182.質問
言いたい事を言い終えたアングロドさんはそのまま席に座った。
突然の提案を受け動揺が広がるプレイヤー達は、視線で牽制しあって誰も言葉を発する事が出来ない。
そんな状況を見かねてか、皇太子が口を開く。
「皆突然の事ですぐに質問が出てこないようです。代わりに一つ、私が質問させていただきます。ここにいる者の多くはハイエルフに興味があったようです。あわよくば自らもハイエルフになりたいと申していた者もおります。我々アバンデントのエルフはハイエルフになる事は可能でしょうか?」
いきなり大多数のプレイヤーの目的をつく皇太子のセリフに、そこかしこから息をのむ音が聞こえてくる。
アングロドさんは虚を突かれたような顔をした後、なんてことないかのように返答した。
「なれるかなれないかで言えば、なれる。そもそもエルフはハイエルフがアバンデントに移り住む際、尖った特徴を失った種族なんだ」
アングロドさんは前提として、一部のハイエルフがアールヴヘイムからアバンデントに移り住むことになった経緯を説明する必要があるという。
はるか昔アバンデントができるよりも前、アールヴヘイムで暮らすハイエルフ達は大きな問題を抱えていた。
アールヴヘイムにはハイエルフを脅かすような存在がおらず、長すぎる寿命により世代交代も起こらない。
年々増えていくハイエルフの人口は、アールヴヘイムという階層が支えられる限界に近づいていた。
そんな時、ユグドラシルの主神であるノルンよりある啓示がなされる。
“新たに生まれる世界に移住する者を募る”
ハイエルフはこれ幸いと、集落の半分に相当する人数を新しくできた世界“アバンデント”へと送り出した。
この時アールヴヘイムとアバンデントを繋いだ湖が、後にエルフ生誕の地と言われるようになる。
そして、アバンデントで暮らすようになったハイエルフ達に変化が起こる。
アバンデントの環境に適応した特性を獲得し、不要になった特性を失ったのだ。
種族として別種と言えるほど特徴が変わった事から、光の民“ハイエルフ”と森の民“エルフ”を区別するようになった。
アングロドさんは言う。
「この変化は帰属する世界が変わった事による変化だったと言われている。実際エルフがこちらの世界に帰属すれば、徐々にハイエルフに変化していく」
アングロドさんの話を聞いたプレイヤー達は反応に困り、押し黙る。
俺達プレイヤーはアバンデントの主神であるインフの使者という設定だ。
ノルンという別の神が管理しているユグドラシルに帰属するのは不可能ではないか?
妙な緊張感が漂う中、ボスの後ろに立っていたヤクさんがアングロドさんに質問する。
「質問です。我々はプレイヤー……アバンデントの創造神様に招かれた者です。おそらく我々は帰属を変更できません。それでもハイエルフになる方法はありますか?」
「……ある。かつてのエルフにもアバンデントに帰属したままハイエルフとしての力を振るいたいと願う者がいた。そういった者達にはノルン様より試練が課せられた」
やはりというか、大昔にも似たような願いを持ったエルフがいたらしい。
神々の事情で世界を渡ったという事もあり、ユグドラシルの主神ノルンが特例を設けたそうだ。
試練でノルンに認められれば、アバンデントに帰属したまま祖先の力を振るう事が出来るように種族進化できるという。
ただし、試練でハイエルフになった者の寿命はエルフの時と一緒である。その為、生粋のハイエルフの事をエンシェントエルフと呼ぶこともあるらしい。
また、アールヴ皇国からアールヴヘイムへ渡る儀式も似たような経緯でエルフ達に与えられたそうだ。
ただし、こちらの儀式はアバンデントの主神であるインフがアールヴヘイムに帰りたくなったエルフの為に授けた秘術が始まりである。
その為かアバンデント側からしか儀式を行う事はできないそうだ。
このやり取りをきっかけとして、他のプレイヤー達も次々と質問していく。
