223.大図書館へ
ログアウトするまでの時間、総合区を見て回る。
立方体の建物が均等に並んでおり、高さ的には3階建てくらいで統一されているようだ。
ほとんどがレンガ造りであるためか、ロンドンの街並みに近い印象を受ける。
国土の7割が大図書館で占められているので、スペースを無駄なく使用するためにこのような建築様式が用いられたのだろう。
建物のほとんどは1階が何かしらのお店、2、3階は居住スペースである。
そのため、街道は売り子やお客の声で賑やかだ。
しかし、今までの街よりプレイヤーの数は圧倒的に少ない。
それもそのはず、プレイヤーの出店がないのだ。
まず、知識の国でプレイヤーメイドのアイテムが必要になることがほとんどない。
大図書館に用があるほとんどのプレイヤーが調べものを目的としているからだ。
あとは職業『司書』をはじめとした転職やクエストくらいか。
ゲーム的に言えば、長期滞在する理由がほとんどないのだ。
そんな場所の土地を欲するのは俺のような読書を目的にしたプレイヤーか、知識の国で腰を据える必要があるクエストを受けているプレイヤーないしクランくらいだろう。
資金に余裕があるクランが求める事もあるだろうが、それは調べものが便利だから程度の理由だ。
結果、知識の国でプレイヤーが拠点を手に入れても、何かしらのお店を出す事は現状ないといえる。
街道を歩きながら住人のお店を物色していく。
本・書籍の類は売っていないが、文具や読書、調査に役立つ道具は多く陳列されていた。
特に目に付くものがなかったので、そのままログアウトする。
……………………。
次の日、学校から帰宅後にログインした。
今日は昨日いかなかった一般区に向かう。
図書館ダンジョンの裏口からまっすぐ続く街道を進んでいくと、大図書館の入り口へたどり着く。
建物の正面に立って周囲を見渡すと、改めて大図書館の大きさを感じる。
左右を見れば建物の端は見えず、首が痛くなるほど見上げてもその先を確認する事はかなわない。
しかし、大図書館の入り口は建物の大きさに比べてあまりにも小さい。
扉の大きさはイニシリー王国の王都にあった図書館と同程度だ。
この大図書館は増築を繰り返してきた過去がある。
そのため、建物の強度を考慮してか、一部の例外を除くすべての部屋が小さめに作られている。
それは入り口のフロアも例外ではなく、それに合わせて扉も小さく設計されているのだ。
扉より大きな書物を搬入する場合は、転移の魔法陣などで運び込まれているらしい。
扉を開けて中へ入ると、正方形の小部屋が出迎える。
大きさ的には6畳ほどだろうか。
全ての壁、天井が灰色のコンクリートのような石材で造られており、照明以外の装飾品はなく正面に入り口と同じくらいの扉がある。
その内装を見てアールヴ皇国の司書ギルドが使っていた石材に似ていると思った。
選択肢もないので、そのまま正面の扉へ入っていく。
次の部屋を確認した俺は思わず、後ろを振り返る。
今から入ろうとしている部屋が入り口の部屋と全く同じ作りだったからだ。
装飾品もなく扉の位置も同じとなれば振り返りたくもなるというもの。
次の部屋も、また次の部屋も同じ構造だった。
どうやら、増築していく過程で無秩序にならないように入り口となる部屋の構造は決められていたようだ。
奥へ進むにつれて壁が褪せていたり、傷が多くなったりしているのもそれを裏付けている。
大体9つほど同じような部屋を抜けると、急に視界が開けた。
「初めての方ですね。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「大図書館を利用するのであれば、案内室で説明を受けていただく必要があります」
内装を確認するよりも先に左右から声がかけられる。
両側に目を向ければ、左右のカウンターに司書ギルドの職員と思われる人々が数人待機していた。
その中でもこのフロアの入り口に近い2人が俺に声をかけてきたらしい。
俺は先ほど声をかけてきた職員へ話しかける。
「今後利用する予定なので、大図書館の説明を受けたいです。あと司書ギルドに所属しているのでAランクに上がりたいですね。それと……」
その言葉とともに、王都でもらったチェーンクエストに関わる資料を取り出す。
「この資料に書かれている本に詳しい方がいたら、それについても聞きたいと思っています」
「……拝見します」
俺から資料を受け取った職員は資料をパラパラと捲る。
最後のページまで確認を終えた職員は笑顔でこちらに向き直る。
「この資料はこの大図書館で働く職員が作成したものですね。ちょうど案内係に所属している者なので、大図書館の説明もしてもらいましょう」
そう言った職員は立ち上がり他の職員に声をかけてカウンターを出た。
俺はその職員に案内され、カウンター近くの部屋へと案内される。
部屋の一面には黒板のようなものが設置されており、その黒板の前には教卓のような机が設置されている。
それに向かい合う形で長机と椅子が並んでいる。
教室ないし講習所といった印象の部屋だ。
俺は職員に勧められて黒板に一番近い椅子に腰を掛ける。
「係の者を連れてくるので、しばらく待っていてください」
「わかりました」
待機すること、1時間ほど。
自前の本を読みながら待機していると、部屋の外から慌ただしい足音が聞こえてくる。
その音が徐々に大きくなっていき、俺のいる部屋の前で止まった。
係の人が来たかなと思う間もなく、俺が先ほど入ってきた扉が荒々しく開け放たれる。
「いや~、お待たせしてすいません。あの本の資料を集めるのに時間がかかってしまって……。あっ。私はトーザと申します。大図書館の案内係をやりつつ仮想書などの研究を行っています」
「初めましてウイングです。この度は時間を作っていただきありがとうございます。大図書館についても例の本についても知りたい事がたくさんありますので、もしかしたら長時間になるかもしれませんがよろしいでしょうか?」
俺の言葉を聞いたトーザさんは満面の笑みを浮かべる。
「いえ、いえいえ! とんでもございません。大図書館の説明は通常業務ですし、マニュアル通り説明すれば大体のことは理解していただけると思います。そ、れ、よ、り、も! あの“内容が大きく変わる仮想書”を読んでくださっている方が話を聞きたいなんて! あはっ! 本当ならあの本についてわかっている情報の全てをその資料に書き記したかったのに、上司がどんどん添削していって⁉ いらないところなんてなかったのに。“一般人にそんな情報はいらない”って! 本当は内容の詳細についてレポートを作ってもらいたかったのに! 上司が“報酬で渡す資料に依頼なんて書くな”なんて司書ギルド……いえ、知識の国に住まう者にあるまじき姿勢! そもそもあの本を過小評価する風潮が解せません。仮想書とは記された内容が具現化ないし仮想空間の生成による疑似再現されるもので、記された内容が読者に応じて変わるのは心理書に近く………………」
堰をきったように語りだしたトーザさんを唖然と見つめる。
第一印象としては知的な美女さんであったが、今は見る影もない。
どちらかというとマッドサイエンティストに近い雰囲気がある。
俺は漠然とトーザさんの話を聞きつつ、口を挟むタイミングを伺う。