154.馬車の中で
ゲームにログインした俺はノブナガさんに刀についての進捗を確認するメールを送る。
俺が夕食の準備のためにログアウトしている間に、ワールドクエストに関するアナウンスがあるなら、もしかしたらまだゲーム内にいるかもしれない。
ノブナガさん達からの返信を待ちつつ、今回公開されたワールドレコードを確認してみる事にした。
俺はステータス画面からログを選択する。
いつも表示されるログの右下に、今まで無かった「ワールドレコード」という選択肢が表示されていたのでタップする。
すると今まで表示されていたログから横書きの年表に切り替わる。
ただし、よく歴史の授業で見る年表と違い最初の数行以外はほとんど空欄であった。
今の所、クリアされたワールドクエストが1つだけだからだろう。
そこにはワールドクエストがクリアされた現実世界の日付と「和国と他の国との貿易再開に尽力」と大きく書かれていた。
その下で「詳細」という文字が点滅していたので、タップしてみる。
すると、大き目のウインドウが開き、今回のワールドクエストの大まかな経緯と参加メンバーが表示された。
さっと内容を確認してみたが武力による圧力では無く、魅力的な品々の提供と地道な交渉による友好的な開港を果たしたようだ。
ただ1つ気になるとしたら、異世界からの旅人(プレイヤーの事だろう)の強い要望で、航海に使用された船は真っ黒に塗装されたらしい。
……あれは友好的な開港では無かったような気がするのだが、それでよかったのだろうか?
そして、今回のワールドクエスト参加者メンバーの一覧を確認する。
どうやらクラン単位の参加は一つにまとめられるようで、一覧の中にはしっかりとノブナガさんたちのクラン「武士道」の名前があった。
ここに名前があるという事は、ノブナガさん達が和国という国にいる事は間違いないだろう。
ワールドレコードを読み終えた俺はノブナガさんの返信を待つ間、どのように過ごすか考える。
現在、次の目的地に向けて進む馬車の中にいるので、できることがそれ程多くない。
読書をしたいところではあるが元々予定になかったログインなので、ここで手持ちの本を読み進めてしまうと目的地に着く前に全て読み終えてしまうだろう。
俺は少し黙考し、フォローオラズを従魔に装着してみることにした。
ただし、今回使うのはアートの工房で作ったフォローオラズではなく、最初にテストで作った光魔法のフォローオラズだ。
今回初めて従魔にフォローオラズを装着するので、いきなり本命のフォローオラズを使用するのはやめておいた。
それに、テストとはいえ一応実用を兼ねて作ったものである。
司書ギルドのクエストを受ける合間に装着を試してもよかったのだが、MPの大量消費による虚脱感のある状態で書類整理をしたくなかったので後回しにしていたのだ。
俺は馬車の中にいる従魔達に視線を向ける。
俺たちが乗車している馬車は魔物使いの国を行き来しているため、かなり大きめに作られている。
おかげで2回目の進化により体が大きくなっているヌエ、エラゼム、カレルでも問題なく馬車に乗車することができた。
従魔達は皆思い思いに、時間を潰しているようだった。
俺は馬車の車窓から外を眺めていたハーメルを呼び寄せる。
俺に呼ばれたハーメルは窓から飛び降り、馬車に設置されているイス伝いに俺の膝までやってきた。
膝の上に上ってきたハーメルは俺を見上げて小首を傾げる。
俺は取り出したフォローオラズを見せながら、ハーメルに何をしたいか説明する。
「これからお前にこのフォローオラズを装着する。こいつには光魔法が付与されているから、装着した後にちゃんとスキルを使用できるか試してほしい」
「チュウ!」
「よし! それじゃあ、始めるぞ。コネクト!」
ハーメルから元気な返事をもらった俺はハーメルに対して魔石晶従魔術を使用する。
MPが大量に消費された虚脱感に襲われるとともに、手に持っていたフォローオラズが輝きだす。
エンチャントした時とは比べものにならない程、眩い光を伴いながらフォローオラズはハーメルの額へと吸い込まれていく。
光が収まるとそこには先ほどとほとんど変わらないハーメルの姿があった。
一瞬失敗したかと思ったが、装着が失敗した場合は従魔がリスポーンするはずなので成功していると思われる。
よく見るとハーメルが装備している頭巾の額あたりが盛り上がっていた。
俺は装着できたであろうフォローオラズを確認するべく、ハーメルを手の上に乗せて顔に近づける。
そして、頭巾のあたりを観察しようとしたその時、突然ハーメルがニヤリといたずら小僧のように笑って見せた。
俺がその表情の意味に考えを巡らせるよりも先に、俺の視界を眩い閃光が襲った。
「チュウ!」
俺は突然のことに手のひらに乗せていたハーメルを落としてしまう。
間近で強烈な光を見てしまったようで視界が回復しておらず、ハーメルの状態を確認することができない。
一応、膝に落ちてきた感触はあったので、大事にはなってないはずだ。
しばらくして少しずつ視力が戻ってきた俺は、膝にいるであろうハーメルに視線を向ける。
当のハーメルといえばいつからそうしていたのか、腰? に手を当ててふんぞり返っていた。
どうやら、今の閃光はハーメルがフォローオラズにエンチャントされた光魔法を使用したものらしい。
確かに光魔法のテストをしてほしいと言ったが、何故俺が顔を近づけたときに発動したのか……。
俺が恨みがましくハーメルにジト目を向けると、ハーメルは当然だとばかりに身振り手振りで理由を説明する。
要約すると前に馬車の旅で空間魔法を試した際、ハーメルの毛布をはぎ取ったことに対する仕返しらしい。
それを言われてしまうと俺もハーメルを怒ることはできない。
身から出た錆なので、今回はお相子という事になった。
俺はため息を吐きつつ、ハーメルのステータス画面を開く。
NAME「ハーメル」
スキル
「危険察知LV7」「泥術LV9」1UP「隠者LV7」「睡眠LV9」1UP 「逃走LV6」2UP「迷彩LV4」「遠見LV2」「忍術LV2」1UP 「暗殺術LV1」
FO『「光魔法LV1」』
ハーメルのスキル一覧にはしっかりと光魔法LV1が追加されていた。
どうやらフォローオラズを装着したことによって追加されたスキルは、一覧の最後に別枠として表示されるようだ。
ハーメルが装着してすぐに使いこなしていたことから、使用するにあたっての違和感もないようだ。
フォローオラズの装着テストを終えた俺は従魔達の相手をしつつ時間を潰していたが、結局ノブナガさんから連絡は来なかった。
どうやら入れ違いになってしまったらしい。
確認のメールは送ってあるので、そのうち連絡が来るだろう。
俺は従魔達に声をかけた後、そのままログアウトした。