ハイエルフの特性や試練、ユグドラシルやその他の階層について聞いている。
俺もアールヴヘイムに書物はあるのか。獣人達の信奉していた神獣とは何か質問してみた。
俺が書物について質問すると、数人のハイエルフが嬉々として説明してくれた。
アールヴヘイムでは争い事が殆ど無い為、武芸より音楽や読書を嗜む者が多い。
勿論、作曲や執筆活動する者も多くいる。
だが、幾ら暇を持て余していたとしても同じ書物を何回も読む者は少ない。
アールヴ皇国と交流があった頃はアールヴ皇国に書物を寄贈する事もあったが、それもなくなると保管する為の倉庫を建てるようになった。
今ではアールヴヘイムにある倉庫は50を越えており、そのどれもが足の踏み場もない程の楽譜や小説が収められているという。
俺に語ったハイエルフは、執筆活動を自粛していると嘆いていた。
……アングロドさんの呆れた視線を見るに、言うほど自粛できていないようだが。
そして獣人の信奉していた神獣だが、かつて魔物使いの国パラティでチラリと存在を確認したフェンリルだった。
では何故、かつての獣人達が神獣と崇めるフェンリルをアールヴヘイムへ移住させたのか。
アングロドさんは安全の確保もあるが、アールヴヘイムの環境が大きかったという。
アールヴヘイムは常に満月が辺りを照らしている。
そして、魔物使いの国で見た資料では、フェンリルの目撃情報はよく晴れた夜に多い。
月夜を好む銀狼 フェンリル。
定住するにはうってつけの場所と言える。
アールヴヘイムで暮らすフェンリルは子供も含めて千に迫るという。
しかし、俺達が集落に向かう道すがらには、数匹しかそれらしい姿を確認していない。
俺の疑問に答えてくれたのは、フェアラスさんだった。
フェンリルは月光を浴びる事で気力が充実する性質があるそうだ。
その為、アールヴヘイムにいるフェンリル達は常に気力が満ち溢れている状態である。
それゆえに、月光が届く場所に居続けると興奮状態になり、寝る事も出来ない。
どんなに月夜が好きと言っても、寝れない状況が続けば体調も悪くなる。
そこで、定期的に濃霧の立ち込める森の中で睡眠を取っているそうだ。
たまたま俺達が来たタイミングがフェンリル達の睡眠時間だったらしい。
「アールヴヘイムにある森の中で、食物連鎖の頂点に君臨しているのがフェンリルです。たとえ濃霧の中で警戒もせずに爆睡していても、襲われることはありません。その為、神獣として受け入れた時に比べてかなり大きな群れになっています。しばらくすれば、そこら中に現れるはずです」
そういうフェアラスさんの表情には、やや陰りが見える。
言葉が途切れてしまったフェアラスさんを見かねて、アングロドさんが言葉を引き継ぐ。
「定期的に儀式が行われていた頃は、獣人達がフェンリルの群れから一部引き取っていたのだ。実際に見たわけではないが、引き取ったフェンリル達はある程度アバンデントに慣れさせた後、森に返していたと聞いている。しかし……」
儀式が行われなくなり、定期的に引き取られる事が無くなったフェンリル。
フェンリルにとって、アールヴヘイムは外敵もなく常に気力十分で健康が害されることも稀な環境である。
数を減らす要素が無くなったフェンリルの群れはどんどん膨れ上がっていった。
「神獣として受け入れたフェンリルを倒して減らす事は出来ない。……かつて同胞をアバンデントへ送り出した時と同じ状況になりつつあったのだ。他にも問題が起きているが……今は良いだろう。とにかく、君たちが儀式を復活させてくれた事は我々にとっても喜ばしい事だったんだ。本当に感謝している」
儀式を行わなくなった当初は、これ程長い期間に及ぶとは考えていなかったそうだ。
第一陣として同行していた獣人のまとめ役達がこの場にいないのは、先にフェンリルについての話し合いをしている為だそうだ。
その話を聞いた時、俺には自然と疑問が沸いた。
「もし……もしですよ? 俺がフェンリルをテイムしたいと言ったら許可はいただけますか?」




