211.ドリュアデス共和国②
鬱陶しい羽虫モンスターが飛び交うエリアをカレルの体内空間でやり過ごす。
時々息抜きとして外に出る事もあったが、火魔法で辺りを焼き払うのが定番となってしまった。
一応樹木は避けている。
それなりに大きな音と光がする為、それに驚いて飛び出してきたモンスターとの戦闘となる事もあった。
荒野に入って最初に見たコヨーテやインパラのようなモンスター。
他にもヤマネコやサイのモンスター等多種多様だ。
ただ、数だけで言えば羽虫型のモンスターが一番多かった事は言うまでもない。
そんな荒野を突っ切っていく事数日。景色が赤茶けた植物から緑色の目立つ草原へと変わっていく。
気温も下がり空気の湿度が増していった。
そこそこ大きな川の岸辺まで来ると、青々とした木々が目立つようになる。
モンスターも景色の変化に応じて変化した。
木々の間をリスやキツツキが飛び回り、クマやオオカミ型のモンスターが地上を跋扈している。
クマは好戦的なのに対して、オオカミ達は好意的とまでいかないが様子を窺うような雰囲気が漂っていた。
おそらく「神獣を従える者 (フェンリル)」の効果が出ているのだろう。
テイムしやすいのだろうがフェンリルが2頭いて、さらに狼系を増やす予定は無い。
襲ってくるようなら、遠慮せず倒させてもらおう。
そして、やはり多いのは虫系のモンスターだ。
ただ、羽虫型のモンスターは少なくなっていき、甲虫系やカマキリ、セミ等それなりに大きな虫が増えている。
どの虫も現実のものより一回り大きい程度だ。
一応テイマーが進化させたり、アバンデントを探しまわれば超巨大昆虫もいるらしい。
今のところそのような場所に行く予定は無いが、機会があればぜひ見てみたいと思う。
羽虫モンスターの妨害が減ったので、カレルの上で指示する状態に戻る。
長期間代役をしてもらったエラゼムを労い、カレルの体内空間で休憩してもらう。
再びカレルの背に乗った俺はもうそろそろ見えてくるはずの街を探す。
……………………。
しばらくして目的の街に辿り着く。
厩でカレルとヌエをマイルームに送ってから、街中の散策へ向かう。
今回はフェンリルの2頭も散策に参加する。
ドリュアデス共和国の街道は、丸太や大きな木材を運び入れる関係で大きく作られている事が多い。
カレルほど巨体だと遠慮しなければならないが、シラノやベルジュ程なら問題なく連れ歩く事ができる。
……かなり注目は集める事になるが、シラノが頑なに同行したいと主張したのだ。
散歩を拒否する犬が如く厩の手前で動かなくなったので仕方ない。
最近は町に着く度にお留守番になっていたので、退屈していたのだろう。
2頭のフェンリルを引き連れて街道を進んでいく。
この町は貿易の中継地点だそうで、街の規模が大きく人通りも多い。
露店のようなものは少なく大小さまざまな店舗が立ち並ぶ。
一応看板にデフォルメされた絵が描かれており、遠目に見て何のお店か分かるようになっているようだ。
この街道にある店舗は各種工房の出張所らしく、作成は別の場所で行っているらしい。
ここでは発注と受け取りだけをする事が多いようだ。
一応商品も置いてあるがあくまでサンプルであり、それを参考にして注文を受ける方式である。
様々なお店で家具を見比べる。
工房それぞれに特色があって面白い。アンティーク調だったり、機能性重視だったり、武骨だったり……。
こうして良さそうな家具を探すだけでも楽しいものだ。
「おい! あんた!」
丁度街道の真ん中あたりまで来た時。
独創性あふれるデザインの小物を置いていたお店から出ると、いきなり怒声を浴びせられる。
声のした方を見てみれば、苛立った様子のおじさんが俺を見ていた。
「俺ですか?」
「そうだ! こんな道のど真ん中にデカいオオカミを連れてんじゃねぇよ! 俺の牛どもがビビって進まなくなっちまったじゃねぇかよ!」
確かに牛型のモンスターにとって、狼系のモンスターは天敵である可能性は高い。
ルール上大丈夫とはいえ、今後同じようなトラブルがあれば問題がある。
シラノ達には悪いが、マイエリアで待機してもらおう。
