187.物語の中(急)つづき
2連続投稿2話目になります。
「くぁ~~っ! 疲れた!」
「痛っ。ポーション頂戴。ポーション」
「はいはい。今すぐ出しますね」
アルフが辺りを警戒している間に、パーティーメンバーが回復を図る。
辺りには焼けた家屋から煙が上がっており、そこかしこに戦闘の爪痕とモンスターのドロップ品が散らばっていた。
「どうするよ、リーダー? 流石にこの状態で調査は無理だろ!」
「そうね。村も壊滅に近い状況だし、泊まれる場所もないし……」
「一度来た道を引き返して、手前の町で用意を整えた方がいいでしょう」
アルフはパーティーメンバーの意見に力なく頷く。
満身創痍な状態で強敵と思われるサラマンダーに挑むのは愚策と判断できる程には、冷静であるらしい。
だが、状況はそれを許さないようだ。
次の瞬間。資料にあった森から炎が巻き上がる。
それと同時に森を挟んだ先にある火山が黒煙を上げているのが視界に入った。
そこにいる誰もが火山の噴火を想像して顔が青ざめる。
しかし、どうやら炎自体は火山から流れ出た溶岩が原因ではないらしい。
何故それがわかったかと言えば、森の奥から赤い光が飛び出してきたからだ。
カレルより一回り大きいそれは首を左右に振り回しながら、火炎を吐き散らかしている。
赤い光……サラマンダーは真っ直ぐにアルフ達のいる村に向かって突っ込んできた。
アルフ達は村の中心部にいたおかげで、戦闘準備をする余裕があった。
……万全とは程遠い状態ではあるが、何とか臨戦態勢を取る。
「ちっ。どうする。今ならまだ、撤退できるぞ?」
「冗談は寝て言いなさい! 私たちがここで迎え撃たないと、避難している住人たちがどうなるか!」
「ウォーターストリーム!」
先程消火活動していた少女がサラマンダーに水魔法をぶつける。
大量の水がものすごい勢いでサラマンダーに殺到した。
サラマンダーはうめき声を上げながら減速する。
その隙をつき、アルフと斥候の男が剣で切りかかった。
追撃を受けたサラマンダーは完全に動きを止める。チャンスのように見えるが、アルフ達はサラマンダーと距離を取った。
直後、サラマンダーの体から炎が巻き上がる。
立ち上った炎は収束していき、サラマンダーを包み込む。
どうやら、ハーメルが使う泥鎧の炎版であるようだ。アルフ達は事前調査である程度持っているスキルを予測していたらしい。
俺が何とかなりそう等と考えていると、不意にアルフの視線が森に移る。
釣られるように俺も視線を森の方へ向けた。
燃え盛る森の中、浮かび上がるようにローブを被っているような人影が一つ。
森の奥へと消えていくのが見えた。
「どうしたアルフ! 手が止まってるぞ! ……あっ? 森の中に人影が見えただぁ?
そんなもん後回しだ。後回し」
「正直! ここでアルフに抜けられるのは! チョー厳しい!」
≪彼はどうする?
