脳なしベルーヴァ
とってもアホな妖怪が出てくるナンセンス童話を書こうと思ったのが始まりです。
アホな妖怪ということで、いっそのこと、妖怪の脳みそを無くしてしまおうと思って書き出したら、
こんなお話になってしまいました。
あるところに脳がないベルーヴァという妖怪がいた。
身の丈は、2階建ての家屋を軽く見下ろせるくらいある。
継ぎ接ぎだらけの動物の毛皮を羽織る様にして身を包んでいた。
首には、その図体に似合わない綺麗な白いスカーフを締めている。
ベルーヴァは何をするわけでもなく、あっちうろうろ、こっちうろうろ、いつもふらふらしていて、まるで風に吹かれた綿ぼこりのような生活をしていた。
ベルーヴァの頭は蓋がはずれたお椀のようになっており、その頭の中は空っぽで何にもなかった。
雨が降ったりしようものなら、たちまちベルーヴァの頭の中には雨水がたまり、眼や耳や鼻から雨水がこぼれ出て大変だった。
ある日ベルーヴァは自分の脳を探しに旅に出ることにした。
ベルーヴァは、あっちうろうろ、こっちうろうろ、風の吹くままふらふらーと、漂うように歩き出した。
行く宛てもなく、ただ歩みを進めるのみである。
しばらく行くと目の前に大きな川が広がっていた。
川の前に佇んでいると、突然後ろから強い風が吹いてきた。
ベルーヴァは風に押されるようにそのまま川に向かってふらふらーと水面をすべるように進んで行った。
ベルーヴァは川に溺れるわけでもなく、沈むわけでもなく、巨大な風船の如くふわりと水面に浮いている。
ベルーヴァはそのまま川の流れに身を任せて進んでいったのだが、次第に流れが激しくなり、ベルーヴァは川の上をコロコロ転がるように流されていった。
そしてその川の行く先には大きな滝があった。
ベルーヴァは流されるまま、とうとうその大きな滝から真っ逆様に落ちてしまった。
しかし滝壺には、いつまでたってもベルーヴァは落ちてこなかった。
よく見ると滝のちょうど真ん中あたりに、なにやらジタバタ動く物があった。
ベルーヴァだった。
ベルーヴァは滝の途中に植わっている木の枝に引っかかっていたのだ。
大きな図体にもかかわらず、木の枝一本に引っ掛かり、頭の中に降り注ぐ滝の水が、勢いよく目と鼻と口から噴水のように飛び出している。
ベルーヴァはしばらくそのまま滝に打たれていたが、しばらくすると滝の上から何やら小さい物が流されてきてベルーヴァにぶつかった。
そしてベルーヴァはそのまま滝壺に墜ちていった。
滝壺に落ちたベルーヴァは岸にたどり着くと、そのまま突っ立っている。
ベルーヴァにぶつかった小さいのは、ベルーヴァの周りをパタパタと飛び回りながら怒鳴った。
「おい! こんなところでなにやってんだよ!?」
ザザー。
ベルーヴァの目と鼻と口から、頭の中に残っていた水が流れている。
「こら! 聞いてんのかよ?」
ザザー。
ベルーヴァの頭の中に溜まっていた水が、やっと全部流れ終わった。
ベルーヴァは首に巻いたスカーフを絞りながら小さいものに話しかけようとするが、上手く言葉が出てこない。
「ブァ、ブァ、ブァー」
「うるさいっ! 『ブァー』じゃねーよ。せっかく気持ちよく川に流されていたのに」
ベルーヴァにぶつかった小さいものは、クィッティーと言う小悪魔だった。
クィッティーは小さい猫のような体で、白と黒のまだら膜様のふわふわとした毛におおわれていて、背中には小さなコウモリの翼が生えている。
つぶらな瞳に似合わず、口を開けば悪態ばかりついている。
そんなクィッティーは川に流されて遊ぶのが大好きで、その遊びの締めくくりとして、滝から墜ちるのが一番のお気に入りだった。
それをベルーヴァにじゃまされて怒っているのだ。
「おい! どうしてくれんだよ! せっかくの川下りが台無しじぇねーか!」
「ブァー」
「だからー、『ブァー』じゃねーよ。なに考えてんだよ。一体どこのどいつだよ?」
