184.フェンリルとの交流
「…………っ」
フェアラスさんに連れられて集落を出た俺は、眼前の光景に息を飲む。
先程までどこにいたのかと聞きたくなるほど、そこかしこにフェンリルの姿があったからだ。
フェンリル達は艶のある体毛に覆われており、その毛が月光に照らされて銀色に輝いている。
尖った耳や口の端から見える牙に勇ましさを感じさせながらも、駆け回ったり、寝そべって日光浴ならぬ月光浴? をしている様は犬のような愛嬌を感じる。
ふいに、その中の一部が俺達に気づき寄ってきた。一応、狼であるはずだが、警戒心をあまり感じない。
一団のリーダー格と思われるフェンリルは穏やかな視線で俺達を見下ろしている。
その足元では幼体と思わしき子フェンリル達が元気に走り回っていた。
フェアラスさんは遊んでいる子フェンリルの1匹を抱き上げると、頭をなでながら話し始める。
「私はアールヴヘイムの中でも若いハイエルフなんです。今はフェンリル達のお世話を担当しています。皆さんの案内役をしたのも、フェンリルの関係で森に入る事が多かったからです」
フェアラスさんは世話係と言っても子供の頃から一緒に育っているので、フェンリル達とは家族の関係に近いらしい。
フェンリルには敬意というより親愛の感情を抱いているそうだ。
……だからこそ、フェンリル達の問題は人一倍目の当たりにしているという。
「最近は若いフェンリル達が争う事も増えました。アングロドさんも言っていましたが、問題になりつつある今、皆さんが来てくださった事に本当に感謝しているのです」
フェアラスさんの話を聞いているうちに、周りのフェンリル達が集まってくる。
四方八方、大小さまざまなフェンリル達が此方に視線を向けてきた。
抱いていた子フェンリルを下ろしたフェアラスさんはフェンリル達に話しかける。
「皆も感じ取っていると思うけど、再びアバンデントとの道が開きました。年長組は覚えていると思うけど、また群れの一部がここを巣立つ事になるでしょう」
大きな体躯のフェンリルはフェアラスさんの話を黙って聞いていた。
子フェンリル達は興味津々といった風に尻尾を振っている。
「その先駆けというわけでは無いけれど、私から提案があります。ここにいるウイングさんはアバンデントの人族です。彼についていっても良いという子がいれば、彼と従魔の契約を結んでください」
今度は大きなフェンリルを含めて全体に動揺が広がるのが見て取れた。
その様子を見て、フェアラスさんは苦笑しながら話を続ける。
「私としてはメリットが大きいと考えています。先程話したアバンデントへの旅立ちが本格始動するのは当分先でしょう。しかし、この場でウイングさんと契約した者については今すぐにでもアバンデントに向かう事ができる。……ここでの生活は安全だけど、退屈に感じていた子も多いと私は知っています。もし、あちらに行ってみたいという者がいればこの場で前へ出てきてください」
フェアラスさんの話を聞いたフェンリル達はお互いの顔を見合わせる。
その後は、ゆっくりと大体3つのグループに分かれていった。
1つは興味を無くしてその場を離れたグループ。
これは完全に脈無し。まぁ、意欲が無ければここにいた方が安全だし楽だろう。
続いて、遠巻きに俺を眺めるグループ。
俺を見定めようとしているのか、突然の事に戸惑っているのか俺達の周辺をうろうろしている。
最後は、俺の足元に寄ってきて俺を見上げる子フェンリルの一団。
人間の子供よろしく、興味津々なのか俺の事をキラキラした瞳で見上げてくる。
意欲はありそうだが、ここを離れる意味を理解できているのか不安だ。
子フェンリル達の様子を見て、思わずフェアラスさんに視線を向ける。
「この子達は賢いので、意味は理解できていると思いますよ。ですが、まだまだ幼さゆえの好奇心が強いんです。子供である事を気にされているようですが、昔は子供のフェンリルもアバンデントに連れ帰る事はありましたし、問題は無いでしょう」
フェアラスさんのお墨付きをもらったところで、俺の取れる選択肢は2つ。
この場で子フェンリルをテイムするか、アールヴヘイムに留まり俺を観察しているグループと交渉するかだ。
子フェンリルは見て分かる通りに、俺と共に来る事に積極的なのでテイムする事は容易だろう。
ただし、幼体である以上即戦力とは言いがたい。
逆に遠巻きに見ているグループは成体であり、テイムに成功すればすぐにでも戦闘要員になるはずだ。
その代わり俺と供に来る事に消極的である為、腰を据えて話をする必要があるだろう。
俺的には即戦力に心惹かれるところはあるが、アールヴ皇国を出た後でジェイミーを育成していく予定なので、そこまで固執する必要もないはずだ。
それに、ただでさえ予定が遅れている事もあり、アールヴヘイムに長期滞在するのも避けたい。
俺はフェアラスさんに許可をとり、一先ずフェンリル達と交流してみる事にした。
ひとまず、一番近くにいた子フェンリルを抱き上げて撫でてみる。撫でられた子フェンリルは気持ち良さそうに目を細めた。
まるで警戒心を感じないその姿に神獣としての威厳は無いが、愛らしさを全身で振りまいており近寄り難さとは無縁だ。
フェアラスさんが敬意より親愛を抱いているというのもわかる。
一通り子フェンリル達を見て回った俺は、遠巻きに見ていたグループへと近寄っていく。
足元にいた子フェンリル達は俺についてくる事は無く、近くで待機していた従魔達の方へと駆けていった。
俺は子フェンリル達と従魔が戯れている内に、遠巻きに見ていたフェンリル達の印象を確かめる。
俺が近寄る事を嫌がったりする素振りは無かったが、フェンリル達から懐疑的な視線を浴びた。
話しかけてみてもあまり大きな反応は返ってこず、終始距離を感じる態度だ。
ただ、アバンデントで関わってきたモンスターと比べれば、警戒心や闘争心というものは皆無に等しい。
ステータスという点では成熟しているかもしれないが、戦闘の心構えという点では子フェンリル達と大差ないのかもしれない。
そんなフェンリル達の様子を見て、ゲーム開始当初にハルから言われた事を思い出す。
“テイムしやすいモンスターは戦闘力が低いか、戦闘に不向きな性格である可能性が高い”と。
外敵と呼べる存在がいない環境で成体になるまで過ごしてきたフェンリル達は、果たして即戦力足りえるのだろうか?
成体のフェンリル達が消極的なのは、その辺りが関係しているのだろう。
好奇心という原動力のある子フェンリル達の方が、最終的に戦闘向きになるのかもしれない。
俺は子フェンリルをテイムする事に決め、成体の群れから離れて従魔達のところに戻る。
各々数匹の子フェンリルが集まっており、中でもジェイミーが一番人気のようだ。
好奇心旺盛な性格をしているジェイミーと子フェンリル達の波長が合ったのだろう。
俺はその様子を少し離れたところで観察する。
ハーメルと共に昼寝? をするもの、ジェイミーの周りを駆け回るもの、カレルやエラゼムに張り付くもの。
フェアラスさんに言われた事を忘れているのではないかと疑いたくなるほど、楽しそうに遊びまわっている。
従魔達との相性は良いかもしれないが、これと言って決め手になるようなものが無い。
さて、ここからどうやって選ぼうか。