おじさんの話を聞いて辺りを見回してみると、シラノ達の近くで多くの丸太が括り付けられている3頭の牛が休憩をしていた。
「フェンリルの隣にいる牛たちですか?」
「そうだ! 見ての通りビビり散らしているだろう?」
おじさんがそう言ってシラノ達の方を見る。
それと同時に牛が身を屈めながら、震え始めた。
「……」
「可哀そうに怯えちまって立ち上がる事すらできない。さっさと総合ギルドで送還しに行ってくれよ」
これはどっちなんだろう。
おじさんが演技を仕込んでいちゃもんをつけているのか、牛たちが休む為にシラノ達を利用しているのか……。
もしくは牛達がビビっているのは、おじさんなのかもしれない。
「ちょーと。トラブルならよそでやってくれよー。営業ー妨害ですよー」
「あっ」
「ああん?」
先程まで俺がいた店から店長さんが出てくる。
どうやら店先からの声を聞きつけたらしい。
おじさんは不機嫌なまま店主を威圧する。
「お前のところ客のオオカミが俺の牛たちを威圧してんだよ」
「えっ!」
「ふーん? ……どういう事ー?」
店主はおじさんの主張を聞いて牛の方を見て小首を傾げる。
おそらく先ほどの俺と同じように、シラノ達に見向きもせず休憩している牛達が見えたのだろう。
「はぁ、オメー目ん玉ついてんのか? どっからどう見てもビビってんじゃねーかよ!」
「……ほほう、そこまで言いますか。一応そちらのお客さんはルールを守っています。それでもお客さんの方が悪いというなら、衛兵に確認しましょう」
「おうよ! 望むところだ! おい! そこのあんちゃん!」
「むっ? どうかされましたか?」
ちょうど、近くを歩いていた衛兵に声をかけるおじさん。
店主さんは完全にキレていますね。
先程まであった独特のイントネーションが消え去っている。
「このオオカミ達が俺の牛達を威圧してんだよ。それで、こいつらは自分たちは悪くねぇってんだ! まったく面の皮が厚い厚い」
「ほうほう。で、そちらの方達の言い分は?」
何やらこちらが悪いと言いたげな衛兵の質問。
俺が思わず店主の方を見ると、店主も俺を見ていた。どうやら同じ事を思ったらしい。
俺達がだんまりなのをいい事におじさんはヒートアップしていく。
「これは……お前らグルだな! 俺みたいなのを妨害して通行料でも取ろうてんだ! へっそうはいかねぇ! 年貢の納め時だな!」
「さぁ、どうなんです? 返答が無ければしょっ引く事になりますよ?」
これはおそらく散々わめいている彼らがグルなのだろう。
もしかしたら賞罰持ちで、スキルか何かで隠しているのかもしれない。
このまま連行するふりをして金品を巻き上げるつもりなのだろう。
もしかしたら、シラノ達フェンリルを狙っている可能性もある。
そこまで考えて、ある物を思い出す。
俺は未だ話続けるおじさん達を無視してある物を取り出した。
「あん? なんだ兄ちゃん? そんなものを取り出して?」
「これですか? アールヴ皇国で貰った勲章ですよ?」
「「「なっ」」」
おじさんと衛兵、そして店主も驚きの声を上げる。
俺が取り出したのは、俺がアールヴ皇国特別文官である事を証明する勲章だ。
アールヴ皇国の皇宮に入る時、転職する時くらいしか使う事が無いと思っていた。
しかし、こういう小悪党と思われる連中には、国家権力をチラつかせれば退散するかもしれない。
「これは俺がアールヴ皇国に貢献した証です。信頼できる人物という証明なわけです。衛兵さん、公平な判断をしてくださいね。あなた達の対応次第では国際問題ですよ」
「で、でで出鱈目だ。よ、よしんばアールヴ皇国で偉くても、この国では関係ねぇ」
「あなた達というのは否定しないんですね?」
「あ、おまえ」
おじさんより最後の衛兵……のふりをしている人物の発言が致命的だった。
自分の失言に気づいた偽衛兵は我先に逃げていく。
おじさんも牛達をけしかけて慌てて立ち去っていった。
ゲームを始めた頃にチャラいプレイヤーに絡まれた時を考えれば、うまく撃退できたと思う。
「お疲れさんです! ( ^^) _U~~」
「クーン」
「くーん」
従魔達からの労いを受けつつ、ホッと胸を撫でおろす俺だった。