クィッティーはベルーヴァの脛を蹴飛ばして、パタパタと低く飛びながら後ずさりした。
ベルーヴァはその大きな手を天に向けて広げると、大声で叫んだ。
「ベールゥゥゥー、ブァー!」
「なんだそりゃぁ? 名前か? ベル……。ベルーヴァ? でかい図体しやがって、間抜けな奴だな」
クィッティーはパタパタと翼をはためかせ、ベルーヴァの頭上まで飛ぶと、そのまま頭に飛び乗った。
そして、お椀みたいな頭の中に滑り込むように入り込んだ。
「あれっ? なんだ? おめえの頭。脳みそがねーじゃねーかよ」
「……」
ベルーヴァは急に何も言わなくなった。
「おいっ! どうしたんだよ? 脳みそ無いのがばれた途端、しゃべるのやめたのか?」
「……」
クィッティーはベルーヴァの頭の中で軽く足踏みをした。
すると、ゴゴゴという地響きにも似た音が、ベルーヴァの体の中から聞こえてきた。
かと思うと、ベルーヴァの首に巻かれていたスカーフが黒く滲んできて、足が土に沈み込んだ。
どうやら、ベルーヴァの重量がとてつもなく巨大なものになったようだ。
そしてベルーヴァのその大きな体がグラグラと揺れ出し、足踏みをしだした。
「こらー! なに勝手に動き出してんだよー!」
「……」
ベルーヴァは何も応えない。
クィッティーが両手でこぶしを作って振り上げた。
と思ったら、ベルーヴァが両手で拳を作って振り上げた。
その両手の拳は、クィッティーの乗った頭の両端近くを勢いよく通り抜け、天高く突き上げられた。
「あれ? どうしたんだ? 俺様の動いたとおりに動きやがる」
そう、脳のないベルーヴァは、自分の頭に入った物が自分の脳みその役割をしてしまうのだ。
「へえ。こりゃおもしれえや」
クィッティーはベルーヴァの頭の中に乗ったまま、お椀型の手すりのようになったベルーヴァの額の”ふち”に小さな手を掛け、ベルーヴァの脳の代わりになったつもりで、遠くにある野山を指さした。
すると、ベルーヴァはクィッティーが指を差しだした方向にある野山へ向かって走り出した。
ものすごい速さでベルーヴァは野山へとたどり着いた。
野山にはたくさんのきれいな花が咲いていたが、意地悪な小悪魔クィッティーは、ベルーヴァを使ってその花を片っ端から踏みつぶしてしまった。
ベルーヴァの体はとても大きかったので、踏みつけたところが大きく陥没した。
そしてとうとう、野山は穴だらけになってしまった。
それからもクィッティーはベルーヴァを操って、石を蹴飛ばしたり、大木を根こそぎ引っこ抜いたり、ひどい悪戯をやっていた。
もう、そこの野山は荒れ放題に荒らされ、見るも無残な姿となってしまった。
さんざん大暴れしたものだから、ベルーヴァの頭も大きく揺れた。
揺れた頭に乗っていたクィッティーもさすがに疲れてきたので、近くにあった木の幹でひと休みすることにした。
ベルーヴァを木に持たれ掛けさせるように座らせると、クィッティーはベルーヴァから降りて、その木の上に上って少し寝ることにした。
クィッティーが頭からいなくなったら、ベルーヴァは急に動かなくなった。
しばらくすると、そこに脳みそ売りのゴリラがやってきた。
「脳みそはいらんかえー。脳みそはいらんかえー。ピチピチの脳みそだよー」
籠に赤い脳みそを入れた脳みそ売りのゴリラが、木の下でじっとしているベルーヴァを見るなり声を上げた。
「はやー? これは珍しい。脳みそのないやつがおる。こりゃぁ、なんぎじゃのう。おっ、そうじゃ。脳みそが一つ売れ残っとる、賞味期限は今日までじゃ。持って帰っても仕方ないしのー。ふむ、かわいそうだから脳みそを一つわけてあげよう」
そして脳みそ売りのゴリラは、脳みそが入った籠から赤い脳みそを取り出し、ベルーヴァの頭にスポッと入れてあげた。
脳みそ売りのゴリラが立ち去り、しばらくすると何やらベルーヴァの頭から淡い炎のようなものがゆらゆらと立ち上ってきた。
そして、耳、目、鼻、口から白い煙が燻ぶるように噴き出した。