1.仲間と共闘してサラマンダーを倒す事に集中する。
2.ここは仲間に任せて怪しげな人影を追う。
3.サラマンダーを燃え盛る森に誘導する。 ≫
……難しい。
一番上の選択肢は真相が闇の中になるだろうが、ベターなエンディングになるはずだ。
過去の真相に辿り着けそうなのは2番目の選択肢である。しかし、それを選択してパーティーメンバーが無事な未来が見えない。
もしかしたらアルフ抜きで倒す可能性もなくはないが、ハッピーエンドは難しいかもしれない。
最後の選択肢は両取りできそうに見える……が、俺はサラマンダーの様子を確認する。
あの火を纏ったスキルがハーメルの泥術と同じ類のものなら、わざわざ相手にアドバンテージを与える事になるだろう。
二兎を追う者は一兎をも得ず。何も手に入らないという最悪の結末になりかねない。
俺は考えた末、1番目の選択肢を選んだ。
読書で物語を楽しんでいる時に悲しいエンディングになった場合は、受け入れるだけなのであまり抵抗が無い。
しかし、自分が選択して主人公達を不幸にする事には躊躇してしまった。
俺の選択を元にアルフは迷いを振り払い、仲間と共に目の前のサラマンダーに立ち向かう。
水魔法でサラマンダーが纏う炎を消し飛ばし、斥候の男とアルフが剣撃を浴びせる。
サラマンダーは進撃を止めたものの、まだまだ元気なようで近くにいるアルフ達に炎を吐きかけていた。
俺はそんな様子を眺めながら、後悔の念を抱いていた。
あの時、あの選択をしていれば、もっと用意周到にこの状況に臨めたのではないか。
もっと真剣に考えていれば、自信をもって先程の選択ができたのではないか。
“ あなたの選択は? ”
まさに今、その集大成が結果として現れようとしていた。
長期戦の末、アルフ達はサラマンダーの討伐に成功する。
その頃には森一面が火の海に包まれており、満身創痍の冒険者パーティー1つではどうする事も出来ない状況になっていた。
アルフ達も処置なしとその場を離れていく。
視界が一度暗転し、景色が切り替わる。目の前には辺り一面炭と化した森林跡地が広がっている。
アルフ達は弱弱しくも未だ黒煙が立ち上る火山を目指し、森の跡地を進んでいく。
焼け焦げた木々の間に、半分炭になっているモンスターのドロップ品が転がっている。
アルフ達は火山の麓から火口付近までを調査した。
道中に最近まで何者かがいたと思われる痕跡がいくつかあった。
そして、火口の手前には小さめの祠がありそこから黒い靄が細く立ち上っている。
見るからに怪しい存在に、アルフ達は一度引き返し近くの町にいた学者風の男を調査に同行させた。
体力のない学者に気を使いながら、再び火口付近にある祠の調査を始める。
結果、その祠には邪悪で強力な存在が封印されている事がわかった。
そして、今回スタンピードが発生したのはこの祠に干渉しようとした人物がいたからではないかという。
この事にアルフはひどく落ち込んでしまう。
痕跡の消失を残念に思っているようにも見えるが、それにしては思い詰めているようにも見える。
想像でしかないが、自分が調べようとした事で、この祠に干渉している存在を刺激したと思っているのかもしれない。
それはつまり、己の故郷が再びスタンピードの脅威にさらされた遠因は自分にあるという事になる。
パーティーメンバーは徐々に顔を曇らせていくアルフを励ますが、あまり効果が得られない。
意気消沈したまま、近くの町に帰還したアルフパーティー。
そんなパーティーを出迎えたのは、アルフ達が避難させた住人達だった。
住人たちはアルフ達を取り囲むと、口々に感謝の言葉を伝える。
困惑するアルフを他所に、住人とパーティーメンバーは広場へ移動し宴を開始した。
「「「「「スタンピードから救ってくれた英雄達に乾杯!!」」」」」
夕方から始まった宴は深夜にまで続く。
未だ自問自答から抜け出せないアルフは宴を楽しめないまま、いつの間にか出ていた屋台の椅子に腰かけていた。
どんちゃん騒ぎの片隅でチビチビと酒を煽るアルフに、小さな影が近づく。
それは小さな少女だった。火災から助け出されたらしい少女は全身に包帯が巻かれており、痛々しい。
アルフにはそれが自身の罪そのものであるようで、思わず視線を逸らす。
しかし、少女はその視線に滑り込むように移動する。
動揺するアルフを他所に少女はニコリと笑顔を浮かべる。
「お兄ちゃん。助けてくれてありがとう!」
「そうよ! 私達は住人を救ったのよー! 全員助かったんだから結果だけ見れば上々でしょうよ! そんなしけた顔してないでみんなの無事を祝いましょう!」
少女に続いて、パーティーメンバーのショートカットの少女が声をかける。
二人の言葉にしばらく沈黙した後、何かの折り合いがついたのかアルフの瞳から涙が溢れた。
「お兄ちゃん。おなか痛いの?」
「おなかじゃないかなー。多分ここじゃない?」
魔法使いの少女はそういって、まな板と評される胸を指さす。
その様子がおかしかったのか、涙をぬぐいながら笑うアルフ。
「何がおかしいのよー! こうなったらその泣き顔を皆の前にさらしてやる!」
「やるー!」
2人の少女に両手を取られアルフは未だ騒がしい宴の中心へ走っていく……。




