9.現実での会話とゲームでの会話
意識が浮上してくる。
自動的にカプセルが開き光が差し込む。
カプセルから出て体をほぐしながら、リビングに降りる。
春花はまだ自室から出てきていないようだ。ギリギリまでやるつもりだろう。
俺は春花が来る前に夕食の準備をする。
普段は妹の仕事だが今日ぐらいは俺がやってもいいだろう。
俺がテーブルに皿を並べていると階段からダダダダと普段以上に騒々しい足音が聞こえる。
「あーーーーー。やっぱり、ごめんなさい。私の仕事なのに」
降りてくると同時に春花が頭を下げる。
「かまわない。俺もさっきゲームを終わらせて夕食の準備をはじめたところだからな。
ただし、今後は少し役割分担に変更が必要かもな」
「うぬぬーーーー、とりあえず、私も手伝うね」
そうして、夕食の準備を整える
「いただきまーーーーす」
「いただきます」
夕食が始まって話し始めることはもちろん今日のゲームのことである。
「お兄ちゃんは図書館にたどり着けたの?」
「いや、それ以前に入る条件すら満たしていない。だが、図書館がどこにあってどうすれば利用できるかは確認できた」
「ふーん。本当にゆっくりって感じだね。ところで、従魔はできたの? 戦えないにしても1匹くらいいたほうがいいと思うけど」
「いや、そもそも、春花と別れてから一度も総合ギルドから出ていない」
「えっ、そんなに早くログアウトしてたの?」
「ちがうよ。さっき言っただろ。俺もついさっきまでゲームやってたって」
「そういえばそうだったね。じゃあ何してたの?」
俺は図書館の捜索から利用条件を聞いて意気消沈したこと、総合ギルドに資料室なるものが存在すること、いってみたら本が散乱して驚愕したこと総合ギルドの資料室を整理したところでログアウトしたことを話した。
そこまで聞いた春花は呆れた顔をして
「お兄ちゃん的にはどうしても許せなかったんだね。それで満足してしまうあたり、お兄ちゃんらしいよ。お兄ちゃんはこれから、資料室で読書かな?」
「そうなるな。ていうか俺ばかり話してないで春花のほうはどうだったんだよ」
「あはは、だってお兄ちゃんのステータス見たから心配で仕方なかったんだよ。
ちなみに、私のほうは気の合いそうな人たちとパーティーを組むことができたからしばらくはその人たちと一緒に遊ぶよ」
「大丈夫なのか? それぞれの生活サイクルもあるのに。固定パーティーなんてつくれるのか?」
俺がそういうと。
「お兄ちゃん!よく考えてみてよ。ゲーム開始した時間は今日の朝からだよ。そして普通に考えれば朝からプレイしている人は4回目のログインくらいのタイミングで私たちはログインしてるんだよ。学校があった私たちは最低でも3回分遅れているんだよ。そしてβ版通りなら最初の町は2回ぐらいフルでログインできれば移動できるんだよ。つまり今残っている人たちは私たちと同じ条件か戦闘メインではない人たちというわけだよ」
詳しく聞いてみると、あまり始まりの町に留まられると先にログインできた人がクエストを占有したり周りの雑魚モンスターを狩りつくしてしまうため後から来た人たちが楽しめない。
だから、ある程度ゲームの操作に慣れた人は自然と迷宮都市に向かうようにできているのだそうだ。
その基準として戦闘職ギルドに所属することが目安らしい。
そのため、始まりの町に支部があるギルドは多いがまさに所属するための支部なのだそうだ。
「まあ、俺はしばらく動けないからゆっくり読書でもしながら町中クエストでもこなそうかな」
「私たちの目標は、明日中には迷宮都市とやらに向かうことかな」
そんな話をしながら夕食を終えるのだった。
夕食を終えた俺たちは後片づけをしてからそれぞれの自室に戻った。
「さすがにこの後3時間フルでログインすると明日起きるのが厳しくなるから、マックス1時間半くらいかな」
俺はカプセルに入ってすぐに機器のほうでタイマーをかけてからログインする。
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意識が浮上して目を開けてみると資料室のイスに座っていた。
そういえば、整理を終えてすぐそのままログアウトしたのだったか。
「あのー、すいません」
状況確認をしていたら急に後ろから声がかかったので振り返るとうっすら見覚えのある女性が立っていた。
「ここに散乱していた資料を整理していただきありがとうございます。私は総合ギルドで受付嬢をしておりますレーナと申します」
そう言って頭を下げる。
彼女は確か受付カウンターにいて男たちが長蛇の列を作っていた受付嬢だ。
俺が思い出していると。
「あのーーーー」
「あっ。失礼しました。俺はウイングと言います。……プレイヤーと言ってわかりますか?」
「はい、創造神様の導きでやってきた異世界からの旅人ですね」
そういえばそんな感じの設定だったか。
「それでなんで俺が整理したとわかったのですか?」
「そのことですね。おそらくですが資料室を利用する際に利用するか問われたと思うのですが、その利用履歴はギルド職員なら確認することができます。あなたの後にここに入室した方はおりませんでした。ここで待機していたのも退室手続きがされていなかったのでしばらくすれば戻ってくるだろうと思っていました」
「ですが、忙しかったのでは?」
ここのことを教えてくれたギトスの話では他のギルドに救援要請が出るほどの人手不足だったはず。ここで待っている余裕はあるのか?
「それなんですが、私がいると逆にカウンター周りが混雑するということで一度カウンターから離れたんです。そのため新たな仕事としてしばらく放置されていた資料室の整理をすることになったのですが、来てみれば整理が終わっており、ちょうどあなたが消えるところでした。慌てて声をかけようとしたのですが間に合いませんでした。そこでギルド長と相談した結果、ここで休憩しながらあなたを待つことになったんです」
どうやら普段総合ギルドにいなかったギトスさんは資料室の現状を知らなかったみたいだ。
「普段なら、利用申請があった段階で確認に向かうところなのですが、今回はあまりの忙しさに見落とされていました。ギルド側の不始末です。大変申し訳ありませんでした」
本来は利用者の確認を行い、種族的に資料室の利用が困難な場合はギルド職員が代わりに調べてきてくれるらしい。
少し資料室の説明をしてから、レーナさんが頭を下げてきたので俺は慌てた。
「い、いえいえ俺が勝手にやったことなので気にしないでください。俺のほうこそ勝手なことをしてしまい。申し訳ありません」
俺としては資料室の整理で得た収穫も大きいのでむしろラッキーだったとすら思っている。だが、人の仕事を奪ってしまったようなので頭を下げる。
「いえいえ、私たちが整理するよりもきれいになっているのであなたが頭を下げるようなことはありませんよ。それどころか、放置していた仕事をこなしていただたいたので報酬を支払わさせていただきます」
レーナさんがそういうと俺の目の前にウインドウが現れる。
≪総合ギルドから報酬として 4000ラーン 受け取りました。≫
「えっ、こんなにもらえませんよ」
さすがに勝手にやったことで報酬を受け取るのは気が引ける。
「そうは参りません。さすがにクエスト扱いにはできませんがギルド職員の怠慢でギルドの施設を利用不能にしていただけでなく、それを利用者に解決させてしまったことに対するギルドの誠意として受けとってください」
さすがにそこまで言われてしまっては受けとらないわけにはいかないか。
「わかりました。有難くいただきたいと思います」
「それでは、表のほうも落ち着いてきたようですので私はこれで失礼します」
レーナさんはそう言って資料室を出て行った。