その瞬間ベルーヴァの眼がカッとみひら見開き、立ち上がったと思うと、その大きな手をぶんぶん振り回しながら、麓の村へと走っていった。
見開かれた目からは、激しい炎が燃え盛っている。
ベルーヴァは村中を走りまわりながら、あたりの木々を投げ倒し、建物の壁に体当たりして、ありとあらゆる物をかたっぱしから勢いよく壊しまくっていった。
ベルーヴァは凶暴になり、全く手が着けられない状態となった。
「ふぁわーあ、よく寝た。あれ? ベルーヴァがいねえ」
やっと起きたクィッティーは、ベルーヴァがいなくなったことに気がつき、あたりを探し回った。
麓の村がなにやら騒がしいので見てみると、なんと、凶暴になったベルーヴァが大暴れしているではないか。
いくら意地悪小悪魔のクィッティーからしても、そこまではさすがにやりすぎだ。
クィッティーはパタパタと小さい羽根をはためかせ、ベルーヴァのところに急いで飛んでいった。
ベルーヴァは大きな手をぶんぶん振り回して暴れている。
クィッティーはその手を避けながらベルーヴァの頭に飛び乗り、やっとの思いで赤い脳みそをベルーヴァからはずした。
そしたら、急にベルーヴァはおとなしくなった。
「ブァー? ブァー?」
ベルーヴァは、あたり一面残骸だらけになった村を不思議そうに見わたしてから、クィッティーの方を振り向いた。
「おまえがやったんだよっ!」
「ブァー? ブァー?」
「『ブァー』じゃねーよ。なに考えてんだよ」
それからクィッティーはベルーヴァの頭に乗り、山の方へと歩いていった。
しばらく行くと大きな湖があり、そのほとりで休むことにした。
水面を滑るのが大好きなクィッティーは、しばらく湖で遊ぶことにした。
ベルーヴァを湖のほとりにある大木の幹にもたれ掛けさせる様にして座らせると、クィッティーはそのまま湖をスーッと滑るようにどこかへ行ってしまった。
するとすばらくして、脳みそ売りのカエルがやってきた。
「脳みそだケロップ。いりませんかケロップ」
脳みそ売りのカエルは木の下でじっとしているベルーヴァを見るなりこう言った。
「ケロ? こりゃまた脳みそのないヤツがいるケロップよ。不便でしょうがないケロ。ちょうどいい。売れ残った脳みそが一個あったケロップ。おいらはお腹いっぱいだし、捨てるのももったいないし。よし、かわいそうだから脳みそをわけてあげようケロップ」
そして脳みそ売りのカエルは、持っていた青い脳みそをベルーヴァの頭にスポッと入れてあげた。
脳みそ売りのカエルが去った後、ベルーヴァの頭から何やら水のようなものが満ち溢れてきた。
そして、目、耳、鼻、口から水がチロチロと流れ出している。
首に巻かれたスカーフが水色に染み出した。
ベルーヴァがゆらゆらと立ち上がったかと思うと、急に泣き出してしまった。
大声でワンワンと泣きわめきながら、目から滴り落ちる涙は次第に大きくなり、滝のようにあふれ出してきて、あたり一面を水浸しにしてしまった。
そして流れ出た涙は洪水の如くどんどん村の方へ流れていき、とうとう村をのみこんでしまった。
涙の洪水に押し寄せられ、村は悲鳴と鳴き声に包まれた。
湖の真ん中でぷかぷか浮いていたクィッティーはその声を聞きつけると、その小さな羽をパタパタと羽ばたかせてベルーヴァのところまでやってきた。
ベルーヴァの頭からは噴水のように水が立ち上っている。
クィッティーはその水柱を避けながらベルーヴァの頭に飛び乗り、やっとの思いで青い脳みそをベルーヴァからはずした。
そしたら、急にベルーヴァはおとなしくなった。
「ブァー? ブァー?」
あたり一面水浸しになった村を見て、ベルーヴァは不思議そうにしている。
目からはまだ少し涙がこぼれている。
「おう! ひでーことしやがるな。おまえがやったんだよっ!」
「ブァー? ブァー?」
「『ブァー』じゃねーよ。一体どうすればそんだけ泣けるんだよ?」
クィッティーはベルーヴァの頭の中に乗り、更に山の方へと歩いていった。
