167.嵐は突然に
「こっちに水をくれ!」
「クーデター側を探せ!」
「住人の方はこちらへ避難してください!」
今週最後の授業を終え、帰宅した俺はログインしてすぐに面食らうことになった。
あちこちから火の手が上がり、消火活動が行われている。
プレイヤー、NPC問わず慌ただしく動き回っていた。
状況は呑み込めないが、非常事態である事を察した俺はひとまず総合ギルドを目指すことにした。
前回、総合ギルドを出てすぐにログアウトした為、十分も掛からずに総合ギルド前に到着する。
しかし……。
「急いでるんだ! そこをどいてくれ!」
「ダメだろ! こんな状況でも皆順番に並んでるんだ。お前だけ優遇するわけにはいかない!」
「そこを何とか!」
到着した総合ギルドの前では、プレイヤーと思わしき人々が行列を作っていた。
1人のプレイヤーが押し入ろうとしていたが、他のプレイヤーに一喝されている。
どうやら、総合ギルドに入るためにはあの行列に並ばなければいけないようだ。
俺は並ぶのは諦めつつ、最後尾に並んでいるエルフのプレイヤーに話しかける。
「ちょっとお話良いですか?」
「ん? ああ、良いぞ。どうせ暇だしな」
「じゃあ、今はどういう状況か説明していただいてもいいですか?」
俺がそう聞くと、意外な質問だったのかプレイヤーは目を丸くする。
「お前……この状況がわからないままログインしたのか?」
「はい」
「そうか……。それならメニューからメールを確認してみろ」
そう言われたので、確認してみると運営からのメールが来ていることに気づく。
内容はワールドクエスト受注の知らせで、今回の大規模戦闘のルール的なものが書かれていた。
≪ワールドクエスト アールヴ皇国騒乱 が発生中!
皇国側がクーデター側の拠点を一斉摘発しているので、皇国内にいるプレイヤーは強制的にワールドクエストへ参加させられます。
ただし、皇国かクーデター側につかなければならないわけではありません。
皇国とクーデターのどちらかに参加するも良し、傍観者として眺めているも良し。
ただし、アールヴ皇国全域が戦闘領域(PvP)になるので、国内にいるだけでワールドクエストに巻き込まれます。
主要施設には皇国の衛兵が警備に当たっています。
許可証を所持しているプレイヤーは、警備している衛兵に許可証を見せれば施設を利用する事が出来ます。
(総合ギルドについてはクエストの受注・報告はできませんが、転移の扉等は使用する事が出来ます)
アールヴ皇国にいるプレイヤーは奮ってご参加ください。≫
成程、これが理由で総合ギルドに人がごった返しているのか。
おそらく、住人達のお店はしまっているので、物資を補給するためにはマイルームかクランルームに戻るしかない状況なのだろう。
「大まかな事はわかりました。行くところができたので、これで失礼します。教えていただきありがとうございました」
「おう! じゃあな! 敵として会わない事を祈る」
そんな不穏な挨拶で別れた後、戦闘音が聞こえてくるエリアを避けながら街道を抜ける。
念の為、闇魔法や隠密スキルを駆使してやってきたのは、皇都の出入り口付近にある厩だ。
厩は主要施設に指定されているらしく出入り口が封鎖されており、辺りを衛兵が警備していた。
俺は出入り口付近にいる衛兵に許可証を見せて、厩に入れてもらう。
俺が来た目的は、マイエリアで待機している従魔を呼び出す事だ。
本当はいち早く司書ギルドに向かいたいところだが、俺、ハーメル、グリモの3名だけで向かってもできる事は限られる。
荒事になる可能性が高いので、少しでも戦力を補給しておきたい。
厩の奥までやってきた俺は転送陣を起動する。
連れてくるメンバーはヌエとエラゼムの2体だ。
カレルは言わずもがなだが、ジェイミーもいつものリュックサックごと置いてきてしまっているので、連れていく事ができない。
総合ギルドで転移できれば別だったが、あの行列に並んでいてはすぐに司書ギルドには向かえないだろう。
問題なく転送陣は起動し、俺の背後にヌエとエラゼムが現れる。
突然呼び出したためか、やや混乱しているように見えるが説明している暇はない。
というより俺も説明できるほど情報を持っていない。
「ヌエ、エラゼム。突然呼び出してすまない。混乱していると思うが、お前達の力が必要だ! 力を貸してほしい」
「クー!」
「……!」
