226.物語の中(ウラ)
「……よし」
初めて図書館ダンジョンを攻略した時、かなりの時間を要した。しかし、今回はかなりスムーズに目録を見つける事が出来たと思う。
偶々早めに見つかった可能性もあるが、それもメリーの活躍があってこそだ。
司書の目録の外観的特徴を元に効率的な捜索を行うことができた。
しかし、最初の攻略でメリーを連れていく事は難しかっただろう。
あのボス戦にメリーはついていけなかったはずだ。
俺は意を決して館長の目録を開いた。
≪条件を満たしました。チェーンクエスト あなたの選択は? (?) を開始します≫
どうやら、このクエストは強制的に開始されるらしい。
まぁ、わざわざ目録をもう一度探す時点でクエストを受ける意思ありと同義だろうが……。
視界が切り替わる。
目に入るのは誰かの背中。
いままでなら主人公のアルフなのだろうが、今回は白髪の老人が腰かけていた。
辺りを見渡すとベッドが2つに机も2つ。夫婦の寝室だろうか?
それを肯定するかのように、俺の後方から年配の女性がやってくる。
老人よりも若く見える女性の顔にどこか見覚えがあった。
女性は老人に向けて語り掛ける。
「アルフ、お疲れ様」
なんと俺に背中を向ける老人はアルフらしい。
だとすれば、これまでの話から数十年は経過している。
この老人がアルフだと分かれば、声をかけている女性が誰だかわかった。
『急』の最後。子供と一緒にアルフを引っ張っていったパーティーメンバーだ。
パーティーの時以上に親し気な様子から、2人は夫婦になったらしい。
女性は声をかけながらアルフの手元をのぞき込む。
「作業の進捗は……。あら、もうまとめ終わるのね」
女性は溜息を吐きつつも、感慨深そうに語りだした。
「思えば、いろいろあったねぇ。みんないい歳になってパーティーを解散したらあんた、この村に戻りたいなんて言うんだもの。復興の支援をしてたから、状況の確認かと思ったら定住するって言いだすし」
その言葉を聞いた老人……アルフは女性に苦笑を向けている。
「なに笑っているの? あんたの酔狂に付き合ったんだからそこは感謝するところでしょう。まぁ、騒がしい冒険者生活も十分楽しんだし、穏やかな村生活も悪くなかったけど。それで、それが例の?」
アルフは頷いて少し椅子を引いた。
机に置いてあった本は3冊の本。
その本は『読む人で内容が変わる本』に酷似していた。
「正直、最初にこの冒険譚としてあの村での事を書くと言い出した時は未練がましいと思ったわ。あの時の後悔は一生忘れないだろうと思っていたけど、そこまでするのは狂気の沙汰じゃないかって。けど、あの時の事を調べれば調べるほど、何かしら手を打っておくべきとも思った」
アルフは真剣な表情で再度頷く。
「あの社に封じられていた存在がどこへ行ったかはわからない。けど、いつか滅ぼす必要がある。その記録は残しておく必要がある。けど……」
女性は深刻そうに俯く。
「あれはとても私たちだけで対処できるものじゃなかった。あの時、正義感で解決に動かなくてよかったと今でも思う」
アルフは悲しそうな顔をしながら立ち上がり、女性を抱きしめた。
女性もアルフを抱きしめ返す。
そこで急速に俺の視界が色あせていく。
最後は真っ暗になり、視界が切り替わる。
しかし、クエストが終わったわけではないらしい。
場面は移り替わり、どこかの洞窟と思われる場所。
俺の前にいるのは、ローブを羽織った男。それはあの時、燃え盛る森の中へ消えた男のように見えた。
男は懐から1冊の本を取り出した。
真っ黒なその本は見てわかるほど、どす黒いオーラを漂わせている。
その男は憤怒の表情でその本を叩きつけた。
「ありえない。ありえない。ありえない。あの村を焼き払って手に入れたのに、偽物? いや、書いてあった通りあの社には強大な力が封じられていた。だが、コントロールできない。この本は中途半端なのか? 他にも条件が!」
男はフード越しに頭を搔きむしる。
「念には念を入れて、様々な方策を用意したのにすべて無駄だった。“あれ”は俺を見ていた。俺に怒っていた。逃げられない。……俺はどうなるんだ? ヒッ」
男は何かを見つけて恐怖に顔を引きつらせる。
視線の先には先ほど叩きつけていた本。その本が真っ赤に燃え盛っていた。燃えているのに燃焼している本に変化がない。
「ああ、ああ。すいません。すい、あせん。起こした事は謝ります。繋げなかった事も謝ります。どうか、どうか」
男は大粒の汗をたらしながら、本に対して土下座していた。
しかし、男の懇願は叶えられないようだ。
突如男の体が炎に包まれる。
男はもだえ苦しみながら、その場に倒れ伏す。
俺の視界を全てが炎に覆われる。
しばらくして、不自然なほど唐突に炎は消失した。
そこに残ったのは、真っ黒な1冊の本だけだった。
再び視界は暗転する。
視界が回復すると、また洞窟の中だった。
そこには相も変わらず1冊の本が放置されている。
そこへやってきたのは、一人の女性。
少々古めかしいというか、仰々しいというかところどころ差異はあるものの司書服に酷似した服装をしている。
女性は恐る恐る落ちている真っ黒な本を拾う。
「まさかこんなところに落ちているなんて。……触れているだけでわかるほど禍々しい魔導書。手遅れでなければいいけど」
さらに場面は切り替わり、ある建物の前。
現在よりも寂れたように見えるが、図書館ダンジョンのように見える。
その建物の前は図書館ダンジョンとは似ても似つかないほど賑わっていた。
といっても、出店や住人の営みがあるわけではない。
司書服に身を包んだ人たちが、いくつかのグループに分かれて本の整理や点検をしている。
そして、確認ができたと思われるものから建物に運び込まれていた。
先ほど本を拾っていた女性は、位の高い人物らしく周りから挨拶されながら人ごみの中を進む。
しばらくして建物の前へとやってくる。
入り口には司書服の職員ではなく、全身を鎧に身を包んだ兵士が待ち構えていた。
「お疲れ様です。……いかがしましたか? 何やら深刻な顔をしていますが」
「禁書級の魔導書を手に入れたかもしれません。危険がある為、専用の部屋で調査をする必要があります」
その言葉に兵士は表情を変えて、入り口を開ける。
女性は落ち着いた様子で館内へ入っていく。
すると、俺は女性についていくことができず、そのまま建物の前に放置される。
「おい。大丈夫なのか? あの人があんな顔して持ってくる本にいい思い出が無いんだが」
「逆に聞くけど、だから断るっていうのは難しいというか無理だろう?」
「それはそうだが……」
兵士たちがそんな話をしていると、入り口の扉が内側から開け放たれる。
「総員できるだけの書物を抱えてここから離れて! 」
その言葉とともに地面が大きく揺れ始める。
そこからは大混乱の中近くにある書物を守ろうと奮闘する司書たち、状況がわからず逃げ惑う人々。
落ち着いた頃には建物の周りに誰もいなかった。
おそらく図書館ダンジョンになったであろう建物の前には回収しきれなかった本が散らばっている。
その中に見覚えのある1冊の本。
あの『読む人で内容が変わる本』である。