クィッティーも少しベルーヴァを持て余し気味になってきた。
しばらく行くと大きな山ほどの岩があり、その隣で休むこととなった。
クィッティーはベルーヴァを岩にもたれ掛けさせるようにして座らせると、頭から降り、岩の上で居眠りしだした。
そしてそこへ、脳みそ売りの熊がやってきた。
「えー、脳みそはいらんかえー? 取れたての脳みそだよー」
脳みそ売りの熊は岩のそばでじっとしているベルーヴァを見るなりこう言った。
「おんやー、おめえさん脳みそがないだか? こりゃビックリしただ。そんだば脳みそを分けてあげよう。蜂蜜をつけて食べるとプリンのような味がするだ」
そう言うと脳みそ売りの熊は持っていた緑色の脳みそをベルーヴァの頭にスポット入れてあげた。
脳みそ売りの熊がその場を立ち去ると、しばらくしてベルーヴァの頭がカタカタと揺れ出した。
手と足、そして体全体がカタカタと揺れ出し、首に巻いたスカーフが緑色に染まり出した。
ベルーヴァは急に飛び上がり、いきなり笑い出した。
「わーはっはっはっは!」と大笑いして転げ回り、ごろごろごろごろ転げ回っているうちに、地面がゆらゆらと大きくゆれ始めた。
そしてその揺れは大きなうねりとなり、振動が山全体へと伝わり、巨大な地震となって近隣の村々の建物がカラガラとくず崩れ落ちていった。
その揺れで、先ほどから居眠りしていたクィッティーも岩から振り落とされた。
びっくりして起き上がると、「わーはっはっはっは!」と大笑いして転げ回っているベルーヴァのところへ飛んで行き、やっとの思いで緑色の脳みそをベルーヴァからはずした。
「ヴァー? ヴァー?」
瓦礫の山となった村々をベルーヴァは不思議そうに眺めている。
「おまえがやったんだよっ!」
「ヴァー? ヴァー?」
「いい加減にしろよ。自分でやったことわかってんのか?」
クィッティーはいい加減あきれてしまい、とうとうベルーヴァを残してどこかへ飛んでいってしまった。
ベルーヴァはとぼとぼと歩きだした。
そして、脳みそ探しに疲れてしまい、大きな木を見つけるとその木陰で休んだ。
それはそれは大きなドングリの木だった。
ベルーヴァはその木にもたれかかると、いつの間にか眠ってしまい、夢を見た。
自分がドングリになった夢だ。
大きいドングリの実になって、木にぶら下がっていると、かわいいリスがやってきて、カリカリとかじられてしまった。
驚いて目が覚めると、ベルーヴァの鼻の上には小さいリスがいた。
ベルーヴァをジーと見つめている。
そして、しばらくベルーヴァの周りを行ったり来たりしてはしゃぎまわった。
「ねえ、おじさん。おじさんの頭の中ってあったかそうだね。入っていい?」
ベルーヴァは何も応えない。
リスはベルーヴァの頭の中に入って、そのフワフワとした体を丸くして眠った。
外はもう冬景色になろうとしていた。
ベルーヴァはリスが風邪をひかないように、首に巻いていた大きいスカーフを頭に巻いた。
スカーフが暖かそうな夕焼け色に染まっていた。
この話のテーマは、「自分探しの旅」です。
「脳がない=自我がない」ベルーヴァが、自分探しの旅に出ました。
途中で、クィッティーという、意地悪だけどベルーヴァの過ちをたしなめる、「親・先輩」の象徴と出合いました。
そのあと、いろんな脳と出合います。
しかし、その脳は売り物(嘘の自分)であり、
売主が、売れ残ったら食べる予定(程度の低い自我)でした。
売り物である脳(嘘の自分)を手に入れたベルーヴァは、周りを不幸にします。
そして、「親の象徴」であるクィッティーはベルーヴァを見捨てます。
(独り立ちさせます。)
冬も近づいたころ、独りになったベルーヴァを頼って、一匹のリスが頭の中に入ります。
暖かいベルーヴァの頭の中で、リスは健やかに眠りました。
ベルーヴァは、ここでやっと、
「だれかに頼られる自分」という、
素敵な自我を手に入れたのです。