呼び出した2体を連れて司書ギルドへと向かう。
向かう道中、あちこちで救出及び消火活動する人々を目にする。
遠くから金属がぶつかり合うような音は聞こえてくるものの、この辺りで戦闘は無いようだった。
しばらくして司書ギルドが見えて来たが職員達が建物周辺を巡回しており、物々しい雰囲気を放っている。
俺は建物の出入り口に陣取っているコペルさんに、声をかける事にした。
「コペルさん!」
「なんだ! ……お、おう。君か、突然怒鳴ってすまない。こんな状況なのでな」
「いえ大まかに状況は把握しています。ただ、詳細がわからないので教えていただきたいのですが……」
コペルさんは少し考えるような素振りをした後、「ちょっと待っていてくれ」と言うと
近くにいた職員を呼び、出入り口の警備を任せる。
戻ってきたコペルさんが建物の中で話がしたいというので、従魔達には司書ギルドの警備の手伝いを指示してから、コペルさんと共に建物の中に入る。
すっかりお馴染みとなった部屋に案内される。
俺が腰を下ろすのを見計らいコペルさんが口を開く。
「状況の説明だったな……。その前に謝罪しなければいけないことがある」
「えっ?」
「放火犯捕縛の為とはいえ、君を囮にするような真似をしてしまった。本当に申し訳ない!」
コペルさんはそういうとこちらに頭を下げてきた。
「どういうことですか?」
俺が困惑しつつ謝罪の真意を問うと、コペルさんは申し訳なさそうな顔をしながら説明してくれた。
話は俺がアールヴ皇国に到着する前に遡る。
図書館放火事件が起こった直後、司書ギルドは皇国と協力して犯人の捜索をしていた。
しかし、皇都の治安が悪化してくると皇国は放火事件の調査を打ち切ってしまう。
それと同時にいくつかの施設が立ち入り禁止になり、そこに入るための許可証なるものを発行するようになった。
当初、コペルさんは一連の采配を、皇都の治安を回復する為に行っていると思っていたそうだ。
そのような理由ならば、自分達だけで捜索できるようにするしかない。
コペルさんは人員を集める許可と、その人員の為に許可証を発行してもらうべく皇族に謁見を申し込んだそうだ。
コペルさんの願いは聞き届けられ、すぐに皇族との謁見を果たすことができた。
しかし、謁見の場で皇族から予想だにしない事を言われてしまう。
なんと、放火事件の捜査を打ち切ったのは意図的だというのだ。
当然コペルさんは打ち切った理由の説明を求めた。
これについては皇族の傍にいた近衛兵が説明したそうだ。
今回の図書館放火事件の後、クーデター側の動きが活発になっている。
どうやらプレイヤーを積極的に取り込んで、勢力を拡大しようとしているらしい。
図書館を使用不能にされ、手詰まり状態になっているプレイヤー達の中から、その話に飛びつく者も出てくると予想される。
クーデター側からすれば、プレイヤーと接触するという事は足が付くリスクを伴う。
しかし、そのリスクを承知で接触しているという事は、近々国家転覆を狙う大事件を起こす気だろう。
だが、大々的に動いているという事はクーデター側の尻尾を掴むまたとないチャンスでもある。
そこで、あえて放火事件の解決を遅らせクーデター側を泳がせたい。
それと並行して、許可証の発行という名目で信頼できるプレイヤーを集めて動乱に備えたいという。
そして、許可証の発行にはもう一つ狙いがある。
許可証をもらえなかったプレイヤーはそこかしこで不満を漏らすだろう。
そのようなプレイヤーがいれば、間違いなくクーデター側の人物が接触してくる。
そこに網を張っておけば、クーデター側を捕捉するのも容易になるだろうとの事。
この件において、司書ギルドには多大な迷惑をかける事になる。
皇都の治安が悪化する中で、皇族との謁見の場がすぐに整えられたのもこちらの誠意と受け取ってほしい。
当然、今回の件に関する賠償もするつもりだ。
その説明を聞いたコペルさんは悩んだ。
今回の放火事件はクーデター側に与する人物が起こしたと思われる。
皇国の狙い通りにクーデター側を炙り出せれば、結果的に放火犯を捕まえられるだろう。
だが、司書ギルドの支部長として、ただ座して待っているわけにはいかない。
苦慮した末、コペルさんは皇国に対してある提案をすることにした。
それは、“司書ギルドでクエストを受注した者を囮にする”というものだった。




