「お久しぶりです。何か進展がありましたか?」
「一応、司書の目録に一定の本が登録されました。」
必要以上に小声で話すトーザさんに引きずられて、俺も小声で返答する。
「ということは昇格試験を受けるという事でいいですか?」
「そうなりますね」
Bランクまでは読んだ本の数だけでランクアップが可能である。
しかし、Aランクともなると知識や経験だけでは認定されない。
知識の国問わず、各国の機密に触れる可能性のあるクエストに関わる事もあるのだ。
……とはいうものの、どのような試験を行われるかはあまり把握できていない。
おそらく信用に関わる試験だと思うのだが、試験とは何を行うのだろうか?
「事前準備がありますので、すぐには試験を受けることはできません。準備していただく物はありませんが過去の行動を振り返っておいた方が良いでしょう」
過去の行いが関わる試験……報告書の類だろうか?
とりあえず準備ができ次第、連絡が来るそうなのでそれまでは ログを確認してこれまでの事を思い出していこうと思う。
昇格試験の説明も終わり、個室を後にする。
すると、待ってましたとばかりに他の職員がトーザさんに声をかけた。
昇格試験の話をしていた時は生き生きしていたトーザさんが声をかけられると、同時に生気が抜けたような顔へと変貌する。
「い、今は彼の昇格試験について説明していたのです。まだ、そちらには行けませんねぇ」
「そんな言い訳は通用しません。昇格試験の説明にそこまで時間はいらないはずです。……まさか、事前に試験対策していたわけではないですよね?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。 アドバイスの範囲でしか話していません」
見るからに怪しい挙動で、聞く限り不信感しか抱かない内容を話したトーザさんは声をかけた職員に連行されていった。
遠くから「何もやましい事はしていません! 」とか「言い訳は作業しながら聞きますから」と聞こえてくる。
自分には何もなかったので、多少内容を知らされる分にはいいのかもしれない。
最悪試験内容が変更される事もあるかもしれないが、その時は連絡があるだろう。
引きずられるトーザさんを見送った俺は、大図書館を後にしてマイエリアへ移動することにした。
水辺に寝そべるカレルとジェイミーを起点に従魔達を集めた俺は、今後の予定について話し合う。
というのも知識の国ノーレッジに着いてから、あまり従魔達との時間が取れていない。
様子を見に行くことはあっても、外に連れていく事はかなり減ってしまった。
ハーメル、ヌエ、エラゼムなどの初期メンバーはそこまで気にしていないが、ジェイミーやシラノ、ベルジュは大分フラストレーションが溜まっているように見える。
一応、区切りが良いのもあるので試験勉強? を除いては従魔達とフィールドワークに出るのも良いかもしれない。
従魔達に提案してみると、ジェイミーやシラノは、それはもう嬉しそうにはしゃぎ始める。
今更、ただの提案と言えない雰囲気になってしまった。
俺は苦笑しつつも、久しぶりの戦闘に備えて所持しているアイテムの整理を始める。