131.助っ人加入とイベント開始
次の日、冬期休暇に突入した初日。
岸嶋から早朝に連絡があり、9時から10時以外の時間ならいつでもいいそうだ。
おそらくこの1時間の空白はログインのインターバルと思われる。
つまり、岸嶋は朝の6時からログインしているという事だろう。
運動部である岸嶋が早起きなのはいい。しかし、こんな早朝からログインしているのは自分の意思だろうか?
学校での会話から推測するに、姉に頭が上がらない岸嶋がゲームに連行された可能性は高い。
姉も運動部か何かで早起きに慣れているのならばいいが、ゲームのために早起きするタイプだったとするならばポイント集めも必死にやっていることだろう。
……岸嶋のお願いをOKするのは早まったか?
最悪、ポイント集めを強要してくるタイプなら回れ右して断るとしよう。
岸嶋には悪いが自分の保身が最優先事項だ。
俺はまだあったことも無い岸嶋の姉について考えながら、ゲームにログインした。
ログインしてすぐにネーム検索で岸嶋のプレイヤーネームを検索する。
検索したIDにフレンド申請を飛ばすとすぐに了承され、クランルームに招待されましたとメールが届く。
ログインしているという事は何かしら用事があっただろうに、やけに返信が早いな。
一応、顔合わせという事で、従魔達も連れていくことにした。
俺は総合ギルドから岸嶋に招待されたクランルームに転移する。
クランルームへ転移した俺は辺りを確認する。
何となくモーフラさんを思い起こさせるようなファンシーな内装になっており、淡いピンクを基調とした壁のいたるところにぬいぐるみが配置されている。
「よ、よう。あま……ウイングだっけ? 助かったぜ」
「おう、確かスクラムでいいんだよな? なんか疲れているようだけど大丈夫か?」
辺りを見回してみると、岸嶋が声をかけてきた。
岸嶋ことスクラムは鬼人族のようで、現実でもマッスルなのに筋骨隆々がさらに強調されたキャラデザインをしている。
おそらく最初の設定の時に筋肉を強調するようにいじったのだろう。
「ほら、さっさとそっちの子を紹介しなさい!」
「まぁまぁ、弟君も朝からずっとゲームしてて疲れてるんだよ。少しは休憩も大事だよー」
「何言ってんのよ! 実際は体動かしてないんだから体力バカのこいつが疲れてるわけないでしょう? 今日は練習が休みって言うから時間の有効利用をしてあげてるのよ」
スクラムの後ろから女性二人の会話が聞こえてきた。
会話の内容からするに、片方がスクラムの姉でもう片方がその友人だろうか?
「あー、ウイング。こっちのウサギ獣人がうちの姉であるキャロルで、その隣にいるエルフの人が姉の友人であるマーム・マッツさんだ。仲間内ではマームさん、マッツさんと呼ばれているから好きな方で呼べばいいと思う」
スクラムが空気を読んで二人の女性を紹介してくれた。
二人は同じ大学の同級生で、ゲームを始めたのが同じタイミングだったことで仲良くなったそうだ。
会話している最中、キャロルさんは常に貧乏ゆすりをして、イライラしているようだった。
理由がわからなかった俺は、小声でスクラムに耳打ちして状況を確認する。
「なんかお前のお姉さん荒れてない? それともいつもこんな感じなのか?」
「いや……。いつもはもっとまともなんだ。どうも昨日参加した合コンでトラブルがあったらしい」
相手のプライベートに関わる事だったので、これ以上は聞かなかった。
スクラムが疲れていたのは、普段からゲームをせずレベルの低い弟のレベル上げと称して、キャロルさんの憂さ晴らしに付き合わされたらしい。
キャロルさんも弟の友人、それも自分のお願いで助っ人として来てもらった俺の前で不躾な態度をとってしまった事に気づいたのか、バツの悪そうな顔をしていた。
微妙な空気が俺たちの間に漂う。そんな空気を変えるためか、マームさんが話しかけてきた。
「話には聞いてたんだけど君、テイマーなんだってねー。君の後ろにいるのが従魔達かな?
数は少ないようだけどこれで全部かな?」
「マームさんでしたよね? 実は俺のパーティーには隠れる効果を持つスキルを持った奴が多いので見えてないかもしれませんが、今は5体の従魔を連れています」
「へー、そうなんだ! えっと、日本の侍? みたいなのとトカゲ? ううんサンショウウオかな? それと鶴はわかったけど他の2体は?」
そう聞かれた俺はローブの中に隠れていたハーメルと装備状態のグリモを紹介する。
マームさんはグリモが気になったようで、積極的に話しかける。
それに対し、グリモも顔文字で返答してマームさんを驚かせていた。
空気も和んだところで、今後の予定を話し合う。
イベントの詳細ページの内容からすると、いつも行われていたイベント前のメンテナンスは行われず時間になったらそのままイベントに突入するらしい。
イベントが開始されるタイミングにプレイヤー全員にメールが送信されるとともに、イベント期間中はわかりやすい目印があるという。
俺の加入はイベント中のみである事と、イベントのポイント集めは道中のついでに行うことをキャロルさんたちに伝える。
キャロルさんたちもいないよりは助かると了承してくれた。
クラン加入の手続きを終えた俺は、スクラムたちと別れてクランルームを後にする。
俺がいる国に同じクランのプレイヤーはいないようで、基本的に単独行動になるだろう。
次に顔を合わせるときは、イベント終了時になるかな。
クランルームを後にした俺は、テイマーギルドで簡単にこなせるクエストを消化する。
その甲斐あってか、テイマーギルドのランクがDランクに上がった。
こんなに簡単に上がるのなら、あの門番が眉間に皺を作っていた理由も頷ける。
テイマーとしてのやる気がないと判断されても仕方ないだろう。
クエストを終えマイルームに戻った俺は、アイテムボックスの中を整理してから一度ログアウトすることにした。
洗濯などの雑事を終えて再びログインした俺は一度、従魔達を置いてマイルームを出る。
今回のイベントは告知から開始までの期間が短いようで、今日の午後にはイベントが開始されるらしい。
プレイヤーの間では、イベントが開始する時に何かしらの演出があるのではと、もっぱらの噂になっているとキャロルさんが教えてくれた。
俺もこのままログイン時間いっぱいまでいれば、イベント開始時の演出を見ることができるだろう。
イベント開始時刻にまではまだ時間があるので、先にできる事を済ませようと思う。
俺は総合ギルドを出て目的の場所へと向かう。
……………………。
≪司書のレベルが上がりました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「魔物知識」がレベルアップしました。≫
≪従魔 グリモ は習得度が一定に達したため、スキル「魔物知識」を習得しました。≫
俺が向かった先とはもちろん図書館だ。
首都ではないとはいえ、魔物の情報を収集している魔物使いの国では、一定規模の街には必ず図書館が存在している。
今回の目的は魔物使いの国で遭遇するモンスターの調査だ。
イベントモンスターについての記述は無い可能性が高いが、それ以外のモンスターを知っておけば、今後遭遇するモンスターがイベント専用か否かわかると考えたのだ。
俺が一通り出現するモンスターについて調べ終わったころ、何やら外が騒がしくなってきた。
読んでいた本をしまい外へ出ると、図書館に入った時とは景色が一変していた。
辺り一面が真っ白に染まっており、足を進ませると足元から冷たい感触が伝わってくる。
どうやらこれが、イベント期間中である目印のようだ。
そこで俺は、はたと気づく。……イベント開始時の演出を見逃したのだと。
唖然とする俺の視界の端には、運営からの連絡が来たことを伝える知らせがむなしく点滅しているのだった。




